●24 突然の悪夢の始まり 2





『つーわけで、俺の力はわかったよな? わかったのなら俺の邪魔をするな。どけ』


 俺は改めてスピノラ侯爵に向けて通告する。


 これ以上の戦闘行為は無益だ。


 なにせ魔物の軍勢が百万揃っても、この俺には歯が立たないのだ。


 だというのに、人間のような脆弱な生物がどれだけ集まろうと、戦いになどなるわけがない。


 俺にとっては百万のアリを踏み潰すようなものであり、面倒以外のなにものでもなかった。


 とっととビビって逃げてくれた方がよっぽど楽だし、気持ちも軽くなる。


『……ば、馬鹿な……だ、誰だ!? あの〝勇者〟アルサルにかつての力など微塵もないなどという与太よたばしたのは!? 現在いまでも魔物以上の化物ではないか!』


 スピノラ侯爵の喚き声が戦場の空にこだまする。おいおい、マイク――じゃなかった、拡声理術を切り忘れてるぞ。その間抜けな怒鳴り声が味方全員に聞こえちまってるぞ、と。


 まぁ、俺にとっては都合のいいことだけどな。


「はぁ……どいつもこいつも、勇者を舐めてんじゃねぇよ。ったく……」


 俺の方はきっちりと拡声理術をいったん解除して、溜息ためいきじりにぼやく。自業自得とはいえ、かつては世界を救った英雄が舐められすぎである。これも俺達四人が相応の振る舞いをしてこなかった報いだと言われれば、ぐうの音も出ないのだが。


 とはいえ、これからはそうも言っていられない。


 人界がこれだけ混乱し、今の俺は暫定的とはいえムスペラルバードの王である。


 舐められるわけにはいかないし、舐められたのなら舐められっぱなしで終わるわけにはいかないのだ。


「――よし、決めた」


 さっきまでは、このままガルウィン達の到着を待ってからセントミリドガル王都に乗り込もうと思っていたが、方針変更である。


 俺は輝紋を励起し、皮膚上に銀色の幾何学模様を浮かび上がらせる。そのまま理力を制御し、大規模だいきぼ攻撃こうげき理術りじゅつの術式を構築。


 戦場の空に、それはもう巨大な魔方陣アイコンが出現した。


 天を覆うようにして広がる不思議な紋様。


 自分で言うのもなんだが、この世界の人類史上、かつてない規模の術式展開だったろう。


『な……なんだ、何なのだ……アレは!?』


 声だけでスピノラ侯爵が頭上を見上げ、瞠目している姿が容易に想像できる。同様に、貴族軍の兵士らも揃って天空に浮かぶ銀色の巨大アイコンをあおて、そのままバカのように釘付けになっていた。


 俺は再び拡声理術を発動させ、


『何なのかも何かも、俺の理術の魔方陣アイコンだよ。広範囲攻撃のな。一応〝勇者〟にしか使えない、専用の攻撃理術――〈天覇てんは閃裂せんれつ輝光きこう〉っつー名前なんだが、ま、聞いたことないよな。なんせ、魔族や魔物との戦い以外で使ったことないからな』


 とか言いつつ、これだけの大規模攻撃理術ともなると、使用した回数はひどく少ない。


 十年前の戦いでも、一度か二度ぐらいだっただろうか。


 見ての通り予備動作というか前兆がありありとわかるので、攻撃の意図が相手にバレバレになってしまうのだ。


 エムリスの魔術なら、こういったところを隠蔽しながら発動させることも可能なのだが――俺にはそこまでの器用さはない。


 とはいえ。


『それだけに威力は折り紙付きだ。お前ら程度の軍勢なら、発動した三秒後には全滅させられる。嘘でも誇張でもなく、本当に一人残らずだ。今、お前らの立ってる地面ごと消滅するからな』


 発動の一つ前、起動状態の〈天覇てんは閃裂せんれつ輝光きこう〉のアイコンは、現在進行で一部がグルグルと回転したり、光の波動が蠢いたり、まるで生きているかのような挙動を示している。


 それがいかにも力を溜め込んでいるように見えたのだろう。途端に貴族軍から恐怖の気配が色濃くのぼり始めた。


『つーわけで、お偉方えらがたに告げる。降伏しろ。俺の傘下さんかに入れ。拒否権はない。今すぐ即座に負けを認めろ』


 慈悲も容赦もなく、俺は宣告する。


『さもなけりゃ、殺す』


 我ながら冷たい声音で宣告したつもりだったが、それが逆効果だったらしい。


『――ふ、ふざけるなぁッ!』


 とスピノラ侯爵が怒鳴り返してくると、他の大貴族までもが拡声理術を使って追随ついずいした。


『おのれぇ、この反逆はんぎゃく大罪人たいざいにんめが!』『王家だけに飽き足らず、この我ら五大貴族にまでたてくとは!』『恐れ知らずの愚か者とはこのことよ!』


 そういえば五大貴族の内、アンブロジオ公爵は暗殺されたが、まだ四つの大貴族が残っていたんだっけな。


 しかし、貴族って奴は本当に言うことが一緒だな。そこについては、人間も魔族もさほど違いがない。


 魔界貴族――魔人や竜といった特殊な魔物の上位存在をそう呼ぶのだが、知っての通り奴らのプライドは下手すりゃ『果ての山脈』の標高よりも高い。


 昔、エムリスやシュラト、ニニーヴと一緒に戦った四天してん元帥げんすい十二じゅうに魔烈将まれつしょう八大はちだい竜公りゅうこう狂武きょうぶ六司令ろくしれいなどもさることながら。


 俺がこの国を追放されてすぐに出会った黒瘴竜ミアズマガルム貴族アリストクラットクラスに始まり、魔界の出入り口あたりに出てきたザ……コなんとか侯爵だか伯爵だかもそうだった。


