●20 内憂外患 2



 しかしまずいことに、この強力な戦車はムスペラルバードの砂地と非常に相性が悪かった。


 いくら聖神が作った特別な兵器であれ、機械は機械だ。聖竜アルファードがそうだったように、聖力で動くものでも機械特有の弱点がある。


 下手に車輪やキャタピラを動かして砂を巻き上げると、あっという間に機関部きかんぶその他がそれを吸い込み、故障してしまうのである。


 つまり、下手に動かすことができない。


 おかげで移動兵器でありながら、防衛にしか使えないという情けない始末であった。


 こんなものを、よりにもよって熱砂の国ムスペラルバードに提供するとは、聖神ボルガンは一体何を考えていたのだろうか。


 それとも、ここでシュラトを暴走させ王位簒奪をさせることも計算に入れていたのだろうか。


 もしシュラトが前線に立つのだとしたら、他の有象うぞう無象むぞうは足手まといでしかない。


 攻撃はシュラト一人だけで十二分。単体で快進撃が続けられる。


 であれば、ムスペラルバードに必要なのは防衛機構のみ――そう考えたのなら納得はできる。


 できるが――この考察は、流石に微妙なところだ。


 もう一つ考えられる可能性としては、聖竜アルファードがそうであったように、聖炎ムスペルテインもまた土地の歴史に由来したものである――というもの。


 例えば、かつてのムスペラルバードは不毛な砂漠ではなかった――とか。この巨大な戦車が縦横無尽に走り回れるような、そんな大地であった可能性は捨てきれない。


 そう考えれば、こんな熱砂の大地に気密性の低い戦車を送りつけた理由にも、一応いちおう説明せつめいがつく。


 今度、余裕がある時にでもムスペラルバードの歴史について調べておくか。


 いや、余談が多くなってしまったな。話を戻そう。


 ともあれ、以上のことからもわかるように現在のセントミリドガルは、まごうことなき劣勢れっせいにある。


 攻め時かと聞かれたら、十人中十人がこれ以上ない攻め時だと答えるだろう。


 故に、俺は言うのだ。


 こっちがそう考えるのなら、当然ながら他国もそう考えるのではないのか――と。


 ガルウィンが大声で応じる。


「はい! 調べによると東のアルファドラグーン、北のニルヴァンアイゼン、西のヴァナルライガー、さらには複数ふくすう中小ちゅうしょう勢力せいりょくがそれぞれ攻勢の気配を見せております。現在はどの勢力も時期を見計らっているようですが、いくさ水物みずもの。いつ機がおとずれるかわかりません。であれば、我々が打って出ることによって切っ掛けを作り、戦いの流れを主導していくのが上策かと存じます」


 何度でも言うが、今は世界中が敵対し合っている。


 このムスペラルバードとて、敵国はセントミリドガルだけではない。


 北のニルヴァンアイゼンこそ遠く離れているが――だからこそフェオドーラが、国交を理由に後宮ハレムへと送られることにもなったわけだが――東のアルファドラグーンと西のヴァナルライガーとは、地続きで繋がっている。


 当然、それぞれの国境近くは戦場となっており、これ以上ない緊張状態だ。


 言わずもがな、そのあたりにも『聖炎ムスペルテイン』は何十台と配備されている。


 そこへ、東のアルファドラグーンは『聖竜アルファード』を、西のヴァナルライガーは黒金くろがね巨狼きょろうの群れを差し向け、日々激闘が繰り広げられていた。


 しかし幸い、『聖炎ムスペルテイン』の張り巡らせる弾幕は未だ破られる様子はない。


 神の手による超兵器は、射程が短くなればなるほど連射効率が飛躍的に向上する。機械の竜や狼が接近すればするほど、戦車隊の吐き出す砲弾の嵐は激しくなり、弾幕の壁は分厚くなっていくのだ。


