●43 無双 3





 言うまでもなく、さっきの円卓を切り裂くパフォーマンスが功を奏したのだろう。あのジジイを含め、自分自身を切り裂かれるイメージを抱いてしまったに違いない。それで臆したのだ。


 無論、俺と同じでここにある肉体は仮初めなのだろうが。


 それでもなお怯えの感情を抱いたということは――大きい。


 ここは『情報』だけが存在する、精神世界。


 心が怯えたということは――魂の火が弱まったということ。


 まさしく、精神的に俺の風下に立ったということだ。


「へぇ、これアバターって呼ぶのか。まぁ確かに語源からするとお前らが使ってこそ、だよな。実際にどうかは知らないが、一応は神を名乗っているんだから。いや語源と言っても、俺が知っている世界での話なんだが」


 アバターとは、とある言語で『神の化身』を意味するアヴァターラから派生した単語だという。要は天にいる神が地上で活動するための仮の器――分身わけみという意味だ。


 ジジイが怪訝けげんそうにするのも無理はない。何故ならこいつは――


「【奪った】だけだぜ。お前らのお仲間から、な」


 俺は傲然と顎を上げて告げた。聖神達を見下すように。


「確か……デメテル、とか言ったか? ここに来る途中、一際ひときわ強い光――つってもわからないよな。まぁ、気配のデカい奴を見つけてな。そいつと接触して、軽く話をして――それから【強奪】させてもらった。そいつの力ごと、な」


 この仮想空間へ介入する前、俺は自力で構築した宇宙空間にいた。いや、いると錯覚するよう自己暗示をかけ、この高次元を渡ってきた。


 そして魂が高次元に馴染むにつれ世界の解像度が増し、あらゆるものへの理解が深まった結果、俺はとある聖神のもとへと辿り着いた。


 そこにいたのが聖神デメテルである。


 ここ――会議場か?――の次に強く大きな光を放っていたそいつと接触し、いくらか会話をしたところ、


『降参します。何でもしますので拷問だけはご勘弁ください』


 即断即決で、女神は白旗を上げた。どうやら非常に賢く、目敏めざとく、気風きっぷのいい聖神だったらしい。


 正直、この俺が驚いたほどだ。こんなにもいさぎよく、かつエグい決断力を持つ奴を、俺は三人の仲間以外に知らない。


 まぁ、エムリスにせよ、シュラトにせよ、ニニーヴにせよ、どいつもこいつも頭のネジが外れすぎだろって話なのだが。


 とはいえ、降参したから許します、とは当然ならない。俺は基本、イゾリテを奪われて怒り心頭なのだ。ついでに言えば、この神社かいしゃとやらに乗り込んだ時点で大いに暴れ回っているのである。


 今更、情けをかける理由もない。


 というわけで、容赦はしなかった。


 俺の『情報』の読み込みによる理解から、聖神デメテルが高次元における非常に優秀な技術者だということは、既にわかっていた。その力が俺にとって有益なことも。


 だから俺の中に宿る〝強欲〟をもって、その力と技術のすいである『概念』を奪い取らせてもらった。


 奪ったものの中にはいわゆる『アバター生成』という能力だか技術だかがあり、それをいい感じに活用させてもらった結果、俺は己の分身ぶんしんを自由に作れるようになった。


 というわけで、俺は自作――というか意識を向けただけで勝手に出来た――アバターを用いて、この仮想空間へと侵入してきたわけである。


「……う、奪った? え……? 何それ、どういう意味……? 奪える……? 奪えるものなの……? デメテルさんのアバター生成技術を……? え、それどんな理屈……?」


 ジジイの次ぐらいに強い後光を持つ聖神が、唖然とした顔で俺を指差しつつ、独り言のように言葉を紡ぐ。まるで理解不能だ、と言わんばかりに首を傾げており、その姿はやや滑稽だ。


