●24 突然の悪夢の始まり 1




 開口かいこう一番いちばんとんでもなくふざけたことを抜かしやがったので、思わず威嚇いかくがてら一発いっぱついいのをぶっ放してしまった。


 もちろんジオコーザやオグカーバがいるであろう空間は避けて、王城の一番高いところにある、避雷針ひらいしんも兼ねている尖塔せんとうの上部を銀閃で吹っ飛ばしてやっただけだが。


 事前に理術で各所の生体反応を確認してから実行したので、死傷者ししょうしゃは出ていないはずだ。多分。


「……まったく、いきなりセントミリドガル軍の識別符号シンボルを使った通信が来たかと思えば、言うに事欠いて『見事な働きだ』だと? ざけてんじゃねぇぞ、クソガキが」


 また古い馴染みと連絡を取り合うこともあるかもしれないと思い、輝紋から識別符号シンボルを消さずにいたのがあだとなった。いやあだというほど大したことでもないのだが。


 と、いかん。イライラしている場合ではない。


 深呼吸を一つして、感情かんじょう抑制よくせい


「よーし、落ち着けよ俺。今はそっちじゃなくて、こっちからだからな」


 自分に言い聞かせるように独り言ちて、意識を切り替える。


 そう、まずは目の前の貴族軍からだ。


 と言っても、もう邪魔な大半はさっきと同じ銀閃でぶっ飛ばしてしまったのだが。


 声を増幅する理術を発動させ、俺は告げる。


『つーわけで、俺の力はわかったよな? わかったのなら俺の邪魔をするな。どけ』


 という舌鋒ぜっぽうを向けているのは、貴族軍を率いる首脳部にである。




 今更だが事の起こりを説明しよう。


 ガルウィンと、それについてきたムスペラルバード兵を引き連れて、俺はセントミリドガルとの国境を越え、そこそこの速度で北上した。


 が、しかし。


 俺の見立てが甘かったのか、それともムスペラルバード兵が軟弱なんじゃくぎたのか。俺についてくるはずの兵士らは次々に脱落してしまい、最終的には、


「アルサル様ぁああああああ!! もう私しかついてきていませんがぁあああああ!! よろしいのでしょうかぁああああああ!?」


 と声をかけられて振り返ると、本当にガルウィン以外は誰一人として、ついてこれていなかったのである。


 うん、わかってる。これは俺が悪い。というか、もっと途中で振り返り確認をしておくべきだった。何というか、面倒くさくて『ま、これぐらいならついてこれてるだろ』などと考えて、先へ先へと進んでしまった俺が迂闊うかつだった。我ながら、過失でしかない。


 とはいえ、だからといってまた兵士達が追いついてくるのを待つというのも億劫おっくうだ。普通に面倒くさい。なので、


「じゃあガルウィン、お前はここで待機して兵を再結集して、後から追いかけてきてくれ。俺は先に行って、みちひらいておくからよ」


 そう言い残して俺は単独で先行した。


 現在、セントミリドガルの王都が反旗はんきひるがえした五大貴族の軍に包囲されているのは、イゾリテからの報告で知っていた。


 だから、セントミリドガル城に攻め入る――まぁ攻めるというか、俺一人で簡単に陥落させられるのだが――前に、つゆはらいが必要だと思ったのだ。


 まぁ、本来なら俺の方が部下に露払いをしてもらう立場なのだが、そこはそれ、臨機りんき応変おうへん適材てきざい適所てきしょってやつだ。


 ところが、足を速めて王都周辺にたどり着いた途端だった。


『――〝反逆者〟アルサル! よくもおめおめと姿を現せたものだな! この腰抜けめ!』


 と、貴族の陣営からいきなり罵倒を受けたのである。しかも、拡声の理術を使った大声で。


 声の主は誰あろう、少し前まで五大貴族の中で席次がナンバーツーだった、スピノラ侯爵。


 少し前、というのは先日まで五大貴族の代表はアンブロジオ公爵だったのだが、彼がジオコーザの指示によって暗殺――どうも自爆テロまがいな手法だったらしい――されてしまったので、自動的にスピノラ侯爵の席次が上がり、貴族軍こと『自由貴族同盟』のトップになったというわけである。


 どうやら一人で北上してきたのを、理術で察知されたらしい。俺の姿を認めた途端――と言っても互いに顔が視認できる距離ではないので、これも理術によるものだろうが――スピノラ侯爵は俺をののしってきたのだ。


『国を追い出され、のうのうと尻尾を巻いて逃げた小物こもの今更いまさら何の用だ! 私達はいま王都を陥落させるのに忙しいのだ! 邪魔をするなら貴様から血祭りに上げてやるぞ! この軟弱なんじゃくものが!』


 おーおー、言うじゃないか。随分な調子の乗りようだな。というか、このパターンは何だか覚えがあるぞ? まさかとは思うが、貴族軍のお偉方えらがたにも例のピアスがつけられたりするのか? だとしたら、うっとうしいことこの上ないぞ、おい。


