●17 星を斬り、法則を変え、起死回生を狙う 5





 これはもちろん、本来なら聖力を注入しなければ動かないものだが、そこはそれ。〝白聖の姫巫女〟ニニーヴの超絶的な技術力でもって、理力でも稼働するよう魔改造されている。


 前にいた世界でのたとえで悪いが――俺は業務用冷蔵庫みたいな大きさのバックパックを背中に担ぎ、大型バイクみたいな砲塔を肩に載せ、巨大な電磁加速砲レールガンを全身で構えた。


 照準を合わせるのはもちろん、宙で跳ねまくっているシュラト――数十の剣に串刺しにされた筋肉の塊だ。


 FCSによる自動制御が、こうして砲口を向けるだけで勝手に照準を微調整してくれる。レティクルなどはなく、兵器に備わった各種センサーから自動的に必要な情報が俺の輝紋へと流れ込み、脳裏に展開していく。


 先程、俺は『殴り合いではシュラトに勝てない。どれほどの修行を積もうが、未来永劫、勝利を得ることはない』と、そう言った。


 近接戦闘では〝闘戦士〟に負け。術式を使った遠隔攻撃では〝魔道士〟に劣り。回復や支援においては〝姫巫女〟に及ばない――とも。


 しかし。


 しかしだ。


 逆に言えば、近接戦闘では〝魔道士〟に、術式を使った遠隔攻撃では〝姫巫女〟に、回復や支援においては〝闘戦士〟に、それぞれまさっているとも言える。


 つまり、全能全強オールマイティ


 総合力では〝勇者〟――この俺こそが一番なのだ。


 故に、俺は言う。


「この俺を――!」


 電磁加速砲レールガンに理力を注入。バックパックに内蔵された機関が唸り上げる。撃ち放つ弾丸は俺の理力を固めたもの。


 全ての面において一定以上の力量を有する〝勇者〟は、言わば総合的な意味で【戦闘】のエキスパートだ。


 なるほど、力が強い奴には『剛力無双』とか、俊敏な奴には『疾風迅雷』とか、それぞれの特性に基づいた二つ名がつけられるかもしれない。


 だが――【ただ強いだけの奴】に、特徴的な異名はつけられまい。


 ルール無用の真剣勝負であれば、相手が〝蒼闇の魔道士〟だろうが〝金剛の闘戦士〟であろうが〝白聖の姫巫女〟であろうが――やり合って最後に立っているのは、この俺アルサルだ。


 この〝銀穹の勇者〟アルサルなのだ。


 だから――


「――〝勇者〟を!」


 これでフィナーレだ。


 ニニーヴ秘蔵、とっておきの一発を見舞ってやる――!


「――舐めんじゃねぇ!」


 トリガーを引いた。


 電磁の絶叫は、しかし意外にもか細い。反動も僅か。


 だが発射される弾丸の初速は神速。


 一瞬にして膨大な熱量が生じ、極太の砲塔が真っ赤に輝いた。


 理力の砲弾が魔界の空を貫いた。


 ろくな抵抗も出来いシュラトの巨体を、理力のかたまりが穿つ。


 刹那、向こうの景色がよく見えるほど大きな風穴が開いた。


 はがね以上に堅固けんごな肉体が、まるでドーナツの穴のようにくり抜かれたのだ。


 もちろん不死の肉体を持つシュラトである。


 この程度の損傷なら、少しの時間もあれば再生できるだろう。


 だが回復中はまともな行動が取れない。さっき地上に叩き付けられ、瓦礫の山に埋もれていた俺のように。


 ゆえにこそ、今この瞬間こそが奴の最大の隙となる。


『――エムリス!』


『任せたまえ!』


 念話で呼びかけると、待ってましたとばかりにエムリスが応答した。


 途端、絶大な魔力の籠もった声が響く。




「 封印シール 」




 たった一言。


 だが〝蒼闇の魔道士〟が紡ぐ力ある言葉は、並の魔術師による長時間の詠唱にすらまさる。


 そう、この魔界は既にエムリスの『究極魔法の概念』が支配する超空間。


 幼い少女の姿をした、しかし大魔道士が定めた法則のはびこる結界の中。


 一瞬とはいえ抵抗力を失っていたシュラトは、エムリスが告げた通りに『封印』される。


 次の瞬間、奴の全身を覆っていた黄金の輝きが嘘のように消え失せた。


 その頃にはようやく俺の打ち込んだ〈我王がおう裂神れっしん通天つうてん八極はっきょく〉の衝撃も弾切れとなり、腹と胸に大穴をけられた巨躯が重力に引かれ、遙か眼下の地上へと落ち始める。


