●22 やがて世界を呑み込むはずだった大蛇 2






 我ながらがたいことに、心のどこかにミドガルズオルムの頑丈さに心躍らせている自分がいた。


 先日、十年ぶりにシュラト相手に本気を出したばっかりだというのに、なんと強欲ごうよくなことか。


 強敵を前にするとどうしようもなくたかぶってしまう――そんな救いがたき一面が、俺という〝勇者〟の中には確かにあるのだ。


「もっとだ、もっと【羽ばたけよ】、〝アルタイル〟――!」


 自らと繋がる星の権能に、もっと力をよこせ、と要求する。右手に収束した〝銀剣〟がより強く唸りを上げ、もはや野獣の咆吼ほうこうがごとき重低音で呻吟しんぎんした。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!』


 一方、ミドガルズオルムも俺を完全に敵性対象と見なしたらしく、明らかに挙動が変わった。進行方向にあるものを見境なく挽き潰す動きから一転、俺に照準を合わせた行動へと移行する。


 巨鯨きょげいが海面から姿を現すように、鋼鉄の長城が全体的に大きくせり上がった。地中に埋まっていた部分を一斉に押し上げたのだ。


 ただでさえ断崖絶壁のようだった姿が、さらに上へと伸びる。あわせて影も伸び、俺のいる所まで一気に拡張した。


 続けて、その身で描いた円を押し広げるようにして動いていた巨躯が、いびつな機動を開始する。


 進撃する際の形状が、目に見えて変わった。


 天頂方向から見下ろすと、連なった長城の一部が『く』の字に折れ曲がったのだ。ちょうど俺のいる方角へ向けて、大蛇の胴がやじりの先端のようにとがった形である。


 そう、ミドガルズオルムは大蛇に見えるが、しかし実際は〝連環れんかん城塞じょうさいがた兵器へいき〟。


 生物じみた動きも出来るが、その逆もまたしかり。


 無造作に円環を広げるのではなく、指向性を持ってエネルギーを一点に集中させることもまた可能なのだ。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!』


 駆動機関が雄叫おたけびを上げ、何百と繋がった連結城塞のあちこちに小さな穴がいくつもひらく。


 事前に映像で見たので知っている。あれらは熱閃ねっせんを吐く砲口だろう。もちろん、ただの熱光線ではない。聖力の籠もった、魔物や魔族であろうと容易に滅ぼすことが可能な『聖なる光』だ。


 昔、〝白聖の姫巫女〟ニニーヴが〈ホーリー・レイ〉とか言いながら似たような兵器――じゃなかった、『聖具』をぶっ放しているのを見たことがある。


 もしあれと同レベルか、それ以上のものが搭載とうさいされているのだとしたら――そして、それが何百、何千と砲門を開いてこっちを照準しているのだとしたら。


 流石の俺も、集中砲火を喰らって無傷でいるのは難しいかもしれない。


 故に。


「お前の必殺技、ちょっと借りるぞ、ガルウィン」


 この場にいない教え子に向かってそう断ると、俺は剣理術の起動にかかった。


 魔術や聖術においては、エムリスやニニーヴの後塵こうじんはいする俺だが、理術においては結構な自信がある。通常の理術に関する理解度ならエムリスと肩を並べられるだろうし、戦闘に特化した剣理術なら、誰よりも先駆していると自負している。


 そんな俺なのだから、教え子が自力で編み出したオリジナル剣理術であろうと、何度か目にすれば完全に模倣もほうすることなど造作ぞうさもない。


「確か……こんな感じだったな」


 記憶をさらいながら、アルタイルの権能で猛烈に渦を巻く〝銀剣〟に理力りりょくを集中。星の力と、俺の〝氣〟と理力とが絶妙に融合し、得も言えぬエネルギーの奔流ほんりゅうと化す。


 ガルウィンの【あれ】は剣の刀身がサンライトイエローに輝いていたが、俺の場合は銀光となる。


 目をくほど純銀の輝きが強く大きくほとばしり、周囲を眩く照らし始めた。


 長く伸びていたミドガルズオルムの影を一瞬で払拭ふっしょくし、世界を俺の銀色に染め上げていく。


 やがて、猛獣もうじゅうよろしく唸りを上げていたアルタイルの〝銀剣〟から、キィィィィン――と甲高い音が生まれ始めた。


 おや? 確かガルウィンの時はこんな音はしていなかったはずだが――まぁいい、元よりあいつと俺とでは出力が違う。さらに言えば星の権能や、勇者としての〝氣〟も交じっているのだ。少しぐらいの差異さい誤差ごさ範疇はんちゅうだろう。


