●21 開戦の決意 3



「実を申しますと……我がセントミリドガル王国は滅亡の危機に瀕しております。外敵からの侵略はもちろんですが、それ以上に……国王陛下と王太子殿下の乱心により、いまや国の内部は滅茶苦茶なのです……」


 切実な声で語られる内容は、しかしさほど驚くべき内容でもなかった。


 うん、まぁそのあたりは大体わかっている。なにせ味方であったはずの五大貴族を敵に回したぐらいだからな。オグカーバにしてもジオコーザにしても、あたまだっているっていうのは想像にかたくない。後者に関しては聖神ボルガンのピアスが原因だとは思うが。


「特にジオコーザ様、そしてヴァルトル将軍の暴虐ぼうぎゃくひどく……今では当たり前のように臣下の粛清が横行しております。お二人の意向に逆らった者には死、意見が食い違う者にも死、失言すれば死……このままでは、国の役に立たなかったというだけで死を与えられかねません……」


「……そいつはなんとまぁ、ご愁傷様だな」


 おおよそ予想の範疇はんちゅうではあるが、その中でも極めつけ――最底最悪に近い状態に、俺は思わずつまらない言葉を返してしまった。


 コバッツは緩やかに面を上げ、だが視線は床に固定したまま、


「何を隠そう、私もそうです……会議の間にて、ついうっかり『アルサル様さえいれば』と漏らしてしまったところ、ジオコーザ様から直々に『ならばお前が連れ帰れ』と命令されました……」


「おお、ぶっちゃけたな……」


 普通そういうことは俺には黙っておくところだろうに。というか、ここは一応は公式の場だ。国の内情をあけすけに吐露とろするなどもってのほかである。


 逆に言えば、コバッツがそれだけ追い詰められている、ということにもなるが。


「お恥ずかしい話……私も失言を挽回するため、ジオコーザ様の前で方便を垂れました。アルサル様、あなた様をどうにか呼び戻し、いいように利用すればよいのです――と」


「お、おう……」


 どうした、自暴自棄になっているのか? そんなことまで暴露ばくろしなくてもいいと思うんだが。というか、普通に反応に困るんだが。


「そこまで大言壮語を吐いたからには、私も手ぶらでは戻れません……いまやジオコーザ様の粛清は、本人のみならず、一族いちぞく郎党ろうとう……家族や親類にまで及びます。このまま、おめおめと引き下がれば、国に帰った私を待つのは……」


 語尾を浮かせて、コバッツは沈黙した。


 これ以上は言うまでもないでしょう、と告げるかのように。


 当然、そこから先は想像に難くない。コバッツが先程言ったように、一族郎党皆殺し――つまりは虐殺が始まるのだ。


 しかし、そうか。いやはや、まったく。まさかそこまで悪化していたとはな。


「……ですので、私は国に戻るわけにはまいりません」


 コバッツの声音に力が戻り、その視線が上がった。


 いかにも覚悟を決めた顔で、俺を真っ直ぐに見つめてくる。


「もはや退路はありません。アルサル様、私と一緒にセントミリドガルへお戻りいただけないのであれば、どうかこの首を斬り落としてください。そして、ジオコーザ様のもとへ送り届けてください」


 澄んだ瞳で、コバッツはとんでもないことを言い出した。


「――いや待て、何の冗談だ?」


「冗談ではありません。私がアルサル様をともなうことなく国へ帰れば、間違いなく処刑されます。それも私だけでなく、私に連なる全ての者がそうなるのです。しかし、ここでアルサル様に首を落とされ、頭一つで戻ればどうでしょう? ジオコーザ様は交渉に失敗したと判断されるでしょうが、しかし身命しんめいして国にじゅんじたとして、私の家族や親類は見逃してくださるかもしれません……」


 つまり自分の首一つでジオコーザに慈悲じひう――コバッツはそう言っているのだった。


 何を馬鹿な、と一笑いっしょうすことは出来ない。


 コバッツが本気なのは表情からもわかる。また、奴の言っていることは道理にかなっている。コバッツが手ぶらで帰ればジオコーザは間違いなく虐殺を実行するだろう。そして、俺がここでコバッツの首を斬って送れば、あるいは奴の家族らは助かるかもしれない。


 ここで一人で死ぬか、戻って家族もろとも死ぬか――今のコバッツにはその二つしか選択肢がないのである。


 はぁ、と俺は溜息を一つ。


「家族を人質に取られてるんなら、仕方ないな。いいだろう、お前にも引けない理由があるってことは理解した」


 そう言うと、若干だがコバッツの顔に生気が戻った。


「――! アルサル様、それでは……!」


「いや戻らんがな? つかお前の話を聞いたら益々ますます戻りたくなくなったしな?」


 ナイナイ、と片手を振ると、枯れた植物のようにコバッツの勢いがしおれる。


「……そうですか……」


 呟き、またしてもこうべれる。アップダウンの激しい奴だな。切羽詰まっている気持ちはわからんでもないが。


「――ならば……!」


 突如、コバッツの声に決意がみなぎった。手や頬といった露出している肌の部分に、赤みがかった茶色の光が浮かび上がり、幾何学模様を描く。


 輝紋の励起れいきだ。


 途端、ひざまずいた体勢のコバッツから、猛烈な戦意がほとばしる。


 この瞬間、俺にはコバッツの腹が見えた。


 当たり前だが、謁見の間に入る前に奴の武装は取り上げられている。が、セントミリドガルの軍人ともなれば攻撃理術の一つや二つ、会得していてもおかしくはない。


 つまり、ここで問答もんどうをしてもらちはあかず、首を斬ってもらうことすら出来ないのなら――力尽くで襲いかかればいいと、コバッツはそう考えたのだ。


 当然ながら、返り討ちにあうことは織り込み済みだろう。とにかく奴は俺に殺されたい、その一心のはずだ。いや、俺の手によらずとも近くに控えているガルウィンやイゾリテ、衛兵の手にかかって死んだなら、とにもかくにもジオコーザへの言い訳は立つ。


