●17 星を斬り、法則を変え、起死回生を狙う 1





 破軍大公アルカイドは、自分がまだ生きていることに気付き、心の底から驚いた。


「……はっ!?」


 どれほどの間、気を失っていたのだろうか。


 覚醒した時、アルカイドの体は瓦礫の山の上に転がっていた。言うまでもなく全身が傷だらけで、激痛が神経をさいなんでいるが――


「ぐっ……!」


 しかし致命傷ではない。上級魔族に貴族、それも七剣大公セブンスターたるアルカイドにとって、致命傷以外はかすり傷だ。すぐさま体内の魔力を総動員し、傷を回復させる。


 次の瞬間には全快ぜんかいしたが、それでも体中に染みついた痛みの感覚はすぐには消えない。そんな肉体にむちち、アルカイドはどうにか瓦礫の上で立ち上がる。


 見渡す限り、廃墟の群れ。


 ほんの少し前まではここに存在していた、栄華の街――魔国『エイドヴェルサル』が央都『エイターン』の姿は、もうどこにもなかった。


 東西南北どちらに視線を向けようとも、目にうつるのは瓦礫の山――かつて城塞都市だった場所の名残なごりばかり。


 何もかもが、終わっていた。


「――……」


 この時、アルカイドの胸中に去来したのは、十年前と同じ思いだった。


 十年前もそうだったのだ。


 気が付いた時には全てが終わり、魔界は崩壊していた。


 それどころか、魔族にとって神とも言える存在――魔王陛下までもが崩御ほうぎょなされていたのだ。


 その瞬間まで自分も含め、全ての魔族と魔物は魔王陛下の意思の下に統一され、自我じがを失っていた。


 かの〝勇者〟を代表とした人間の英雄の手によって魔王陛下が討たれるその時まで、魔界そのものが魔王陛下と一つになっていたのだ。


 しかし、肝心かんじんかなめの魔王陛下が死んだことにより、全ての呪縛は解かれ、アルカイドらにも自意識が戻ってきた。


 目が覚めたその時、最初に目にした光景こそが――今見ているものと酷似したものだったのだ。


 破壊の光景。


 憎き〝勇者〟達が残した傷跡。


 もはや、疑いようもない。


 先程の配下の報告は全て事実だった。


 まだ人界に間者かんじゃを放って一月も経っていないというのに、奴らはここ央都『エイターン』へ奇襲をかけてきたのだ。


 せっかく貪狼どんろう大公たいこうドゥーベから『人界は現在、未曾有の戦争状態へと陥っているらしい』という有力な情報を得て、西の『果ての山脈』方面に兵力を集中させていたというのに。


