●20 内憂外患 3


「――フハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハ!!」


 戦場の記録映像を前に、ジオコーザの哄笑こうしょうがこだまする。


 聖術士ボルガンからもたらされた新たな兵器――即ち『聖霊せいれいミドガルズオルム』。


 満を持して『最強にして無敵の聖具』とまでうたっただけあって、その力は絶大なものだった。


「見よ! 敵がゴミのようだ! どいつもこいつも塵芥ちりあくただ! ざまあみろ!! ハハハハハハハハハハハハッ!!」


 両目を真っ赤に充血させたジオコーザは狂ったように笑い、会議の間にいる臣下達に同意を求める。


 応じるのは、やはり一人だけ。


「当然であります! やはり我が軍は無敵! 常勝! 不敗! これぞ本来あるべき姿ですとも!」


 セントミリドガル軍部の最高峰、将軍ヴァルトル・ガイドシーク。


 ジオコーザと同じく聖神特製のピアスをつけた男は、王太子と同程度かそれ以上の狂気に囚われている。


 その熾火おきびのような瞳に映るのは、凄惨な光景だ。


 東のアルファドラグーンの誇る『聖竜アルファード』。


 北のニルヴァンアイゼンの駆る『聖駒せいくヴァニルヨーツン』。


 西のヴァナルライガーが操る『聖狼せいろうフェンリルガンズ』。


 どれもが鋼鉄の怪物であり、超常の兵器である。


 だというのに。


 それらがまとめて、セントミリドガルに与えられたちょう巨大きょだい聖具せいぐによって蹴散けちらされ、蹂躙じゅうりんされ、駆逐くちくされていた。


 聖術士ボルガン――否、〝聖神ボルガン〟がセントミリドガルに与えたのは、大地に眠りし巨大な円環えんかんにして連環れんかんなる【広域殲滅兵器】。


 その名こそ、世界を呑み込む蛇から由来する――


聖霊せいれいミドガルズオルム』


 その正体はセントミリドガルの大地深くに眠りし、超巨大な機械きかい大蛇おろち


 ミドガルズオルムの巨体――いや、もはや〝極大きょくだい機構きこう〟とも呼称すべき構造物は、ちょうどセントミリドガルの国境をなぞって円を描くように、地下の奥深くに横たわっている。


