●17 星を斬り、法則を変え、起死回生を狙う 3





「 ■■■・■■■・■■■・■■■■■・■■■■・■■■ 」




 エムリスの圧縮高速詠唱に呼応するように、宙に浮いた本がダークブルーの光を激しく明滅めいめつさせる。光量は徐々に増加しており、今では不思議なハム音をともなっているほどだ。


 既にエムリスの魔力は、ともすれば溺れそうな勢いで空間を満たしている。


 大気に充満した魔力は、火薬も同然どうぜん


 火を点ければ大爆発を起こす。


 だが幸いなことに、ここにいる自称じしょう大魔道士だいまどうしはその爆発を制御せいぎょし、威力を一極いっきょくに集中させることができる。


 準備は整った。


 俺はいつでも絶対切断の斬撃を振るえる状況にあり。


 エムリスはいつでも究極魔法にのっとった禁呪を解放できる状態にあり。


 シュラトはいつでも一発逆転、起死回生の一撃を放てる体勢になった。


 後はもう、それぞれが遠慮無く全力を発揮するのみ。


 しかし不思議なことに、そうなった途端に膠着こうちゃくするのが世の常だ。


 各々おのおのが相手の頭に拳銃の筒先つつさきを向け合い、撃鉄は起こされ、指が引き金にかかっているような状態――俺達はお互いを見据えたまま、まるで時が止まったように静止した。


 ガンマンの早撃ち勝負よろしく、激発するけを待つ。


 長い時間がかかるかと思ったが――


 意外にもそれは、すぐに来た。


「――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」


 大気を揺るがす轟音が、足元から噴き上がった。


 何事かと思えば、青白い魔光をまとう、漆黒しっこく異形いぎょう


 見覚えがある。上級魔族だけが有する『第二の姿』――人界では〝激烈態げきれつたい〟と呼ばれる形態だ。


 感情が激しくたかぶった時にだけ変身できる姿らしいが、通常の戦闘では魔族は人間を見下しながら戦うので、滅多に見られるものではない。


 しかし、十年前は魔王の意思が魔族を統率していたので、俺達の前に現れる上級魔族はことごとくがこの〝激烈態〟になって襲いかかってきた。


 個体によって形状けいじょう特性とくせいは様々だが、今地上からこちらに向かって急上昇してくるのは、クモとカマキリとムカデとサソリを混ぜ合わせたような、醜悪しゅうあくな怪物であった。


 昔似たような奴を見たことがある気もするのだが、細かくは思い出せない。


「――!」


 俺は内心で鋭く舌打ちした。動き出す切っ掛けがきたのはいいが、どうやら漆黒の〝激烈態〟は俺に狙いをしぼっているらしい。


 いくら俺でも上級魔族、その〝激烈態〟の攻撃ともなれば洒落しゃれでは済まない。もちろん先程シュラトから受けた攻撃のように即座に再生するだろうが、せっかく〝星剣レイディアント・シルバー〟を抜いたというのに、横から邪魔されるのは単純に鬱陶うっとうしい。


『残念だけどアルサル、あの羽虫はボクが受け持とう。君はシュラトをよろしく頼むよ』


 エムリスからの念話。即座に状況を判断して、下方から流星のような勢いで上昇してくる〝激烈態〟の対応を申し出てくれた。


 さもありなん。俺が展開している超巨大な光の刃――〈ウォルフ・ライエ〉は地上に向けて振り下ろすわけにはいかない。先述の通り、本当に惑星そのものを両断してしまう。いくらここがどうなろうと構わない魔界とはいえ、それは流石にまずい。