 さらには魔物の再生産にも注力ちゅうりょくし、百万単位の軍勢を続けざまに送り出せるよう体勢を整えていたというのに。


 その全てが、水泡すいほうした。


 あちらの方が何枚も上手うわてだったのだ。


 まさか軍勢ではなく、再び数人の少数精鋭でもって中枢への襲撃を仕掛けてくるとは。


 電撃作戦、などという代物しろものではない。


 光の速さと称しても過言ではない、これは不意打ちであった。


 だが、しかし――


「――一体、何をしている……?」


 空を見上げると、未だそこで戦っている人影が見える。


 魔界の天空を飛び交う煌めきは、銀色、金色、そして青みがかった漆黒。


 色合いからして〝銀穹の勇者〟、〝金剛の闘戦士〟、そして〝蒼闇の魔道士〟であることがわかる。


 しかし、奴らが何をしているのかがさっぱりわからない。


 だが、赤い空を背景に飛び交う三色の輝きを見つめる内、アルカイドは理解してしまう。


「……同士討ち、だと……!?」


 気を失う前に聞いた、配下の報告が耳朶じだよみがえる。


『そ、それが――な、【仲間割れ】です! 〝勇者〟と〝魔道士〟および正体不明アンノウン、都市上空で互いに攻撃し合っています! ――意味がわかりません!』


 最初に聞いた時は、どうせ何か見間違いや勘違いをしているのだろう、と思った。


 何故なら、奴らがこの央都にわざわざやって来て仲間割れをする理由が、ない。


 一体どこにあるというのだ、そんなもの。


 仲間割れをするだけでなら他所よそでもできる。


 こんな所まで来て内輪で揉める理由など、少なくともアルカイドには思いつかない。


 だというのに。


「……あいあらそっているというのか!? この央都の空で!? わざわざ!? 一体いったいどうして!? 何故なぜだ!? 何のために!?」


 たまらずアルカイドは空に向かって絶叫ぜっきょうした。


 こんな理不尽があってたまるものか。


 お前達はこの国を攻めに来たのではないのか。


 人界を代表して、侵略しに来たのではないのか。


 そのために実質的な支配者である、我ら七剣大公の要塞を破壊したのではないのか。


 それとも――それとも……


 奴らには――まさか〝勇者〟達の眼中がんちゅうには、自分達の姿が入っていない、とでもいうのか。


 この破壊され尽くされた都市の惨状が目に入っていない、とでもいうのか。


 ただ単に、仲間割れの舞台としてこの空を選んだだけで、それ以外には何の意味もなかったと。


 この地上に住まう魔族には、一切の興味もないと。


「……そういうこと、なのか?」


 半ば呆然と、アルカイドは呟いた。


 その瞬間、金色の光が銀の輝きを地上に叩き落とした。


 流星よろしく尾を引いて落下した銀の光は、魔王城の付近に墜落ついらくして大爆発を起こす。


 とどろわたる破壊音。


 見ずとも音響おんきょうだけでわかる。都市の一角いっかくが完膚なきまでに吹き飛んだ。あの辺りには魔界貴族の邸宅が集まっていたはずだが――


 と、アルカイドがそこまで思考を巡らせた時、再び爆音が響く。地面から突き上がるような衝撃を添えて。


 銀光の炸裂。


 地面に叩き付けられた〝勇者〟が瓦礫を吹き飛ばし、再び空へと飛翔していく。


 たったそれだけのことで、街の一区画いちくかくが壊滅していた。


 頭上で再び銀と金の輝光ひかりが激突する。


 その際に生じた衝撃波が天空を切り裂き、大地を割断かつだんする。


 あまたの建造物が損壊そんかいしていく。


 央都が壊れていく。


 上空で戦う奴らには、きっと足元の街を破壊しているという認識にんしきはないのだろう。


 当然だ。戦場で、流れ矢の行く末を気にする者などいない。目の前の敵に集中できない者から死んでいく。それが戦場なのだから。


 それはもう、ぞうありの上を歩くかのごとく。


 体の大きすぎる象は、足元のありやその巣に気付くことなど一生ない。例えその大きすぎる一歩が巣を破壊しようとも、そんなものがあったことさえ知りもしないのだ。


 つまりはそれが〝勇者〟達と、ここにいるアルカイドとの間にある、差だった。


「……ふざ……けるな……」


 我知らず、アルカイドの体が震える。まるでおこりのように、体の芯からくる震えだ。


 拳を強く握り込み、奥歯を砕かんばかりに噛み締める。


「――ふざけるなぁッ!! なんだそれはッ!! なんなんだ!! なんだと言うのだッ!!」


 激情が声となって迸った。


 転瞬、アルカイドの全身から魔力が溢れ、青白い魔光となった。


 魔界貴族、それも七剣大公セブンスターであるアルカイドの魔力量と強さは、魔王を除けば魔界においていちを争う。


 無論のこと国を動かす七剣大公セブンスター同士が戦うわけにはいかないため、実際の優劣こそわからないが――力こそが全てである『エイドヴェルサル』において、地位は実力そのものだ。


 つまり、七剣大公セブンスター筆頭を自負するアルカイドは自他共に認める、現在の魔界における最強の存在だと言っていい。


「……許さん、絶対に許さん……許さんぞ〝勇者〟どもぉっ!!」


 そんな男の頭の中には、もはや怒りしかなかった。


 髪が逆立ち、血管が沸騰するほどの憤怒を抱えた男は、瓦礫の山の上で立ち上がる。その全身からは眩いほどの青白い魔光が放たれ、廃墟と化した街を煌々こうこうと照らす。


「――殺す! 殺してやる! この手でくびり殺してやるぞぉおおおおおおおおおおあああああああああッッッ!!!!」


 絶叫したアルカイドの肉体に、突如として変化が起きた。


 頭部から生えた角に、縦長の瞳孔を持つ瞳、そして肌に浮かぶ刺青いれずみにも似た特殊なあざ――これらが一般的な魔族の特徴だが、もちろんアルカイドはその全てを有している。


 大きく太く、ねじくれた一対の角。四つの眼窩に収まった八つの瞳。左半身に浮かぶ金属質のあざ初代しょだい破軍はぐん大公たいこうの直系を示す形をしていた。


 だがそれは、あくまで平時の姿。上位魔族にして魔界貴族であるアルカイドには『第二の姿』がある。


 喉から絶叫をほとばしらせ、全身から膨大な魔力と魔光を放ち、アルカイドは変貌する。


 膨張する体躯。身につけていた衣服を引き千切りながら、ただでさえ二メルトル以上もある巨躯が、嘘のように膨れ上がっていく。


 頭部から生えた二本にほんつのはさらに伸び、ねじくれ、太くなり。


 巨大化した肉体は、その皮膚が次々に硬質化し、変色。鎧のような装甲へと変わっていく。


 目が増え、腕が生え、足が枝分かれをし――


 最終的には十数メルトルもの巨体を持つ、漆黒しっこくみにく異形いぎょうへと成り果てた。


 その姿は既存きぞんの生物でたとえることは出来ない。だが、しいて似ている部分を列挙れっきょするのであれば、クモに似た頭部に大きくねじくれた二本角、八本の節足と、カマキリがごとき刃を持つ四本の腕、ムカデのような長い胴体に、サソリに酷似した尾と鋭い針を持ち、それら全てが甲虫がごとき漆黒の装甲でよろわれている。


 もはや原形をまったくとどめていない、アルカイドの戦闘形態であった。


『――ガァアアアアアアアアアアアアアアアァァァッッ!!』


 曲がりなりにも人間に近かった『ヒト族』としての姿を完全に捨て、魔物に近い容貌。もはやクモと同じ鋏角きょうかくを有する口元から、異質な咆吼ほうこうが上がる。


 それはもう『声』ではなく、『音』だ。


 異様な雄叫びが破壊された街に響き渡る。


 全身から青白い魔光をほとばしらせ、しかし頭部に開いた十六対の瞳――三十二の瞳からは熾火おきびにも似た赤黒い輝きを放ち、異形と化したアルカイドは激憤に身を震わせる。


 背中にあたる部分の装甲が、バグンッ、と開いたかと思うと、そこから半透明なはねが幾枚も飛び出した。都合つごう十枚じゅうまいを超えるはねが小刻みに震え、漆黒の巨体を宙に浮かせる。


 殺意。


 憎悪。


 周囲の大気をビリビリと震わせるほどの激情を巨体かららしながら、怪物と化した破軍大公アルカイドは飛翔した。


 標的は、赤い空を背景に同士討ちをしている〝勇者〟一行。


 我が魔界最強の力をもって、奴らを殲滅せんめつする――!


 アルカイドは地上ちじょうから天空てんくうへとはしる稲妻となった。






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