●20 内憂外患 1



 南の大国ムスペラルバードの王になったところで、ぶっちゃけ俺に出来ることなど何一つない。


 こちとら魔王を討伐した以外は、城内で兵士の教導をしていただけの男である。


 ただの〝勇者〟に政治はわからぬ。


 まぁ、軍事についてなら、多少なりとも理解しているつもりだが。


 そんなわけで新国王になってから一週間ほどが経過したが、やはり世の中は物凄い速度感で動いており、俺はその流れをただ漫然まんぜんながめていた。


「――以上が近況となります。何か気になる点などございますでしょうか?」


 工事中のグリトニル宮殿の代わりに用意した、臨時の別邸。そこに用意された、臨時の謁見の間。


 仮の玉座に腰を据えた俺の前には、深くひざまずいたイゾリテの姿がある。


「……特になしだ」


 俺はあくびを噛み殺しながら、頭を下げ過ぎて後頭部が見えているイゾリテにそう言った。


 今ちょうど、イゾリテの口から国内のこと、および世界各国に関する最新情報を聞いていたところである。


 一般人であれば目を剥くようなニュースがてんこ盛りだったのが、とりあえず今は割愛かつあいしよう。


 驚くべきことに、この一週間でイゾリテは内政の中枢に立つようになっていた。無論、兄のガルウィンも似たようなムーブをかましている。


 やはりというか何というか、二人は恐るべき天才兄妹だったのだ。これもオグカーバ国王から受け継いだ王家の血筋が故だろうか。


 というか、ムスペラルバードの旧王族の受け入れ姿勢しせいがものすごい。


 いくらガルウィンとイゾリテが俺の臣下を自称――俺は旅仲間として認めるとは言ったが、臣下とか従者とかになることを認めたつもりは一切ない――しているとはいえ、国の重要事をどんどん二人に任せてしまっているのだ。


 もしかしなくとも旧王族の奴ら、あわよくば内政の仕事からもリタイアする気だな?


 そんな事情もあって、いつの間にやらイゾリテもガルウィンも、特にこれといった役職に就いてもいないのに毎日の業務の中心人物になっていた。


 今だってそうだ。普通はこうして国王である俺に色々と報告するのは、宰相さいしょうの仕事だと思うんだがな。


 一昨日おとといあたりからイゾリテが当たり前のように現れて、さも当然のごとく仕事をこなしているのである。


「では、いかがなさいましょう?」


 おもてを上げないまま、イゾリテが指示を求める。


 俺は昨日も言った言葉をそのまま繰り返した。


「国外については様子見だ。余計なことは何もしなくていい。お前達は引き続き国内のことにだけ精励せいれいしてくれ」


「かしこまりました」


 世界情勢を知っている者からすれば「何を悠長なことを」と言われるかもしれないが、極力きょくりょく人界の変動に干渉したくない俺としては、このような指示を出す他ない。


 セントミリドガル王国の暴走を起点きてんとした戦争は、日に日に激化げきか一途いっと辿たどっている。


 各勢力がセントミリドガル王国を集中攻撃する――なんて単純な構図ではない。


 どこもかしこも内輪うちわめを併発へいはつし、まるで毒を飲んだかのようにのたうち回っている状態なのだ。


 先日はなんと魔族軍が『果ての山脈』を越え、アルファドラグーンの領地に進入したという情報まで入ってきた。


 こうなると人界だけの問題ではない。魔界が関連するなら遠慮無く俺の出番だろう――と立ち上がろうとしたら、それはシュラトやエムリスに止められてしまった。


「国王が軽々けいけいに動くのはよくないことだろう」


「そうだよ、アルサル。せっかく……せ、せっかく王様に……ぷぷっ……なったんだから、あはは! うん、どっしりと構えているべきだよ。クッ……ふふふっ……!」


「いつまで笑ってんだお前は」


 忠言したいんだか馬鹿にしてんだかわからない〝蒼闇の魔道士〟が俺達のところへ戻ってきたのは、俺が国王になってから二日目のことだった。


 丸一日以上もどこかで〝怠惰〟を満喫まんきつしてきたエムリスは、どうやらイゾリテから俺について報告を受けたらしく、本人としては予定を大幅に繰り上げて戻ってきたらしい。というか、俺の国王即位のニュースを聞かなければ月単位で帰ってこないつもりだったとか。


