●33 削れていく心根 2
エムリスと同じく、ニニーヴの意識が完全に俺へと向けられた。
俺を共通の敵と見なした瞬間、どうやら二人の間で言葉もなく同盟が結ばれたらしい。これまでお互いに向けられていた砲口が一斉に旋回。俺を照準する。
『な、ちょっ――!』
まさかとは思っていたが、マジか。最悪の展開に、しかし俺は反射的に対応する。改めて星の弓矢を引き絞り、再び〈アンタレス・ピアサァ〉を放つ体勢へ。
無論、相手はエムリスとニニーヴ。甘いわけがない。俺が行動を起こすよりも早く、二人の猛攻が雨あられと降り注いだ。
魔竜の
どれもエムリスの魔力、ニニーヴの聖力がふんだんに籠められており、はっきり言えば即死級。シュラトの拳や蹴りと同じく、常人なら百回死んでもおつりの出る破壊力が迫り来る。
もはや俺は被弾を覚悟して、全身に〝氣〟を充填。銀の輝紋が苛烈に煌めき、目を灼く光を放った。
炸裂。
『ぐぅっ……!』
轟音、衝撃。
そんじょそこらの有象無象の攻撃ではない。かつて共に戦い、魔王を倒した仲間からの攻撃だ。決して滅びることのない肉体とは言え、感覚を失っているわけではない。『果ての山脈』であれば蜂の巣になっていたであろう砲撃の嵐が、容赦なく俺の全身を乱れ打ち、
率直に言って、めちゃくちゃ不快な感覚だった。
『――っだぁぁぁぁオラァッ!』
というかキレた。普通にむかついたので大人げなくムキになり、全身を巡る〝氣〟だけで全部弾き返してやった。
そのまま強引に弓を引き絞り、
「〈アンタレス・ピアサァ〉ッ!!」
矢を放った。
途端、星の矢から生まれるエネルギーの
先程エムリスもニニーヴも甘くないと言ったが、俺だって甘くはない。そもそも攻勢というのは一撃で終わるものではなく、無数の攻撃を連続で畳み掛けるものだ。
先程と同じく、膨張しながら地上から宇宙へと飛び上がっていく輝光の矢。それがもはや矢というより、極太の光の塊になった瞬間、盛大に爆発。数え切れない光の粒が星屑のごとく弾け飛ぶ。
お察しの通り、この光の一粒一粒が次なる攻撃だ。
目には目を、歯には歯を、弾幕には弾幕を。
煌めく星屑が、そのまま流星雨と化した。
『
『 しょーもな 』
エムリスとニニーヴの辛辣なコメントに、うるせぇ、と返す
エムリスが魔竜の群れを操り、ニニーヴが合体聖具と浮遊する白兵武器をもって流星雨の矢に対応する最中、光の弓矢を解除して新たな星の権能を呼び起こす。
「――夢から
右手に魔の星を。
「――
左手には聖なる星を。
それぞれ召喚した真逆の星の力を、両手に〝氣〟を収束して形成した二振りの〝銀剣〟へと宿らせる。
知っての通り、ベテルギウスは魔力を司る
スピカはそれと似て非なる星。魔力と正反対の力――即ち聖力を司る星辰だ。ベテルギウスと同じように大気中の聖力をかき集め、蒼銀の刃を生み出す。
果たして俺の右手には紅銀に輝く光の大剣が。左手にも蒼銀に煌めく巨大な光刃が握られた。
『お前らの力――利用させてもらうぜ!』
この空間にはエムリスの魔力、ニニーヴの聖力が嫌というほど充満している。どちらも量が豊富な上、質も極上だ。使わない手はない。
魔力の扱いを得意とする相手に魔力をぶつけても効果的ではないし、聖力もまた
「――ぉぉおおおおおおおおおおおおッッ!!」
良くも悪くも相手は知己であり、手加減の必要など一切ない。俺は遠慮なくそこそこ本気で紅と蒼の双刃を振るい、斬撃波を放った。
エムリスが搭乗する魔竜王へと飛んだ三日月形の斬撃波は、その途上にいた魔竜アルファードの十数体を容赦なくぶった切った。どいつもこいつも先んじて放った〈アンタレス・ピアサァ〉の拡散矢の対応にかかりきりだった為、蒼銀の閃刃にはまったく気付かなかったらしい。
しかし。
『 〈
無詠唱で放たれる、しかし絶大な破壊力を誇る大魔術。
天空から光の速さで落ちる