 しかしまぁ、もしそういうことなら余計に問答は無用だ。俺も言うべきことだけを言おう。


 あちらと同じく拡声理術を発動させると、口元に銀色の魔方陣――アイコンが浮かび上がる。それをマイクにして、俺は告げた。


『どけ、邪魔だ。お前らに用はない。とっとと消えろ』


 そっちが俺を小物扱いするなら、こっちもだ。


 聖神の影響かもしれないが、口振りから察するに、どうも先日のオグカーバやジオコーザと同じ勘違いをしているらしい。


 つまり、俺の力を過小評価している。しかも国外追放を言い渡されて、大人しくすごすごと出て行った奴、という風にとらえられているようだ。


 ま、これにはもう慣れっこだ。今となって呆れることもない。ガルウィンやイゾリテの言葉を借りるなら、そう思われるような振る舞いを続けてきた俺が悪いのだ。


 だが。


『――どかねぇなら、力尽くで押しのけるぞ』


 相手のイメージ通りに演じてやる道理など、俺にはない。俺を舐めて突っかかってくるなら、相応そうおうむくいをくれてやるだけのことだ。


『…………』


 すぐに怒り狂うかと思ったが、意外にもスピノラ侯爵は無言を返してきた。


 よもや今の俺の台詞だけで怖じ気づいたわけでもあるまい。


 あ、そうか。俺の対応が予想外過ぎたのと、激憤げきふんのあまり咄嗟に言葉が出てこなかったのか?


 という推察は的中していたようで、


『――貴様ぁッ! よくも大きく出たものだな! 勇者を僭称せんしょうするこの下賤げせんやからが! 身の程を思い知らせてやるッ!!』


 こういう時、身分の高い奴の吐く台詞せりふというのは総じて芸がない。


 別の世界から来た俺だからそう思うのかもしれないが、世襲制の特権階級というのは、実にいびつ存在そんざいだ。


 初代さんはそりゃもう有能な人物だったのだろうし、多大な努力を積んだのだろう。だが、その功績を受け継いだ次世代は、ただ『その家に生まれた』という理由だけで特権を手にしていくのだ。


 意味がわからない。


 もちろん貴族だけでなく、王族だってそうだ。


 そういう意味では地位に固執こしつすることなく、すんなりと王位を譲った旧ムスペラルバード王家の人々は、すこぶるいさぎよかったものだと思う。並外れた身軽さにはちょっとどうかと思うところもあったが、基本的には賞賛しょうさんあたいする行動だと言っていい。


 だがスピノラ侯爵、お前はダメだ。


 俺の嫌悪する、典型的な特権階級そのものだ。


 何が気に入らないかって、自分で努力して得たわけでもないくせに、ただご先祖様から受け継いだ地位の上にあぐらをかき、はばかりなく堂々と胸を張ってふんぞり返っている姿が、心の底から腹立たしい。


 もらいものの地位で調子に乗ってるんじゃねぇぞ、この野郎。


『身の程を知るのはテメェだ、クソ野郎』


 もはや問答無用。低く押し殺した声で告げると同時、抑えていた『ちから』を解放した。


 途端、俺を中心として全方位に向けて豪風が吹いた。


 ――威圧。


 人の姿をしていながら既に人ではない俺の、あらゆる生物の根源的な恐怖を呼び起こす力の波動が放射状ほうしゃじょうに広がり、戦場全体を包み込んだ。


 まもなく、俺の前に立ちはだかっていた貴族軍の兵士達が面白いようにバタバタと倒れ始めた。


 俺の威圧感にあてられ、失神して崩れ落ちているのだ。


 さらに俺は片足を軽く上げ、靴底に〝〟を集中。


『どかねぇってんなら、力尽くでどかすまでだ』


 足を下ろし、地面を強く踏み鳴らす。


 銀光が炸裂した。


 大地に叩き付けられた銀閃は指向性を持って、稲妻のごとく地表を駆けた。幾条にも枝分かれし、ジグザグの軌道を描きながら貴族軍めがけてはしる。


 一瞬にして貴族軍の足元を駆け抜けた銀光は、天から見下ろせば、さながら蜘蛛の巣じみた網に見えただろう。


 大地に描かれた光の線は、いわば銀色をした〝氣〟のマグマだ。


 一拍いっぱく遅れて、噴火ふんかよろしく爆発する。


 大地から天空に向けて、間欠泉かんけつせんのごとく噴き上がる銀色の輝光。


 巻き込まれた貴族軍の兵士達が、玩具おもちゃの人形のように一斉に吹っ飛んだ。


『うお、ぉおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ――――――――!?』


 拡声理術を発動させっぱなしにしていたスピノラ侯爵の悲鳴が、盛大にとどろく。


 おいおい、そんなに驚くなよ。まだお前のところは無事だろうが。


 盛大に宙を舞う無数の人影。


 やがて重力に引かれて落下していく様子は、どこか夕焼け空を飛ぶカラスの群を思い出させる。


 そこそこ手加減はしたし、見たところ兵士達は全員が『聖具』らしき防具を身につけている。この程度なら死にはしないだろう。中には大怪我する奴もいるかもしれないが、ここは戦場で、奴らは軍人なのだ。それぐらいは覚悟の上だろう。


 こうして俺は足踏み一つで、立ちはだかる貴族軍の一部をこっぴどく排除したわけだが、この直後ぐらいにあのジオコーザから通信が飛んできたのである。


 あまりに腹が立ったので、指先から銀閃を放って城の最上部を吹き飛ばしてやったのは先述の通りだ。




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