●33 削れていく心根 3





 言ってしまえば剣の内部で魔力と聖力の対消滅がひっきりなしに起こっており、それにより魔力でも聖力でもない、そして理力でもない『新たな力』が発生しているのだ。


 手前味噌になってしまうが、こいつはかなり強力な武装である。


 俺の最大の奥の手である星剣レイディアント・シルバーには流石に劣るが、それでも次点をやりたいぐらいには馬鹿げた威力を発揮してくれる。と言っても、星剣に次ぐ武器なら他にいくつもあるのだが。


 ともあれ、エムリスとニニーヴ、それぞれ魔と聖の最高峰を相手取るなら、こいつほどうってつけの剣はない。


 聖魔相克の名に恥じず、どちらの力であろうと関係なく、盛大にぶった斬ってやることが出来るのだから。


 俺は空の彼方から次々に近づいてくるミドガルズオルムの残骸を視野に入れつつ、やけくそ気味に呟いた。


『ったく、いい加減に目ぇ覚ませよな、極道ごくどう聖女さんよ……!』


 バルムンクまで持ち出しておきながら何だが、しかし正直に言えば戦いたくなどないのが本音だ。お互いに八悪の因子を有しているおかげで死ぬことがないのはわかっちゃいるが、仲の良かった相手、しかも女ともなれば、どうしたって躊躇ちゅうちょを禁じ得ない。




『 ニニーヴばかりに気を取られていて大丈夫かな? ボクのことを忘れてやしないかい、アルサル 』




 馬鹿げた勢いで膨れ上がる魔力の気配。


 忘れてるわけねぇだろ、と言い返す間もなく、




『 〈天照顕現オオヒルヒメノムチ〉 』




 エムリスの奴が、出し抜けに大魔術を発動させやがった。


 直後、カッ、と大空が真っ白に染まるほど眩しく輝く。


 その瞬間から、地上へと降り注ぐ致死ちしの熱光線。


 俺の足元の大地が一瞬にして赤熱したかと思えば、どろり、と輪郭を失う。


 術名からして嫌な予感がしていたのだが、エムリスの奴、予告抜きでとんでもない魔術を使いやがった。


 戦場のすぐ上空に、【小型の太陽】を召喚したのだ。


 エムリスが発動させた〈天照顕現オオヒルヒメノムチ〉は、名称からして太陽神アマテラスの別名であり、そこから熱に関する魔術であることがわかる。


 そう、十年ぶりに再会してからこっち、これまであいつが見せてきた〈雷霆一閃ジャッジメント・ケラウノス〉や〈裂空破断ティフォン・インディグネイション〉、〈氷結地獄アブソリュート・ゼロ〉などと並ぶ、炎熱系の大魔術だ。


 普通の魔術師なら長い長い詠唱の果てにやっと発動できるこの大魔術を、無詠唱ノーアクションで即座に放つことができるのだから、まったく規格外が過ぎて心の底から呆れてしまう。


 言うなれば撃鉄も起こさず、トリガーも引かずに弾丸を発射できる拳銃みたいなものだ。


 いや、破壊の規模を考えれば原子爆弾と言っても過言ではない。


 つくづく洒落にならない奴である。


『邪魔すんなよ、根暗魔道士……!』


 発動して数秒で、早くもこの場は焦熱地獄だった。ニニーヴの結界内でなければ世界中に被害が出ていたに違いない。しみじみ、イゾリテをこの場に連れてこなくてよかったと思う。


 俺は両手で形成した聖魔克服剣バルムンクを下段に構えた。


 紅銀と蒼銀の光が複雑に絡まり、螺旋を描き、常に流動しているように見える刀身。その性能上、こういった見た目になるのは仕方ないと言えば仕方ないのだが――これ、俺が元いた世界の感覚では『ゲーミングなんちゃら』というのではなかろうか。