一方、ニニーヴめがけて飛来した紅銀の斬閃はというと、合体聖具の胴体と思しき部位――一番太く、無骨で装甲が厚く見える――に炸裂する。が、流石は防御力に定評のあるニニーヴの手による代物だ。チェーンソーよろしく削り取るようにして装甲を切断し、聖具内部へと食い込んでいった斬撃波は、しかし中途でエネルギーの全てを使い切って消失した。せっかく直撃したというのに、完全に切断するまでは足りなかったのだ。
しかも。
『 無駄やで、アルサルはん。知ってはるやろ? 』
装甲に刻まれた深い傷が、見る見るうちに塞がっていく。無機物の金属で出来ているはずの聖具が。まるで生き物のように、人間で言えば内臓に達するほどの重傷を、時間の流れを逆さにしたかのごとく回復させていく。
これがニニーヴの怖いところだ。どんな攻撃を仕掛けようとも大概は防がれてしまうし、その鉄壁の防御をすり抜けて直撃を与えたところで、よほどの致命傷でもなければ一瞬で完治されてしまう。
いわば一種の無敵状態だ。
本気になったシュラトと同種の厄介さを、ニニーヴもまた有しているのである。
『 というか、ウチの居場所わかっとるん? 見当違いやで 』
挑発か、なけなしの慈悲か。ニニーヴが痛いところを突いてきた。
『チッ――』
俺も思わず舌打ちを返す。
まったくもってその通りだ。俺は未だにニニーヴの正確な位置を把握できていない。
エムリスはわかりやすい。魔竜と化したアルファードの内、一際大きい――だから魔竜王と名付けたわけだが――やつに搭乗しているのは間違いない。
だが、ニニーヴは先程から声は聞こえども姿は見えず、気配も徹底的に
わかりやすい対比だが〝蒼闇の魔道士〟であるエムリスは攻撃に特化し、〝白聖の姫巫女〟であるニニーヴは防御に秀でている。その上で結界やら転移といった術はアプローチの系統こそ違えど両者それなりに使えるから、これまた厄介だったりするのだが。
ともあれ『身を守る』ことに関してなら、ニニーヴは俺達四人の中でも随一だ。本気で行方をくらませられたら、誰がどう探そうと絶対に見つかりっこないと断言できる。
故に俺は先程『おそらくこのあたりにいるだろう』と当たりをつけて合体聖具の胴体部を攻撃したわけだが――ニニーヴは見当違いだと告げた。しかし、
『――そいつが嘘か本当かもわかんねぇんだけど、な……!』
半分ぐらいヤケになって、左腕の蒼銀の刃から連続で斬撃波を放つ。照準は適当だ。ニニーヴの居場所がわからずとも
シュラトの時もそうだったが、もし本気でニニーヴに勝とうと思うなら、有効な戦術は速攻しかない。再生の隙を与えず、持てる最大火力で防御をぶち抜き、一気に決着をつける――それしか勝利への道筋はないのだ。
が、そんなことはニニーヴとて百も承知に決まっているし、なによりそこまでの勝利を俺は望んでいない。
だから手加減なしでもニニーヴが大きく傷つくことがないのは、むしろ安心なのだが――
俺の放った斬閃が合体聖具のあちこちに着弾し、またしても深い傷跡を刻み、そして当たり前のように消えて行く。
そんな中、くすり、とニニーヴがほくそ笑む気配。
『 ほな、そろそろええ頃合いや。おいでやす、【聖霊ミドガルズオルム】 』
「――は?」
ニニーヴの口から嫌な名前が飛び出した。
聖霊ミドガルズオルム? いや馬鹿な。あれは俺がぶっ壊したはずだ。ついさっき残骸だって見た。ズタズタになって、
はずだ。
『 おや? なんだ、そんな隠し球を持っていたのかい、ニニーヴ。道理でさっきまで妙に大人しいと思ったよ、はははは 』
背筋を駆け抜ける嫌な予感を補強するように、エムリスがまるで他人事のようにせせら笑った。といっても、〝怠惰〟の影響でほとんど棒読み状態だったが。
いや、だが、しかし――確かに。
よく考えれば、あのニニーヴがエムリスと【互角のせめぎ合いをしている】という時点でおかしかったのだ。
