●43 無双 2




 結論から言うと、俺は満を持して敵の本丸へと乗り込んだ。


 正々堂々、真正面から。


 まぁ、本当にここが【本丸】なのかどうかは実際問題、わからないわけだが。


 しかし、俺の超感覚が告げている。


 この場にいる聖神達こそが、俺のいた箱庭コクーンとやらを運営している神社かいしゃの幹部に違いない――と。


 何故って? どいつもこいつもキラキラと輝く後光が差しているからだ。それも目に痛いぐらいのまばゆさで。これこそ、俺の超感覚がこいつらを重要人物だと認識している証左に他ならない。


「――ん? どうした? 誰もかかってこないのか?」


 挑発したにも関わらず微動だにしない聖神らに、俺は首を傾げた。


 時間の概念がないせいで具体的な数字こそ出せないが、それでも主観的に俺がこの高次元に来てから結構経つ。おかげで大分馴染んだし、かなり順応した。


 知っての通り、俺は『情報』だけで構成されたこの次元の、あらゆる要素を読み込むことによって、意識下および無意識下で世界を理解しつつある。


 そのため――変な言い方になってしまうが――俺は【既に全てを知っている】が、同時にそのことに気付いていない状態にあるのだ。


 逆に言えば、俺は全知であることに自覚のない神、ということになる。我ながらおかしな話だが、とにかく今はそういうことになっているのだから仕方がない。


「――そもそもお前は何をしに来た、下郎。く答えよ」


 十八人――人、という数え方でいいのかどうかはわからんが――いる幹部連中の中で、一際ひときわまばゆい後光を背負った爺さんが、またしても俺を下郎呼ばわりする。


 老人にしてはデカい体躯をどっしりと椅子に据えていて、見るからに偉そうだ。


 多分、こいつがトップだな。


 そう値踏みしつつ、俺は右手に意識を集中させ、銀剣を形成。


 下から上へ、軽く一振り。


 この場の中央に座している豪勢な円卓をぶった切る。もちろん、上に浮いている大きな鳥かごと、幹部連中を上手く避けた軌道で。


 銀光が奔った一瞬後、中央からやや右寄りを切り裂かれた円卓が、重苦しい音を立てて二つに分かたれた。


 いきなりの破壊に聖神らが凝然とする中、俺は笑顔を浮かべ、明るい声で言う。


「――ん? げ……何だって? よく聞こえなかったな。もう一度言ってくれよ。く、な」


 せっかく『銀穹の勇者アルサル』と名乗ったにも関わらず、頑なに下郎呼びを続けた爺さんに、俺は露骨な皮肉を投げてやった。


 というか、このジジイ、誰かに似ているなと思ったらセントミリドガル国王だったオグカーバに雰囲気がそっくりではないか。


 道理で初対面にも関わらず妙に気に食わないわけである。まぁ、俺にとって聖神という存在がそもそもからして〝敵〟だということもあるのだろうが。


「――つうか、何をしに来たもクソもあるかよ。言っただろ? お前らをぶん殴りにきた、って。話聞いてたか? それとも聞いてもわからないぐらい知能が低いのか? 耄碌もうろくしてんなー、ったくこれだからジジイはよ」


 自分で喋っていて気付かざるを得ないが、今俺の中ですごい勢いで〝傲慢〟が活性化している。いや、〝傲慢〟だけではない。〝残虐〟や〝憤怒〟、ついでに〝嫉妬〟も元気になっているらしい。いや仕事しろよ〝怠惰〟。お前だけがカウンター勢だぞ。マジ怠惰だなこの野郎。まぁ野郎かどうかは知らないが。


「――ああああああああ!? ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!?」


「お、おお……? なんだなんだ?」


 唐突に上がった悲痛な悲鳴に、思わず間抜けな感じで驚いてしまった。


 叫び声の発生源は、さっきまで円卓だった残骸の上に浮いている大きな鳥かご。


 ――つか、なんで鳥かご? しかも、こんなにでかいやつ?