 このため被害の拡大を恐れた敵勢は途中で足を止め、引き返していく――ということが繰り返されていた。


 そんなわけで、今のところ情勢としてはセントミリドガルの一人負け状態。


 さらに言えばジオコーザは、本来なら味方だったはずの国内の貴族同盟を敵に回し、しかも盟主の一人を暗殺してしまった。


 内乱の激しさは日毎ひごとし、国内外に関係なく大騒ぎだ。


 いつ砂上の楼閣が崩落してもおかしくはない――のだが。


「……おかしくないか?」


 と、俺は思うのだ。


「――? 何が、でしょうか?」


 ガルウィンだけでなく、その場にいた臣下――旧体勢からそのまま続投している人材が多い――までもが首を傾げる。


 俺は玉座に腰を据えたまま、足を組み直し、


「聖術士ボルガンって奴は、セントミリドガルの内部にも忍び込んでいるはずだ。ジオコーザやヴァルトルの耳に〝例のピアス〟がついていたんだからな。これはもう、ほぼ確実だろ」


 思えば、あのピアスが聖神の作ったものだというのなら、ジオコーザにヴァルトル、そしてアルファドラグーンのモルガナ妃の変調にも納得がいく。


 あのシュラトですら精神攻撃を受けて八悪の因子とのパワーバランスを崩されたのだ。


 ただの人間が聖神の手による洗脳や精神操作を受けて、抵抗できるはずがない。


「じゃあ、なんでセントミリドガルには『聖具』が提供されてないんだ? 今でもまだ、あっち側の勢力が『聖具』を使ったって報告は来てなかったよな?」


 チラ、と俺は脇に下がったイゾリテに目配せする。


 優秀なイゾリテの報告に、漏れなどあるわけがない。


 その情報が俺の手元に届いていないということは、つまり、まだセントミリドガル軍が『聖具』を使用したという事実はないのだ。


 おかしい。


 これは直感に過ぎないが、ほぼ確実にボルガンはセントミリドガル内部にも忍び込んでいる。間違いない、と断言だんげんできる。


 であれば、アルファドラグーンやヴァナルライガー、ニルヴァンアイゼン、そして俺のいるムスペラルバードにもたされている『聖具』が、セントミリドガルの手に渡っていないはずがないのだ。


 ――だから、逆に考えてみよう。


 そう、既にセントミリドガル――ジオコーザの陣営は『聖具』を入手している――


 それを前提として考えるのだ。


 聖神の凌駕技術オーバーテクノロジーを用いた『聖具』は、一つだけでも人間同士の戦争を激変させるほどの超兵器である。


 その手にあるのなら、使わない理由はない。俺が元いた世界でなら、自分の母親を売ってでも手に入れたい為政者はいくらでもいただろう。


 だというのに、セントミリドガルはこれまで一切『聖具』を使用していない。


 何故なぜ


 もしかしなくとも、何か使用できない理由でもあるのだろうか?


 例えば『聖炎ムスペルテイン』が砂漠地帯であるムスペラルバードの土地に合わなかったように。


 あるいは――


「――【待ってる】んじゃないか?」


「待っている、ですか……?」


 俺の言葉を、ガルウィンがオウム返しにする。


「そうだ。セントミリドガルは既に『聖具』を有している――そう考えた場合、今はその『聖具』が最大限の効果を発揮する瞬間を待っているんじゃないのか? 例えば、各勢力が国内深くまで進軍してきたその時にこそ、真価を発揮するような……」


 例えば、地雷。


 敗退を装って敵を自陣深くまでおびき寄せ、そこに埋設しておいた地雷原によって一網打尽にする――


「つまり……【罠】、ということでしょうか?」


 ガルウィンの問いに、しかり、と俺は頷く。


「考えてもみろ。あそこのトップはあのジオコーザだぞ? いきなり五大国全部に喧嘩けんかを売るような阿呆あほだ。そんな奴がせっかく手に入れた『聖具』を使わないわけがないだろ? なのに、状況的に既に持っているはずのものを使っていない――ってことはつまり『使わない理由』があるってこった」


