●19 アルサルの誓い 3





 もし仮に、世界の現状こそが聖神ボルガンの目的だとしたら?


 人界の騒乱、それこそが奴の目的だとしたら?


 可能性はゼロではない。


 聖なる神と言っても、それは奴らの自称に過ぎない。名前こそ『聖神』などと偉ぶってはいるが、その中身は実際の所わかったものではないのだ。


 神には善神もいれば悪神もいる。


 場合によっては、魔王エイザソースなんかよりもたちが悪い神が存在していてもおかしくはない。


 まぁ、〝あちら側〟に関しては俺もニニーヴから聞きかじった程度の知識しかなく、そのニニーヴですら、聖神という存在の詳細についてはあまり知らないそうなのだが。


「どうあれ、やっぱり一回ヴァナルライガーには行っとく必要があるよな……」


 それが現状で出せる唯一の結論だった。


 というか、シュラトの件がなければ俺達は西のヴァナルライガーに向かう予定だったのだ。


「――となると、どうにか早めに次の王様になってくれる奴を見つけないとな……」


 ぼそり、と小さく呟く。


 この国の関係者には悪いが、やはり長々と付き合ってはいられない。ポンポンと王冠が移動して悪いが、可能な限り早急に次の王様候補いけにえを見つけて自由を取り戻さなければ。


 このままでは立場上、おいそれとムスペラルバードを出ることすらままならない。


「――? アルサル様、今なにかおっしゃいましたか?」


 微風そよかぜレベルの溜息にまじえて出した呟きに、耳聡みみざとくガルウィンが反応した。こいつ、自分では大声を出すくせにやたらと耳がいい。いや、剣士として、そして戦士としては非常によいことではあるのだが。


「いや、何でもない。気にせず仕事を続けてくれ」


「……? はい、わかりました」


 俺が毅然きぜんと手を振って否定すると、ガルウィンは大人しく引っ込んだ。素直なところは相変わらずこの青年の美徳である。


 そんなガルウィンが今現在、何をしているのかと言えば。


 内政ないせいである。


 そう、ガルウィンだけでなくイゾリテもそうなのだが、二人にはムスペラルバード王国の内政の仕事をしてもらっているのだ。


 なにせ下級貴族とは言え、元はセントミリドガル王国の騎士爵だった人間である。


 地方の領地と一つの国ではスケールが大分違うが、根っこの部分は似通っているはず。


 だから先日まで国を治めていた元王族らと連携を取り、仕事のやり方さえ理解すれば問題ない――二人はそう主張して、むしろ率先して自分達から内政の仕事がしたいと言い出したのだ。


 当然ながら、それを止められる俺ではない。可愛い教え子達がやる気を出しているというのに、そこに水を差すほど無粋ぶすいな人間にはなれなかった。


 なので、先程イゾリテが言っていた後宮ハレム解体もその一環である。


 俺がムスペラルバードの国王に即位してまだ日も浅いが、持ち前の経験と知識、情熱と機転をフルに活用して、ガルウィンとイゾリテの兄妹二人は、砂が水を吸うような勢いで内政の仕事を覚えていった。


 さらに言えば、シュラトの眷属であるレムリアとフェオドーラの支援もある。


 というのも、当初の予定ではシュラトは二人の美姫の眷属化を解こうと考えていたのだが、そうはならなかったのだ。


「断られた」


 この台詞を聞くのも二度目である。


 一度目は王位返上が拒絶された時。


 二度目は、赤毛のレムリアと銀髪のフェオドーラに眷属化の解除を拒否された時。


 お前はどれだけ断られるのかと。そういうほしもとに生まれてきたのかと。


 そんな突っ込みを入れたくなったが、ぐっ、と我慢して――


「なんでまた?」


 と問うと、シュラトは神妙な顔で頷き、


「眷属化と同時に婚姻関係も解消しようとしたのだが、そちらも断られてしまった。レムリアもフェオドーラも口を揃えて『私はあなたの妻になったのだから別れるつもりはない』、と。その一点張りだった」


 まるで他人事のように粛々しゅくしゅくと言う。


 しかし意外な展開だ。


 元々あの二人は前国王の後宮ハレムの一員で、しかしまだ手つかずだったところをシュラトによって掬い上げられたと聞く。つまり後宮ハレムに入って日も浅いはずで、なおかつシュラトが王位を簒奪さんだつしてから数日しか経っていないのだから、大したきずなむすんでいなかったと思うのだが――


 一体どうして、このような関係の継続を望んだのだろうか?