 などと頭の隅で考えつつ、俺はバルムンクを大上段へ振り上げた。


 風切り音すら立たない鋭い一閃。


 前にも言ったが、俺の作り出す剣は『絶対切断の概念』そのもの。たとえ糸のような細い刃であろうと、物理的に断てぬものなど存在しない。


 それをさらにシリウスの権能で強化した上、ベテルギウスとスピカの権能まで上乗せしている。


 いまや物理だけでなく、概念的にも斬れないものなどほとんどない。


 故に、この場に満ちた魔力だろうと真っ二つだ。


 手応えあり。


 物理的にはただ虚空を斬っただけのバルムンクは、しかし確実に【世界の裏側にある】エムリスの魔術の核を、紙のように裂いた。


 頭上に顕現し、数千度から数万度の熱を放射していた小型太陽が嘘のように消失する。




『 ……不愉快だね 』




 たった一言だったが、〝怠惰〟の影響下にあってなお強い憎悪の感情が滲み出ていたので、自分の魔術を無効化キャンセルされるというのはエムリスにとって相当な屈辱だったらしい。


『だったら今すぐにでも大人しくしろよ……つっても聞かねぇんだろうなぁ……』


 俺としては、これだけ好き勝手しておきながら魔術の一つや二つ斬られた程度で文句を言うなよ、と言いたいところだが、どうせ聞く耳持たないのはわかりきっている。


『つーかお前、俺のこと舐めてないか? お前が無詠唱で発動できる魔術ぐらい、こっちだって一太刀でぶった切れるんだよ。その程度の攻撃でどうこうできると思ってる方がおかしいだろ』


 魔術や魔力においてはエムリスに、聖力や聖術ではニニーヴに、ついでに至近距離での格闘戦ならシュラトに、それぞれ劣る俺ではあるが――前にも言ったように、総合的な実力では決して負けていない自信がある。


 特に剣ともなれば、『絶対切断の概念』も相まって最強を自負してもいいとすら思う。


 だから、例えばエムリスが『果ての山脈』を吹っ飛ばした『BANG☆』はもちろんのこと、詠唱なしで発動できる程度のものなら、それが例え大魔術であろうと一閃で断ち切れるのだ。魔術によって引き起こされた現象だけでなく、その核となる『魔術という概念』そのものを。


 つまり、俺だってその気になれば『果ての山脈』を盛大にぶった切ってやることぐらい朝飯前なのだ。何ならナイフ一本で。いや、指先一つで。


 ただ、世間体とか体面とか常識とか、そういったものを考慮してやらないだけで。というかもういい大人だから、そんなこと馬鹿げた真似はやりたくてもやれないだけで。


 エムリスがせせら笑む気配。




『 はははは、言われてみれば確かに。そういえばアルサル、君は〝勇者〟だったね。すっかり失念していたよ。失敬、失敬 』




『……エムリス、お前……』


 いつもの挑発的なエムリスの台詞に、しかし俺は強く言い返すことが出来なかった。


 何故なら、その口調があまりにも恬淡としていたから。


 またしても〝怠惰〟の影響が強まってきている。それでいて流暢に喋っているのは〝残虐〟の因子も同様なせいか。




『 ほなエムリスはん、アルサルはんもこう言うてることやし。そろそろ本気でいこか。……なぁ、アルサルはん。本気でやって、ええんやろ? 』




 こっちはこっちで、ドスの利いたニニーヴの声。


 結局の所、八悪の因子というのは人の持つ負の感情と強い関係がある。その中でも〝憤怒〟と〝嫉妬〟は、変な言い方だが【燃えやすいもの】の一番と二番だろう。


 どこに居るのかはまったく見当もつかないのに、敵意だけは肌に突き刺さるほど充満しているのを感じる。


 はぁ、とニニーヴの悩ましげな吐息。




『 ええなぁ、ほんま。心の底から羨ましいわぁ。人の気も知らんと、自分の都合のええ時にばっかりやってきて……好き勝手に言いたい放題。なんでウチとエムリスはんが【こうなってるのか】、ほんまにわかっとらんのやろうねぇ…… 』




 いつものニニーヴなら『はんなり』と紡ぎ、柔らかい皮肉として聞けていたであろう言葉。だが今のニニーヴは、内心の煮え滾る激情を隠すことなく喉を震わせている。それはさながら、大地震の前兆のようにも聞こえた。


