●24 突然の悪夢の始まり 6





「――んで? 他の奴らはどうした? どうしてこんなに人が少ない?」


 先程ジオコーザの状態について親切に教えてくれた武官に向かって、質問を投げかける。


 中年の武官は苦み走った顔を歪ませ、


「……他の者は皆、逃げました……もう、ジオコーザ様にはついていけない、と……」


 大方おおかた予想通りの答えをよこした。俺は、ふーん、と頷き、


「それで、残っているのはお前らだけ、と。それだけ忠義ちゅうぎあついのか、もしくは逃げ遅れたくちか? どっちにせよ、難儀なんぎなことだな」


 結果として、滅び行く王朝の陣営に残ってしまったのだ。明るい未来は望めまい。


「で、あんたはそれを黙って見てたってわけか、オグカーバ国王」


 この場において最大の責任者の名を、俺は呼んだ。


 往年おうねん威光いこうはどこへやら、すっかり老いさらばえた男は無言のまま、身じろぎ一つしない。


 俺は重ねて、


「なにがしかの事情があったんだろうってことは、わかってる。だが、あんたが何もしなかったおかげでコイツはここまで暴走しちまった。わかるだろ? まさか自分には何の責任もないとは言わないよな?」


 事ここに至って責任逃れなど許すまじ、と舌鋒ぜっぽうを突きつけると、ふ、とオグカーバは小さく笑ったようだった。


「――見くびるな、小童こわっぱが。誰に向かって口を利いておる。はこの国の王なるぞ」


 出し抜けに老人の体が大きく膨張ぼうちょうしたような錯覚さっかくを、俺はおぼえた。


 ほう、と軽く内心でうなる。


 腐っても一国の王か。老いたとはいえ、そういえば俺の〝威圧〟にも気絶せずに耐え抜いた男だ。


 ここに来て、まだこれだけの迫力はくりょくはっせられるとは。


 だが、それは燃え尽きる寸前の蝋燭ろうそくが、最も激しく燃えるさま酷似こくじしてはいないだろうか。


「――だが、そう……確かにおぬしの言う通りじゃ。全ての責任は余にこそある。何もかもが余のあやまちじゃ。異論はない」


 王氣オーラとでも言うべき雰囲気ふんいきまとったオグカーバは、しかし随分といさぎよく自身の罪を認めた。


 まるで、とうの昔からこの瞬間が来るのを覚悟していたかのように。


 ピンときた俺は、質問を放つ。


「――ジオコーザの耳についているピアスについて、話せることはあるか?」


「ない」


 即答そくとうだった。まぁ、予想通りではあったのだが。


 アルファドラグーンのドレイク国王もそうだったが、どうやら相当な箝口令かんこうれいかれているらしい。


「言えばジオコーザが死ぬ、ってか?」


「…………」


 オグカーバは無言。じっと俺の顔を見つめ返すだけで、首を動かしたりもしない。ただ右手だけが、その豊かな顎髭あごひげかしでている。


 だが否定しないってことは、つまり【そういうこと】だ。


 なので、俺は更に一歩、より深く踏み込んでみた。


「――今から俺がこいつの耳を斬り飛ばすが、文句あるか?」


 右手に銀光を収束しゅうそくさせ、いわゆる長剣ちょうけんサイズの〝銀剣〟を形成けいせいする。


 アルファドラグーンでは流石にやるわけにはいかなかったが、この状況だ。俺に躊躇ちゅうちょはない。


 今この瞬間、この空間にいる全員が、俺に生殺せいさつ与奪よだつけんを握られているのだから。


 常識的に考えて、オグカーバに拒否権などないのだ。


「……好きにするがいい。もはや余もジオコーザも敗者。勝者はアルサル、おぬしじゃ」


 そのあたりはオグカーバも理解していたのだろう。ややの間があったが、抗議はしてこなかった。


「最悪ジオコーザが死ぬかもしれないが、いいんだな?」


「くどい。こうなることは覚悟の上じゃ」


 いまやオグカーバとジオコーザは、俺に首をねられても文句の言えない立場である。いや、より形式にこだわるなら、民衆の前に引っ立てて、公開処刑するのが妥当だとうだろうか。


