●17 星を斬り、法則を変え、起死回生を狙う 4





「――!?」


 槍衾やりぶすまに突っ込んだようにシュラトの全身が、銀光の刃に貫かれる。その姿は、まるでハリネズミかヤマアラシか。


 しかし。


「ガァアァアァアアアアアアアアアアアアッ!!」


 転瞬、シュラトの咆吼一つで〈輝刃きじん銀雨ぎんう〉がはかなく吹き飛ばされた。銀の刃が例外なく砕け散り、その欠片かけらが宙に撒き散らされる。


「――雄々おおッ!!」


 シュラトの喉から迸ったのは、かつてないほど野太い声。


 俺にとっては一番、耳馴染みのある気合いの声だ。


 一体どんな理屈なのか、コマ落としの映像でも見ているかのようにシュラトの体勢が切り替わり、こちらに正面を向けた。かと思えば一分の隙も無い構えを取り、空を蹴る。


 生粋の戦士であるシュラトは理術はおろか魔術も聖術も使えない。奴が扱えるのはたぐまれなる体術と、〝金剛の闘戦士〟特有の〝氣〟のみ。


 術式ではない力業ちからわざにも等しい技で何もない空間を蹴りつけ、シュラトは俺のふところへ潜り込んできた。


 だが、俺はそう来ることを読んでいた。


 シュラトはどうあれ近接戦闘の鬼だ。戦うには距離を詰めるしかなく、愚直に突っ込んでくるのは火を見るより明らか。というか、こいつにはそれしかないのだ。


 だから迎え撃つ。


 お互いに空中で足を止め、ゼロ距離で向かい合い――


 真っ向からの【殴り合い】が始まった。


「おおおおおおおおおおおおおおっっ!!」


――!!」


 もはや体裁ていさいもなければ、容赦ようしゃ遠慮えんりょもない。


 俺の拳がシュラトの側頭部を捉えたかと思えばシュラトの膝蹴りが俺の腹にぶち込まれたかと思えば俺の頭突きがシュラトの鼻っ面を強打したかと思えばシュラトの掌打が俺の脇腹で炸裂したかと思えば俺の肘がシュラトの喉に突き刺さったかと思えば――


 超高速で無慈悲かつ徹底的に攻撃し合う俺達。


 延々と繰り返される暴力の応酬。


 お互いに肉体は爆ぜ、骨は砕け、鮮血が飛び散り、激痛が爆発する。


 だが止まらない。


 壊れた肉体は即座に再生する。死ねない者同士で殴り合うことがどれほど愚かなことなのか、それが嫌というほど理解できる。


 しかしお互いに馬鹿げた再生能力を持っているとはいえ、それで互角の戦いになっているかと言えば――それは違う。


 ほんの少し、ほんの僅かではあるが、俺が押されていた。


 さもありなん。


 何度でも言うが、シュラトは〝金剛の闘戦士〟。生粋の戦士であり、近接戦闘においては右に出る者のいないプロフェッショナルなのだ。


 そんな奴とこんな近い間合いで殴り合って、〝銀穹の勇者〟である俺が勝てる道理など一体どこにあるというのか。


 純粋な格闘戦ではどう考えてもシュラトにがあるのだ。


 というか、だ。


 そもそもからして〝勇者〟というのは中途半端な存在である。


 近接戦闘では〝闘戦士〟に負け。


 術式を使った遠隔攻撃では〝魔道士〟に劣り。


 回復や支援においては〝姫巫女〟に及ばない。


 原則的にそうなのだ。どの分野でもそこそこちからを発揮するが、その道のプロには一歩も二歩も届かない。


 そんな半端な〝勇者〟の存在意義は、『魔王を倒す毒』であること――その一点に尽きる。


 言ってしまえば、この身に宿る銀の〝氣〟があれさえすれば、それだけでよかったのである。


 だから俺は、殴り合いではシュラトに勝てない。


 どれほどの修行を積もうが、未来永劫、勝利を得ることはない。


 ――そう、あくまで【殴り合い】では、な。


 お互いに血反吐を吐きながら暴力をぶつけ合う最中、俺は左手に【魔力を集中】。


「 〈爆炎流メルト・ストリーム〉 」


 直後、左のてのひらから膨大な猛火もうかが溢れ出した。


「――!?」


 一瞬にしてシュラトの全身が劫火ごうかに包まれる。


 言ってなかったが、この程度のランクの攻撃魔術なら俺でも無詠唱で発動させることができるのだ。


 拳打けんだでも蹴撃しゅうげきでもなく、まばゆ爆炎ばくえんにシュラトが目に見えてひるむ。意識もそうだが、肉体も急激な熱に驚いて一瞬だけ引きつったのだ。


 そこへ、


「――隙だらけだぜ、シュラト……!」


 俺は即座にストレージの魔術を発動させ、亜空間のアイテムボックスから貯蔵しておいたけんを取り出した。


 一振りだけではない。数本、いや、数十本という数だ。


 一斉に取り出した剣を素早く手に取り、


「――おらぁあぁあぁっ!!」


 一本ずつ、しかし確かにシュラトの肉体に突き刺していく。まるでマジックショーでも演じるかのように。


 剣を取る。突き刺す。剣を取る。突き刺す。剣を取る。突き刺す。剣を取る。突き刺す。剣を取る。突き刺す。剣を取る。突き刺す。剣を取る。突き刺す。剣を取る。突き刺す――


