●16 激闘、魔界の空の下 6





 ついには氷山の揺れが大きな音をともない始めた。獰猛な肉食獣の唸り声を低く拡張したような、空をあっする轟音。


 氷山の内側から溢れてはち切れそうになる力と、それを封じ込めようとする力とがぶつかり合い、拮抗きっこうしている。


 氷塊の表面から細かい欠片かけらが剥がれ、赤い空から降り注ぐ陽光をキラキラと照り返しながら、地上へと舞い落ちていく。


 いで、とうとう均衡が崩れた。氷山のあちこちにひびれが生じ、瓦解がかいする。


 際限なく増えていく罅割れから、黄金の輝きが噴き出す。さながら日の出のようだ。


「来るな」


「来るね」


 そういえば〝金剛の闘戦士〟の力は太陽の力だ、って伝承にあったな――と思い出す。


 俺が〝勇者〟なのに銀色で。


 シュラトは〝闘戦士〟なのに金色で。


 いやいや〝勇者〟で金色か銀色かってなら、普通は金色の方じゃないのか? と思ったところ、この世界に伝わる伝承にその理由が記載されていたのだ。


 銀は退魔たいまの力の象徴しょうちょう。魔王とは即ち魔の力の結晶体。これを退治するにあたっては、銀の力を持つ〝勇者〟でなければならない――と。


 俺が元いた世界では太陽の力も大概たいがい退しりぞける力だったような気もするのだが、よく考えたら太陽の光に弱いのは吸血鬼だけだったか? あまり細かいことは覚えていないのだが。


 さらに言えば〝銀穹の勇者〟の力はほしの力にして、つきの力。月は狂気をつかさどる。魔王と相対するには、同等の狂気をもって対抗しなければ、魂が呑まれる――だっただろうか。古い伝承にそんなことが書いてあった記憶がある。


 だから、むしろ金色なシュラトの方が〝勇者〟みたいな力を持っているのに、銀色の俺の方が〝勇者〟だなんておかしいよな――みたいな話を、当のシュラトとしたことがあった。


 ――そういえば、あの時のシュラトはなんて返答してくれていただろうか?


「――ォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッッッ!!!!」


 雄叫びと共に巨大な氷山が砕け散った。


 黄金の輝光ひかりが爆発する。


 一瞬、目を灼く閃光せんこうが世界をたし――


 エムリスの〈氷結地獄アブソリュート・ゼロ〉によって生まれた氷塊が、魔界の空を埋め尽くすダイヤモンドダストへと変わった。


 煌めく細氷が地上へと降り注ぎ、一種いっしゅ幻想的げんそうてきな光景をかたちづくる。


 そんな中に、異質な存在が一つ。


 金色の〝オーラ〟を纏う巨人。


 もはや筋肉が増えすぎて、人間のサイズを超越している。


 どう見たって俺の三倍以上はある体長に、樹齢千年を越える大木がごとき体幅たいはば


 英雄だとか〝闘戦士〟とか〝氣〟とか、そんなものは全然関係なく。


 あんな筋肉のかたまりに殴られたら普通ふつうぬ――そう思わせるほどの異形いぎょうへと、シュラトは変貌していた。


「――どうやらシュラトも【本気になった】みたいだね」


「ああ、久々に見たな、ひたいの【アレ】」


 俺とエムリスの視線は、揃ってシュラトの頭部へと注がれている。


 黄金おうごんのオーラに金色きんいろの髪なので一見ではわかりにくいが、そこには王冠にも似た〝〟がある。


 目を模した紋様もんよう、と言えばいいだろうか。魔術を使用する際に浮かび上がる魔方陣にも似た、一つ目のマークだ。


 それが今、シュラトのひたい煌々こうこうと輝いている。


「――いくぞ」


「――ああ、やろう」


 互いに申し合わせてから、俺達は素早く後退した。宙を滑るようにして、シュラトから距離を取る。当然、味方同士でも間合いを離すことを忘れない。


 こっちもあっちも本気モードだ。お互いが近くにいては、存分に本領を発揮することができない。


 よって、遠く遠く、俺達はそれぞれに彼我ひがの距離を広げていく。


 まるで導火線を伸ばしているみたいだな、と頭の片隅で思う。


 最終的に、俺達三人は赤い空に三角形を描くような形で展開した。


 俺が言うのも何だが、しっかりと距離を取るまで待ってくれるシュラトもシュラトで、何というか間抜けな時間が流れているなと感じる。


 下の魔族の街では俺達がどう見えているだろうか。


 いきなり現れて好き勝手して、戦いの余波で街を破壊しまくっているのだ。それこそ悪魔か何かだと思われているかもしれない。まぁ、魔族から悪魔に見られるとか何の冗談だって感じだが。


 あるいは、先程のダイアモンドダストで天使か何かだと思われているだろうか。しかし天使ということは神の使いで、この世界で神と言えば魔族と敵対している聖神を指すので、結局は同じようなものか。


 ――いかん、つい思考が変な方向へとれてしまった。


「――よし」


 俺は気合いを入れ直すと、改めて自身の左胸に当てた右手に意識を集中させた。


 同時、エムリスやシュラトもまた、俺に合わせたように動き出す。


 俺は覚悟を決め、十年振りに【この一言】をくちびるから放った。




星剣せいけん抜刀ばっとう――」




 決着のときは、もうすぐだ。






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