●22 やがて世界を呑み込むはずだった大蛇 3





 装甲をぶち抜けるとわかれば、後はもう消化試合に過ぎない。


 空中に飛び上がった俺は、高い位置から〝アルタイル〟の権能をあわせた〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉を連発した。


 渦巻く銀光の螺旋とガルウィン必殺の剣理術が融合し、強烈な斬撃波を生み出す。それをひたすら雨のごとく降りそそがせる。


 図体がデカいだけあって、狙いを定める必要などまったくなかった。


 無造作に〝銀剣〟を振っては〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉の斬閃を地上に叩き付ける。


 連続する爆発。


 砂漠のあちこちで炸裂した衝撃に何本もの爆煙の柱が立つ。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!?』


 悲鳴よろしくミドガルズオルムが機関に唸りを上げさせ、空に向けた砲口から何百何千と熱閃を放つ。


 砲口の数だけあるFCSが俺を照準して集中砲火を浴びせようとするが、無論のこと、黙って喰らってやる道理などあるはずもなく。


 俺は空中を滑るようにして殺到する熱光線の群を回避。


 避けられてなお俺を追いかけて宙を貫く熱閃は、まるで獲物を捕らえようとするイソギンチャクの触手のようだ。


 飛行理術を駆使して高速で飛行しながら、包丁で大根を切るかのように〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉の斬撃波を間断かんだんなく叩き落とす。


 その都度つど、ミドガルズオルムの巨体がブツ切りにされて、切り分けられた部位がそれぞれ暴れ回り、金属の部品を血飛沫よろしく撒き散らしていく。


「ま、こんなもんか。単にデカいだけだったな」


 結局のところ、ミドガルズオルムの武器はその桁外れの巨体と、これでもかと満載された強力な熱光線だけだった。


 もちろん常識的に考えれば、普通はそれで十分なのだ。


 もしミドガルズオルムの設計者に話を聞けるなら、きっと自信満々に『他に何が必要だと?』と聞き返してくるに違いない。


 強烈な火力に、堅固な装甲。


 全てを焼き払い、全てを押し潰す力――


 こと兵器に限って言えば、一体これ以上の何を求めるというのか。


 つまるところ兵器とは殺戮さつりくの道具である。


 効率的に敵を殺し、いつまでも戦場に残ることのできる兵器こそが優秀なのだ。


 そういった意味で、ミドガルズオルム以上の兵器など他にあるまい。


 しかし。


「――そりゃ魔王には勝てねぇよな、って話だ」


 これほどの超兵器が何故、今日こんにちまで歴史の陰に埋もれて陽の光を浴びてこなかったのか?