 俺が返事する前に、エムリスは動いた。空中でくるりと向きを変え、開いている本を急上昇してくる〝激烈態〟へ。


 次の瞬間、空間が歪んだ。




「 〈ジ・エンド〉 」




 圧縮言語まで使って詠唱したエムリスの、しかし簡素すぎる名前の禁呪が発動した。


 終焉ジ・エンド


 そのままの意味である。


 今やこの空間はエムリスが支配する世界。『究極魔法の概念』によって改竄かいざんされた結界の内側。


 そこでエムリスが『終われ』と言えば、対象には無慈悲に『終末』が叩き付けられる。


 故に、一言でいいのだ。


 ただ単純に、〈ジ・エンド〉、そう告げるだけで相手は終わる。


 ちょうど今のように。


「――――」


 地上から突如として飛来してきた〝激烈態〟は、自らの身に起こったことを、まるで理解できなかっただろう。


 空間に満ち満ちていた魔力が、一瞬にして爆縮ばくしゅくした。


 高速で飛翔する〝激烈態〟へと集中した。


 その瞬間。


「        」


 本来ならとてつもない猛威を振るったであろう、異形の上級魔族。


 しかし、その本領を発揮することは一切なく、喉からほとばしっていた咆吼は唐突に途絶えた。


 【終わった】のだ。


 エムリスの一言で、全てが。


 刹那、青白い魔光を纏っていた巨大な怪物は、上昇してきた勢いそのまま砕け散り、雲散うんさん霧消むしょうした。


 どこの上級魔族だか知らないが、エムリスが称した通り、まさに『羽虫はむし』がごとき最期であった。


 そして、その最期こそが、俺とシュラトにとってのトリガーとなる。




「 〈スーパーノヴァ〉 」




「 〈乾坤けんこん一擲いってき〉 」




 それぞれが声に力を乗せ、最大火力を発動させた。


 我ながらダサい名前だと思うが〈スーパーノヴァ〉が俺の放てる最高の攻撃で。


 シュラトの発した〈乾坤けんこん一擲いってき〉が、奴の得意とする『不可能を可能とする』カウンター技であった。


 高々と掲げた俺の光刃こうじん〈ウォルフ・ライエ〉が刹那、膨大なエネルギーをほとばしらせてあばくるった。


 その姿、まさにてんく龍がごとく。


「――っ!」


 超巨大剣を振りかぶり、一気いっき呵成かせいに振り下ろす。


 狙うは空中の一点。


 黄金の輝きを纏い、額を飾る第三の目を開いた、かつての仲間――〝金剛の闘戦士〟シュラト。


 俺の斬撃は光よりも速く閃き、狙いあやまたず真っ直ぐ落ちる。


 落雷よろしく、シュラトの頭頂部めがけて斬閃がはしる。


 同時、シュラトも拳を突き上げた。


 額に開いたチャクラから膨大な力が噴き出しているのがわかる。


 戦端せんたんが開いてから、もうどれほどの時間が経過しただろうか。


 時を経るごとに強化されていくシュラトの力は、もはや俺には計り知れない。


 味方の時から『こいつだけは敵に回したくない』と思っていたものだが、やはり実際に敵に回してみると恐怖の極みだ。


 案の定、俺の全力の縦斬りは、シュラトの拳に止められた。


 星を裂く光の刃が、たった一つの拳とせめぎ合う。


 皮肉なことに、上下こそ逆だが、戦闘が始まった最初の構図を再現した形だ。


 ただ剣のスケールと、拳に秘められた力の密度は比べものにならないが。


 見ていないからわからないが、激突の瞬間に生じた衝撃波だけで、眼下の街はほぼ更地さらちになったのではなかろうか。まぁ、中心部の魔王城は一種の固有結界みたいなものなので、そこだけは残っているだろう。


