●17 星を斬り、法則を変え、起死回生を狙う 2





星剣せいけん抜刀ばっとう――」




 本来なら、これからの生涯において二度と口にすることはなかったはずの言葉を、くちびるからつむぎ出す。


 ドクン、と強く脈打つ俺の心臓。


 俺の剣。〝勇者〟の剣。銀穹ぎんきゅうの力を持つ剣。星の力を持つ剣。魔王を倒す剣。魔王を殺すためだけに存在する剣。


 ――【ソレ】は、俺の心臓の中にある。


 物理的な意味でも。


 概念的な意味でも。


 秘蔵のつるぎはこの俺――つまり〝勇者〟の心臓をさやとする。


 これこそは、魔王を打倒するために生み出された伝説の剣。俺が〝銀穹の勇者〟としてこの世界に召喚された瞬間、聖神によって体内に封入された〝対魔王兵器〟。


 人類の最終兵器たる俺の、最終兵器。


 その名も――〝星剣せいけんレイディアント・シルバー〟。


 ……うん、わかっている。昔の俺は誇らしげにこの名を口に出して叫んでいたものだが、それがとても【痛いこと】だったのは、今では重々承知しているつもりだ。


 レイディアント・シルバー、つまりは『光り輝く銀』という意味である。


 この世界において、銀という金属が退魔の力を持つ、というのは先述の通り。魔界の支配者にして世界の破壊者たる魔王を、唯一殺しうる〝最強の毒〟という意味では、なるほど『光り輝く銀』というのは言い得て妙であろう。


 しかし、この【いかにも】な名前はどうにかならなかったものだろうか。まぁ初代勇者から受け継がれてきたものなので、俺が文句をつける道理もなければ、心より恥じることもないのだろうが。