「わからない。正直、己には理解できる気がしない。女は怖いな、アルサル……」


 首を横に振ったシュラトは、かつて魔王を倒した〝金剛の闘戦士〟と思えないほど暗い顔でうつむいた。


 そういえば、こいつは昔から女と話すのが得意ではないというか、ぶっちゃけ苦手だったからな。一緒に旅をしたエムリスやニニーヴとも微妙に距離を取っていたし。まぁ、一年も行動を共にしたこともあって、魔王を倒す頃には大分慣れていた様子だったが。


 しかしだからこそ、〝色欲〟の因子を受け持つのに最適だと判断されたのである。エムリスが嫌味で言っていた程ではないが、もし俺が〝色欲〟を受け持っていたら、シュラトより早く暴走していた可能性が高い。いや、ほぼ確実にそうなっていたという自信がある。


 他ならぬシュラトだからこそ、〝色欲〟と〝暴食〟という、人間の三大欲求に根差した強めの因子を十年ものあいだおさえておくことができたのだ。


 もしかしなくとも、ボルガンとやらの余計な手出しさえなければ、今現在でもそれは続いていたはずだ。


 そんなシュラトが、まさかこんな形とはいえ結婚――いや、【重婚】することになろうとは。


 まぁムスペラルバード王国に限らず、この世界で重婚じゅうこんを法で禁じている共同体きょうどうたいは、ついぞ聞いたことがないのだが。


 とはいえ、法で禁じられてこそいなくとも、やはり体裁は悪いようで。


 ムスペラルバードの後宮ハレムはそこそこ存在が知られたものだったが、セントミリドガルのオグカーバ国王はと言うと、公式にはガルウィンとイゾリテが実の子であることを隠していたりする。もちろん関係者はみんな知っているが、世間には公表されていないという意味での『隠し子』だ。


 この世界にも、一応それなりのモラルはある、ということだ。


 そのこともあって、シュラトは美姫二人に離婚と眷属化の解除を申し出たのだろうが――


「そうはいっても、理由がわからないのは少し不気味だな……」


 そう思った俺は、勝手ながらシュラトの妻である二人に話を聞きに行くことにした。


 婚姻関係はともかく、眷属化についてはシュラトから一方的に破棄することも可能なはずだ。それをどのような言葉ではね除けたのかと興味もあったのだが――


「それはもちろん、シュラトちゃんを愛しているから、かしらねー?」


 小麦色の肌と炎にも似た赤毛を持つ美女レムリアは、実に軽いノリでそう答えた。


 ものすごいストレートな返答にちょっとどころではなく面喰う。


 というか普通に言葉が矛盾していて混乱する。『それはもちろん』と言いながら語尾で『かしらねー?』と締められても困るのだ。疑問形で言われても俺にわかるわけもなく、また全然『もちろん』ではないじゃないか――と。


「はい。わたくしもレムリア様と同様です。婚姻および眷属の関係解消をお断りしたのは、シュラト様を愛しているから……それ以外に理由はありません」


 ローズクォーツにも似た薄桃色の瞳で俺をまっすぐ見つめ、静かに、しかし力強く断言するフェオドーラ。


「わぁ、フェオちゃんったら。情熱的ねぇ」


 揶揄やゆするようにうふふと笑うレムリアだったが、俺も同感である。


 まるで恥ずかしげもなく、愛している――と、彼女はそう言い切ったのだ。


 もはや、驚きを通り越して感動すら覚えた。


 ここまではっきりと、胸を張って愛を語る御仁ごじんがいるとは。


 ある意味、魔物の大軍勢を前にした時よりも圧倒されてしまった。


「ああ、でもね、単純にれたれたってわけじゃないのよ? 一応それなりにめはあるの。あたしも、フェオちゃんも」


 二の句が継げないでいる俺に、レムリアは慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、そのめとやらを語ってくれた。




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