●22 やがて世界を呑み込むはずだった大蛇 1





 何のことはない。


 こっちから出向くつもりでいたら、タイミング良く向こうから攻めて来やがった。


 ただそれだけの話であり、何がどうなるってわけでもない。


 俺のやることに変わりはないのだ。


 むしろ、あっちから手を出してきたのだから、大義名分を考える手間が省けたぐらいだ。


 もはや後顧こうこうれいはない。


 遠慮なく正面からぶち抜いてやろうじゃないか。


 よもや、あちらから侵攻してきておいて、返り討ちに遭ったから文句を言う――などという恥知らずな真似はするまい。


 いや、本物の馬鹿ならするかもしれないが。


 まぁ相手がどんな馬鹿であれ、そんなふざけたことを許すつもりは毛頭ないがな。


「つーわけで、さくっと落とすか、セントミリドガル」


 熱砂ねっさはらむ熱い風を全身に浴びながら、俺はひとちる。


 ムスペラルバードの最北、セントミリドガルとの国境線近くに築かれた大要塞『ヘリオポリス』。


 俺は現在、そのお膝元ひざもとに立っていた。


 耳に聞こえてくるのは、地の底から響くような轟音。いや、耳だけでなく体中で感じる。足の下、細かい砂の大地のさらに奥――地底深くで、何か巨大なものがうごめいている感覚。