……雄々おお…………!?」


 一時いっときとは言え殴り合いに終始しゅうしし、全身の〝氣〟を分散させていたシュラトの皮膚は、俺のコレクションたる刀剣とうけんを止めることができない。面白いほどすんなり、刀身が肉をつらぬき深く刺さっていく。


 あっという間に針山のようになり、身動きが取れなくなるシュラト。


 だがしかし、俺は微塵も手を緩めない。


 両の拳に銀色に輝く〝氣〟を集中させ、雄叫びを上げる。


「――ぉぉおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」


 全身に〝氣〟を巡らせる。皮膚上に張り巡らされた輝紋が励起し、強い輝きを放つ。


 これより放つは、シュラト直伝じきでんの奥義が一つ。


 つい先刻、シュラトが実際に俺めがけて放とうとしていた絶招ぜっしょう――


「〈我王がおう裂神れっしん――!」


 刹那、俺の全身を彩っていた銀光が全て、二つの拳へと集中、凝縮ぎょうしゅくされた。


 何十本もの剣に串刺しにされた筋肉ダルマめがけて、俺は一歩踏み込み、震脚しんきゃく。何もない空中を床と見立てて踏み鳴らし、


「――通天つうてん八極はっきょく〉ッッ!!」


 渾身こんしん諸手もろてきを放った。


 俺の両拳が、シュラトのはがねがごとき筋肉に深々と突き刺さる。


 格闘技の天才たるシュラトから教授きょうじゅされたこの〈我王がおう裂神れっしん通天つうてん八極はっきょく〉――前半は流派名とのことだが、後半の『通天つうてん八極はっきょく』には『天まで届き、八方の極遠きょくえんにまで達する威力』という意味があるという。


 シュラトに比べれば【にわか】の俺だ。完璧とまでは言わないが、それでも充分な練度には達しているはず。


 直後、俺の打ち込んだ拳から〝氣〟が放たれ、シュラトの体内へと浸透する。


「――――」


 手応えあり。


 打ち込んだ俺の〝氣〟は、もはや爆薬も同然。


「……ッ!!」


 腹に力を込め、気合いの声を一つ。


 次の瞬間、『天まで届き、八方の極遠きょくえんにまで達する威力』が、シュラトの体内で爆裂した。


「――――――――――――――――――――――――ッッッ!?」


 今の今まで諸手突きを受けたことに気付いていなかったかのごとく、何拍も遅れてからシュラトの巨体が吹っ飛んだ。


 まるで玩具おもちゃか何かのように。


 しかし〈我王がおう裂神れっしん通天つうてん八極はっきょく〉で打ち込まれた〝氣〟の爆発は、一度だけでは終わらない。


 連続炸裂。


 爆竹ばくちくのような勢いで、しかし一つ一つの破壊力が絶大な〝氣〟の破裂が、休みなくたたけられる。


 悲鳴を上げるいとますらない。


 この俺が全力で注ぎ込んだ〝氣〟が間断かんだんなく爆発しているのだ。むしろ粉微塵こなみじんにならないのが不思議なほどだ。


 あの頑丈さこそがシュラトの持つ『無限成長の概念』の恐ろしいところである。時間をればるほど、攻撃も防御も無限に上昇していくのだから。


 無論のことながら、ここで手を止めるほど俺は優しくない。


 ここまで、エムリスから教わった魔術をもちい、もとより得意とする剣を抜き、敵対しているシュラトから学んだ技を使った。


 であれば当然、かつての仲間の一人であったニニーヴからも、俺は聖術について教えを授かっている。


 ただ、俺は聖力を有していないので、アイテムボックスに収めている【とある道具】を使わねばならないのだが。


 連続爆破の衝撃によって空中でおどっているシュラトを視界に収めながら、俺はストレージの魔術を発動させ、【それ】を具現化させた。


 いだしたるは――人の身には少々大きすぎる【レールガン】。


 そう、この世界――剣と魔法が主である【ここ】にあっては、あまりにも異質なもの。


 機械文明の開発した兵器――電磁加速砲。


 先日見た〝聖竜アルファード〟と同じく、聖神らの作りしたもう聖具せいぐの一種である。




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