 なにせ当人らが先だって俺にやろうとしていたことだ。敗者となった今、文句を言える道理などなかろう。


 故に、この場で殺されるようなことがあっても仕方のないこと――オグカーバはそのように理解しているのだ。


 ただ、それでもピアスについての回答を避けたということは、どうせ息子が死ぬとしても、出来れば自らの手は汚したくない――と、そういうことなのだろうか。


 まったく、どこまでも親バカなじいさんである。そのいびつ愛情あいじょうのせいで、命を失った者が何人いることか。


「……ダメだった時は恨んでくれていいぜ」


 そう告げて、俺は銀剣を緩く持ち上げた。


 先程も言ったが、敗戦国の王族であるオグカーバとジオコーザは、もはやまないたこいも同然。


 本来なら問答など無用なのだ。さっきからいちいち質問をして確認を取っている俺こそが、むしろ優し過ぎると言っても過言ではなかったりする。自分で言うのも何だが。


「――!」


 視界の端で窓の位置を確認してから、銀剣を一閃。


 気絶しているジオコーザの耳――独特なデザインのピアスをつけたそれを、刹那で切り裂く。


 あまり鋭利えいりに斬り過ぎると耳が切断部から離れないので、敢えて少しだけ太刀筋をブレさせた。


 すると元からそういうパーツだったかのように、容易にジオコーザの右耳が切り飛ばされた。


 この時点で、特に特異な手応えはなし。


 理力、魔力の反応も共になし。


 俺の感知能力の鋭さは知っての通り。しかも、今は全神経を注ぎ込んで観察している。少しの漏れも見逃さない。


「……?」


 違和感。


 オグカーバやドレイク国王といった、聖神のピアスをつけた人間の周囲の反応を見るに、秘密を話したり強制的に外そうとすれば爆発でもするのかと思ったのだが――


 いや、待て。


 ――嫌な予感がした。


 この時、別に何かしらの兆候ちょうこうがあったわけではない。


 斬り飛ばしたジオコーザの耳が宙に浮いているのを見つめていた。ただそれだけだった。


 なのに突然、特に理由もなく背筋に悪寒が走ったのだ。


「――!?」


 おそらく無意識むいしきで、次のような思考が走っていたのだろう。


 これまでの出来事できごと累積るいせき、伝え聞く聖術士ならぬ聖神ボルガンのやり口、オグカーバやドレイク国王の反応――


 総合して判断するに、根拠はないが、しかし【確信があった】。


 こんなの、めちゃくちゃロクでもないことが起こるに決まっているだろうが――と。


 転瞬てんしゅん


 我ながら大人げないほどの神速の反応。


 まだ頭部から切り離されたばかりのジオコーザの片耳を右の爪先つまさきで蹴っ飛ばす。


 わりと本気の蹴りだ。一瞬の数十分の一という短い間に、耳はいちごゼリーみたいに赤く潰れて飛散した。


 が、くだんのピアスは砕けない。


 言っちゃ何だが俺の蹴りだ。魔王を倒した〝勇者〟の一撃だ。自慢じゃないが宝石だって砕く自信がある。


 なのに砕けない。


 ひびひとつ入ることなくピアスは弾丸よりも速く飛ぶ。


 前もって位置を確認しておいた執務室の窓めがけて。


 もっとも、これほどの勢いならどんな分厚い壁であっても容易たやすくぶち抜いていったかもしれないが。


 小さなピアスが窓ガラスを貫通し、外へ。


 稲妻のごとき速度だ。


 ほんの数瞬で王城から遠く離れて、高い空の彼方へと飛翔し――


 もはや俺の肉眼でも見えないほどの距離まで行ったところで、突如としてそれは起こった。




 大空おおぞらに、やみが生まれた。




 青空に忽然こつぜんと現れた、大きな穴のような漆黒しっこくやみ


 でかい。


 まるでくろつきがごときそれは――しかし蒼穹そうきゅういたあななどでは決してない。


 それは、光でさえ逃げられなくなるほどの超高重力場――俺のいた世界で言うところの【ブラックホール】だった。


 ジオコーザの肉体から離れたことを感知した聖神のピアスが、直後に城一つを簡単に呑み込むほど巨大なブラックホールへと化けたのだ。


 いや、化けたというより――つなげた?


 空間くうかん歪曲わいきょくさせ、あらかじめ形成させておいた超高重力場を、ピアスを媒介として召喚させた――のだと思われる。


 だからこんなにも顕現けんげんが速い。


「――っぶねぇ……!」


 たまらずで声が出た。


 我ながら慢心まんしんせずピアスを注視しておいて本当によかった――と心の底から思う。


 無警戒でいたら、今頃セントミリドガル王城がまるごとブラックホールに呑み込まれ、俺以外の奴が全滅していたところだ。


 無音のまま展開した巨大なブラックホールは、しばし闇色の超高重力場を広げていたが、やがてエネルギーが尽きたのか、ゆっくりとしぼんでいった。


 終始、しずかなまま消失する。


 後に残るのは、何事もなかったかのように平穏な青空だけ。


 安全になったのを確認してから、俺は口を開いた。


「……こうなることを知ってやがったな、ジジイ」


 もちろん、詰問する相手はオグカーバのクソジジイである。


 こいつだけはブラックホールが展開している間も、変わらず澄ました顔でそこに座っていたのだ。


「――そうじゃな。今となってはおぬしの問いにも答えられよう。【その通りじゃ】。流石は〝銀穹の勇者〟、見事な対応じゃったの。大いなる空はどんなものでも受け入れる、といったところか」


 ピアスが消え去ったことで〝縛り〟がなくなったのだろう。オグカーバは笑みさえ浮かべて、軽口を叩く。


「――っざけんなぁッ!」


 反射的に怒声が口を衝いて出た。


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