 この気配こそが、くだんの『聖霊ミドガルズオルム』が接近してきている証左しょうさに他ならない。


 ちなみに、ここにいるのは俺一人だけ。


 要塞に詰めていた兵士達は後方へと避難させた。


 しかしながら、俺の到着前に一度だけミドガルズオルム相手に防衛戦を仕掛けたらしく――それが任務なのだから仕方ないとはいえ――、いくらか損害が出てしまった。


 このあたりについては少しだけ悔やまれる。俺がもう少し早くセントミリドガルへの侵攻を決意していれば、出さずに済んだ犠牲かもしれないのだ。


「ったく、やってくれたよな、ジオコーザ」


 俺の視線の先にあるのは、山のごとき砂煙すなけむり


 まるで巨大な怪物よろしく雄々おおしく立ち上がり、天をも突かんとふくれ上がっている。


 言わずもがな、ミドガルズオルムが巻き起こしているものだろう。


 巨体を地上へ現出げんしゅつさせて、全体を激しくおどらせながら移動――南下しているのだ。


 何故このタイミングで、よりにもよって俺のいるムスペラルバードを標的にしたのかは知らないが、まさに飛んで火に入るなんとやらだ。


「しっかし、どういう質量攻撃だよ……こっちの【国境こっきょう全域ぜんいきを押し潰す】とかよ」


 セントミリドガルに提供された『聖具』は、なんと国一つを取り囲む鋼鉄の長城――即ち、超巨大な〝連環れんかん城塞じょうさいがた兵器へいき〟だった。


 まさに桁外れの超兵器が、そのずば抜けた巨躯でもって、実に馬鹿げた攻撃を仕掛けてきやがったのである。


 文字通り、ムスペラルバードとセントミリドガルの間に横たわる国境線全体に現れ、同時どうじ進撃しんげきを開始したのだ。


 ビジュアルとしては、巨大な鉄の壁が津波のごとく押し寄せてくるさまを想像してみて欲しい。


 つまりは鋼鉄の怒濤どとうだ。


 ミドガルズオルムが動く城塞だということは、それが存在する領域はつまり、セントミリドガルの国土ということになる。


 そう、先程さきほど、緊急連絡をしらせに来た中尉ちゅういが叫んでいた通りなのだ。


 それは圧倒的あっとうてきにして暴力的な侵略しんりゃく


 鋼鉄の巨体をもって【国境線そのもの】を押し上げるという、力業ちからわざの極みとも言える暴虐ぼうぎゃく


 およそ人類の戦争において、かつてない規模きぼの【全面攻撃】だった。


 このやり口――どちらかというと、人間というよりは魔族のそれに近い。


 魔族の奴らはいくらでも再生可能な魔物を大挙させて、かずてきを押し潰す戦法をこのむ。実際、俺達が魔界に乗り込んだ際も何百万という魔物の群が押し寄せてきたものだ。


 つーかあいつら、本当に軽々しく百万単位の魔物を用意してぶつけてくるからな。


 魔族自体の数は人類と比べて少ない方だが、魔物まものの生産量がとにかく半端ないので、戦力においてはあちらの方が圧倒的に上なのだ。物量と技術の差、というやつである。


 まぁ、あの『聖具』は聖神せいしん由来ゆらいのものなのだが――そう考えると、聖神もまた魔族と似た気質を持っているのかもしれない。


「――ん? ってことはコレ、もしかして人界が侵略を受けている、ってことになるのか? 聖神の陣営から?」


 ふとした思考が、くちびるから漏れ出た。


 何も直接乗り込んでくるだけが侵略行為とは限らない。ジワジワと人類社会の内部に忍び込み、姿を見せないまま影響力を行使し、実質的な権力を握るというのもまた一種の侵略行為だ。


 俺が前にいた世界における、経済的支配がそれに該当がいとうするだろうか。


 魔王とはまた形式が違うが、もし聖神側がボルガンを尖兵せんぺいとして人界の支配を目論んでいるというのなら――それは当然、〝勇者〟である俺の出番ということになろう。


 人類を守護する――それこそが俺の存在意義なのだから。


「ま、そこらへんも含めて、いずれハッキリさせてやるとして……」


 全身にかかる震動が徐々に強くなってきた。応じて、視線の先にある土煙もさらに膨張している。


 超巨大『聖具』ミドガルズオルムが大地をどよもし、熱砂の大地を蹂躙しながら近付いてきていた。


 ここにこうして、ぽつん、と立っている俺のことは認識しているのか、いないのか。


 ムスペラルバードの大地をローラーで踏み潰すようにして、超弩級の怪物がその支配域を広げていく。


 俺は軽く気合いを入れて、輝紋きもん励起れいきさせた。


 全身の肌に銀色に輝く幾何学きかがく模様もようが浮かび上がる。


「――今はとにかく、あのデカブツからだ」


 見据える。


 どれほど濃い砂煙であろうと、その気になった俺の目に見通せないものなどない。


 人間のそれを遙かに超越した性能を持つ瞳は、巻き上げられた土砂の向こうにある機械の怪物の姿を看破かんぱする。


 生きた大蛇のごとくうごめく鋼鉄の長城。一定の間隔で区切られたブロックが、ピストンのように交互に上下しているのがわかる。


 地響きから察するに、巨体はよほど地下深くにまで浸透しているようだ。地表に出ているのは約半分と言ったところか。


 既にこちらへ届く震動だけで、大地震と言っても過言ではない状態だ。普通の人間なら立っていることすらままならないだろう。


 ムスペラルバードの誇る砂漠が、まるで大海原のように波打っている。立ち昇る砂煙すなけむりはさながら、波涛はとう水飛沫みずしぶきであった。


 やがて、何とも耳障りな機械音が俺の耳をつんざく。




『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!』




 機械竜アルファードの咆哮ほうこうに似て、しかし微妙にことなる大音響だいおんきょう


 激しく動く可動部の金属同士がこすれ合っている音と、内臓された機関部の唸りが入り混じっているのだ。


 動力はご多分たぶんれず聖力なのだろうが、これほどの図体を動かすにはよほどのエネルギーが必要なはず。


 ミドガルズオルムに限らず、アルファードや他の『聖具』も、一体どこからの力を得ているのか――内部に永久機関でも積んでいるのだろうか? なにせ聖神の技術力だ。それぐらいの次元にあってもおかしくはない。


「――ってことはエムリスのためにある程度は原形を残しつつ、ぶっ壊してやった方がいいのか? 面倒くせぇな……」


 完全に破壊したら、後でちっさい〝魔道士〟から説教を食らってしまいそうだ。


 まぁでも、その時はその時か。


 適当にやってやろう。


 右手をやや後ろに引き、左足を前へ。上体を少し前傾させながら、右手に〝氣〟を集中。


 掌の中に銀色の光輝が生まれ、力強くきらめいていくのが見ずともわかる。


 瞬時に〝銀剣〟を収束させた。


 当たり前だが〝星剣レイディアント・シルバー〟を抜く気はない。人界であんなものを振るったら、えらいことになる。無論、相応に気を配れば手加減は可能だが――そんなことをするのは、いくら何でも面倒くさい。


