●24 突然の悪夢の始まり 7




「テメェ、ここにいる全員を【道連れ】にしようとしやがったな!? 俺だけならともかく、テメェの臣下も、城も、息子も!」


 俺はいい。大抵のことなら何とかなる。たとえブラックホールに呑み込まれても生き残る自信がある。


 だが、ここにはオグカーバの実の子であるジオコーザはもちろんのこと、こんな状況だというのにそばに残っていた武官だっていた。


 間違いなく死ぬことがわかっていたというのに、何もしないなどふざけている。しかも、当の本人は死を受け入れた状態で悠々ゆうゆうと構えていたのだ。命を軽んじるにも程がある。


 しかも、知らないこととは言え、今現在この敷地内にはオグカーバの隠し子であるガルウィンだっているのだ。流石に看過かんかできなかった。


「ジオコーザはともかく、他の連中には事前に避難命令でも何でも出せただろうが! なに平然と巻き込もうとしてやがんだ! それでも民を守る国王か! どこまで耄碌もうろくしてやがる、このクソ野郎が! 心底しんそこ見損みそこなったぞ!」


 色々と問題も欠点もあったが、それでもかつてのオグカーバは、賢王けんおうと言っても差し支えない君主だった。


 もちろん、当時は幼い子供だった俺達四人を無慈悲にも魔王討伐に差し向けた件については、現在でもなお許し難い所業だと思っている。だが同時に、当時の状況を思えばオグカーバがそうせざるを得なかったことも、大人になった俺は理解している。


 個人的に思うところはあれど、冷静に第三者の立場から見れば、オグカーバは常に妙手みょうしゅを打つ優れた指導者だったと言える。


 だからこそセントミリドガルは五大国の中でも頭一つ抜けた強国でいられたのだ。


 その一点においては、尊敬すらしていた。


 だというのに――なんだ、このていたらくは。


 そりゃ腹も立つし、文句もつけたくなるってものである。


 俺の駑馬どばにしかし、オグカーバは鷹揚おうように頷き、


「……ああ、その通りじゃ。わかっておるとも。余はこの国、史上最低の王じゃ。誰に言われずとも、余自身が一番に理解しておる。この地上でもっとも愚かな王とは、すなわち余のことよ」


 自嘲の笑みすら浮かべて、あっさり肯定こうていしやがった。その上で、


「……ふぅ……」


 全身を使って、大きな溜息を一つ。その所作に、どうしようもなく〝老い〟が感じられ、俺は一瞬だけ言葉に詰まってしまった。


 そういえば、俺がこの世界に召喚されて十年になるが、その時からオグカーバの顔はこんなにもしわだらけで、首元の皮膚は紙のように薄く、骨がくっきりと浮かび上がっていただろうか?


 いや、違う。俺の第一印象としては、年齢に似合わずやたらと強健きょうけんな爺さん、というものだったはずだ。


 それが今や、加齢によるものか、それとも心労によるものか。枯れ木のようにおとろえてしまっている。


 豪奢な礼装れいそうで隠してはいるが、服の下の肉体はほとんどが骨と皮だけになっているに違いない。


「……殺せ。おぬしにはその権利と義務がある」


 覇気はきというものが一切ない声音が、唐突に告げた。


「へ、陛下……!?」「な、何をおっしゃるのです……!?」「お待ちください、国王陛下!?」


 途端、俺よりも先に臣下達が騒ぎ出した。


 いや、まったくの同感ではあるのだが。突拍子もない――とは状況的には言えないが、それにしたって短絡的な結論である。


此度こたび事態じたいすべてにおいて余に責任がある。息子の専横せんおうを許し、広がる戦火を止めもせず、世界中を混乱におとしいれ、あたら多くの命を散らせた……」


 臣下の声を無視して、オグカーバは自らの罪状を読み上げた。よどみない口調は、以前から脳内に台本を用意していたかのようだ。


「よって、我が命をもって贖罪しょくざいとなそう。アルサルよ、そのよく切れる剣でこの首を斬り落とすがよい」


 何やら憑き物が落ちたような、どこかスッキリした様子でオグカーバがのたまうので、俺は遠慮なく、


「誰がするか馬鹿。いらねぇよ、テメェの命なんざ。ボケるのはもう少し後にしろ、クソジジイが」


 にべもなく一蹴いっしゅうしてやった。ぺっ、と唾を吐きたいところだったがそれは我慢する。ドクン、ドクン、と俺の中の〝強欲〟が活性化していくのを感じる。


「――……な……?」


 一瞬、俺の言葉が本気で理解できなかったのだろう。オグカーバは心底不思議そうな表情を見せた後、凍り付いたように硬直した。さっきからずっと顎髭あごひげいていた手がピタリと止まる。


