●21 開戦の決意 4


 つかの高速思考――


 ぶっちゃけガルウィンとイゾリテが言うように、暴走状態にあるジオコーザを止める手立てなど、さほど多くはない。


 一番手っ取り早いのは、やはり直接乗り込んで奴の頭をぶん殴ってやることだ。


 ここ最近エムリスの転移魔術でばかり移動していたから、すっかり忘れられているかもしれないが、俺も一応自力で転移できたりする。その気になればジオコーザの目の前に現れて、一発をくれてやることなど造作もないのだ。


 とはいえ。


 本来、国の舵取りは国王であるオグカーバの仕事だ。いくらジオコーザが聖神製のピアスで頭がおかしくなっているからとは言え、国王のオグカーバさえその気になれば、馬鹿息子に好き勝手させないことなど容易よういのはずなのだ。


 当初は、かつての賢君ですらここまで煩悩ぼんのうになってしまうものなのか、と思っていたが――


 ここまで来ると、やはりあの愚王にも聖神ボルガンが何かしらの影響を与えていると考えた方がいいかもしれない。


 いや、待てよ? そういえばアルファドラグーンのドレイク王は、少なくとも精神的にはまともだったよな?


 彼はどう見てもピアスの影響でおかしくなったモルガナ妃をかばっていた。


 ということは、オグカーバもおかしくなったジオコーザを庇うために? いやしかし、それにしては俺を追い出した時の態度が明らかにおかしかった気もするのだが。


 ともあれ、実質がどうあれ名目上の最高責任者は国王だ。結局の所、国王からどうにかしなければセントミリドガルの腐敗は根治こんちできない。


 だからといって、転移していってオグカーバも一緒にぶん殴る――っていう話でもない。


 そも、殴ってどうにかなると言うのなら、俺が出がけに王城を真っ二つにした時点で奴らも反省しているはずなのだ。


 だが、現実にはそうなっていない。


 むしろ愚劣さを加速させ、全世界に喧嘩けんかを売り、人界の全域に戦火を広めるという極めっぷりだ。


 もっとこう、抜本的ばっぽんてきな対応が必要だろう。


 何というか、手足を切り落とすというか、頭の中をいじくるというか――何がどう転がってもジオコーザとオグカーバには二度と馬鹿な真似ができなくなるような、そんな対策が。


 それでいて、暴力的に過ぎず、理不尽でなく、人界の人々から見て妥当だと思うような、エレガントな方策――


 いやいや、そんなものあるはずがな――


「…………」


 俺の中ではそこそこ長めの、しかし外の世界においては数瞬すうしゅん黙考もっこうの果て。


 ふと、俺の視界に収まっているガルウィンとイゾリテの姿に気付いた。


「――!」


 その瞬間、ピン、と来た。


 そうか。


 そういえばそうだったではないか。


 この二人は、こう見えて【セントミリドガル王家の血に連なる者】だった――と。


「――よし、決めた」


 天啓のごとく脳裏に閃いた妙案に、思わず口元に笑みを刻んだ。


 これはきっと、一石二鳥の名案めいあんだ。


 我ながら、この手があったか、と快哉かいさいさけびたいほどである。


「ガルウィン、喜べ。お前のお望み通り、セントミリドガルを攻略してやる。それも、徹底的にな」


 俺が楽しげに言ってやると、ガルウィンは緑の双眸そうぼうを見開き、口をO(オー)の形にして、


「お、おお……おおおおおおおおっ……!?」


 もはや喜びが言葉にならないらしい。体の奥底か湧き上がる衝動のまま、ガルウィンは雄叫びを垂れ流した。


「イゾリテ、今ここにコバッツ・リヒターが来たという公式記録は抹消だ。少なくともセントミリドガル側には絶対に漏らすな。こいつの説得が失敗したと知れたら、あっちにいる家族や親類に危険が及ぶ。それだけは何があっても避けるんだ」


「――! 了解いたしました。このイゾリテにお任せください」


 兄貴ほどではないが軽く目を見張ったイゾリテが、すぐにうやうやしく頭を下げ、俺の命令を受理した。その脇で、


「ア、アルサル様……! 小官ことコバッツ・リヒター、この大恩だいおん、決して忘れません……!」


 顔をくしゃくしゃにしたコバッツが、今にも崩れ落ちそうな勢いで涙を流し、声を震わせている。


「安心しろ――っていうのはまだ早いか。とにかくお前と家族、関係者全員を助ける方向で動いてやる。が、さっきも言った通り、お前が俺に会ったことがジオコーザにばれたら色々とやばい。お前がまだ俺と会っていないていなら、あいつも無茶はしないと思うが……一応、最悪の事態も想定して、覚悟だけは決めておけよ。まぁ、ジオコーザにはそんなことも考えられないほど電撃的なカチコミをくれてやるつもりだが」


