●19 アルサルの誓い 2






 そう思っていた時期が俺にもありました。




 しかしながら、現実というのは非情なもので。


 俺が〝勇者〟だろうが〝国王〟だろうが、そんなことにはまったく関係なく他者は動くし、時間は流れる。


 仕方なしにムスペラルバードの王になる道を選択した俺に待っていたのは、怒濤どとうの日々であった。


 まず、シュラトおよびその眷属のレムリアとフェオドーラの手引きによって、俺が王位を継ぐことが関係各所に通達された。


 つい最近まで流離さすらびとだったシュラトに王位を簒奪され、なおかつその返上をこばんだ旧王族である。


 さらに言えば返上を拒否するどころか、どうしてもと言うなら他の人間に譲ればよい、などと放言していた奴らである。


 当然のごとく、シュラトから俺に王位が譲られることに関しても、二つ返事でれられてしまった。


「マジか。すげぇな」


 軽い。


 あまりにも軽すぎる。


 王位なんてものはそうヒョイヒョイと動いたりしないものだろうに。


 実物の王冠とは違って、意義的にとても重いもののはずだ。


 それがこうも短期間の内に、あっちからこっちへと移動するとは。


 まぁ、この辺りは俺以外の者も同じように思っていたのだろう。


 いわゆる『戴冠式たいかんしき』なるものは実施されなかった。


 まぁ、される流れになったら全力で拒絶していただろうが。


 というか、シュラトが王位を簒奪さんだつした際にも戴冠式および即位式のような行事は行わなかったそうなので、俺もそれにならうことにしたのだ。


 細かいことは気にしない、というのもムスペラルバード人の国民性の一つだ。さして問題にはならないだろう。いや、問題にならないのはある意味では一つの問題なのでは? と思わないでもないのだが……


「アルサル様、後宮ハレムについてなのですが」


 嫌々ながらも国王になった――名義だけの飾り物に過ぎないが――ばかりの一日目。


 イゾリテがいきなり剛速球を投げ込んできた。


「アルサル様に後宮ハレムなど不要ですので、解体の方向で進めております。問題ありませんね?」


「え?」


「問題がないようですので解体で決定といたします。ご安心ください。解雇される女性の中で希望者がいれば仕事を割り当てますし、そうでない方々にはもちろんのこと一定の金額を持たせます。いわゆる『手切れ金』というものですね。また、これらは国庫から出すよう、前国王である宰相閣下とも協議済みです。アルサル様のご負担にはなりませんので、どうかお気になさらないでください」


「お、おう……?」


 いや、なんだこれ?


 というか俺は『え?』としか反応していないのだが。


 なのにイゾリテがやたらと流暢りゅうちょうな早口で理路整然とした言葉を並べ立てたかと思うと、気付けば長年続いた歴史あるグリトニル宮殿の後宮ハレムは解体が決定してしまっていた。


 催眠術とか手品とかそんなチャチなもんじゃない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気がする。


 まぁ、言わずもがな、俺は後宮ハレムなんぞに興味などなかったので、いくらでも解体してくれて構わなかったのだが。


 しかし、それはそれで、これまでの伝統を途絶えさせることになるのではなかろうか、とも思うのだが――


「あんなものはなくした方がいい。己もそう思う」


 と、シュラトにこう言われては俺も反対意見を口に出す気にはなれなかった。


 そうだよな。女が集まっている後宮ハレムなんてものが残っていたら、いつまたシュラトの中にいる〝色欲〟が活性化しないとも限らないものな。


 これには深く同意せざるを得なかった。


 そういえば、そのシュラトの〝色欲〟および〝暴食〟が活性化し、ついには人格を得るほど暴走してしまった件についてだが、これには続報がある。


「――聖術士ボルガン?」


「ああ、そうだ。そう名乗る奴が己の前に現れた」


 なんとアルファドラグーンで耳にした『宮廷聖術士ボルガン』の名前が、シュラトの口からまろてきたのである。


 というか話を聞くに、その聖術士ボルガンやらのせいでシュラトに宿る八悪の因子は暴走したようなのだ。


「そいつはある日突然、俺の前に出てきた。そして、こう言った。『あなたは今の自分に満足していますか?』と」


 当時、シュラトは放浪の旅に出ていた。魔王を倒してからの十年間、自由気ままに世界中を歩き回っていたという。要するに俺にさきんじて、のんびりスローライフを満喫していたのだ。


「で、お前は何て答えたんだ?」


「あまりよく覚えていないが……満足している、と答えたはずだ。しかし――」


 シュラトが語るには、突如として現れた『聖術士ボルガン』を名乗る黒衣の男は、肯定的な答えに対し、しかし首を横に振ったという。


『そんなはずはありません。あなたは現状に満足しておられないはず。さぁ、本当のお気持ちに耳を傾けるのです』


 そう言って、ふところから何か怪しい道具を取り出し、それをシュラトに向かって掲げたのだそうだ。


 そこでシュラトは即座に戦闘反応。


 おかしなことをされる前に超高速で拳打と蹴撃を連続で叩き込み、聖術士ボルガンを瞬殺したはずだが――


「気が付いた時には〝色欲〟に体を乗っ取られていた。朧気おぼろげながら意識はあったが、まるで体の自由が利かなかった。アルサル、お前達に止められるあの瞬間までは」


 ということらしい。どうやらシュラトの反応速度でも間に合わない【何か】をされた結果、強制的に八悪の因子が活性化、暴走したのだと思われる。


 で、その聖術士ボルガンのその後というと、


「己の記憶が確かならば、この宮殿の宝物庫の片隅に転がしておいたはずだ。いまやただの【ガラクタ】に過ぎないが」


「ガラクタ?」


 たとえ〝色欲〟の影響下にあっても生真面目なシュラトの性格が功を奏したのか、瞬殺したボルガンの遺骸いがい――否、【残骸】を持ち帰り、宝物庫に放り込んでおいたらしい。