 家族、親類だけは見逃してくれ――そう行動で示すつもりなのだ。


「――〝銀穹の勇者〟アルサルッ!! お覚悟ッ!」


 勢いよく立ち上がり、鋭い衣擦れの音とともに両手を前へと突き出す。


 同時、誰よりも速くガルウィンとイゾリテが動き出そうとした。当たり前だ。俺にあだなす不逞ふていやからを許す二人ではない。


 が、俺は片手を上げて二人を制した。


 待て、動くな――と。


「な……!?」


「アルサル様っ?」


 無論むろん、ガルウィンとイゾリテは愕然がくぜんとする。この土壇場で制止されるとは思いもしなかったのだろう。


 が、俺も考えなしに二人を掣肘せいちゅうしたわけではない。


「――〈狼牙ろうが水破すいはじん〉ッ!!」


 コバッツの攻撃理術が発動した。前に突き出した両掌りょうてから膨大な量の水があふれたかと思えば、意思持つ生物がごとく唸りを上げて膨れ上がる。


 大量の水を狼の牙のごとき形状に変え、敵を切り裂き押し潰す攻撃理術――それが〈狼牙ろうが水破すいはじん〉だ。


 流石は強国セントミリドガルの少佐と言ったところか。なかなかに強力な攻撃理術を扱うじゃないか。


 ま、魔王の鼻息にすらおよばないがな。


 俺はガルウィンとイゾリテを止めた片手で、そのままパチンと指を鳴らした。


 それだけで俺に襲いかかろうとした鉄砲水の狼牙が爆発し、盛大に飛び散った。


 指先にちょっと〝氣〟を籠めればこんなものだ。たかだか人間の放つ理術が俺を傷つけることなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。


 というか、俺の強さを知っているくせに、それでも守ろうとするガルウィンとイゾリテが過保護にすぎるのだ。


「な――!?」


 コバッツの顔が驚愕きょうがく強張こわばる。そうか、お前も俺をめていたくちか。ちからおよばぬまでも一矢いっしむくいるぐらいは――とか思ってたのか? 確かに普通は、まさか指パッチンで攻撃理術を弾かれるとは夢にも思わないだろうけどな。


 ザァ、と〈狼牙ろうが水破すいはじん〉だった水飛沫が壁や床を打ち、音を立てる。


「そんなことしても意味ないぞ。俺にお前を殺す気はないし、お前が何をしようとも俺には通用しない。無駄な抵抗、休むに似たりってやつ……ん? 何か違うな、これ?」


 前の世界で覚えた慣用句が上手く出てこず、俺は一人で首を捻った。正しくは、下手の考え休むに似たり、だったか?


「ともかく、掃除が大変になるだけだから余計なことするなって。お前の言い分はわかった。ジオコーザのためというより、自分の家族や親類のために必死になってるんだろ? あっちに戻ってやるつもりもないが、お前を見捨てるつもりもない。そういうことなら俺が何とかしてやるから、とりあえず落ち着け」


 空中でてのひらを下へ押しつけるようなジェスチャーをして、どうどう、とコバッツを落ち着かせる。


 まことに遺憾いかんながら、俺も鬼ではない。流石に目の前に来られて窮状きゅうじょううったえられては、無視するわけにはいかなかった。


「ア、アルサル様……!」


 コバッツの瞳がうるむ。その目が、牙を剥いた私を許した上に助けてくれるというのか、みたいなことを言外に言っているようだ。


「つか、流石に腹が立つからな。この期に及んで俺を呼び戻そうだなんて、何考えてんだ、あの阿呆あほうどもは。そもそもそんな提案に乗るなっつー話だよ」


 俺が憤懣ふんまんやるかたなく愚痴ぐちると、コバッツが露骨に恐縮する様子を見せた。ま、こいつが〝そんな提案〟をした張本人だからな。


 突如、脇に控えていたガルウィンが一歩進み出て、


「ではアルサル様! 様子見は終わりということでしょうか! こちらから攻勢に出てセントミリドガルを滅ぼすということでよろしいでしょうか!」


「話を一気に飛躍させるな、ガルウィン。つか満面の笑みで言うことか、それ……」


 即座に祖国を滅亡させるという結論が出てくるあたり、俺が言うのも何だが、なかなかに過激な奴である。一応、国王はお前の父親で、ジオコーザは腹違いの兄弟きょうだいだろうに。


「ですがアルサル様、リヒター少佐を救われるのであれば、道は一つしかないのでは?」


 兄がしゃしゃり出ても叱責しっせきされないのを見てか、イゾリテも口を開いた。


「イゾリテの言う通りです! セントミリドガルの暴政を止めさせるには、もはや手段は一つしかないかと!」


 ガルウィンが便乗し、両の拳をしっかと握る。


 だからそうやって血気けっきはやるなっつーの。


 俺は曖昧あいまいうなずき、


「……まぁ、な。一応、他にも手がないか考えるつもりはあるんだが――」


 右手の人差し指を顎に当てて、俺は思考を巡らせる。




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