●24 突然の悪夢の始まり 8




 そう言った瞬間、部屋の空気がガラスのように硬直したのがわかった。


 さもありなん。自分で言うのもなんだが、俺の発言は爆弾そのものだった。


「――――」


 オグカーバは絶句。


「え……?」


 ガルウィンは愕然。


 そして、セントミリドガルの臣下らは総じて顔面を蒼白に染めていた。


 無論のこと、これらの反応は予想できたので俺は構うことなく続ける。


「こいつなら血筋的にも問題ないはずだ。なにせアンタのじつな上、ジオコーザよりも早く生まれているしな。ある意味、正統な後継者だろうよ」


 前にも言ったが、オグカーバに隠し子がいることは公然の秘密である。つまり、誰もが知っていて、誰もが知らない振りを決め込んでいた禁忌タブーなのだ。


 だからこそ、俺はここでそれを突きつける。


 これは他でもない、お前がいたたねなのだ、と。


 文字通り、まさに。


「アンタの王位はこいつに譲ってもらう。本来なら国民の反対もあったかもしれないが、状況が状況だ。肌の色が違うと言っても、今ならむしろ歓迎されるはずだぜ。戦争の引き金を引いたジオコーザに比べたら、な」


 平和な時だったのなら国民の反発は強かっただろう。


 だが今は平時へいじではなく非常時ひじょうじだ。


 有事ゆうじの際は、平穏な時には忌避きひされるであろう選択が、むしろ喜ばれる。


 直系ではない、しかし王家の血筋であれば、地盤のしっかりした安心感とともに、革新的な期待感もまた生まれる。


 オグカーバとは似ても似つかぬ浅黒の肌も、こうなっては利点でしかない。


 南国ムスペラルバードの流れを汲むガルウィンの容貌ようぼうは逆に、セントミリドガルの国民に熱く新しい風を感じさせることだろう。


 少なくとも、国民の痛みを無視して大戦争を引き起こしたジオコーザに比べたら、ガルウィンの方が遙かにマシだと思うはずだ。


「そうなれば、アンタもジオコーザも晴れて失脚だ。後は好きにすればいい。どっかに引っ込んで親子でひっそり暮らすのもいいし、死にたいのならどこぞで野垂れ死ねばいい。ああ、俺もガルウィンもアンタらとは違って、いきなり処刑だのなんだのとは言わないから安心してくれていいぜ? そういうのはそっちの専売特許でいい。もちろん、これからのガルウィンの邪魔さえしなければ、の話だけどな」


 と、俺が調子よく話していると、


「あ、あの、アルサル様っ!?」


「ん? どうした、ガルウィン? いや、ガルウィン国王ってか?」


 律儀りちぎ挙手きょしゅしながら声を上げたガルウィンに、俺は振り返ってニヤニヤと笑いながら続きをうながす。


 予想通りガルウィンは周章しゅうしょう狼狽ろうばいていで、


「ど、どういうことですか!? 一体何の話なのです!? 王位!? わ、私が国王!? 意味がわかりません! 何も聞いていませんよ!?」


 最後のは、事前に話を通してもらっていないぞ、という意味だろう。美貌びぼう偉丈夫いじょうぶが今にも泣きそうなつらをしている。


「そりゃ言ってないからな。でもま、もう決まったことだ。諦めてれてくれ」


 そう言ってガルウィンの抗議を一蹴する。あちらとは正反対に、満面の笑みで。


 そう、これこそが俺の目論もくろんだ計画。


 国王なんて重くて面倒な地位を捨て、再びスローライフの旅に出るための起死回生の秘策。


 即ち――『世界の王』なんて柄でもない立場なんぞガルウィンやイゾリテに任せて、俺はのんびりスローライフな人生を送る作戦! である


 俺は親指を立ててウインクを一つ。


「よろしく頼むぜ、【世界の王】ガルウィン様!」


「そ、そんなぁ……! お考え直しくださいアルサル様!? そんなの無茶ですから!? あのアルサル様ッ!? アルサル様ッ!? 聞いておられますかアルサル様ッ!?」


 もちろん聞いてない。聞く耳など持たない。持ってやるものか。お前だって前に俺相手に似たような対応していただろう?