 俺はその顔をしめし、はっ、と鼻で笑う。


「今更テメェみたいなジジイの命に何の価値がある? あるとしたら生きていてこそだろうが。今回の全部が自分の責任だって言うんなら、ちゃんと後始末をしてから死にやがれ。なに当たり前みたいにこっちへ丸投げしようとしてやがんだ。ざけんじゃねぇぞ」


 そう簡単には楽にはしてやらねぇぞ、と言ってやった。


 そうなのだ。この局面で死なれても普通に困る。


 というかだ。


「そもそも、何がどうなってこうなったのか、テメェには説明責任ってもんがあるだろうが。このまま秘密を墓の中にまで持っていくつもりか? なめんな。そんなふざけたこと絶対に許さねぇぞ。エムリスに精神操作の魔術を使わせてでも、何から何まで全部ぜんぶ白状はくじょうさせてやる。覚悟しとけ」


 そう。ジオコーザとヴァルトル――そういえばあっちのも後で外しておかないとな――のつけていたピアスや、聖術士と名乗る聖神ボルガンのこと、国境付近に配備されていた巨大聖具など、聞きたいことは山ほどある。


 似たような状況にあるアルファドラグーンのドレイク国王からは詳しい話を聞き出せなかったので、今回こそ絶好の機会なのだ。


 死んでもらうわけにはいかない。殺すなどもってのほかだ。


 それに、


「あと、テメェにはやってもらわなきゃいけないことがたっぷりあるんだ。【この国をこのまま続けて行くためにも】、な。そのためにも生きていてもらわなきゃ困るんだよ。普通に。どうしても死にたいっていうなら、やることやってからにしてくれ。それなら俺も文句はねぇから」


 我ながら口が悪いことだと思いつつも、一切いっさいあらためる気になれない。やりたいことだけやって――というか、やらかすだけやらかして、悲劇の主人公を気取ったまま死なれたんじゃ、後に残されるこっちはいいつらかわだ。


 優しくしてやろうだなんて微塵みじんも思えないな。


「……それはどういう意味じゃ、アルサル。余やジオコーザの事情はともかく、余の首を落とさずしてどう事態を収める? 余が言うのも何じゃが、おぬし以外の者はそう容易く納得はせんぞ。少なくとも『セントミリドガル王家』は制裁を受ける必要があろう?」


 おっと、このあたりは賢君けんくんだった頃の名残か。なかなか鋭い指摘をするじゃないか。


「ああ、もちろんだ。アンタやジオコーザの命はともかく、今度ばかりは【セントミリドガル王国に滅びてもらう】。そのつもりだ」


「ならば――」


「だから話は最後まで聞けって。国をほろぼすと言っても、何も国土こくど焦土しょうどと化す必要はないだろ? 国の滅亡っていうのは、つまるところ主権しゅけん喪失そうしつだ。今回で言えば、セントミリドガル王国の主権がうしなわれれば、それで国家の終焉しゅうえんってことになる」


 この時、執務室のあちこちから生唾なまつば嚥下えんげする音が響いた。セントミリドガルの高官達だ。


 さもありなん。さっきから何度も『セントミリドガル王国を終わらせる』といった旨の発言を繰り返しているのだ。当事者らとしては気が気ではないだろう。


「――けどまぁ、いったん失われた主権ってのは取り戻すのが大変だ。なにせ実際に存在する物質ぶっしつじゃなくて、概念がいねんだからな。他国が認めなければ、それは〝主権〟とは言えない。特に五大国筆頭セントミリドガルのそれともなれば、尚更なおさらだ。一度でも滅びて主権を失えれば、他の四大国は二度とその復活を認めない。何が何でもな」