 本来のジオコーザ――すなわち例のピアスの影響を受ける前のあいつならともかく、今はひどく攻撃的な性格に豹変ひょうへんしてしまっている。


 セントミリドガルに提供された『聖具』が聖竜アルファードのような機動兵器であれば即座に投入し、敵勢力を押し返しているはずだ。


 それをしないということは、やはりそういった積極的攻勢に使えない『聖具』である可能性が高い。


「よくある手だ。俺達も魔界に乗り込んだ時、四天してん元帥げんすいとかを相手に似たようなことをやったからな。だから、どれぐらい効果的なのも知ってる」


 昔、ジオコーザ相手にそのような話をしてやったことがある。


 いつぞやも語ったと思うが、俺達は十年前、エムリスに広範囲殲滅魔術を構築してもらい、そこに敵をおびき寄せて一気に大ダメージを与える――みたいなことをやっていたのだ。


 上級魔族、それも魔王軍の幹部ともなれば、どいつもこいつも無駄にプライドが高い。おちょくって挑発ちょうはつして罠に引き込むのは実に簡単だった。


 おかげで調子よく魔王軍幹部をほうむり、トントン拍子で先に進んだものである。


「だから、はやる気持ちもわかるけどな。下手に深追いして、逃げられない状況になってから包囲殲滅される……なんてことになったら、たまったもんじゃないだろ?」


 俺がそう言うと、ガルウィンは表情を硬くして生唾なまつば嚥下えんげしたようだった。


「それでは……今はまだ様子見に徹するべき、だと?」


「だな」


 俺は短く首肯した。


 元より人間同士の戦争に介入したくない俺ではあるが、それと同じぐらい、現在の情勢下で動くべき理由が見当たらない。


 今はとにかく専守せんしゅ防衛ぼうえいに徹し、様子見するべきだ。少なくとも、これが魔族との戦いでも俺はそうする。


「……かしこまりました。アルサル様の御心のままに」


 納得したのか、ガルウィンはこうべれて引き下がった。その姿は不服そう――どころか、どうも笑みが浮かぶのを我慢しているようだ。


 おそらく、ここが謁見の間でなければ満面の笑顔を浮かべ、


流石さすがはアルサル様! 見事な識見しきけんです! このガルウィン、心より感服かんぷくいたしました!」


 などと大声で叫んでいたに違いない。こいつはそういうやつなのだ。


 どうやら俺が玉座に座って命令を出している光景が、たまらなく喜ばしいらしい。


 というか今のやりとりも、もしかするとただのRPG(ごっこ遊び)だったりしないだろうな?


 ともあれ、今日も今日とてムスペラルバード王国は隠忍いんにん自重じちょう謹言きんげん慎行しんこう三思さんし後行こうこうの三つを方針として運営されていく。


 いや、小難しい言い方をしてしまった。


 簡単に言えば『慎重に、慎重に、とにかく慎重に』ということだ。


 果たして――


 どうやらその判断は間違っていなかったらしい。


 翌日、イゾリテから緊急きんきゅうの、ある意味わかりきっていた報告が入った。




「セントミリドガル軍が『聖具』を使用しました。これにより、かの国の内部へと攻め込んでいたアルファドラグーン軍、ニルヴァンアイゼン軍、ヴァナルライガー軍、そして他の中小勢力のほとんどが壊滅いたしました」




 以上の言葉がつむがれた瞬間、俺以外の人間が総じていろめき立ったのは言うまでもない。


 案の定だ。


 やはりセントミリドガル軍は『聖具』を隠し持っていたのだ。


 それが一体どんなものかと言うと――


「超巨大な〝連環れんかん城塞じょうさいがた兵器へいき〟です」


 各国に放たれた諜報員から通信理術によって送られてきた記録映像を、イゾリテは再生した。


 様々な視点からつづられた記録映像は、一つの恐るべき超兵器の姿をあらわにする。





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