 まさしく大国をその身一つで囲い込み、自らの尾を口でくわえる蛇の形だ。


 その極大機構はボルガンによって火を入れられるまでは、大地の深層で永い眠りについていた。


 しかし、ひとたび目を覚ませば、それは一息に地表へと顔を出し、真価を発揮する。


 大地をどよもし、地割れを起こして隆起させ、世界蛇こと『聖霊せいれいミドガルズオルム』は復活した。


 地面の亀裂からせり上がってくるは、巨大な金属の城壁。


 当然、生半可な城壁ではない。もはや城壁と呼ぶことすらなまぬるい、大国セントミリドガル全体を一切のほころびなく包囲する、超長大なスケールの巨壁きょへき


 そう、それこそは城壁を超越した、長城ちょうじょうであった。


 セントミリドガルそのものを【ぐるり】と取り囲む巨大長城は、東、北、西の三大国の軍勢、および他勢力が国境を越え、【内側】にまで侵入した直後に出現した。


 それぞれの軍が自陣へと戻るための退路を断ったのである。


 逃げ場を失った各軍は周章しゅうしょう狼狽ろうばいし、一時的に行軍が停止した。


 その直後だった。


 巨大な鋼鉄の長城が――【動いた】。


 まるで生き物のごとく。


 陽光を鈍く照り返す巨躯きょくが、山のような構造物が大きくうねり、盛り上がり、身悶みもだえする。


 さながら強大きょうだい蛇身じゃしんよろしく。


 さらには各所に小さな穴が空いたかと思えば、そこから灼熱しゃくねつの閃光が撃ち放たれる。


 細い、しかし強力な熱閃ねっせんは空を裂き、地を削り、万物を切断した。


 これにはアルファードを始めとした鋼鉄の機動兵器群も、ひとたまりもなかった。


 細く、より細くしぼられた熱閃は、鋭利えいりな刃物がごとく容易に金属を断ち切る。


 抵抗は無駄だった。


 宙を飛ぶ機械竜も、地を進む鋼鉄の巨人も、群をなして疾走する黒金の狼も、例外なく八つ裂きにされた。


 無論のこと、それらを操縦していた兵士らもまとめて。


 どの軍も一瞬にして瓦解がかいした。崩れ落ちた鋼鉄が大地と抱擁ほうようして轟音ごうおんひびかせ、中には動力炉に火が点いて大爆発を起こすものもある。


 即死しなかった兵士や司令官は例外なく叫喚きょうかんを上げて逃げまどった。


 それでも『聖霊せいれいミドガルズオルム』の暴虐ぼうぎゃくは止まらない。


 鋼鉄の巨体をくねらせ、何百、何千と空いた穴から同じ数だけの熱閃を発射する。細い光の線は熱の刃となり、世界を縦横じゅうおう無尽むじんに切り裂く。


 組織だった軍隊が崩壊するまで、さほどの時間はかからなかった。


 大した間もなく、セントミリドガル国内に進軍した部隊は壊滅状態へと陥った。


 どの勢力も、生存者はほんのわずか。


 生きている者の反応がほぼ消えると、巨大な連環型城塞は再び地の底へともぐっていく。


 セントミリドガルを取り囲み、そして守護する世界蛇『聖霊せいれいミドガルズオルム』は、次の戦いに備えて眠りについた。


 後にはもう、細切れにされた死体と、鋼鉄の残骸が積み重なった山が残されるのみ。


 もはや戦争とは呼べぬ、それは虐殺の光景だった。


「――ヒヒヒハハハハハハハハハハハッッ!! 圧倒的ではないか!! ボルガンよ、褒めてやる!! 貴様は本当に良いものを持ってきた!!」


 改めて映像を見たジオコーザは声を裏返しながら笑い、会議の間の片隅に立つ漆黒のローブへと賞賛しょうさんを飛ばす。


「ええ、ええ、お褒めにあずかり恐悦至極でございますとも」


 そこに黒い布が浮かんでいる――としか言いようのない姿をした聖術士ボルガンは、どこか道化じみた動きで会釈をした。動きに合わせて、ほんの微かなアクチュエーター音が漏れ出ているが、気付く者は一人もいない。


 くつくつと笑うボルガンは、広間の隅にたたずんだまま、


「ですがミドガルズオルムの本領はこんなものではございませんよ。偉大なるセントミリドガルの大地をつかさどりしかの聖霊せいれいの力は、防衛のみに限りません。その身で作ったを広げることにより、活動範囲をより拡張させることが可能なのでございます」


 ジオコーザ、ヴァルトル他、十数の臣下の視線を受けながら、朗々ろうろううたうように語る。


「つまり、ミドガルズオルムがその輪を広げれば広げるほど、セントミリドガルの国土も広がるわけでございます。この意味……もちろんのこと、おわかりでございましょう?」


 ねっとりと、粘液ねんえきをこねるようにしてボルガンは言葉を紡ぐ。


 その含みのある雰囲気は、見事にジオコーザとヴァルトルへと伝播でんぱした。


 狂気に囚われた少年しょうねん壮年そうねんは、揃って笑みを深める。


「よいではないか! よいではないか! これより我らが反撃の時! 愚かな者どもに身の程を思い知らせてやる時が来たぞ!」


 ジオコーザは声を高め、体全体を大きく使って燃え上がる戦意を露わにした。口角泡を飛ばす、とはまさにこのこと。全身の毛穴から噴き出した闘争心が、会議の間に飽和するほど充満した。


 だがそんな王太子のすぐ隣には、黙して座っているだけの国王オグカーバ。


 そして臣下のほとんどが、逆襲ぎゃくしゅうたかぶるジオコーザの声に無反応を示す。


 もはやジオコーザが他者のことなどまったく意に介していないことを、この場にいるヴァルトル以外の者が知悉ちしつしていた。


 どんな言葉も、どんな意見も、どんな態度も無意味。


 今となってはジオコーザは周囲を見ていない。例え充血した目で見ていても、心は何も見ていない。耳も同様だ。音を聞いていても、そこから何かを得ることはもうない。


 肥大化した自意識の怪物――それが現在のセントミリドガル王太子、ジオコーザの正体だった。


 狂気を理解できるのは、同程度かそれ以上の狂乱に取り憑かれた者のみ。


「もちろんであります! 今こそ我が国をおかそうとした恥知らずどもむくいを与える時! 遠からず五大国は一つの国へと統合されることでしょうな! 人界全てを支配する、だいセントミリドガルのもとに!」


 胴間声どうまごえで同調して、ヴァルトルは呵々かか大笑たいしょうした。


 これを受け、ジオコーザの気勢がより一層いっそうあおられる。


「フハハハハハハハハハ! フハハハハハハハッ! ハハハハハハハハハハハッッ!!」


 風を受けた火炎が、より強く、より大きくさかるように、ジオコーザの昂揚は天井知らずに高まっていく。


「そうだ! 今こそ世界統一の時! 身の程を知らぬ愚か者共を滅ぼし、我らセントミリドガルが人界を制覇するのだ! いや、魔王亡きいまもはや魔界すら恐るるに足らず! 人界を統一した後、そのまま一気いっき呵成かせいに『魔の領域』すら呑み込んでやろう!」


 熾火のようだった赤い瞳に、苛烈かれつな欲望のかがやきがともった。下卑げびた笑みを浮かべたジオコーザは、漆黒のローブへと狂的な視線を向け、


「無論できるのであろうな! 貴様の自慢の『聖霊せいれいミドガルズオルム』ならば!」


 問われたボルガンは大仰に首を縦に振った。


「ええ、ええ、もちろんでございますとも。もとよりミドガルズオルムは世界を呑む蛇。人界のみならず、魔界、あまつさえ聖界をも呑み込むことができましょう。そう、全てはジオコーザ様、あなた様の御心のままに……」


 人界と魔界と聖界――即ち、人と魔と神の住まう世界の全てを、ミドガルズオルムは覆い尽くせるだろうと。


 ボルガンはそう告げた。


 まるで甘い果実に毒液を注射する、魔女のごとく。


「ク――ククククッ……!」


 見え透いた追従ついじゅうにしかしジオコーザは気付かず、ほくそ笑む。


「いいぞ、いいぞ……! これであのアルサルが戻ってくれば、まさしく獅子が翼を持つがごとし!」


 とえつひたっていたジオコーザが、ふと気付いた。


「――ん……? そういえば、奴はどうなった? あの馬鹿はいつになったら戻ってくるのだ?」



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