 そこに関しては特に何も思わない。魔界での戦いでエムリスは禁呪を解放した。やはり相応に消耗したはずなので、それを癒やすために人知れず身を潜めて回復に努めたいというのは理解できる話である。


 まぁ、わざわざ戻ってきて俺を笑いものにするあたり、性格が最悪すぎるとは思うのだが。


「大丈夫さ、アルサルの気持ちもわかるよ。だから魔族についてはボクが出ようじゃあないか。いったん『こちら側』へ来られないよう牽制しておくとしよう」


 流石に馬鹿にしているだけでは立つ瀬がないと思ったのか、エムリスは自らそう請け負った。


「なにせ今のアルサルは〝勇者〟にして〝国王〟だからね。宮廷魔道士としては、王様の希望を汲んで動くのが鉄則だろう? 大船に乗ったつもりで任せておきたまえ」


 おい待て。なにしれっと〝宮廷魔道士〟を名乗っていやがる。というかお前がそんな役職に就いたら俺が辞めにくいだろうが。本気でやめろ。


 とか何とか言ったところで耳を貸すエムリスではなく、言うが早いか転移魔術で姿を消しやがった。


 少々腹も立つが、あいつが行くというのなら一安心だ。


 しかし、魔界側が動いたか。予想していなかったと言えば嘘になるが、思ったよりも早かったな。他に場所がなかったとは言え、結果としては魔界の央都を滅茶苦茶にしてしまったのだ。当然と言えば当然の流れだ。


 シュラトと戦うにあたって、戦場はあそこ一択いったくだった。人界で俺達が戦えば癒やしようもない甚大な被害が出る。


 いくら魔族軍が人界に戦争を仕掛けてくるだろうことが予想されても、人外の怪物である俺達が遠慮無しに戦うには、魔界を巻き込むしかなかったのだ。


 こればかりはどうしようもなかった。


 とはいえ、責任を取らないわけにもいかない。


 即位して一週間が経過しても、俺が現在進行形で国王なんて立場に居続けているのは、そのあたりの事情もあるのだった。


「発言よろしいでしょうか、アルサル様」


 俺の指示を受けたイゾリテが引き下がるのと同時、部屋の脇に控えていたガルウィンが挙手した。


 俺が頷くと、ガルウィンは俺の前へ出てひざまずいた。いちいちそんな体勢を取らなくてもいいのだが、こればかりは言って聞く兄妹ではない。


 というか、こいつらは喜びをもってこういったことをしているのだから、止めようもなかった。


意見いけん具申ぐしんをお許しください。現在、セントミリドガル王国は圧倒的劣勢にあります。小職しょうしょくは今こそ攻め込む好機こうきかと愚考ぐこういたしますが、いかがでしょうか?」


 こいつ、爽やかな風貌のくせして中身はけっこう過激なんだよなぁ――と俺は内心で思いつつも、顔には出さないよう表情筋を引き締めた。


 というか、セントミリドガルは祖国だろうに、よくも平然と『攻め込む好機』なんて言葉が出てくるものだ。


 さすがに百万の魔物の軍勢のど真ん中に放り出す試練しれんは、いくら何でもやり過ぎだったのだろうか?