 答えは単純。


 魔王に通用しなかったからだ。


 アルファードしかり、ミドガルズオルム然り、他の諸々の『聖具』も然り。


 どれも聖神が開発した超兵器だが、そのことごとくが魔王の喉元に届くことなく力尽きた。


 いや、正しくは、人界の防衛だけで精一杯だった――と言うべきか。


 どちらにせよ、まだ〝勇者〟その他が存在しなかった古代において『果ての山脈』を超えてきた魔王軍と戦ったのは、こいつら自律型の『聖具』だったはず。


 そうでもなければ、この世界はとうに魔王のものになっていたに違いない。


 だが、人界を守護することはできても、魔王および配下の軍を滅ぼすまでには至らなかった。


 当たり前だ。


 ただ兵器の質量を増して火力を上げただけで勝てるのなら、〝勇者〟も〝魔道士〟も〝闘戦士〟も〝姫巫女〟も必要なかったのだから。


 繰り返しになるが、魔王という存在はそんな生易しいものではなかった。


 まさしく別次元の【怪物】だったのだ。


 だからこそ――


「あのな、俺は〝勇者〟だぞ? 魔王を倒した四人の内の一人だぞ?」


 すが熱閃ねっせんぐんとの追いかけっこに飽きた俺は、空中の一点で足を止め、銀剣を大きく振りかぶった。


 これまで片手で振ってきた〝銀剣〟を両手で構え、ぐっ、と力を込める。


「魔王に勝てないお前が、俺に勝てる道理がどこにある?」


 告げて、空中で身を前に倒した。ぐん、と体の上下が逆さまになる。そのまま理術で何もない空間を蹴りつけ、真下に向かって跳躍ちょうやくした。


 稲妻のごとく真っ逆さまに落下する。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!』


 どこか自棄っぱちに聞こえるミドガルズオルムの叫喚きょうかん


 チマチマとぶった切るのはもうやめだ。


 いくら斬ってもミドガルズオルムの動きはおとろえやしない。


 ましてや、切り離した部位がそのまま独立した状態で動いているのだ。


 いくら斬ってもキリがない。


 どうも動力源は一つではなく、それぞれの城塞ごとに動力となる〝核〟が宿っているらしい。


 つまり――このデカブツを一気にほふるには、巨体の〝芯〟に一発〝いいやつ〟を叩き込んでやるしかない、ということだ。


 最初からアルタイルの権能を選んでおいてよかった。やはりミドガルズオルムのような奴とは相性がいい。


 高速回転するアルタイルの権能は、つまりは螺旋らせんにして円環えんかんちから


 めぐまわつたわりつつむ力なのだ。


「――――!!」


 投網とあみがごとき文目あやめを描く熱閃の束。その隙間をくぐり抜け、ちょうど真下にあった城塞の一つに突撃する。


 進行方向――直下へと突き出した〝銀剣〟の先端があっさり分厚い装甲を砕き割り、俺は城塞の内部へ。


 本来、人間が入ることなど想定していなかったのだろう。隙間なく詰め込まれた機械部品を容赦なく蹴散らし、俺は城塞の内部深くへと突き進んでいく。


「――このあたりか?」


 直感で城塞の中心部を見定め、足裏を地上方向へ向けて着地。靴底に展開した理術の力場が、俺の体を受け止め停止させる。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!』


 ミドガルズオルムの砲撃じみた駆動音はもはや可聴域になく――いや俺にはちゃんと聞こえるのだが――、音というより波動になっていた。


 さもありなん。生き物で言えば体内、そのど真ん中に入ったのだ。至近距離で大音響を喰らえば、全身の肌がビリビリと震えもしよう。普通の人間なら、それだけで肉体を押し潰されていたかもしれない。


 だが逆に言えば、ここまで来ればもうこちらのものだ。ミドガルズオルムは俺に手出しできなくなった。よもや、自身の内部を攻撃する手段まで持ち合わせているはずもなく。


 今の俺は、まさに獅子しし身中しんちゅうむし


 これから巨大過ぎる世界蛇のはらわたを、内側から食い破ってやるのだ。


「――ぉぉおおおおおおお……!」


 改めて〝銀剣〟を直突きに構え、静かに深く力を溜めていく。


 さすがの俺でも、国一つを丸ごと取り囲む巨大な連結城塞が相手では、赤子の手をひねるようにはいかない。


 それなりに〝氣〟をらなければ、一気に殲滅することは難しい。


 ま、深呼吸一回分も気合いを溜めれば十分なんだが。


 必要な分の気合いを充填じゅうてんしたなら、後は教え子の必殺技にちょっとした【アレンジ】を加えて繰り出すだけだ。


「――〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉」


 本来ガルウィンのそれは、力強く振り下ろした斬撃を光の波涛はとうとして撃ちだすもの。


 だが俺がこれから放つのは――刺突しとつだ。


 荒れ狂う膨大な銀光のエネルギーを、糸のように細く絞り込む。


 くして銀の光輝ひかりは拡散するどころか、逆に収束しゅうそくしていった。


 ミドガルズオルムが散々さんざん乱射らんしゃしまくってくれた熱閃よろしく、凝縮して一振りの長剣と化す。


 刺突剣レイピアとなった〝銀剣〟の切っ先から、やがて細い純銀の光線が撃ち出された。


 一見すれば、それはただのかぼそい光の線に過ぎない。


 しかし、顕微鏡けんびきょうレベルまで拡大して見てみれば――アルタイルの権能で高速回転する二条の光が、二匹の蛇のごとく絡まり、り合い、それぞれが螺旋を描きながら、しかし全体では真っ直ぐ伸長しんちょうしていることがわかるだろう。


 強烈な斬撃を放つ〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉を細く、ただ細く収斂しゅうれんさせ、貫通力を限界まで高めたのだ。