 とか思うが、ここは俺がいたところより上位の次元である。何というかこう、よくわからないルールがしきたりがあるのだろう、多分。郷に入っては郷に従え、という。まぁ、細かいことはあまり気にしないでいこう。


「……なんだ、お前か」


 鳥かごの【中身】に視線を移して、あっさり得心した。


 誰あろう、ネプトゥーヌスこと聖神ポセイドンだったのだ。


 箱庭――自分がいた世界をそう呼ぶのには若干の抵抗があるが――で見た時と同じつらをしているので、すぐにわかった。まぁ、〝あちら〟で見た時よりもさらにひどい顔付きで、憔悴が進んでいるようだったが。


「――ひぃいぃぃっ!?」


 俺の視線に気付いたのか、ポセイドン――〝こっち〟だから聖神の名前で呼んだ方がいいよな?――は肉食獣に気付いた草食動物のように全身を跳ねさせ、怯えの声を上げる。拘束服らしき格好で体の自由を奪われているが、尻餅をつき、そのまま芋虫じみた動きで後ずさり、鳥かごの奥へ奥へと退しりぞいていった。


 それを見た瞬間、俺の脳裏に理解の光がひらめく。


「――へぇ、なるほど。俺の【怖さ】を一生懸命、他の奴らに喧伝してくれてたんだな。結構なことじゃねぇか」


 へっ、と小馬鹿にした笑みを浮かべてしまうが、これは〝傲慢〟のせいだ。どういうわけか、ここに来て妙に八悪の因子がうずきやがる。それでいて違和感というか、拒否感があまりない。


 ――今まで以上に馴染んできてる、ってのか? 俺の心と一体化しつつあるから、嫌悪感が薄まってきてるとか、そういう……?


 そう考えて背筋に嫌なものが走るが、今はそんなことを考えている場合ではない。とにかく不穏な想像は頭の片隅に押し込んで、現状を優先する。


 俺は、固唾を呑んでこっちを見つめてくる聖神らを眺めやり、告げた。


「よし、【理解したぞ】」


 左手の人差し指で自分の側頭部をトントンと叩き、エムリスじみた不敵な笑みを浮かべる。


 ここまでのやりとりで、読み込んだ『情報』の整理が完了した。


 そう、つまり――今の俺は、【ここで行われた会議の内容をすべて把握している】、ということだ。


「ここで俺の要望を受け容れるかどうか議論していたんだよな? 素直にロールバックするか、それともしばらく様子見するか、って。しかしお前らも暢気だよな。いや、上位存在であるが故の自然な高慢か? まぁ最終的には『箱庭の消去』とかいう究極の手段もあるもんな。余裕よゆう綽々しゃくしゃくってもんだろうさ。そこのポセイドンとは違って、脊髄がひりつくような危機感なんて感じたりしないよな、そりゃ」


 頭の中に入ってきた会議の内容をもとに、俺は煽るように笑ってみせる。


 すると、聖神らの表情がさらに強く強張った。何故それを――とほぼ全員の顔が言っている。


 ――おっと、この反応……ってことは、周囲の『情報』を連鎖的に読み込んで次元そのものを理解するという技能スキルは、ここにいる聖神達は有していないのか?


 自覚はなかったが、あちらの反応を見るに俺がやっていることは常識外のことらしい。それとも、別に驚く理由があるのか? ちょっとそこまで『情報』が読み込めていないが。


 とはいえ、それはそれで都合がいい。要はカンニングし放題ということだ。あちらにはできない芸当が、こちらには出来る。俺の方があいつらより高次元に適応できている、ということなのだから。


「――その分身体アバターを一体どこで、どうやって手に入れた……? 何が目的だ……? ……勇者アルサル」


 見るからに偏屈頑固ジジイが、いぶかしげに目を細め、問うてくる。先程と比べてかなり勢いが弱い上、俺の名をちゃんと呼ぶ始末だ。


 ――ひびが入ったな、心に。



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