 地の底から這い上がってくるような重低音。


 天から舞い降りる福音ふくいんかねにも似た高音。


 異なる位相の音を同時に、強く、ただ強く響かせながら、俺の〝銀剣〟はどこまでも膨張していく。


 おっと、流石に大きくしすぎたらまずいな。ミドガルズオルムをぶった斬った後、セントミリドガルの人が住んでいる地域にまで破壊力が及んだら大変だ。


 あのデカブツはしっかりと叩き斬って、その上であっちの国民に被害が出ないよう、いい感じに調整しないとな。


「――こんなもんか」


 感覚だけで威力を予想して、適当なところで見切りをつける。


 その頃には、ミドガルズオルムも全ての照準を俺一人に集中させていた。


 肌感覚でわかる。あの巨大な城塞兵器はこの場に動員どういんできる全てのFCSを全力で稼働させ、俺だけに狙いをしぼっている。


 数えきれないほどある砲門から照射される、不可視の殺意。


 そう、殺意だ。


 相手は機械で、おそらく動かしているのはアルファードと同じく人工知能(AI)だと思うのだが、それでも感じる。


 お前を消してやる――そんな意思の波動を。


 あるいは聖神の技術が高度すぎて、一種の疑似人格が発生しているのかもしれない。


「上等だ」


 だからこそ俺は笑う。


 相手は人間ではない。人類の敵――と断定はまだ出来ないが、少なくとも現時点でろくでもない奴ってのは確かだ。


 例えるなら――魔王が人類にとって〝天敵〟だったとするなら、聖神のばらまいた『聖具』は、さしずめ〝毒〟ってところか。


 ジワジワと、だが確実に人界をむしばんでいく〝毒〟――そう俺の直感がささやいている。


 なら――聖神は俺の【敵】だ。


 明確に。


 決定的に。


 完膚かんぷなきまでに。


 よって、容赦はいらない。慈悲もない。


 心置きなくぶっこわしてやる。


「――〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉」


 剣を振り上げ、剣理術を発動。


 烈光れっこうくうく。


 刃のごとき銀光が世界を二つに分かつ。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!』


 ミドガルズオルムがエキゾーストじみた雄叫びを上げ、全砲口から熱閃を発射した。


 聖竜アルファードの装甲すら、ねっしたナイフでバターを切るように断割だんかつする光線が、俺ただ一人に集中する。


 幾百、幾千の熱閃が描く図形は円錐えんすい。人間から見れば極太のレーザービームの群れが、俺の立つ座標へと一点集中した。


 だが、束ねた熱光線が届く前に、俺は眩い銀光を放つ巨大な剣を振り下ろしている。


「――!」


 俺の眷属にして教え子、ガルウィンの編み出した必殺の剣理術――〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ


 それを星の権能〝アルタイル〟を付与した〝銀剣〟で放つ。


 誰がいつ製造したかは知らんが、『聖具』の発射する熱閃など何するものぞ。


「――おおおおおッ!!」


 膨大なエネルギーを凝縮した斬閃が飛んだ。


 烈光が吼え、閃光がはしる。


 刹那、互いの中間地点で烈光れっこう熱閃ねっせんが激突した。


 光と熱のエネルギーが互いにあいみ、衝突し合う。


 決着は一瞬だ。


 俺の〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉が熱閃の束を押し潰した。


 力負けした熱閃はそのままドミノ倒しのごとく押し切られる。


 銀光の斬撃が一気に駆け抜け、ミドガルズオルムの巨体に炸裂。


 轟音。


 衝撃が爆発し、大量の砂塵さじんが巻き上がる。


 列車のように連結しあった鋼鉄のかたまりが、受けた破壊力のあまり宙に浮く。


 次いで、烈光が分厚い装甲をぶった切り、城塞の一つがザクロのごとく真っ二つに裂けた。


 バカッ、と開いた切断部から無数の部品が飛び散り、陽光を反射してキラキラと輝く。


 またも爆裂。


 内部の動力機関が誘爆したのだろう。爆発が連鎖れんさし、ズタズタの城塞が踊るように何度も宙をねる。連結している他の城塞も引っ張られ、浮いたり跳ねたり激突し合ったりを繰り返す。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!?』


 今更のように悲鳴にも似た音響がとどろいた。不調を起こした機関が揃って不協和音をかなで上げる。


 見事ミドガルズオルムの巨躯きょくを両断した斬撃波は、やや威力を減衰させながらも更に砂上さじょうを駆け抜け、しかし一定の距離に達したところで出し抜けに進行方向を変える。


 上空へ。


 天に向かって巨大な銀光の刃が伸び上がる。


 螺旋らせんを描きながら。


 さながら昇竜のごとく。


 よしよし、どうやら加減が上手くいったらしい。間合いを調節して、斬撃波がある程度の距離を飛んだらうわくよう斬り方を工夫くふうしておいたのだ。


 これで馬鹿げた威力の斬撃が人の住む地域に届くことはない。


 しかし、手加減というのは本当に気を遣うな。神経がガリガリと鉄の爪で削られるような思いだ。


 そう考えると、先日のシュラトを相手に本気で戦ったのは実に心地よかった。いくら壊れてもいい魔界で、なおかつエムリスの隔絶かくぜつ結界けっかいの中だったからな。


 ここにエムリスがいれば、あれの亜種で小さな結界を張ってもらえたかもしれないが――あいつには魔界の方のあれこれを任せているからな。この際、贅沢ぜいたくは言ってられまい。


 などと考えていたら、


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!』


 再びミドガルズオルムが咆哮を上げた。


 どうも怒り心頭らしい。いや、正しくは奴に搭載されたAIが俺の脅威度を判定し直して、警戒レベルを上昇させた――ってところか。


 これまでにない規模の地響きが起こる。震動から判断するに、他の地域にある連結城塞を掻き集めて、この場に勢揃いさせようとしているらしい。


「はっ――」


 つい鼻で笑ってしまった。


 たった一合いちごうで俺の脅威度を見誤っていたことに気付いたのは褒めてやる。だが、無数の城塞を総動員させただけで勝てると思うなど骨頂こっちょうだ。


 こっちは〝アルタイル〟と〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉の組み合わせでお前の装甲をぶったってやれることがわかったのだ。


 いまや俺にとってミドガルズオルムなど、大陸というまないたの上にころがった魚に過ぎない。


 故に――これから始まるのはもはや戦いではない。


 解体かいたいだ。


 バカでかいへびを、食べやすいようブツりにきざんでやろうではないか。


 くして、俺は告げる。


 跳躍を一つ、一瞬にして高空へと飛び上がり、国一つを取り囲む円環をなすミドガルズオルムを眼下に見下ろし、笑みすら浮かべて。


「――勇者を舐めるなよ?」


 そして、蹂躙じゅうりんが始まった。




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