「はぁ……これでようやく肩の荷が下りる……」


 俺はガルウィンの声を完全に無視して、安堵の息をいた。


 正直ここまで来るのはちと面倒だったが、結果は上々だ。


 ジオコーザの暴走を止め、オグカーバの公然の秘密もぶちまけた。


 ガルウィンが俺の指示にそむくことなどあまり考えられないし、駄々をこねるようなら『なら俺は上皇ってことで。君臨すれども統治せずってやつで。細かいことはお前やイゾリテに任せる』とでも言えばいい。


 実に順調だ。


 全て終われば、俺は心置きなく旅に――


 と思った矢先だった




『 やあやあ人類の諸君! お元気かい? ハローエブリバディ! 』




 出し抜けに妙な声が空間そのものに響き渡り、正真正銘、俺は度肝を抜かれてしまった。


「……は!?」


 しかも、どこか聞き覚えのある声音だったので、余計に不穏な空気しか感じられない。


「――何事なにごとじゃ?」


 俺の『ガルウィンをセントミリドガル国王』作戦を聞いて硬直していたオグカーバまで、予想外に過ぎる事態に椅子から腰を浮かせ、辺りを見回す。


「へ、陛下! あれを……!」


 と言って窓の外を指差したのは、理術で遠見のスクリーンを展開していた武官の一人。


 その人差し指がつい先程、俺がジオコーザのピアスを蹴飛ばして外へ放り出したのと同じ窓を示している。


 果たして、ちょうどピアスが巨大ブラックホールに変じたのと同じ座標あたりに、これまた大きな映像スクリーンがいくつも浮かび上がっていた。


 どうも、どの方角から見ても映像が見て取れるよう複数枚のスクリーンを同時展開しているらしい。


 そこに映っているのは――




『 知っている人もいるかもしれないが知らない人も多いだろうからね、自己紹介しよう! ボクの名はエムリス! そう、今から十年前に魔王エイザソースを倒した勇者ゆうしゃ一行いっこうが一人! 〝蒼闇の魔道士〟エムリスだ! どうか以後お見知りおきをってね! 』




 マジでエムリスだった。


 冗談抜きで本物のエムリスだった。


 なに横ピースとかしてやがんだアイツ。


 意味がわからない。


「……はぁ!?」


 堪らず変な声が出た。


 大空に浮かぶいくつもの巨大スクリーン、そこに映る笑顔の旧友に対して、得も言えぬ感情が爆発しそうになる。


「なにやってんだアイツ!?」


 俺の知っているエムリスは、こんな目立つことをするような奴ではない。


 なにせ、あいつの中には〝怠惰〟の因子が宿っているのだ。このような、明らかに面倒事になりそうなことをするなど、通常では考えられない。


 いやマジでなにやってんだ、アイツは?




『 さて、突然で驚いた人も多いことだろう。だがボクは謝らないっ! あ、でも寝ていた赤ちゃんが起きてしまったのならごめんなさい。そこは謝るよ、ほんとごめんね? 』




「……何言ってんだお前……」


 わざわざ魔術――規模からすれば大魔術とも超魔術ともいえる――を使ってまで、どうでもいいことを言うんじゃない。


 というか、さっきの『やあやあ人類の諸君!』から察するに、もしかしなくても世界中の主要都市の上空に映像を投影しているのか?


 そういえば魔界というか『果ての山脈』でも似たようなことをやっていたな。昔はこんなこと全然やってなかったはずだが、もしかして好きなのか? こういう演説じみたパフォーマンス。




『 早速だが本題に入ろうか。耳の穴をかっぽじって、ようく聞いてくれたまえ。このボク、〝蒼闇の魔道士〟エムリスは全人類に告げる 』




 すっ、とエムリスの表情が引き締まった。


 途端、おちゃらけた雰囲気が霧散むさんする。


 というか、エムリスの背景にある赤い空、もしかしなくても魔界か?