防御や支援、回復を主にしておきながら、実はニニーヴはさほど気が長いタイプではなかったりする。
一見して真逆とも思えるエムリスと、しかしそこだけは意外と似ていて、やけにせっかちな面があるのだ。
もちろん、八悪の因子の〝憤怒〟と〝嫉妬〟を担当するだけあって、ニニーヴは苛立ちや怒りといった激情とはほとんど無縁だった。
こう語るといかにも矛盾しているように聞こえるかもしれないが、要はエムリスもニニーヴも『己の感情を意識的に無視することが出来る』タイプであり、物事に対して理詰めで【最短距離】を選ぶところがあるのだ。
つまり、耐久戦が得意なくせして速攻が有効な場面では
不意に、俺の遙か後方――セントミリドガル王国の方角から、巨大な気配が立ち
まさか――なんて思考は無駄だ。ここはニニーヴが嘘をついても意味などない場面だ。ああ言ったからには【動くのだ】、俺が殲滅したはずの聖霊ミドガルズオルムが。
『――ってことは、さっきの接戦は時間稼ぎってことかよ……! ああくっそ、相も変わらずそういうところだけはしっかりしてるよなぁ!』
悪態もつきたくなる。我ながら十年のブランクで、すっかり頭が
ドデカイ一発を狙っているが故の、消極的行動。そう、嵐の前の静けさだったのだ。
『吼えろ、〝シリウス〟』
転瞬、俺は決断した。というか、覚悟を決めた。ニニーヴの敵意が〝本物〟であると判断し、我知らず心にかけていたブレーキとリミッターを解除したのだ。
ここからはガチの本気で行く。
それほど、ニニーヴが聖霊ミドガルズオルムを再起動させたという事実は――【重い】。
星の権能を呼び起こし、両手に握った紅銀と蒼銀の大剣が収斂し、通常サイズの
振り返れば、
言わずもがな、俺がこれでもかと破壊したミドガルズオルムの残骸。
ニニーヴの呼びかけに応えたのだろう。おそらくセントミリドガル全土を包囲していた全ての残骸が宙に浮き、空を渡って移動してきているのだ。
ここから先は、過去の経験から大体想像がつく。
高速で飛来したミドガルズオルムの残骸は、既にここにある合体聖具とさらなる合一を果たすだろう。その巨大さは、もはや想像の埒外。なにせ大国一つを取り囲んでいた怪物がミドガルズオルムなのだ。その巨躯を一カ所に集めたら、一体どうなってしまうかなど考えたくもない。
ただ少なくともこの戦場――即ちセントミリドガルとヴァナルライガーの国境線付近は確実に崩壊する。というか、下手しなくてもミドガルズオルムの溢れる膨大な質量は北南にも波及し、ニルヴァンアイゼンとムスペラルバードにまで被害が及ぶだろう。
だから、その前に斬るしかない。
殺せないことは百も承知で、ニニーヴの回復再生が間に合わないほどめちゃくちゃに切り刻んで、聖具に流れ込んでいる聖力の源を断つしか止める方法はないのだ。
――できるか……?
俺の切り札、レイディアント・シルバーを人界で振るうわけにはいかない。冗談抜きで余波だけで世界が滅ぶ。
ニニーヴの抵抗はもちろんのこと、エムリスの横槍まで入れば、さらにひどい結果になるのは想像に難くない。
だから、どうにかやってやるしかないのだ。
『――共にあって並び立て、〝ディオスクロイ〟』
俺の有する星の権能の中でも、ひどく特殊なものを呼び起こす。
ディオスクロイは別称であって正式な星の名ではない。本来の星の名は『カストル』と『ポルックス』。夜空に輝く星座の一つ、双子座の中核をなす双星だ。
遙か空の彼方で結ばれる双子の絆は、何があろうと決して
果たして
聖と魔の力持つ二刀が、一つに。
即ち――
聖剣にして魔剣。
魔剣にして聖剣。
相反する二つの属性を内包し、混合しながらも反発し、せめぎ合うエネルギーを内に秘めた、奇跡の豪剣である。
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