●43 無双 4






 刹那、俺の中で怒りの炎が猛然と燃え上がった。


 火山の噴火など目ではない。この一瞬の激動だけで銀河系の一つや二つを蒸発させてしまいかねないほど、瞬発力のある憤怒だった。


 溢れる激情はそのまま力となり、アバターから放射された。


 次の瞬間、宇宙空間を背景とした仮想空間に、しかし無数の亀裂が走る。俺の圧力に耐えかねて、仮想空間が崩壊する兆しを見せたのだ。


 おっと、いかんいかん。ここで暴走して何もかも滅茶苦茶にするのは簡単だ。しかし、俺はどうあってもこいつらから『ロールバックする、いや、させてください』という言葉を引き出さねばならないのだ。


 イゾリテを取り戻すために。


 だが――




「 おい お前ら よく聞けよ 」




 俺は力を込めた声で重く強く告げる。


 鳥かごを指差し、全ての感情がない交ぜになったからこその無表情で。




「 俺は絶対に そいつだけは許さない 絶対にだ 」




 いや、指差しているのは鳥かごではない。その中で、怯えるポセイドンの手前にゴミのように転がっている、そいつ。




「 聖神ヘパイストス ボルガンとか名乗って好き勝手してくれたクソ野郎 」




 はっきりと名を読み上げる。何の誤解もないように。何の間違いもないように。




「 そいつだけは地獄に落とす 誰にも邪魔はさせない 邪魔をする奴は一緒に地獄に落としてやる 覚悟しろ 」




 ただただ一方的に言い放ち、俺は不動の決定を伝えた。


 そうとも。許せるはずがない。


 もはや、何のつもりで、何を考えて――なんてことはどうでもいい。関係ない。知ったことか。あいつの事情や思想や動機など。


 ただ一つ。奴は、やってはならないことをやった。


 やり過ぎた。


 許容できる範囲はとうに超えている。俺の広い心はとっくに飽和している。


 俺の十年にわたる安寧が破壊され、国外追放された、あの瞬間から。


 あの時から、全てが崩れ始めたのだ。


 そこから、あらゆるものが連鎖して繋がり、複雑に絡まり――そして現在がある。


 その始点こそが、他ならぬあの男神おがみ――ヘパイストスなのだ。


 ポセイドンやアテナですら心が折れるほどブチのめしてやった。


 なればこそ、ヘパイストスはどうしてやろうか。


 いや、詳しくは語るまい。やることは決まっている。後はもう、やってみせるだけだ。


「……よし」


 言いたいことを言ってやったおかげか、多少なりとも気が落ち着いた。俺はいったん肩の力を抜き、呼吸を整え、


「というわけで俺の要求は二つだ。箱庭をロールバックしてイゾリテが生きていた時間帯に戻せ。あと、ヘパイストスの身柄をよこせ。以上だ」


 少しとは言え気を緩ませたせいか、全身から放たれていた威圧も収まる。


 すると、何もない空中に走った亀裂がゆっくりと、しかし確実に修復され、消えていく。


 どうやら仮想空間そのものに自己修復機能があるようだ。流石は聖神謹製の技術、といったところか。まぁ、こんな風に空間を作成して成立させる技術など、その内訳がとんと理解できないのだが。あるいは、エムリスやニニーヴにならわかるのだろうか。


「…………」


 しばし黙して聖神側の答えを待つが、奴らは何も言わないどころか、相談すら始めようとしない。こっちを見つめたまま立ち尽くし、まるで動こうとしない。もしかしてお互いに念話でもしているのかと思えば、どうにもそんな気配もない。


 ――もしかして戦闘経験とかなくて、マジで茫然自失してんのか……?