 幸か不幸か、いくらエムリスの『究極魔法の概念』とはいえ、同レベルの『無限成長の概念』の全てを封じることはかなわない。


 実際シュラトの肉体は落下しながらも、俺の電磁加速砲レールガンで空けられた風穴を、ゆっくりだが塞ぎ始めていた。


 だがそれはいわば、くさり雁字がんじがらめにされた奴が、どうにか首や指だけは動かせるような状態に過ぎず――


 よって、ほぼ完全に無力化されたシュラトが落ち行くのを、俺達は止めない。


 何度でも言うが、俺達四人はどうあっても死ぬことはないのだ。いくら力を封印されたとは言え、高空から地面に叩き付けられた程度では死にはしない。


 死にたくても死ねないのだ。


 自由落下していく筋肉の塊を見送りながら、俺は溜息を吐く。


「……これで目が覚めてくれりゃあいいんだが、な」


 すると、いつの間にか近くにまで来ていたエムリスが微笑する。


「大丈夫さ。かなりのダメージを与えたんだ。いくら八悪の因子の一つとは言え、休眠状態に陥るはずだよ。次に顔を合わせた時には、きっと昔のままのシュラトに会えるさ」


「――ああ、そういう意味ではもう〝そのシュラト〟には会えてるかもな……途中からアイツ、【声が変わっていた】からな」


「――? どういう意味だい?」


 首を傾げるエムリスに、俺は説明する。


 確かタイミング的には俺が〈輝刃きじん銀雨ぎんう〉を浴びせかけたあたりか。


 あのあたりからシュラトの発声が明らかに変わった。


 多分だが、追い詰められたことでシュラトの持つ【本来の闘争本能】が目覚めたのだと思われる。


 ま、その時には既に、色々と手遅れだったわけだが。


「……なるほど。なら、もう〝色欲〟――アスモデウスの人格が引っ込んでいる可能性が高いだろうね。これは期待できるよ、アルサル」


 俺の話を聞いて、エムリスは安堵の息を吐いた。ほんの少しだが、肩の力も抜けたようだ。


 俺はもちろんのこと同意する。


「だといいんだがな。ああでも、念のため警戒はおこたるなよ? 空間断絶を解くのはシュラトの状態を確認してからだ」


 一応エムリスに釘を刺すと、


「わかっているとも。もしダメなようなら今度こそボクの番だ。さっき無駄撃ちさせられた〈ジ・エンド〉を、次こそしっかり叩き付けさせてもらうとするよ」


 うなずき、不敵な笑みさえ浮かべる。どうやら必殺を期した〈ジ・エンド〉を、どこの馬の骨とも知れぬ〝激烈態げきれつたい〟に使わされたのが不満らしい。いや、正しくは不完全燃焼か。


 ま、相手に関係なく『終わり』をぶつける、なんていう埒外らちがいの禁呪だ。俺だって〝星剣レイディアント・シルバー〟と星の権能〝ウォルフ・ライエ〟を合わせた必殺の〈スーパーノヴァ〉を、できればザコ相手には使いたくないと思うしな。気持ちはわかる。


「――さて、それじゃあ様子を見に行こうか。転移するよ、アルサル」


「おう、任せた」


 エムリスに促され、俺は首肯する。


 転移魔術が発動する寸前、俺はざっとだけ眼下の光景を見渡した。


 広がるのは魔界の央都、多くの魔族が住んでいたであろう大都市。


 しかし、今は見る影もない。


 俺達の戦いの余波を受けて、無惨むざんにも蹂躙じゅうりんされ尽くしている。


 別にわざとやったわけではないのだが、俺達がそれなりに本気を出せば、周囲がこうなることはわかっていた。


 だからムスペラルバードから、この魔界へと転移してきたわけだが――


 まこと酸鼻さんびを極める眺めだが、俺の鉄の心はチクリともしない。


 魔界、魔族、ひいてはそれらを支配していた魔王に対するスタンスは今でも変わらない。


 そんな自分の精神状態を再確認する頃には、パチン、とエムリスの指が鳴った。


 視界が暗転する。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る