 だがまぁ、さもありなん、としか言いようがない。


 おそらくだが、俺はこの高次元にまで来てなお、八悪の因子の影響によって『規格外』へと変容しつつあるのだ。こっちの常識はからきし知らないが、相手の反応を見ていればすぐにわかる。


 俺が当たり前のように出来ていることが、聖神らには出来ない。というか、考えもしなかった、という感じだ。


 ――ま、八悪の因子も実体のない『概念』だもんな。下手すりゃ、あっちの世界よりもよっぽど効果的に発動している可能性まであるか……


 まっとうなやり方では殺せない魔王を、それでも殺してのけた力の源が〝八悪〟だ。


 エムリスが独自の手法で上位次元から呼び込んだ力だと聞いてはいたが、ここに来て初めて、心の底からそういうものなのだと実感できたかもしれない。


 俺は頭に疑問符の花畑を咲かせる、オレンジ髪の聖神に笑いかけてやる。


「細かいことを説明する義理はないだろ? というか、俺達そういう関係じゃないもんな? わかっているとは思うが、念のため宣言しておくぞ。俺はお前らの【敵】だ。お前らは俺の【敵】だ。それだけわかれば充分だよな?」


 こんなことを話している間にも俺の『理解』は進み、既に頑固ジジイがこの神社の主神のゼウスであり、オレンジ髪が専務のアポロンだということがわかっている。


 ついでに言うと、俺がさっき円卓を切り裂いたせいで無様に床で転がる羽目となった女神が、副主神のヘラだということも。なんか会議中にハッスルしすぎてアバターがおかしくなったらしい。読み込んだ会議のログによると、まぁ、まともに動ける状態だったらかなり鬱陶しいタイプだったようなので、そいつが再起不能に陥っているのは割と都合がいいわけだが。


「というわけで、そろそろ本題に戻ろうじゃねぇか。――【どうする】?」


 俺は端的に尋ねた。


 既にお互いの事情はわかっているはず。


 その上で俺は、俺の要求を貫徹する。絶対に引かない。不退転の決意を視線に込め、二つに割れた円卓を囲む聖神らを見やる。


 素直にロールバックするのか?


 それとも断って俺とやり合うのか?


 俺はこの二択を投げかけたのだ。


 ――まぁ、どうしたって荒事にはなるんだろうけどな。


 ぶっちゃけ、内心ではそう高をくくっている。


 言わずもがな、いくら何でも俺は暴れすぎで、傍若無人に振る舞いすぎた。こっちの常識は知らないが、普通に考えて許されるわけがない。そも、俺はついさっき敵対者であることを公言したばかりだ。


 十中八九、選択は後者になるだろう。


 どうあれ一度は激突し合わねばならない運命だ。この問いかけは所詮、その手続きの一つに過ぎない。


 表情を探ると、主神のゼウスは俺の顔を睨みつけたまま不動。


 専務のアポロンは戸惑いを顔に出しつつ、しかしその目は冷静に何事かを思案しているようだ。というか、あいつ、多分この中で一番フラットな思考を持っているようだな。どこか、こっちに有利に働きそうな【匂い】を感じる。


 その他、機能停止しているヘラを除けば、どいつもこいつもただ怯えて硬直しているだけ。もちろん聖神で、かつ幹部だけあって相応の力は有しているようだが、どうにも役立たずの気配しかしない。


 中でも一番の役立たずは中央に浮かんだ鳥かごのポセイドンか。前に据えてやったお灸がよほど効いたらしい。俺から一番離れた位置――つまりは鳥かごの最奥でダンゴムシよろしく身を丸め、ガタガタと震えている。


 そういえば鳥かごにはもう一人――いや、神だから一柱か? どうでもいいが――、聖神が囚われているようだ。


 ――と、ここで『情報』が流れ込んで来た。詳しいプロフィールが頭の中に広がる。


 もう一人の名は――【聖神ヘパイストス】。


 またの名を――宮廷聖術士【ボルガン】。


 イゾリテが消滅したことだけではなく、全ての【元凶】――




「 【お前か】 」







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