第1章:カイルと言う男

第1話:訳あり冒険者と少女

懐かしい夢を見た。


簡素だが見慣れた自宅の扉が開け放たれ、外は白い光が溢れている。


「お父さん!今度はいつ帰ってくるの?」


無邪気な俺が重そうな甲冑を着こんだ父に聞いた。


父は笑いながら俺の頭を撫でて言った。


「お前もいつか大切な人を守れる、立派な人間になれよ」


俺の質問に答えることなく、父は白い光に包まれていった。



父が光に包まれた幾日の後、同じ扉が開け放たれ、そこからは黒い光が溢れていた。


俺は母に手を引かれて、その光に包まれたのを覚えている。


「お母さん、手が痛いよ」


「ちょっとだけ我慢してね、カイル」


母は俺の手を強く握って、走っていた。


その母も数年後には帰らぬ人となり、俺は天涯孤独の身となった。


まだまだ子供の俺は、普通なら生きてはいけぬ。


物乞いになってその日暮らしをするか、盗人となって生き抜くかのどちらかになるだろう。


だが俺は父から学んだ剣術と、母から学んだ様々な知識を糧にして生きることができた。


いつの間にか有名な冒険者となり、食べるものに困ることはなくなった。



今があるのは俺を大切に育ててくれた両親のおかけだ。それは間違いない。


だが、なぜ成長した俺を見て何も言ってくれないのか、どうして一声もかけてくれないのか。


昔のように頭を撫でて褒めて欲しい。もう一度抱きしめて欲しい。


父が最期に遺した言葉の本当の意味を教えて欲しい。



そう思う俺の前には、あの見慣れた扉があり、隙間からは白い光が漏れだしている。


その白い光に自分も包まれたら、両親に会えるのだろうか。それとも言葉の意味を教えてくれるのだろうか。


いや、きっと父なら自分で考えろと答えは教えてくれないだろう。


だがそれでも俺は答えと求め、白い光に手を伸ばしていく……。


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ムニュ。


目を覚ました俺は、伸ばした右手で何か柔らかいものを掴んでいた。


まだ完全には開いていない瞼を左手でこすりながら、右手は何を掴んでいるのか手探りで調べる。



そんな時。


「ふっ、ふっ、ふわあああああああああああ!!」


という叫び声とともに、俺の頭に冷水がぶっかけられた。


寝起きに冷水はぶっかけられ叫び声を聞いた俺は、一気に覚醒する。


「いったいどうしたっ!?」


身体を起して目を開けた俺が見たものは、勢いよく飛んでくる木のトレーだった。




数十分後、俺は目の部分だけ赤く腫れあがったまま装備を整えて、拠点の前に立っていた。


今の拠点は、深い森の奥にあった掘っ立て小屋で、部屋は1つしかない。


元々この拠点は、近くのダンジョンに潜るための休憩所として建てられたものらしく、ダンジョンの存在自体が忘れ去られて久しい今、利用者はいない。


そんな拠点をクエスト中のたまたま見つけた俺は、緊急避難所として利用していた。


しかし、とある事情で王都の自宅が使えなくなってからは、ここを自宅として利用している。



自宅前に荷物を置き拠点の周囲にある魔物用の罠を調べていると、自宅の扉が開きそこから1人の少女が出てきた。


黒髪黒目という珍しい風貌に幼い顔つきを残している彼女の名前は、ノドカ。


数日前、奴隷商に捕まっていたところを助け、帰る家も場所もないというから自分が引き取った少女だ。


俺が見たこともない黒い服装をしており、ノドカ曰く学校の制服と言っていた。


そして彼女の少しの荷物を持っているだけで武器を持っていない。なぜなら使えないからだ。


攻撃を防げない布製の装備を付け、何一つ武器も使えないところを見るに、どこかのお嬢様かもしれない。


だが、もしお嬢様だったらお家騒動に巻き込まれる可能性があるため、一切の事情を聞いていない。


時々何か意味の分からない言動をしているが、悪い娘には見えないから大丈夫だろう。


今日はそんな彼女と一緒に、最寄りの街へ魔物素材の売却と無くなった食料の買い出しに行く。


本当は1人で行こうと思っていたが、彼女は全く戦えない。


そんな彼女を置いて街に行くのは気が引けたため、俺の街行きに付いてくることになったのだ。




「カーイールーさーん!準備できましたよー!」


元気よく俺を呼ぶ叫び声を上げるノドカ。


呆れながら、俺は叫び声の発生源まで歩いていく。


「カイルさーん!早く行かないと、今日の食事が抜きになっちゃいますよ!」