 閑話休題はなしがそれた


 ともあれ、この〝星剣レイディアント・シルバー〟こそが俺の愛剣――俺が所有する中で最強の剣なのだ。


 それを今、ここで抜き放つ。


「――――――――!!」


 左胸、つまり心臓に当てた右手が灼熱する。


 心臓の鼓動から伝わる膨大ぼうだいな熱。


 右腕全体に銀光がともり、徐々に輝きを強めていく。


 俺の心臓をさやとする星剣は、エムリス直伝のストレージの魔術のように亜空間に収納されているわけではない。


 心臓はあくまで鞘の鯉口こいくちでしかない。星剣そのものは俺の血液に溶け込み、全身の血管を巡っている。


 そう――星剣は俺の肉体とほぼ同化しているのだ。


 俺こそが剣であり、剣こそが俺。


 そのため、剣を抜くためには物理的にも概念的にも、鞘を――心臓を【開かねばならない】。


「――~っ……!」


 やがて銀光と熱を帯びた右手が、胸の内部へと沈み込み始めた。衣服を貫き、胸の筋肉に呑み込まれ、ズブズブと埋まっていく。


 ここからはもう感覚だけの世界だ。


 右掌が、心臓に、触れる。


 ドクン、ドクンと脈動する鼓動を、てのひらじかに感じる。


 全身の血流が猛烈な勢いで循環じゅんかんしているのがわかる。体温が上昇しているのもそのせいだ。


 俺の血液に溶け込んだ星剣の成分が、心臓めがけて集まってくる。収束していく。


 掴んだ。


 五指が握るのは心臓であり、星剣のつかだ。


 ぐっ、と力を込めて引き抜いていく。


 血液に混じった星剣の欠片が心臓へと集まり、俺の握った剣柄へと収斂しゅうれんしていく。


 転瞬てんしゅん、眩い銀の煌めきが俺の胸から放射され、赤い空の一角を白銀に染め上げた。


 ゆっくりと、しかし確実に。


 俺の胸から、心臓から。


 恒星のごとく輝くつるぎが引き抜かれていく。


 同時に、体の内側から星剣の成分が薄まっていくのを感じる。


 右手を胸の内側から引きずり出すと、そこにはやはり、光り輝く銀の棒が。


 俺はそれに左手も添え、両手で引き抜きにかかった。


 ずるり、と抜け出る。


 だが、俺の心臓から現出したのは一メルトルほどの銀光の棒っきれであり、どう見ても剣の形などしていない。


 だが、【これでいい】。


 これこそが〝星剣レイディアント・シルバー〟、その素体なのだから。


 そう、これはまだ【剣柄】に過ぎない。


 刀身は、ここからさらに【解放】するのだ。


 だが、その前に――


『任せたぜ、エムリス』


『おうともさ。このボクに任せたまえ』


 念話を送ると、間髪かんぱつ入れず快諾かいだくが返ってきた。


 俺が抜刀した星剣を【解放】する前に、やっておかねばならないことがある。


 それは――この世界の保護だ。


 俺の力は、外部世界の概念『八悪』を宿していることもあって強力きょうりょく無比むひ。下手をすれば、今いるこの世界をも破壊してしまう力を持っている。


 故に――魔王を殺す際もそうだったが――どうにかして世界を保護しておかなければ、十全じゅうぜんに力を発揮はっきすることが出来ないのだ。


 そこで必要となってくるのが、エムリスの力である。




禁呪きんじゅ解放かいほう――」




 ささやくようなエムリスの声が、不思議と耳に届いた。


 いつも尻に敷いていた大判の本は、今は胸の前に浮いている。


 その本が突如、ひとりでに表紙を開いた。


 高空の強い風によるでなく、ページが勢いよくバラバラとめくられていく。


 既にエムリスの輝紋は励起状態。ダークブルーの輝きが皮膚上を駆け巡り、やがて大判の本へと伝播でんぱした。


 以前にも言ったが、あの本は飛行専用の本などではない。俺の〝星剣レイディアント・シルバー〟同様、〝蒼闇の魔道士〟だけが持つ特別な代物しろものなのだ。


 俺が『絶対切断の概念』を持ち、シュラトが『無限成長の概念』を有するように、エムリスもまた特有の概念を宿している。


 それこそが『究極魔法の概念』。


 全魔力を解放することで、自らを【魔法そのもの】へと変えるという、とんでもない概念である。


 魔法とは『魔の法則』。


 世界のことわりに真っ向から逆らうもの。


 世界を蚕食さんしょくし、あらゆる法則をねじ曲げ、あるいは新たに作り上げ、独自の世界を作る――それが『魔法』だ。


 魔術という『魔の術』などとは比べものにならない。


 故にこそ、エムリスは普段は【禁呪】としてこれを封印している。


 だが、ひとたび解き放てば――




「 断絶アイソレーション 」




 一言だった。


 それだけでエムリスの魔力が行き渡る空間が全て、【世界から隔絶された】。


 絶大にして膨大なエムリスの魔力の及ぶ範囲は、魔界をおおくしてなおあまりある。


 十年前もそうだった。このようにエムリスの究極魔法によって魔界と人界を、龍脈結界以上に断絶し、俺の放つ星剣の一撃からまもったのだ。


『まずはこれでいいかな? では、ボクは詠唱に入らせてもらうよ』


 これにて仕事は終わった、とばかりにエムリスから念話が届く。


 当然ながらエムリスの役目は他にもまだたくさんある。


 なにせ、【俺の星剣だけではシュラトを倒すことはできない】のだから。


『了解』


 俺も短く返事をして、視線をシュラトへ。


 真っ直ぐ見据える。


「――――」


 シュラトもまた、この空間――魔界が世界から隔離されたことに気付いているだろう。


 むしろ、奴もこうなることを予想していたのかもしれない。アスモデウスとやらに乗っ取られた人格が、どこまでシュラト自身の記憶を持っているかは知らないが、少なくとも俺やエムリスの名前がすっと出てきたぐらいだ。魔王との最終決戦時の記憶を有していてもおかしくはないだろう。