 どいつもこいつも人格はともかく、矜持きょうじだけは一丁前なのだ。


 俺よりも弱いくせに。


 いや、別段そこはいいのだ。むしろ、俺が強すぎるのだから、そこは仕方のない話なのだ。弱いから悪、と言いたいわけではない。


 問題なのは、自分の弱さや欠点を一切いっさいかえりみることなく、ただひたすら『自分は正しい』『自分は偉い』『だから何をしたっていい』と思い込んでいるところなのだ。


 そういったやからが、俺は心底大嫌いなのである。


 ――若干じゃっかん、自分を棚に上げているような気もしないではないが、こう見えて一応、反躬はんきゅう自省じせいの精神を忘れず心掛けているつもりだ。なので大目に見て欲しい。


 そんなわけで、反省を知らない貴族の口振りに対しては、俺の対応も当然ながら苛烈かれつきわめる。


『お前らの居場所は理術で把握してるぞ。俺の〈天覇てんは閃裂せんれつ輝光きこう〉はピンポイントで狙った場所だけを攻撃することも可能なんだが。この意味、わかるよな?』


 そう言った途端とたん、しん、と静まり返った。


 誰も何も言い返してこない。どいつもこいつも、自分が特定されないよう口を閉ざしたのだ。


 ほら見たことか。どうせ戦うのは兵士達、死ぬのも兵士達、自分達は安全な場所で高みの見物でもするつもりだったのだろう。


 だが、俺の構えた銃の筒先が自分に向いており、遠くからでも狙撃可能だということを教えてやると、どうだ? 一斉に口をつぐみやがったではないか。


 畢竟ひっきょう、偉そうなことを言っておきながら、自分が傷つくのは怖いのである。


うたがうのならまず一人、試しに血祭りにあげてやろうか? その方がお前らもわかりやすいもんな。さぁ、誰がいい? 立候補するならそいつにしてやる。推薦でもいいぞ。苦しむ暇もなく殺してやる』


 意地悪く天空に浮かぶ術式アイコンに理力を込め、ウォオン、と大きく唸らせる。銃であれば撃鉄を起こしたり、獣が威嚇いかくの唸り声をあげるようなもので、今まさに命の危機を感じている者にとっては背筋が凍る現象であろう。


 悲鳴やうめき声が貴族軍の全体から上がった、


 さらに。


『あと一つ付け加えておくとだな。国境線にいたバカデカかい聖具せいぐがあっただろ? あの巨大な蛇というか、連結型城塞のやつ。お前らがいくら国内にいたからって、流石にあれぐらい知っているよな? わかっているとは思うが、アレ、ぶっ壊したの俺だからな。実際にここにいるのがその証拠だと思ってくれ』


 単なる事実ではあるが、あちらにとっては驚愕の事実を叩き付ける。


 そう、というか、俺が現れた時点で奴らは気付くべきだったのだ。


 各国とセントミリドガルとの国境に横たわる超巨大聖具。その威容は、むしろ国内の人間であればこそ知悉ちしつしていたはずだ。


 王国を守護する無双の鉄壁。


 そんなものが存在するからこそ、こいつらはこんなところで、暢気のんきに内輪揉めを続けていられたのだから。


『どうした? さっきまでの威勢はどこに行っちまったんだ? 何か言い返してこいよ。遠慮するなよ。こっちは反逆の大罪人なんだろ? 許せないんだろ? ほら、ここにいる恐れ知らずの愚か者に何か言ってみせろよ、お貴族様』


 これでもかとあおりにあおってやる。


 これで何か言い返してきたのなら大したものだが、流石はお偉いだけの貴族様である。


 反応は皆無だった。


『――腰抜けどもが。傷つくのが怖いなら戦場に出てきてんじゃねぇよ』


 俺は吐き捨てた。さっきは人間の貴族も魔界の貴族も似たようなものだと言ったが、まだしも前線に立って戦うことのある魔界貴族の方がはるかにマシかもしれない。


『もう一度だけ言う。お前らの負けだ。降伏しろ。俺の傘下さんかに入れ。拒否権はない。返事は〝はい〟か〝わかりました〟だ。それ以外の言葉、もしくは無言の時は容赦なく殺す。三秒以内に返事しろ』


 最終勧告を投げた。


 結果、二秒後には四大貴族の全員から小さな――と言っても拡声理術を用いた――いかにも不服そうな『は、い』という返事があった。『は』と『い』のあいだに妙なを置くあたり、まだ無駄なプライドがあるらしい。やれやれだ。


 かくして、既に貴族軍の大部分が吹っ飛んで開いていた王都への道のりが、さらに広くなった。


 扉が開くように、貴族軍が二つに分かたれ、俺に道を譲ったのだ。


 そこへちょうど、


「――アルサル様ぁあああああああああっ! お待たせいたしましたぁあああああああっっ!!」


 後方からガルウィンの率いるムスペラルバード軍が追いついてきた。


 まるではかったかのようなタイミングである。


「さて、これでもう〝詰み〟だぞ、ジオコーザ」


 誰にも聞こえない声で、呟く。


 後はこのまま、懐かしきセントミリドガル王城まで一直線だ。


 思わぬ凱旋がいせんとなってしまったが、はてさて、俺を追い出した国王親子はどんな顔をするだろうか。


 まぁ、例のピアスがあるだけに、ろくな反応は見せないだろうとは思うが。


 ま、ここまで来ればもはや結果は見えたようなものである。


 俺はガルウィンに貴族軍の幹部と話をつけるよう指示すると、改めて王都に向かって足を進めた。


 いまや、五大国筆頭のセントミリドガルは砂上さじょう楼閣ろうかくだった。



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