 俺は努めて平静を装い、


「気持ちはわかる。だが、他国でも似たようなことを考えて動こうとしているんじゃないのか?」


 と聞き返した。


 ガルウィンの言葉通り、現在セントミリドガル王国は窮地きゅうちにあった。


 先程のイゾリテから受けた報告を、改めて俺の方から説明しよう。


 まず今回の大戦争――便宜上べんぎじょう人界じんかい大戦たいせん』と呼称こしょうする――だが、もはや『聖具戦争』とでも呼びたくなるような様相ようそうていしていた。


 なにせセントミリドガル王国以外の大国が、『聖術士ボルガン』と名乗る人物――まぁ要するに〝聖神ボルガン〟なのだが、そいつから横流しされた『聖具』を運用しているのである。


 神様と呼ばれるような存在が製造した超兵器――それが『聖具』だ。


 この前の対シュラト戦でも、俺が使用した電磁加速砲レールガンの威力は知っての通り。あれもまた『聖具』の一つだ。


 最後の最後、とどめに使用しただけだが、それでもシュラト以外の相手であれば致命傷にしかなり得ない破壊力である。


 そんな『聖具』を大量に用意した軍隊同士の激突など、前例がない。


 一般人にとっては、まさに想像を絶する戦いが繰り広げられていることだろう。


 東の大国アルファドラグーンが使役するのは、知っての通り機械のドラゴン『聖竜アルファード』。


 また北の大国ニルヴァンアイゼンからは、『聖竜アルファード』に匹敵するような鋼鉄の巨人が、ぞろぞろとれをしているという。


 そして西の大国ヴァナルライガーには、やはりアルファードやニルヴァンアイゼンの巨人と同じく、巨大な黒金くろがねおおかみが何十、何百と前線に配備されているそうだ。


 それらに加え人間の兵士が何万人とおり、セントミリドガルとの国境付近において、現在進行形で熾烈を極めた戦いを続けている。


 一方、あのヴァルトル将軍率いるセントミリドガル王国軍と言えば。


 元より他国よりも精強せいきょうにしてそうあつい軍勢をようし、なおかつ各地に城塞を持っているセントミリドガル軍は、地の利を生かして敵軍と相対していた。


 だが、所詮しょせんは『聖具』を持たない人間だけの軍である。


 セントミリドガル軍は前線に築いたとりで防壁ぼうへきに大規模な理術回路を刻み、地下に流れる龍脈をエネルギー源とした独特の防衛兵器を有している。


 また同様に、理術回路を刻んだ特殊な武器を兵士らに配備しており、練度も充分だ。


 故に、この戦争に『聖具』なんてものが登場しなければ、セントミリドガル王国は全方位から攻められてもなお、不落を誇っていたかもしれない。


 しかしながら、 聖神の作り上げたもう【超兵器】の前では、流石の最強国家も分が悪かった。


 不幸中の幸いは、各国もまたお互いに敵対しあっているため、地域によっては『聖具』を有した軍同士が激突し、それがセントミリドガルにとっての利となっているところだろうか。


 だが、ジリ貧であることに変わりはない。


 実際、徐々にではあるが戦線は後退し、セントミリドガル軍は国内へと押し込められつつある。


 唯一、戦線が膠着こうちゃくしているのは、俺が国王となった南のムスペラルバードとの国境あたりだけ。


 無論のこと、俺が進撃の命令を出していないからというのもあるのだが、それ以上に聖神ボルガンからムスペラルバードにもたらされた『聖具』の性質が特殊なのもある。


 旧王家からの情報によると、『聖術士ボルガン』と名乗った聖神が提供した超兵器の名は――『聖炎せいえんムスペルテイン』。


 どんな兵器かと言うと、簡単に説明するなら【巨大な戦車】である。


 しかも、弾倉に詰めた砲弾を高サイクルで発射する――いわゆるマシンガン型の砲がついたやつだ。


 その特性は――なんと補給いらず。引き金を引けば、どこから調達しているのか不明な『燃える石礫いしつぶて』が無限に発射され、いとも容易に弾幕を張ることが出来るのだという。


 そんなものが何十、何百と国境に配備されているのだ。


 言うまでもなく、近付く者あらば即座に蜂の巣、そして燃え殻と化す。


 これによりセントミリドガル側からは一切の接近が出来なくなったのだが――




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る