●33 削れていく心根 4
と言ってもミドガルズオルムへの攻撃を妨害するものではなく、あくまで隙を見せた俺を叩くための魔術行使だ。
剣を振り抜いた体勢の俺に、忽然と現れた無数の青白い光球が殺到する。
流石はエムリス、と言っておこう。普通に最悪のタイミングだ。意地の悪さはピカイチだな、と。
だからと言って、
「〈
黙ってやられてやる義理もない。
疾風と迅雷を
今更振り抜いた剣を引き戻す暇はない。だから俺は地を蹴って勢いを殺さぬまま、否、むしろ勢いに乗って回転した。
その速度こそ、まさに疾風迅雷。
知っての通り俺は並の人間ではなく、この一挙手一投足には相当な破壊力が付きまとう。故にその気になって身を回転させれば、それだけで竜巻が発生するのだ。
豪風が凝縮し、収束し、稲妻を弾けさせながら一瞬で天へと伸び上がる。
そこへエムリスの〈
爆音が連続して轟く。
一つ一つが『果ての山脈』を消滅させてなお余りある破壊力を持つ光爆。それが幾十、幾百と炸裂した。
即席で生み出した雷を孕む竜巻が一瞬にして噛み千切られた。
が、俺は無傷。
連鎖爆裂した〈
これもバルムンクが秘めた聖なる力の賜物である。
『ったく、バンバン魔術を使いやがって……つーか、わかってんのか?』
〈
自ら巻き起こした旋風に乗るようにして、高く高く跳躍していた。
そう。既にこの身ははるか高空にあり、ニニーヴの合体聖具はもちろんのこと、宙を飛んでいるエムリスの魔竜王とその配下ですら、眼下に見下ろしている。
また少し離れた座標には、先程の〈
『お前らが力を使うたびに、この空間には魔力と聖力が満ち溢れるんだぜ?』
馬鹿め、と言う他ない。本来のあいつらならすぐに気付いただろうに。
ただでさえ大量のリソースを吸収していたバルムンクが、新たに大気に放出された魔力と聖力を吸収し、更なるエネルギーを蓄えていく。
もちろんエムリスの魔術を斬れば聖力が、逆にニニーヴの攻撃を相殺すれば魔力が消費され、刀身に
だが、それ以上に二人の攻撃によって新たな力が補給されるため、今この場におけるバルムンクのエネルギー残量は、ほぼ無限と言っても過言ではなかった。
つまり、エムリスとニニーヴがどんな攻撃を繰り出して来ようが、バンバン斬り放題ということ。
それどころか。
『――てなわけで今度はこっちの番だぜ』
足裏に理力を集中させ、不可視の足場に立つ。空中にありながら膝を曲げ、両手で握ったバルムンクを後ろへ引き、大斬撃を放つ構えを取った。
知っての通り、俺の〝氣〟を収束して形成する〝銀剣〟はいくらでも刀身を伸ばすことができる。これが故、主武装が剣という近接武器でありながら、俺はリーチに関係なく巨大な魔物や魔族とも互角以上に渡り合うことが可能となるのだ。
だが通常、
よって俺は、聖と魔が常に
視界に映る全てを、一刀のもと切り捨てるつもりで。
狙うはエムリスの魔竜王とニニーヴの合体聖具。どちらもデカすぎる的だ。外す道理がない。
『〈
理力で時空を捻じ曲げ、同時に十二の斬閃を叩き込む剣理術を発動。
直後、ニニーヴの結界内を十二の弧線が縦横無尽に走った。
イーザローン平野の全域を、その刃圏にとらえる刃渡りとなった
切断。
ただひたすらに、絶対切断。
魔竜王の装甲――否、硬質的でありながら柔らかさをも併せ持つ強い皮膚も、そこに張り巡らされた概念防御も。
合体して巨大化した超弩級の聖具の塊、その聖神特製の堅固な装甲と、守護神の加護も。
ついでに、まだ残っていた魔竜アルファードの群れも。
なべて斬り捨てた。
斬られたことに気付かないほど鋭利に。
何なら
一瞬の静寂。
世界から全ての音が消え失せたかのような刹那。
俺は振り抜いた剣を引きながら、片手の指を、パチン、と鳴らした。
それが合図。