 実際に宝物庫に足を運んでみて、シュラトがそれを【ガラクタ】と呼んだ理由がすぐにわかった。


 そこにあったのは、黒衣に包まれた鉄屑てつくずだったのである。


 もっと有り体に言えば、それは壊れた【ロボット】であった。


「――なるほど、な。〝聖術士〟ってのはつまり【そういうこと】か」


 聖術がいかなるものかは、もう大凡おおよそわかっているとは思うが、改めてここに明言しよう。


 詰まるところ聖術とは『機械技術』である。


 無論そうは言っても、俺が前にいた世界での『機械技術』とは一線を画する。いや、一線どころではないか。二線も三線も画した、まったくの別物だ。


 金属を使って組み立てた道具や兵器――これを『聖具』という。


 もちろん聖神の技術――略して『聖術』を用いたが故に、『聖なる道具』という意味もあわつ。


 俺が前にいた世界では主な動力が電気、もしくは『燃える液体』を用いた燃焼機関だったりしたが、この世界においては『聖力』がそれにあたる。こちらは理力りりょく魔力まりょくと同じく、細かい性質こそ違えどエネルギーの一種であると理解して欲しい。


 先日の聖竜アルファードも、金属で出来た機械の竜だった。要するに聖神という存在は、科学技術に酷似した文明を有し、それらをもって大陸の西の果てを支配しているのである。


 ここ、ムスペラルバードの宝物庫に『聖術士ボルガン』と名乗った人物の残骸があるということは――おそらくはアルファドラグーンで名前を耳にした人物もまた、【生身の肉体を持たない存在】、ということになる。


 そう、ここにあるのは分身体アバターだ。


 いま現在もアルファドラグーンにいるであろうボルガンも、そしてここにこわれてころがっているボルガンも、おそらく中身は同一人物。


 聞けば聖神というのは、決まった肉体を持たず、名前の響き通り【精神体のみの存在】だという。


 彼らは必要があれば分身体アバターと呼ばれる、この世界での仮の肉体に乗り移って行動するのだと――かつて〝白聖の姫巫女〟ニニーヴから聞いたことがある。


 即ち、これまで俺達の見えないところで暗躍していたであろう『聖術士ボルガン』なる者の正体は――〝聖神〟なのだ。


 複数の分身体アバターを用いてアルファドラグーンでは聖具隊を結成させ、聖竜アルファードを目覚めさせ。


 ムスペラルバードではシュラトの前に忽然と現れては〝色欲〟や〝暴食〟を強制的に活性化させ。


 そしておそらく――否、十中八九、俺とエムリスがそれぞれの国から追放される原因を作った。


 それが『聖術士ボルガン』――いや、〝聖神ボルガン〟なのだ。


「やっぱり聖神関係だったか……」


 以前から臭いとは思っていたのだ。


 アルファドラグーン兵が持っていた聖具と、ドラゴンフォールズの滝から復活した聖竜アルファード。そしてジオコーザやヴァルトル将軍、モルガナ妃がつけていた理力も魔力も感じられないピアス。


 これらの材料から、西のヴァナルライガーを本拠地とする聖神教会が怪しいとは思っていたが、まさか本物の聖神が絡んでいたとは。


 だが相手が本物の聖神だというなら、シュラトをして不覚を取ったのもうなずける話だ。


 奴らは精神体。つまる精神的な事柄においては人間や魔族に比べて一日いちじつちょうがある。


 かりそめの肉体である分身体アバター――人型ロボットこそ破壊されたが、奴は見事にシュラトの精神へと介入かいにゅうし、身の内に宿る八悪の因子〝色欲〟と〝暴食〟に影響を与えた。


 その結果、肉体の主導権を〝色欲〟に乗っ取られたシュラトは陽気な優男となり、ムスペラルバード王国のグリトニル宮殿へと押し入り、王位を簒奪し――現在へと至るわけである。


「――一体、何がしたいんだ?」


 やってくれたことは普通にとんでもなく、正直、目の前にいたら即座にぶっ殺してやりたいほどなのだが。


 しかし、その目的が相変わらず見えてこない。


 俺とエムリスを国から追い出し、なおかつ世界中で戦乱を起こさせ、なおかつシュラトの因子を焚き付けてムスペラルバード王国を混乱させ――聖神ボルガンに一体どんな得があるというのか?


 聖具やら聖竜アルファードやらを各勢力に売りつけて、金でも稼いでいるのか? いや、精神的な存在である聖神が金にがめつくてどうするのか。


 存在の基本が精神なだけに、物理的というか即物的というか、そういった欲には無縁のはずだ。


 そも、聖神らが本来属する世界には〝こちら側〟のものは持って行けないはず。この世界でいくら金を稼ごうが〝あちら側〟では全く意味がないのだ。


 ――では、逆に考えてみよう。




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