 だからこそ、ひたいにあの黄金の一つ目が浮かんでいるのだ。




絶技ぜつぎ開眼かいがん――」




 シュラトの深い声。


 開眼というワードに、額の一つ目――いかにもといった感じだが、さりとて油断は禁物だ。


 あの額に輝く一つ目こそが〝金剛の闘戦士〟のみに与えられる、特別なチャクラ。


 開眼という言葉通り、あのチャクラを開くことで、シュラトは更なる力を発揮することが可能となる。


 あれを現出させたという事実こそ、シュラトが本気になったという動かぬあかしだった。


 かくして、


 ――星剣抜刀。


 ――禁呪解放。


 ――絶技開眼。


 俺達三人は、それぞれのふだったことになる。


 無論、俺を含めて全員がまだ裏技うらわざなり隠し球を有しているだろうが、それはそれとして。


 無意味な小競こぜいはここまでだ。


 ここからはお互いに全力全開。


 相手が完全に沈黙するまで、死闘を繰り広げるのみ。


「――はっ」


 何故か笑いがこみ上げてきて、俺はたまらず噴き出してしまった。


 この状況、かつての仲間同士がたがいに殺意さついしにして――まぁどうせ殺すことなどできないのだが――、本気で殺し合う場面である。


 普通に考えれば悲運にも程がある状況だ。


 だがやはり――楽しい、と。


 そう感じている自分がいた。


 我ながら感性が歪んでいるのか、それとも俺の中に宿る〝傲慢〟や〝強欲〟の影響なのか。


 ともあれ、これだけ体の奥底から力を引き出している状態なのだ。釣られて〝傲慢〟も〝強欲〟も活性化していたっておかしくはなかろう。


 ま、自覚はほとんどないが。


 俺は純銀に煌めく棒のなかばを握り、正眼せいがんに構えた。


「――かがやさけべ、〝ウォルフ・ライエ〟」


 星の名を呼ぶ。〝銀穹の勇者〟である俺が扱える、最大級の星の権能を呼び起こすために。


 刀身、解放。


 俺の中に宿った輝星〝ウォルフ・ライエ〟の力が〝星剣レイディアント・シルバー〟へと流れ込み、刃と化す。


 光だ。


 ただただ、純粋な光がつるぎとなる。


 正眼に構えた銀光のつか、その先端から凝縮された輝光ひかりが伸び上がり、巨大な刀身へと変貌する。


 輝星〝ウォルフ・ライエ〟の力を帯びた光の刃は、どこまでもどこまでも伸張していく。


 限界などない。


 魔界の空を貫き、それでもなお天井知らずに伸びていく。


 星の剣と書いて【星剣】なのだ。


 星を斬れずに何とする。


 まもなく星剣の切っ先は大気圏を抜け、この世界ではまだ存在が知られていない宇宙にまで届いた。


 もはや、その気になれば人界や魔界、聖界を擁するこの惑星すら両断できるほどだ。


 と言っても、歴代の勇者はこの星剣をもってしても魔王を倒せなかったのだが。




「 ■■■■■■■■■・■■■■■・■■■■■■■ 」




 エムリスの詠唱が始まった。


 いつもなら意味のある言葉として響くそれは、しかし今回に限ってはまったく理解不能な音にしか聞こえない。


 圧縮言語コンプ・ヴォイス


 音をかさねて言葉の意味を重複ちょうふくさせ、本来なら長々ながながぎんじなければならない詠唱を短縮する特殊技法。


 あのエムリスが詠唱しなければならず、さらには圧縮しなければならない術式とは。


 もうこれだけで、その規模の凄まじさがわかろうものだ。


 俺の星剣と、エムリスの禁呪。


 かつて魔王すら打ち倒した英雄二人の切り札に対し、シュラトはたった一人。


 だから楽勝かと言えば、そうとも言えない。


「 ちから やまを抜き おおう 」


 シュラトが感情を見せない顔で何やらうたうと、額の一つ目がゆっくりとそのまなこを開き始めた。


 絶技ぜつぎ――あるいは絶招ぜっしょう、もしくは必殺技や奥の手とでも言った方がわかりやすいだろうか。


 シュラトのそれは『不可能を可能とする』技を意味する。


 シュラトが持つ概念は『無限成長』。


 無限とは『限界が無い』という意味であり、つまりその力を用いて、シュラトは全ての面において【限界を超越】し、文字通り『不可能を可能とする』のだ。


 かつての魔王戦ではシュラトがいなければ、理不尽の塊である魔王を殺すことなど到底とうてい不可能ふかのうだっただろう。


 奴の『不可能を可能とする』絶技があってこそ、俺はこの〝星剣レイディアント・シルバー〟を魔王の命にまで届かせることが出来たのだ。


 しかし味方となれば頼もしい限りだが、敵に回すとこれほど恐ろしい相手もいない。


 まぁ、その点についてはエムリスも、ここにいないニニーヴとてそうなのだが。


 俺も他の三人からは同じように思われたりするのだろうか――などとどうでもいい疑問が頭の片隅をよぎる。


 いや、そうでなければ困る。


 さもなければ、ここで負けるのは俺とエムリスということになってしまうではないか。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る