静まり返った結界内の戦場に、軽い音がしかし透き通って響き渡る。
直後、俺の剣に断たれた
『『 ――!? 』』
驚愕の気配はエムリスとニニーヴの両名から、ほぼ同時に。
魔竜王と配下の魔竜の群れは、悲鳴を上げる暇もなく。
巨大な合体聖具は、金属と金属が擦れ合う軋みを上げ。
盛大にバラバラになった。
半生物化していた魔竜王と魔竜らは、切断面から大量の青黒い血液を迸らせた。さながら水風船が弾けるかのごとく。ぶつ切りになった巨躯が命を失い、肉塊と化して地上へと落下していく。
大要塞と化していた合体聖具は、その大きさ故に一番多く斬撃を受けていた。超弩級の巨体に十二の線が走り、そこを境として切断された各パーツがズレていく。切断面が鋭利すぎて【滑る】のだ。最初はゆっくりと、しかし重力の影響を受けて徐々に加速し、金属が擦れ合って悲鳴のような音響を奏でながら。
やがて十三分割された金属塊が地上へ落ち、さらなる重低音を轟かせた。
不意に、ドクン、ドクン、と俺の中の〝傲慢〟と〝強欲〟が強く脈打つ。
『――出てこいよ、エムリス、ニニーヴ。どうせ大したダメージは受けてねぇんだろ? 時間だって無限にあるわけじゃねぇんだ。遠くからチマチマやってないで、言いたいことがあるなら直接ぶつけに来いよ』
俺は二人に聞こえるよう肉声と通信の両方で、挑発的に煽った。
先刻の〈真・牙裂斬〉にしかし、大きな手応えはなかった。一応、エムリスの魔竜王は核と思しき箇所を。ニニーヴの合体聖具は大体のアタリをつけたところを斬ったはずなのだが。
どうも二人とも、俺の見当外れの場所に潜んでいるらしい。
だが、何にせよ二人が隠れていそうなデカブツは始末した。こうなったら〝魔道士〟も〝姫巫女〟も姿を現さないわけにはいかないはずだ。
ドクン、ドクン、と先程よりも強く〝傲慢〟と〝強欲〟が
まずいな、ちょっと力を使いすぎてるか? このまま調子に乗っていたら、俺も八悪の因子に呑まれて〝暴走〟してしまう可能性がある。
どうにか因子の活性化を抑えつつ、この馬鹿げた戦いを終わらせたいところだが――
『……なるほど。ボクとニニーヴが揃って君と敵対すると、その武器はここまで強烈なシナジーを発揮するんだね。まるでこの状況を以前から想定していたような、実に【おあつらえ向き】の剣じゃあないか。もしかしなくとも、昔からボク達を敵に回す日が来るかもしれないとか考えていたのかい、アルサル? まぁ、だとしても君らしいと言う他ないけれど』
さっきまでの拡声術式ではなく、通信魔術によって届くエムリスの声。
なんとも皮肉気な語調だ。だが、さもありなん。先程から解説している通り、俺の
『アホか。考えないわけがねぇだろが。人生ってのは何が起こっても不思議じゃないんだ。いつどこで誰が敵に回るか――どんな小さな可能性だってそれを想定して備えておく。それぐらい軍人にとっちゃ当たり前のことなんだよ』
嘘である。正直なところ、エムリスとニニーヴの二人を正面から相手にすることになるなど、さすがに想定外だった。
というか、そんな悪夢みたいな事態になる可能性など考えたくもなかった――と言った方が正確か。まぁ、実際にはこうして実現してしまっているわけだが。
敢えて言うまでもないだろうが、このバルムンクは別段、対エムリスおよびニニーヴを想定して作った装備ではない。
むしろ、その逆だ。
絶大な魔力を用いるエムリスと、膨大な聖力を扱うニニーヴ。この二人と共闘する際、彼女らの戦闘行動によって生じた余分な魔力と聖力を有効活用できないものかと考え、編み出した特殊な剣なのだ。
それがまさか、こんな形で猛威を振るうことになろうとは。
『へえ、こら驚いた。意外どすなぁ、アルサルはんがそんなこと考えてはったやなんて』
エムリスと同じく、通信に切り替えたニニーヴの声が頭の中に響く。