 前に俺がいた世界での例えで悪いが――街中を走る時にエフワンカーには乗らないだろう? 常識的に考えて。何事にも適材適所というものがあるのだ。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!』


 俺の存在に気付いたのか、ミドガルズオルムの進軍速度が上がった。大気と大地を通じて伝わる震動と激音が、加速度的に大きく強くなっていく。


「――羽ばたけ、〝アルタイル〟」


 星の権能を呼び起こす。砂漠の空の一角がキラリと瞬き、煌めく流星が俺の肉体へと落ちてきた。


 刹那、ゥぉおオン、と〝銀剣〟が唸る。


 銀光の力が俺の手の中で、螺旋らせんを描くように回転を始めたのだ。


 アルタイルは『飛翔する鷲』という意味の名を持つ巨星。その側面の一つ、〝高速回転〟の権能を引き出したのだ。


 収斂した〝銀剣〟が竜巻のごとく回転する。唸りを上げて回転しながら、その刀身が伸張していく。


 転瞬てんしゅんごう、と銀光が爆発。まさしく爆発的な勢いで、荒れ狂う銀閃が後方へと吹き出し、巨大な光の竜巻と化した。


「まずは挨拶代わりだぞ――っと!」


 離れた場所から見れば、俺の姿は巨大な光の棍棒を振り上げているように映っただろう。


 螺旋を描いて吹き荒れる銀光の嵐。


 それを一塊ひとかたまりの武器として持ち上げ、まるでボールでも投げるかのような腕のスイングで振り下ろす。


 実際、アルタイルの権能で高速回転する〝銀剣〟を投げつけるつもりで、俺は斬撃を繰り出した。


 ただの振り下ろしの一撃――しかし大気がえ、まばゆい閃光がはしった。


 ちゅうつらぬくは、光の龍。


 ミドガルズオルムに比べれば小さいが、それでも大河たいが激流げきりゅうがごとき銀光の怒濤どとう炸裂さくれつする。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!』


 押し寄せる岩壁がんぺきのようだったミドガルズオルムの巨体に、膨大ぼうだいな光の一撃が突き刺さった。


 轟音ごうおんが響き渡る。


 螺旋を描いて回転する銀光はただ激突するだけでなく、さながらドリルのごとく巨大蛇の装甲を削っていく。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!! と光と金属の衝突とは思えない音が天高く響き渡り、大気を鳴動させる。


 一瞬だけ、ミドガルズオルムの進軍が停止した。


 国一つを包囲する巨体が、だ。


 一部とは言えその動きが止まったということは、天文学的な慣性力を中和したことに他ならないわけで。


 しかし――


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!』


 再動さいどうもまた早い。


 内部なのか外部なのかわからないが、無限とも思える原動力でもってミドガルズオルムは進軍を再開した。もはや『巨体』という表現だけでは到底言い表せないような大質量が、改めて熱砂の大地を蹂躙じゅうりんしていく。


「――ま、一発じゃ止まらないわな。つうか、やっぱり硬いなアイツ。そんな気はしてたけど、ありゃアルファード以上の概念装甲だな」


 おそらくだが、もちいられている技術ぎじゅつ素材そざい自体じたいは同じものだろう。


 しかし巨大に過ぎる躯体くたいだけあって、装甲の分厚さが聖竜アルファードとは比べものにならない。あっちが薄めの鉄板てっぱんだったとするなら、こっちは辞書みたいな分厚さの鉄塊てっかいなのだ。


 装甲が分厚くなれば、その分だけ内部に封入されている防護概念もまた強くなるわけで。


 あれを破壊するには、それなりに骨が折れそうだった。


「――面白いじゃねぇか」


 我知らず、俺は口元に笑みを刻む。




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