 つまり、極限まで研ぎ澄ました銀光のドリル。


 それが俺の【アレンジ】した、刺突型の〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉だった。


 超高速で発射された光線は、俺の前にある金属のかたまりを紙のように貫いた。


 そのまま威力を減衰させることなく、まさに光の速さで駆け抜ける。


 今更だが〝銀剣〟は俺の一部であり、肉体の延長と言っても過言ではない。


 故にこそ、細かい調整だって容易よういに可能なのだ。


 俺は細く撃ち出した〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉の光線を感覚器の一つとして、連環れんかん城塞じょうさいがたのミドガルズオルムの〝芯〟を貫いていく。


 セントミリドガルを【ぐるり】と取り囲む超巨大なミドガルズオルムだが、なにせ〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉の速度は光速。


 微調整して角度をつけた〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉の光線は、一瞬にしてセントミリドガルの国境を一周し、俺の背中のすぐ近くまで到達した。


「――よし」


 確信を込めて呟き、剣を引く。〝銀剣〟の切っ先から、ぷつん、と糸を切るようにして光線を切り離し、一歩いっぽ退しりぞいた。


 え? コレで終わり? と思ったのなら、それは大間違いである。


 無論、これで終わりのはずがない。


 俺は膝を軽く屈伸させて、跳躍ちょうやく。弾丸よりも速くミドガルズオルムの体内から飛び出し、一気に高空へと飛翔した。


 高い位置から、地上に横たわる連結城塞を見下ろす。


 あれだけ暴れ回っていた巨大蛇は、いまや時が凍り付いたように静止している。


 俺の〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉が〝芯〟を貫いているため、標本にされた昆虫のごとく動けなくなっているのだ。


 巨大な機械蛇の中心部を貫通させた細い銀線は、いわば爆弾だ。


 超高圧縮した、アルタイルの権能けんのうじりの〝氣〟――アレンジ版〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉。


 ひとたび起爆すれば、名前の通り超新星爆発がごとき威力を発揮するはず。


「こいつで――さよならだ」


 別れを告げ、パチン、と指を鳴らす。




 それが合図だった。




 次の瞬間、セントミリドガルの国境こっきょう全域ぜんいきにおいて未曽有みぞうの大爆発が起こった。


 その際に生じた音と光は、東西南北に位置する他国の端の端まで届いたという。


 轟音は天空と大地と海を揺らし、爆炎は巨大な壁のごとく高く立ち上った。


 こうしてセントミリドガルの誇る超級『聖具』、もとい『聖霊せいれいミドガルズオルム』はド派手に砕け散った。


 即ち――セントミリドガル王国の中核となる戦力が、完全に失われたことを意味する。


 まだ世界が大爆音の余韻で震えている中、俺はセントミリドガル王城のある方角に目を向け、小さく吐息を一つ。


「これで最大の障害は排除できたな。つっても、歯ごたえがイマイチ……いや、いまふたつ? ってぐらいの感じだったが」


 当たり前だが、やはり先日のシュラトとの戦いの方が、肌がひりつくようで楽しかったように思える。持てる力のほとんどを発揮できたのだから、当然と言えば当然の話なのだが。


 いや、愚痴ったところで意味はないか。


「さて、久々に……ってほどでもないか? ま、なんにせよ気は進まないが、ジオコーザの馬鹿野郎の顔を見に行ってやるとするか」


 このまま飛行して王都に向かうこともできるが、敢えてそうはしない。


 急ぐ必要などないからだ。


 むしろ、あちら側に多少の時間を与えてやらねばならない。


 そう――ミドガルズオルム完敗の報を聞いて、絶望の苦しみを味わう時間を、な。


 それに、ガルウィンらの率いるムスペラルバード軍が国境に到着するのも待たなければいけない。


 俺の背中についてこいと言った手前、置き去りにして行くわけにもいかなかった。


 俺はいったん地上に降り立つと、大要塞ヘリオポリスへと足を向ける。


 諸々の手はずが整うまで、ちょっと砂漠キャンプでも楽しませてもらおう。


 砂漠で飲むコーヒーはきっと美味いからな。


「はー……やっぱ、自由気ままなスローライフに戻りたいよなぁ……」


 見る影もなく崩れ落ちたミドガルズオルムの残骸ざんがいを背に、俺は空を見上げ、しみじみと呟いたのだった。





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