●26 会議は踊る、されど 3






勇者A『それで、魔族達が魔界から逃げ出さないといけないってのは、どういうことだ?』


魔道士M『わからないかい? 魔王が復活すると、魔族や魔物はどうなるかは君も知っているはずだろう?』


勇者A『……魔王に精神を支配されて、自我を失う。自分では動くことができない魔王の手足となって、人間を襲い出す――なるほど、そういうことか』


魔道士M『その通り。意識を失って自由が奪われるだなんて、実質死んでいるようなものさ。そのかんに起こったことは記憶にも残らないようだしね。人生――いや、魔族生の貴重な時間を大量に失うことになってしまう。普通に考えれば、誰だって嫌だろうさ、そんな事態。しかも同じことが十年前にあったばかりだ』


闘戦士S『昔、オレ達が倒した上級魔族もそうだったのか?』


魔道士M『彼らの話を信じるのなら、どうもそうらしい。といっても、ボク達は実際に彼らと会話をし、よく罵倒やら嫌味を聞かされたものだけれどね。まぁ、そのあたりはクオリアの問題だろう』


勇者A『クオリア……ってなんだ?』


魔道士M『わかりやすく言えば〝主観的意識〟というやつさ。魔王の支配下にあるときの魔族にはそれがない。だけど、いちいち手取り足取り操らないと動かない人形でも困る。なら、既に肉体に刻まれている記憶をもとに自律的に行動する方が魔王だって助かる。よって、魔族や魔物はクオリアを失いながらも、それでも記憶にある通り〝自分らしい行動〟をシミュレートして動いたり喋ったり、何なら食事や排泄はいせつといった生活に必要な行動を実行していたんだろうね』


勇者A『便利というか、生き物としていびつというか……』


魔道士M『それだけ魔王という存在が規格外きかくがいぎたという話さ。むしろ魔族と魔物は、魔王のためだけに生まれた存在だと言っても過言ではないかもしれない。魔王のために生まれ、魔王のために生き、魔王のために死に、死後の魔力もまた魔王のかてとなる――生物としては何ともひどいデザインだけどね。この世界を作った創造主はよほどのサディストか、あるいは深く物事を考えないろくでなしだったかのどちらかだろうさ。さらに言えば、魔族は人間にとって――』


闘戦士S『――天敵。相反あいはんする存在』


勇者A『あー……言いたいことはわかるけどな? でも、そんなこといちいち考えてたら戦えなくなっちまうだろうが。同情は禁物だ。俺達はどこまでいっても人間側の存在なんだ。しかもあいつらの性質上、どうあっても共存はできないんだしな。戦って殺す、それしかないんだ。割り切るしかねぇだろ』


魔道士M『……本当にアルサルはアルサルだねぇ。割り切りが良すぎるのも困りものだ。やっぱり、君に正義だの道徳だの優しさだのについてゴチャゴチャ言われるのは心外だな。君ほどの冷血漢れいけつかんをボクは他に知らないよ』


勇者A『いや俺こそお前に冷血漢とか言われたくないんだが? さっき一発でなんたら大公の一匹をぶっ殺してやったって誇ってたのはどこのどいつだ?』


闘戦士S『正直、二人とも似たようなもの同志だと思う』


魔道士M『……第三者から客観的に言われると衝撃的だね……魔道士は智を追求するものだけど、こればかりは知りたくなかったかな……』


勇者A『失礼千万すぎるだろお前……ってか話が盛大にれてるじゃねぇか。つまり、魔族達は復活するかもしれない魔王――もとい魔王モドキ? の精神支配から逃れたいがために、人界に攻め込もうとしてたってのか?』


魔道士M『そう単純明快な話ではないさ。先程も言ったように、ボク達への復讐も目的に含まれていただろうしね。あと、おそらくだけれど――』


闘戦士S『まだ理由があるのか』


魔道士M『――大公らの話を聞くと、彼らは『果ての山脈』のふもとで侵攻の準備をしつつ、とある大事業を行おうとしていた。何だと思う? なんと、〝龍脈結界〟の破壊だよ。まぁ、最初は頑なに口を割ろうとしなかったのだけどね。ボクが、さらに四剣大公になるかい? と問うたら教えてくれたよ。理由は適当にごまかされてしまったけれどね』


勇者A『……とか言ってる当のお前が、その〝龍脈結界〟をぶっ壊してくれやがったわけだが?』


魔道士M『まぁまぁ話は最後まで聞きたまえよ。彼ら魔族は、どうして〝龍脈結界〟を破壊しようとしていたと思う?』


闘戦士S『〝龍脈結界〟は魔力をせき止める防壁』


魔道士M『そう、逆に言えばそれだけの結界だ。人界に乗り込むだけなら別に破壊する必要なんてないそれを、魔族はあえて破壊しようとした……つまり?』


勇者A『面倒くせぇからさっさと答えを言えよ。まぁ、大体わかるけどな』


魔道士M『短気だねぇ。ま、いいか。シュラトの言う通り〝龍脈結界〟は魔界に充満する魔力を人界側へ流れこまないようにしている、いわばその為【だけ】に存在する結界にして防壁だ。魔力以外のものは簡単に素通りできるけれど、そのかわり魔力だけは何があっても絶対に通しはしない――そういったピーキーな設計だね。対象をせましぼることによって、その効果を絶大にしているんだ。魔法や魔術に〝等価交換〟の原則なんて意味はないけれど、単純な話、力を一極に集中すれば成果は上がる――これはそれだけの話さ』