 嫌な予感しかしない。




『 これよりボクは君達きみたち人類じんるいに対して宣戦布告する! 我が軍勢ぐんぜいは魔界の軍勢! すなわもと魔王まおうぐんだ! この意味はわかるね? 』




 ニヤリと実に露悪的な笑みを浮かべ、ほのかに青白く輝く双眸そうぼう弓形ゆみなりらす。




『 そう、ボクこそが新たなる魔王! その名も魔王エムリス! というわけで、これから君達を滅ぼすために侵略戦争を開始しようと思う! せいぜい頑張ってあらがってくれたまえよ! 』




 想像以上の爆弾発言に、俺の頭の中は真っ白になった。


「――――」


 絶句というか、開いた口がふさがらないとはまさにこのことだ。


 言っている言葉の意味はわかるが、その意図がさっぱり理解できない。


 スクリーンのエムリスは一転して、にっこり、と笑顔を浮かべ、さらには可愛らしく両手を振り、




『 イエーイ、アルサル見てるー? そういうわけだから、人類側の統率はよろしく頼むよー? せいぜいボクの軍勢に負けないよう頑張ってねー? 』




 よりにもよって世界同時中継で俺の名前を出しやがった。


 それも、めちゃくちゃフレンドリーな態度で。


 これ絶対、世界中の人間が誤解ごかいしたぞ。


 色んな意味で最悪だ。




『 それじゃあまず最初の標的はアルファドラグーンだね。聞こえているかな、ドレイク国王にモルガナ妃? あー特にモルガナ妃、前にボクのことを〝魔女〟呼ばわりした件についてはまだ忘れてないからね? どうか首を洗って待っていておくれ。言うまでもないけれど、ボクはどこぞの〝勇者〟とは違ってさほど優しくはないよ? なにせ〝魔道士〟――【魔の道を往く者】なのだからね 』




 うふふ、とどこか蠱惑的こわくてきに笑うと、エムリスは仰々しい動作で右の掌を前へ突き出し、




『 さあ、開戦の狼煙のろしだ! 派手にいこうじゃあないか! これから『果ての山脈』に大きな風穴を空けてあげよう! 〝龍脈結界〟ごと吹き飛ばす、この魔王まおうエムリス一世いっせ一代いちだいの爆発ショーさ! 』




 エムリスの現在地はおそらく魔界、それも『果ての山脈』の付近で。


 そして俺の現在地は人界の中心部に近い、セントミリドガルの王城で。


 お互いの間にはアルファドラグーンという国一つが挟まれており、距離で言えば途方もない開きがあるはずなのだが――


 空恐ろしいことにこれだけ離れていながら、エムリスの魔力が冗談事ではない勢いで膨張していくのがわかってしまった。


 遠く離れた土地で、しかし吐き気をもよおすほどの魔力制御が実行されているのを感じる。


 それはさながら、山向こうに広がる、稲妻をはらんだ真っ黒な積乱雲を見つけたような気分で――


 ぞわり、と背筋に悪寒おかんが走った。




『 BANG☆ 』




 いつか『果ての山脈』に大きな穴を穿うがった時と同じように、無駄に可愛い子ぶりっ子した声でエムリスが言った。


 片手を拳銃の形にして、何かを撃つような仕草しぐさと共に。




 この日、世界全土が揺れ、『果ての山脈』は山脈ではなくなった。


 中央部分を大きく抉り取られ、つらなりが断絶してしまったのだ。


 まるで大空に棲む巨大な悪魔が、その大きな手で山脈の真ん中を削り取り、持ち去っていったかのごとく。


 残されたのは、干上がった大河のごとき峡谷きょうこく


 それは魔界にいる魔王軍からすれば、格好の進軍路に他ならない。


 谷の幅は百万の魔物の軍勢が悠々と通り抜けられるほど広く、『果ての山脈』全体に張り巡らされていた〝龍脈結界〟も、エムリスの言葉通り大きく破損してしまった。


 もはや、人界を守る防波堤ぼうはていは失われてしまったのだ。




 そう。


 それはあまりにも突然過ぎる――


 悪夢の始まりだった。






 第4章『魔王への道は悪意で固められ、善意によって舗装されているのかもしれない』  完




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る