 本物の馬鹿っていうのは悪い意味で行動が読めない。こちらにとっては想定外の、普通そこまで馬鹿なことはしないだろう、ってことを平然とやる。何故なら、馬鹿は本当に馬鹿だからだ。


 最悪、俺がセントミリドガルに乗り込んだ時点で、コバッツの説得が失敗した、と勝手に推察してジオコーザが虐殺に手を掛けたらどうにもならない。念のため、そんな事態も想定して覚悟だけは決めておいてもらわなければ。


「はい……はい……! ですが、心より感謝いたします……! ――よかった、あなた様のもとへ訪れて、本当に良かった……! 〝勇者〟様……!」


 とうとうコバッツは崩れ落ち、床に膝をついた。そのまま両手を合わせ、神に祈るかのように頭を下げる。


 なんだか久々に『勇者様』と呼ばれて感謝された気がするが、なんとも微妙な気分である。


 俺としてはもう少し、〝勇者〟らしい功績で感謝されたいものなのだが。


 まぁいいか――と軽く首を横に振って、意識を切り替える。


 俺はガルウィン、イゾリテを含んだ臣下達を見渡し、告げた。


「――というわけでお前ら、いわゆる一つの戦争ってやつだ。宣戦布告……はもうしてあるんだっけな? じゃ、七面倒しちめんどうくさい手続きはなしだ。早速さっそくカチコミに行くぞ」


 玉座から腰を上げ、俺は軽く宣言した。


 特に気負う必要などない。セントミリドガルへ乗り込むなど、散歩に行くのと大して変わらないのだから。


「はっ! それではアルサル様、早速ですが部隊の編成について――」


「は? 部隊? なんで?」


「――えっ?」


 うやうやしくガルウィンが拝命した後、妙なことを言い出すものだからつい首を傾げてしまった。が、それはあちらも同じだったようで、俺達は意味もなく顔を見合わせてしまう。


「……あ、なるほど。そういうことか」


 ややあって、会話の齟齬そごに気付いた俺は得心の頷きを一つ。


「俺の言い方が悪かったな。【カチコミ】ってのは大部隊で進攻するって意味じゃないんだ。軍は動かさない。あっちに行くのは……そうだな、俺とガルウィン、イゾリテ。この三人だけで充分だろ」


「は……?」


「え……?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔を並べる兄と妹の二人。


 おいおい、この前の『果ての山脈』で何を見たんだ、お前達は。


 俺がいれば軍隊なんぞいらないってことぐらい、すぐにわかるだろうに。


「し、しかしアルサル様、戦争において兵を動かさないわけには……!?」


 珍しくガルウィンが食い下がる。わたわたと慌てた様子で、どうも他のムスペラルバードの臣下達を気にしているようだ。


 なにやら体裁ていさいたもちたいらしい。


「そういうものか? じゃあ、軍を出してもいいが、少なくとも俺のうしろからついてくるようにしろ。道は俺が切り開くから、軍隊はその後を追ってこい」


「あ、あくまで陣頭に立つおつもりですか、アルサル様……!?」


「――? 当たり前だろ?」


 おかしいな。俺はそんなにおかしいことを言っているのだろうか? ガルウィンなら俺の強さは嫌ってほど理解しているだろうに。


「俺が戦えば誰も傷つかないだろ? 誰一人怪我することも死ぬこともなくセントミリドガルをおとせるんだ。やらない理由はないだろうが」


「…………」


 唖然あぜん。ガルウィンの表情はその一言に尽きた。


 その隣に進み出たイゾリテが、得も言えない視線で俺を見据え、こう言った。


「――アルサル様。おそれながら……【それは戦争ではありません】」


「ん?」


 どういう意味だ、と聞き返すと、イゾリテは頭痛をこらえるような表情を浮かべて、


「……【それ】は戦争ではなく――【蹂躙じゅうりん】と呼びます」


 と溜息ためいきじりに言った。


「…………」


 流石の俺も、この指摘には何も言い返せなかった。


 と、その時だ。


「――緊急! 緊急連絡です!」


 突然、ムスペラルバードの武官の一人が謁見の間に飛び込んできた。


 本来ならこういった行為は不敬にあたり、どこの国でも厳罰に処されるのだが、俺は気にしないたちだ。というか『緊急の連絡』と言っているのだから、つまらんことを気にしている場合ではない、と考えるタイプである。


「どうした、何があった?」


 息せき切る武官――階級章を見る限りでは中尉ちゅういのようだ――をうながすと、彼は無理矢理に声を張り、


「――セ、セントミリドガル方面から攻撃が……! 敵の新兵器が、国境を越えて我が国に侵攻してきたとの連絡が……!」


 全力で走ってきた直後の大声である。見る見るうちに顔が赤紫に染まっていく。それでもなお、中尉は叫んだ。


「敵は……圧倒的です! 【国境線そのもの】が押し上げられています!」







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