この瞬間、俺はエムリスとニニーヴの現在位置をはっきりと感知した。
エムリスの位置は、なんと地上。
見れば、そこには八つ裂きになった魔竜王の遺骸。青黒い血の海に沈んでいる巨大な肉塊の群れ。そこから不意に【群青色の闇】がタールのように滲み出たかと思えば、煙よろしく宙に浮かび上がり、一点へと結集していく。
液体のようにも気体のようにも見える闇色の〝何か〟が、やがて輪郭を持ち始め、徐々に形状を整えていく。
果たしてそこに現れたのは――誰あろう、エムリス。
見覚えしかない華奢な矮躯。〝蒼闇〟の名にふさわしい色をした長い髪。挑発的で挑戦的で独善的な青白い瞳。不敵な笑みを浮かべる口元。
いつものように大判の本に腰掛け、宙に浮いている。
しかも、玉座に座る皇帝よろしく、偉そうにふんぞり返って。
『やれやれ、ひどいことをするね。せっかくの研究材料が全部パァだ。損害賠償を請求するよ、アルサル』
何様だお前は。
しかし、こいつは一体どこに隠れていたというのか。今の出現のしかたは、およそ人間のそれではない。いやとっくに俺達は人外ではあるのだが。それを押しても
少なくとも魔竜王の中にコクピットスペースを作って、そこに潜んでいたわけではないらしいのはわかった。となれば、どのようにして魔竜王の
俺の予想では、おそらくアイテムボックスなどに使用しているストレージの魔術の応用だ。巨大魔竜の体内に亜空間を形成し、ほんの少しの『穴』を作って魔力の経路だけ確保し、中に潜んでいたのだろう。しかも、自分の肉体をいったん黒い煙のようなものに変換した上で。
なんともはや、これは冗談抜きで、
俺が元いた世界ではこういう奴を『
『あらあら、エムリスはん、そんなところに隠れてはったんやね。道理で手が届かんはずやわぁ。ああもう、けったいなことしてくれよるわ』
一方、ニニーヴはと言えば――
「……チッ。お前はお前で【そっち】かよ……!」
舌打ちを禁じ得なかった。
一体どこにいたのかと思えば、こちらも全くの予想外。というか、意識の死角。常識の埒外。
なんと上空だ。
頭上の遙か彼方。
先程、俺が飛翔したよりもさらに高い位置。
というか――【結界の外】。
ニニーヴの奴め、最初から自身で張った結界の中にすらいなかったのだ。
すぐには感知できないほど遙か高みから戦場を見下ろして、結界を張り、遠隔で聖具を操り、戦闘を行っていたのである。
「ふざけやがって……」
我知らず低い声が漏れた。
よもや、自ら張った結界の外にいようとは。
流石にその可能性には思い至らなかった。というか、すっかり騙されてしまった。わざわざ声だけを結界内に送り込み、自身の位置を完全に隠蔽していようとは。
まぁ、だが、ニニーヴらしいといえばニニーヴらしいか。
悪気なくこういったことをやってくれるのが、あの〝白聖の姫巫女〟なのだ。
そう、冗談抜きでニニーヴに悪気はない。
きっと今だって、しめしめ上手く騙くらかしてやったわ、みたいなことは考えてはいまい。
あいつは最初から上空で戦場を観察していて、その場の流れに応じて動いていただけに決まっているのだ。だからこそ悪びれない。罪悪感を持たない。
そんなニニーヴだからこそ、八悪の因子の中でも厄介そうな〝憤怒〟と〝嫉妬〟を担当したのだ。
とはいえ――だ。
『降りて来いよニニーヴ。そんなところにいたら顔を合わせて話も出来ねぇじゃねぇか』
聖力の結界をぶち抜いてニニーヴを地上へ叩き落とす――この一瞬、俺は本気になった。
文字通り『高みの見物』をしていたニニーヴに心底腹が立ったのだ。
「――〈
我が教え子から学んだオリジナル剣理術を、出し抜けに頭上へ向けてぶっ放した。
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