今にも走っていきそうなノドカの頭に、重たいゲンコツを一発入れる。


「ったぁー!!なんで殴るんですかぁ!」


「魔物とか動物が寄ってくるから、森の中では騒ぐなって言っただろ」


そんなこと聞いていないとシラを切るノドカに、もう一発ゲンコツを食らわせてから荷物を持って、街への道を歩き始めた。


ノドカはぶつぶつ文句を言っているが、しっかり俺の後ろを付いてくる。




「それでカイルさん。今日は何を売りに行くんですか?」


いつの間にか前を楽しそうな足取りで歩ていたノドカが聞いてくる。


「今日は小さな魔石10個とゴブリンの耳が13個だ」


「どれくらいのお金になるんですかねぇ」


「この魔石の大きさなら1,000Gくらい、ゴブリンの耳は200Gくらいだろうな」


「それなら12,600Gくらいになるってことですか?」


「……。たぶんそれくらいだ」


「あれ~?そのくらいの計算もできな…ギャフンッ!」


売られた喧嘩の代金としてゲンコツを渡す。


「武器の扱い方や一般常識がないくせに、なんで計算はできるんだよ」


「さてさて、どうしてでしょうかねぇ」


「まぁいい。詳しいことを聞かないのはお互い様だからな」


軽口を叩きつつも、ノドカが我が家に来たばかりの頃を思い出す。


助けたばかりの頃は、じっと警戒の目で俺を見ていたからな。


日が経つにつれマシになっていったがその時と比べたら、言いたいことを言うようになった今は、かなり信頼してくれていると自負できる関係だと思う。




「ところで魔石って何なんですか?」


不思議に思ったことは何でも聞いてくるノドカ。


「魔物にだけある心臓みたいな石のことだ」


俺はそう答える。


「魔物だけなんですか?」


「そうだ。人間を含めて生き物には魔石ではなく心臓がある。しかし魔物には心臓は無く魔石がある」


「ほえ~」


「一般的に強い魔物ほど大きい魔石が取れるんだ。俺が持っているのはゴブリンのものだから、小さい魔石なんだ」


「なるほど~」


俺の回答に頷きつつ、歩を進めていく。


「それでカイルさん。今日は何を買うんですか?特にご飯については、私は何一つ……」


「食料品と生活用品、それにお前の装備だ」


ノドカに食事談義をさせたら長いと知っている俺は、先に答えを言う。


「え?私の装備?必要ないと思うけどなぁ~」


「最低限、自分の身は自分で守れるようになれ。身につけておけば損することは絶対ないからな」


「……めちゃくちゃ感情こもっていますねぇ」


「これは俺の実体験だからな。それに…」


遠くで草むらの揺れ動く音が聞こえてきた。


俺は黙って身を屈め、近くの草むらに隠れる。


「カイルさん?」


途中で会話が切れたことを不審に思ったノドカが振り返る。


カイルの行動を知ったノドカは、すぐに俺と同じように中腰になって後ろまでやってくる。




数分後、俺たちの行く先から小さなゴブリン2、3体の集団が歩いてきた。


これくらいの集団なら狩れると思い、狩ることをノドカに身振りで伝えようと振り返る。


だがそこには俺のマントを持ち、少し震えているノドカの姿があった。


その姿はまるで父に置いていかれた自分のようで、飛び出すことができない。


仕方がないと俺はノドカの頭に手を置き安心させながら、ゴブリンの集団が通り過ぎるのを待つことにした。




ゴブリンの集団が通り過ぎてから数分後、俺はもう大丈夫だと伝えると


「あれがゴブリンですか!強そうですねぇ!」


震えていた姿が嘘だったかのように、ノドカが興奮して話す。


「あぁそうだ。あれと戦って生き残れるくらいには強くなってもらうからな」

そう言って俺たちは、再び街への道を歩み始める。


「えぇ!?ちょっと勘弁してほしいんですけど……」


不満そうな顔をしつつも付いてくるノドカは、俺の後ろを歩いていた。




そこからは順調に歩を進め、日が頂上に来る前に最寄りの街を一望できる少し標高のある丘まで出てきた。


「ふおおおお!いいですねぇ!いいですねぇ~!!風情があって最高です!」


ノドカはピョンピョンと跳ねながら、全身で嬉しさを表現している。


「とっとと街に入るぞ」


森を抜ければ魔物も少なくて安全なので、興奮したノドカを置いて丘を下っていく。


その後ろを何度も躓いてこけそうになりながら文句を言って追いかけてくるノドカがいた。

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