●43 無双 6
巨人の成れ果てにも似た
故に、速度が乗る前に斬った。
星剣の柄から銀色の輝光が勢いよく噴出し、刃となる。
横薙ぎに一閃。
断。
あっけない。振り上げた腕の骨はろくな抵抗もなく切断され、肘から先が宙を舞う。骨格のどこかにあるであろう〝核〟から離れた部位は、そのまま大気に溶けるようにして消失した。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!? 』
悲鳴、だろうか。機械音じみた声の中に、わずかながら悲哀が混ざっていた気がする。
「というか、ふざけてんのか? アバターもなしに仮想空間に突っ込んできた根性だけは認めてやるが、それで俺に勝てると本気で思ってるんなら、かなりの馬鹿だぞ」
こちらを
とはいえ、聖神ヘラのことだ。頭に血が上りすぎて理性を失い、ただ衝動的に行動しているだけの可能性が大だが。一体どのあたりが女神だというのか。ただの
「――勇者を舐めるなよ?」
ちょっと頭に来た。それなりに本気を出す。
まず意識をこの仮想空間全体へと波及させ、情報強度を上げた。こうして補強しておかねば俺の斬撃に耐えきれず、ヘラどころか空間そのものが崩壊してしまうのだ。先程ゼウスが言っていたように。
別段、他の奴らを
そして既にこの高次元の大半を『理解』し、聖神デメテル以外からも無数の『情報』を読み込んで力を得ている『規格外』の俺にとって、仮想空間の強度を高めるなど造作もなかった。
「
星の権能を召喚――と言いたいところだが、ここは厳密に言えば俺がいた箱庭世界ではなく、さらに言えば宇宙空間でもない。そう見せかけているだけの仮想空間だ。
故に、星の権能の力は俺の【内側】から生まれる。正確には俺の精神――魂からなわけだが、この場においてはアバターの心臓から、その輝きは現出した。
心臓から発した輝きは腕を伝い、振り上げた星剣へと流れ込む。
刹那、星剣の柄の先端から
一瞬の後、剣と呼ぶにはあまりにも太すぎる銀光の
むべなるかな。俺が呼び出した〝コルネフォロス〟の権能は、見ての通り棍棒を司る。
知っているだろうか? 女神ヘラの名を冠した伝説の英雄を。『ヘラの栄光』という名を授けられた怪力無双、その
もちろん、承知の上での皮肉だ。このクソ女神を叩き潰すのに、これ以上の星はないと敢えて判断した。
『 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!! 』
両腕を失い、余波で今にも原子分解してしまいそうな巨大人骨が、それでもなお憎悪の咆吼を迸らせる。
よっぽど俺のことが気に喰わないらしい。何を言っているのかさっぱりわからないが、しかしそこに込められた激情だけはしっかり伝わってくる。
許さない。潰してやる。グチャグチャにしてやる。泣き叫ばせてやる。後悔させてやる。跪いて額を地面に擦りつけさせてやる。心を完膚なきまでに折ってやる。無間地獄に落としてやる――
やはり、およそ女神とは思えないドス黒い情念だけが、肌を焼くような重圧となって押し寄せてくる。
まるで例のピアスに操られたジオコーザやヴァルドル将軍、アルファドラグーンのモルガナ妃を見ているかのようだ。
やれやれ、どうしてどいつもこいつも、俺に対してこういった火力強めの悪感情を向けるのやら。そんなに悪いことをしたか、俺? これでも一応、世界を救った勇者なんだが。
だが、暴走状態にあった頃のジオコーザ達と酷似しているというのなら、ついでに当時の鬱憤を晴らさせてもらおうではないか。
俺の中の〝強欲〟が大きく脈打つ。既に活性化していた〝傲慢〟が呼応し、連鎖を呼ぶ。次いで〝残虐〟、〝憤怒〟が活性化し、さらには〝暴食〟と〝色欲〟までもが準備運動を始め、しかし〝怠惰〟がどうにか〝嫉妬〟を抑制する。
いやバランス悪いな、我ながら。もう何が何だか訳が分からないぐらい無茶苦茶だ。
だけど、それでいい。
このグチャグチャしたものを、そのまま叩きつけてやる――!
「 くたばれ 」
刹那、怒りが
まっとうな型もなく、ただ力任せに星剣を振り下ろす。
刀身の形状は、切っ先へ向かうほど緩やかに太さを増していく棍棒型。切っ先、とは言ったがもちろんそんなものは存在しない。一番端は丸まり、ただ殴り潰すためだけの形と化している。
銀光の
炸裂。
思った以上に手ごたえはなく、斬撃は突き進んだ。
元よりヘラの降臨には無理がありすぎたのだ。おそらく斬ったり潰したりするどころか、指で触れただけでも崩れていただろう。銀光の刀身が当たった端から崩れ、霧のように消失していく。
――チッ……斬り
内心で毒づいている内に、膨張しまくった光刃の切っ先が不可視の床へと達した。
轟音。
転瞬、全方位へ
豪風。
宙に浮いていた鳥かご――斬撃の軌道上からは外れていた――がおもちゃのように吹っ飛び、床に転がっていた二分割の円卓も弾け飛んだ。
当然、その周囲にいた聖神らのアバターも巻き添えだ。
元より稼働停止していたヘラのアバターはもちろんのこと、それ以外の奴らも仲良く衝撃波にぶん殴られ、糸の切れた操り人形のごとく飛び跳ねる。
会議場となっている仮想空間全体に激震が走るが、事前に施してあった補強のおかげでビクともしない。素のままだったら、今頃は容赦なく崩壊して、全員が一斉に『外』へと放り出されていたことだろう。
俺の一撃で生まれた衝撃波の渦は空間内をミキサーよろしく掻きまわし、大いに荒らしまくった。
嵐が過ぎ去った後に残るは、凄惨たる光景。
だというのに。
「……くそ」
全然スッキリしない。不完全燃焼もいいところだった。
無理やり顕現していたヘラの姿は、あっさりと掻き消えた。悲鳴を上げる暇もなく破壊の衝撃に翻弄された聖神らは、水死体のごとく不可視の床に転がっている。宙に浮いていた鳥かごは、遠く離れた片隅で芸術的なまでに奇麗にひっくり返っている。
やっちまった、とも、やり過ぎたか、とも思わない。
どうせこいつらは死なない。空間ごと崩壊しない限り、奴らのアバターは破壊されないのだ。
こいつらが自覚的だったか無自覚だったかに関係なく、これまでやってきたことを考えれば、この程度の仕打ちはまだまだ序の口であろう。
箱庭に生きる命を、屁とも思わない連中には、特に。
「――おい、なにヘバってんだテメェら。まだまだこんなもんじゃねぇぞ。立てよ、さっさと。ぶっ殺すぞ」
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