勇者A『おかげで結界があるにもかかわらず、魔族も魔物もその気になればこっち側に入り放題だったわけだよな。まぁ、魔力が薄いこっちじゃ長時間の活動は難しかったようだが』


魔道士M『そう。ここまで説明すればもう大体はわかるね? 魔族は【人界に魔力を持ち込みたかった】のさ。〝龍脈結界〟を破壊し、魔界に満ちた魔力ごと人界へ乗り込む――これが成功して初めて、魔族は人界を支配することが可能となる。いやぁ、そう思えば〝龍脈結界〟とはよく考えられたものだね。魔族や魔物そのものではなく、【補給線を断つ】ことによって侵略を防止するなんて。上手いやり方を思いついたものだよ』


闘戦士S『兵站へいたんは戦略の基本』


魔道士M『その通り。〝龍脈結界〟がある限り、散発的な攻撃は容易でも本格的な侵略は困難を極める。実際、十年前の魔王軍もアルファドラグーンの国土を三分の一ほど手中に収めたけれど、結局は中央の王都は落とせず、また支配権を手にした北部と南部を伝って二ルヴァンアイゼンとムスペラルバードを攻撃したけれど、ついぞめぼしい戦果は得られなかった』


勇者A『で、そこから先の展開になる前に、俺達が魔王を倒したってわけだよな』


魔道士M『おおむねその理解で間違っていないよ。アルファドラグーンは五大国の中で唯一、魔王軍に侵略された国だったわけだけれど、そのおかげで他国よりも大気の魔力が濃くなってしまった。それが、戦いが終わった後にボクが居座る理由になったわけだけど――閑話休題それはともかく。そもそもの話だ。元より魔王の目的は人界の侵略および、人界の【魔界化】だったわけで。その頃からすでに魔界にとって〝龍脈結界〟は邪魔なものでしかなかった。けれど、魔王の精神支配から解放された今の魔族らにとっては、また別の意味で邪魔になっている』


闘戦士S『また別の意味とは?』


魔道士M『濃密な魔力が凝り固まることによって魔王は発生する。つまり――逆に言えば、魔力が分散してしまうと魔王は誕生できない。〝龍脈結界〟に穴を開け、魔界に充満する魔力を人界へ垂れ流し、濃度を薄める。そうすれば新たな魔王だか魔王モドキの発生を遅延、あるいは阻止することができる。彼ら魔族はそう考えたのさ』


勇者A『要するに、結界に穴を開けて魔王モドキの発生を阻止しながら、逃げ出すついでに人界を侵略して、さらには俺達が殺した同胞どうほうの仇を討とうとした――一石二鳥どころか三鳥狙いだったわけか。随分と欲張ったもんだな』


魔道士M『欲張ったというより、人界侵略という一つの行動にいくつもの利点があっただけ、と見た方が正確だと思うのだけどね。とはいえ、魔族の思考は人間のそれよりもなお利己的かつ自己中心的だ。君の感想を否定するつもりはないよ、アルサル』


勇者A『へーへー、ご高説どうも。なんにせよ短絡的な話じゃねぇか。……で?』


魔道士M『で? というと?』


勇者A『まだ肝心なことを聞いてないぞ。その人間よりも利己的かつ自己中心的な魔族に、【どうしてお前が味方してるんだよ】?』


闘戦士S『味方しているというより、主導している』


勇者A『おう、そうだった。よりにもよって〝魔王エムリス〟だぁ? くだんの魔王モドキにお前がなってたんじゃ世話ねぇじゃねぇか』


魔道士M『やれやれ、困ったことだね。ここまで君達の理解力が低いとは。少し買いかぶり過ぎていたかな? かつての仲間達が耄碌もうろくする姿なんて見たくなかったのだけどね。ヒントならもう十分に出しておいただろう?』


勇者A『おいおいすごいなお前。なんでそんな上から目線なんだ? 普通はそっちからちゃんと説明するのが筋だっていうのに、いつの間にかクイズ形式になっているとか。マジ引くわ……本当そういうとこな、〝残虐〟の因子に引っ張られてるのかどうかは知らんが』


闘戦士S『落ち着けアルサル。エムリスは昔からこういうところがあった。因子のせいではない』


魔道士M『シュラト、それフォローになっていない気がするのはボクだけかな? かな?』


勇者A『割と素でディスるところあるよな、シュラト……』


闘戦士S『そうか?』


魔道士M『ああ、うん。この話を続けるとボクにとって不愉快な方向に話が転がりそうだからやめておこうか。さて、それじゃあ説明するけれども。いくら君達でも多少の予想は出来ているだろう? ボクが魔族と手を組んだのは――もちろん、魔王もしくは魔王モドキの発生を未然に防ぐためだよ』


勇者A『……あー、まぁ、うん。やっぱりか。一応もしかしたらそうかもなーとは思っていたんだが……そう推察した上でお前のやり方が滅茶苦茶すぎて、本人の口から聞かないとまったく信用ができなかった、とは言い訳しておくぞ?』


闘戦士S『右に同じだ』





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