 政治に明るくない俺でも一応、基本的な知識ぐらいはある。


 国家の存在というものは、主体的であると同時に相対的なものだ。自ら主張し、他がそれを認めないことには存在し得ない――それが〝国家〟という概念である。


 故に、おいそれと失わせるにはいかない、貴重なものなのだ。


「……首をえるつもりか」


「ご名答めいとう


 早くも結論に至ったオグカーバに、俺は指を鳴らして肯定した。


「アンタの王位を正式な手順で譲ってもらう。簒奪さんだつは簒奪でも、平和的かつ他から文句をつけられないかたちでの王位おうい簒奪さんだつだ。だからアンタには生きていてもらわなけりゃ困る。アンタが死ねば王位は自動的にジオコーザのものになるはずだが、こいつの精神はピアスの影響でどうなってるかわかったもんじゃない。老いさばえたと言っても、まだアンタの方が話が早いはずだ」


 これは実際、シュラトがムスペラルバードでおこなったことでもある。


 強大な武力を盾に王位を譲れと迫り、相手を殺すことなく正式な手続きをもって王座につく。


 もちろんナイフの刃を喉につきつけながら――つまり脅迫きょうはくしながらのことなので、褒められたものではないが。


 しかし先程も言ったように、国家の主権とは【認められること】こそが何よりも重要なのだ。


 一度でも喪失した主権は、『在る』と主張しても反対される。だが、現在進行形で存在するものをそのまま譲り受けたとあれば、他からの反対は封殺できる。


 何故なら、既にある主権を否定することは、即ち国家の全否定。


 いわば戦争への一本道。


 君主が狂ってでもいなければ、外交上では決してとらない手法なのだから。


 ま、そうは言っても現在のセントミリドガルの現状を考えれば、大した差はないかもしれないのだが。


 なにせ東西南北の大国と全面戦争の最中さなかだ。まさに四面楚歌しめんそか。さらには、今は俺の傘下さんかに入っているとはいえ、反乱を起こした貴族軍の存在もある。


 よくもまぁここまで国を壊したものだ、と気絶しているジオコーザを見てしまうが、そもそも元凶げんきょうは聖神のピアスだ。


 そういう意味ではこいつには罪がないのかもしれないが――いや、どうだろうか。


 アルファドラグーンのモルガナ妃もそうだったが、完全に操られているというより、理性や建前をかなぐり捨てているだけで、割と本性が剥き出しになっている感があったしな。


 本音に正直になったというか、人目を気にしなくなったというか。


 ま、ジオコーザの処遇はともかくとして――


「つまり、正規の手順でおぬしに王位を譲ってから死ね、と。そういうことか?」


「大筋ではその通り。だが、ちょっとだけ違うな」


 俺の思惑おもわく端的たんてきかつ底意地の悪い解釈に変えたオグカーバに、俺は人差し指を立て、チ、チ、チ、と揺らす。


 その時だ。


 外の廊下からバタバタと騒々しい足跡がやって来たのは。


「――アルサル様ッ! 遅ればせながらガルウィン・ペルシヴァル、ここに参上いたしましたぁ!!」


 バァン! と重厚な扉を蹴破けやぶって飛び込んできたのは、俺の元教え子にして眷属、そして目の前の老王ろうおう落胤らくいんであるガルウィンだった。その後ろには、率いられてきたムスペラルバード兵がずらりと並んでいる。


 うん、まぁ理術で居場所を把握していたので、こっちに近付いて来ていることはとうにわかっていたのだが。


 俺はガルウィンに振り返り、思わずニヤリと口元に笑みを浮かべた。


「――? アルサル様……?」


 意味深な俺の表情と目線に、ガルウィンが呆気にとられる。あるいは既に執務室が制圧済みなので、肩透かしを食らったようでもあった。


 そんなガルウィンに構わず、俺はオグカーバへと向き直り、


「喜べ、ジジイ。王位を継ぐのは俺じゃない。ここにいるアンタの隠し子、ガルウィンだ」




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