 考えてもみれば、こいつらは人間ではなく、その上位たる神を名乗るやからだ。しかも、高次元は『情報』だけで構成された世界。物理法則がないだけに、俺達の次元でやるようないさかいはまずないのだろう。うん、というか、ない。いま理解わかった。


「――チッ、まぁここじゃ時間の概念も存在しないみたいだから別にいいんだけどな。けど、それなりに気が立ってるんだ。あまり待たせるなら……」


 俺は右手に意識を集中。すると掌から銀光が溢れ、先程の想像宇宙でも振るっていた星剣を現出させる。


 しっかと柄を掴み、


「……問答無用で暴れるぞ?」


 刃ではなく、脅し文句を突き付ける。


 余談だが、本来〝星剣レイディアント・シルバー〟は俺の心臓を鞘とした勇者の剣である。そのため従来なら心臓から引き抜く手順が必要なのだが、どうもここでは簡単に省略できるらしい。俺がすごくなったのか、この次元が凄まじいのか、あるいはその双方か。


 この次元について俺の無意識はそれなりに理解をしているようだが、主要人格にして有意識たる『俺』にとっては、何が何だかよくわからなかったりする。とにかくこれまでの常識を超えたとんでもない世界だ、ということぐらいしか。


 実際に、今も。




『                』




 無言の圧。


 そうとしか言いようのないものが突如、この場に出現した。


「――!」


 俺をして初と言わざるを得ない、凄まじい気配。


 あるいは、かつて戦った魔王エイザソースを彷彿ほうふつとさせる――否、それすら凌駕する勢いの重圧。


 とはいえ今の俺にとっては、もはやあの魔王すら片手で葬れる程度の存在でしかないわけだが。


「ヘ、ヘラ副主神ふくしゃちょう……!?」


 聖神らが揃っておとがいを上げ、頭上へ視線を向ける。


 ――ヘラ副主神? そいつはお前らの足元に転がってるんじゃないか?


 とか思った瞬間、無意識から『情報』が伝わって理解が進む。


 ――なるほど、【本体】か。


 今、女神ヘラの本質――つまりは〝魂〟はここにない。ガラクタとなったアバターを抜け、仮想空間の〝外〟にいる。


 そう、〝膜〟に包まれた『情報』の状態にあるのだ。先程の俺の想像宇宙でなら、一際強く輝く恒星のように見えるだろうか。


 そんなヘラが、アバターを介してでしか干渉できないはずの仮想の会議室に、規格外の圧力をかけている。




『 ――ぇぇぇぇぇぇぇ……! 』




 重圧から、やがて声が響き始めた。


 なんとアバターなしで仮想空間に働きかけるどころか、声を届けだしたのである。


 人間とは当然比べものにならず、聖神としてもかなり馬鹿げた力だ。この俺ですら、わざわざ女神デメテルの力を流用してアバターを作り上げ、この仮想空間に侵入ログオンしているというのに。


「――落ち着け、ヘラ! 無茶をするな!」


 大声を上げて席を立ったのは、意外にも主神のゼウスだった。


 頭上――すなわちヘラの重厚な気配のする方へ顔を向け、必死に叫ぶ。


「下手をすればこの空間が壊れるぞ愚か者め! その際お前にもダメージがフィードバックされてしまう! 最悪、【空間崩壊】が起こるぞ! やめろ!!」


 終始テンション低めだったジジイが、ここまで声を荒げて制止するだなんてな。ここで行われた会議の『情報』を読み込んでそれなりに理解している俺ですら、そこそこ意外に思う。


 ああ見えてゼウスとヘラは夫婦だという。それを思えば、どう見ても真っ向から対立しあって互いに憎しみ合っている二柱ふたりだが、それでもどこかに愛が残っていたのか――なんて思考が頭の片隅をよぎったりもする。


 ――ああ、いや、それだけってわけでもないな?


 遅れて理解したが、この仮想空間が破壊されると、中のアバターもついでに崩壊し、聖神らの本体にかなりのダメージがいくようだ。


 なるほど、それで必死になっているというわけか。


 というか、アバター自体は空間そのものと紐づいていて、通常の攻撃では破壊できない。


 それは俺がポセイドンとアテナのアバターを滅多打ちにしても砕けなかったことで実証されている。


 だが――【空間ごとなら】、どうやら『スーパーアカウント』なるアバターをも破壊可能らしい。


 ――なるほど、こいつはいいことを知った。




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