 魔界の央都に住んでいた魔族も、そのほとんどが死滅したはずだ。


 俺達の激突に、もはや音はない。


 否、正確に言えば生じる音量が可聴かちょうの域を超えている。


 遠く離れた人界であれば、雷鳴にも似た音響が耳に出来るかもしれない。


 せめぎ合う『絶対切断』と『無限成長』。


 どちらも最強と称していい、概念と概念のぶつかり合い。


 どんな盾をも貫く最強の矛と、どんな矛をも防ぐ無敵の盾――相反する概念の衝突を『矛盾』と呼ぶ。


 俺とシュラトの対決もまた、矛盾のそれだった。


 どんなものでも断てるはずの剣が、断てない。


 無限に成長して何もかもを超越ちょうえつする拳が、しかし超越できない。


 お互いに反発し合う概念の激突は、しかし最初から結末が見えていた。


 どちらかの力が尽きるまで、拮抗きっこうが続くのだ。


 盤上ばんじょう遊戯ゆうぎにおける『千日せんにち』と同じである。


 だが、ここに例外が一つ。


 シュラトの『不可能を可能とする』技――


 お察しの通り、それは不条理の極みのような代物しろものだ。


 絶対に勝てない相手にすら勝つ技。


 自然の摂理をくつがえす技。


 この力のおかげで俺達も魔王に勝てたわけだが――


 相手からしてみれば、これほどふざけた話はない。


 絶対に勝てるはずの状況を、訳もわからない原理でひっくり返されてしまうのだから。


 こんな理不尽な特殊能力も、そうそうない。


 それが今や、この俺に向けられているのだ。


「――ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


 シュラトが吼える。紅い双眸から稲妻じみた光が迸る。全身の皮膚に浮かび上がった黄金の輝紋が、これでもかと光り輝く。力を振り絞れととどろさけぶ。


 ここから放たれるは、起死回生きしかいせいの一撃。


 このままでは、俺は【理由もなく敗北する】。


 どんな逆境にあろうと勝利する――そんなシュラトの概念に巻き込まれ、敗因もないのに負けるのだ。


 俺に一パーセントでもシュラトに勝つ可能性がある限り、逆転は必ず起こる。奇跡が起こる。


 故に――


「…………」


 【俺は手放した】。


 両手で握っていた、〝星剣レイディアント・シルバー〟を。


「!?」


 驚愕はシュラトのもの。鉄仮面のような顔が、明らかに愕然がくぜんとしている。


 この期に及んで俺が剣から手を離すとは、つゆにも思わなかったのだろう。


 俺とて、相手がシュラトでなければ戦闘中に得物えものを手放すような愚は犯さなかった。


 俺の手から伝播していた〈ウォルフ・ライエ〉の力が途切れ、必殺の〈スーパーノヴァ〉どころか、超巨大な光刃までもが盛大に瓦解がかいする。


 星剣の刀身が爆発し、鱗粉りんぷんにも似た光の粒子が大量に飛び散った。


 俺の手から離れた銀光の棒が、クルクルと回転しながら宙を舞う。


 シュラトと目が合った。


 何をするつもりだ――赤い目がそう言っているかのように見開かれる。


 今の今まで拳とせめぎ合っていた星剣が消失し、力のぶつけどころを失ったシュラトは、完全に宙ぶらりんの状態になった。


 そう、それこそが奴の弱点。


 一発逆転と言えば聞こえはいいが、つまりは『カウンター技』だ。


 逆に言えば、俺の攻撃なくして必殺のカウンターは成立しない。


 こうして俺が剣を手放すと、それだけで『起死回生の逆転劇』は成り立たなくなるのだ。


 つまり、この瞬間シュラトの『乾坤けんこん一擲いってき』は完全に無効化された。


 負ける可能性がある瞬間にしか、一発逆転の目は生まれないのだから。


 だがここで、ざまぁみろ、と舌を出してみたところで何にもならない。


 決め手を外したのはお互い様だ。


 だから――俺は理術で作った足場を蹴り、飛び出した。


 矢よりも銃弾よりも稲妻よりも速く、間合いを詰める。


 拳のやり場を失い半ば呆然としているシュラトは、これに即応できない。


 彼我の間合いが一瞬にしてゼロとなり、俺は隙だらけのシュラトに肉薄した。


 何をするつもりか、だって?


 そんなの決まっている。


 殴るのだ。


 俺は右拳を全力で握り締め、全身全霊を込め、


「――オォラァッ!!」


 シュラトの顔にぶち込んだ。


「が……っ!?」


 確かな手応え。俺の右拳がシュラトのほほに炸裂し、硬い骨をつ。拳骨げんこつに伝わる衝撃。


 そのままぶち抜いた。


「――~ッ……!?」


 頭を支点にしてシュラトの体が回転する。縦横斜めと三次元的な回転だ。筋肉ダルマがジンバルロックにおちいったその姿は、馬車に蹴飛ばされた玩具の人形にも似ている。


 会心の一撃だった。


 しかし、


「――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」


 シュラトは近接格闘のエキスパートだ。雄叫びと共に自ら体の回転を加速させ、身体制御。むしろ遠心力を上手く利用して反撃を放ってきやがった。


 死神の鎌がごとき空中回し蹴り。


 俺の首を刈らんとする斬撃にも似た回し蹴りを両腕でガード。巨大な丸太で殴りつけられたのかと思うほどの衝撃が、俺の腕を襲う。


「ぐぉ――!?」


 ふざけるな。あんな体勢から無理矢理むりやり出した蹴りだっていうのに、なんだこの威力は。確かに防御したはずなのに、俺の体は大きく吹き飛ばされる。


 が、あっさりとやられるわけにはいかない。俺は吹き飛ぶ瞬間に理術りじゅつちからで何もない空間を蹴り、跳躍。回し蹴りの威力を受け流し、ダメージを最小限に抑えつつ、間合いが必要以上に開くのを防いだ。


 バッ、と左の掌をシュラトに向ける。体にかかっていた遠心力を全て蹴りに注ぎ込んだが故に、またも体勢が崩れている。隙だらけだ。


「〈輝刃きじん銀雨ぎんう〉――!」


 左手から発動させるのは攻撃こうげき理術りじゅつ。即座に掌の中央から眩い銀光が生まれ、無数の刃と化す。それが勢いよく噴出し、雨のごとくシュラトに襲いかかった。





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