『…………』


 もはや何も言うまい。俺は対話という選択肢を放棄した。どうせ何を言っても無駄なのだ。


 どうもエムリスもニニーヴも俺に対して『含むところ』があるようだが――まったく心当たりがない。訳がわからない。


 きっと八悪の因子の影響でおかしくなっているのだ。


 シュラトだってそうだったではないか。


 元の人格が消失したかのごとく豹変していた。


 それと同じ現象が、きっと二人にも起こっているのだ。


 東の空から迫るミドガルズオルムの残骸群の影が濃くなり、その数が増えてきた頃。


 チッ、と舌打ちの気配が。




『 せいぜいおきばりやす 』




 東の空に浮かぶ巨大な黒影――まるで漆黒の積乱雲がごとき――から、幾十本もの熱閃が放たれた。




『 〈ホーリー・レイ・ランペイジ〉 』




 遅れてニニーヴが聖術の名を読み上げる。


 その時には既に、ミドガルズオルムの残骸の作る雲群から発射された熱閃――〈ホーリー・レイ〉が、ついさっきまで俺のいた地点に集中して突き刺さっていた。


 舌打ちを聞いた瞬間に回避行動を取っていたため、大事には至らなかったが――つか【ランペイジ】ってお前。およそ『ホーリー』って語句と並び立つはずのない単語だぞ、それ。


 しかしながら狂乱ランペイジの名に恥じることなく、空飛ぶ世界蛇の残骸から発射された熱閃は間断なく降り注ぐ。


 空を裂き、大気を焦がし、地を焼く熱光閃。それが無数の剣閃となって幾度となく俺めがけて叩き付けられる。


 当然、俺は最初の回避行動から足を止めることなく走り続けており、追い縋る熱閃の雨をことごとく躱していった。


『――っぜぇな……っ!』


 前にも言ったが、超弩級の聖具であるミドガルズオルムから発射される熱閃はただの熱閃ではない。聖なる力が込められた、紛れもない『聖なる光』だ。しかも今回のはニニーヴの聖力が上乗せされているため、その破壊力もひとしお。


 しかし――だからこそ、相反する魔の力で断つことだってできる。


「〈氷刃ひょうじん絶覇ぜっぱ〉」


 発動するは剣理術。その名の通り氷雪系の力を用いる攻撃理術の一種。


 聖魔相克剣の刀身から膨大な冷気が溢れ出る。周囲の大気を凍てつかせる、真っ白な煙を吐き出した。


 空飛ぶミドガルズオルムの残骸から発射される熱閃は、徐々にその数と密度を増やしつつある。見えている数と熱閃の数が合わないように思えるのは、攻撃してきているのがニニーヴの結界内に入ったものだけだからだろう。流石に結界の外から熱閃だけを素通りさせるような器用な真似は出来ないらしい。


『――いいからそのまま壊れてろよな』


 高速で疾駆していたところ、地面に片足を突き刺すようにして制動。土煙を巻き上げ、イーザローン平野に長い傷を刻みながら急ブレーキをかけつつ、背後を振り返る。


 襲いかかってきているのは、先日破壊したはずの機械兵器。おそらく今以上に切り刻んだところで、大して意味はない。ニニーヴの力ですぐに回復されるだろうし、そもそも壊れた物が未だに動いている時点でおかしいのだ。半端な破壊ではまず止まるまい。


 なら、【封じる】だけだ。


 魔界でエムリスが、シュラトを〈氷結地獄アブソリュート・ゼロ〉で閉じ込めたように。


 アンデッドのように動くミドガルズオルムの残骸を、氷漬けにして停止させてやればいい。


「――〈烈風波斬〉っ!」


 振り向きざま〈氷刃絶覇〉の冷気を纏わせた斬撃波を放つ。〈烈風波斬〉の風が凍気を巻き込み、ゴバァ! と純白の煙を吐く波濤となって飛翔した。


 よりわかりやすく言うならば、【空に向かって噴き上がる大雪崩】が俺の斬閃から生まれたのだ。


 そこへ、




『 〈天星乱舞セレスティアル・スター〉 』




 エムリスからの横槍。



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