●16 激闘、魔界の空の下 4




 魔界こと魔国『エイドヴェルサル』、その央都たる『エイターン』は混乱の坩堝に叩き落とされた。


 突然の襲撃。


 一撃で粉砕ふんさいされる、都市を守護する大結界。


 突如として央都の上空に現れた怪物らは、尋常ではない規模の戦いを繰り広げ、天を裂き、地を割る。


 その余波だけで都市のあちこちを破壊していく。


 あっという間に央都は半壊し、守護の要でもある七剣大公セブンスターの要塞までもが甚大な被害を受けた。


 この時、元凶たる〝勇者〟および〝魔道士〟と〝闘戦士〟が現れてわずか一分の間に、大結界と七剣大公セブンスター破軍はぐん要塞ようさい武曲ぶごく要塞ようさい廉貞れんてい要塞ようさいの三つが破壊されていた。


 一分の茫然ぼうぜん自失じしつの時間を過ごした後、残る四人の七剣大公は対応行動を開始した。


 被害をまぬがれたのは文曲ぶんきょく大公、禄存ろくぞん大公、巨門こもん大公、貪狼どんろう大公の四名で、これは単純に仲間割れをする〝勇者〟らの戦闘区域が、途中で上昇し、さらなる高空へ移動しただけのことであって、特段の理由があったわけではない。


「被害状況を調べよ! 一体何が起こっている! 情報の連携はどうなった!?」


「出撃準備だ! 急げ! 貪狼どんろうめからは何の報告もないのか!?」


「待避ですよ待避! 暴れん坊の相手などしていられません! 私達は情報収集が役割なのですから!」


破軍はぐん大公が真っ先にやられた!? その次は武曲ぶごく大公まで!? ど、どうなっているのだ! まさか実力者から狙って潰しているのか!?」


 対応を開始したと言っても、基本的には情報不足で誰もが右往左往していた。


 故に、効果的な行動を取れた者は一人としていなかった。


 配下の者に喚き散らすか。


 同列の者らの失態に唾を吐くか。


 我が身可愛さに我先にと脱出を急ぐか。


 もはや都市を守護する『七星極大結界』が崩壊した今、央都エイターンは砂上さじょう楼閣ろうかくと化し、自壊じかいへの一途いっと辿たどる。


 これを止められる者は、どこにもいなかった。




 ■




 よもや戦場に選んだ空間がそんなことになっているなど、露も知らず。


 というか、そんな余裕など一切なく。


 俺とエムリスは全力全開でシュラトと渡り合っていた。


「〈しん牙裂斬がれつざん〉――!」


 巨大に過ぎる紅銀の大剣を振りかぶり、剣理術を発動。銀色の輝きが皮膚上を駆け抜け、俺の輝紋をこれでもかと励起させる。


 相手は他でもない、かつての仲間〝金剛の闘戦士〟シュラトなのだ。


 情け容赦ようしゃなど一切なく、俺は全力で斬撃を放つ。


「――ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおらぁあぁあぁあぁっっっ!!!!」


 繰り出すは基本の〈牙裂斬がれつざん〉から派生した〈牙裂連斬がれつれんざん〉の、さらに上位技――〈しん牙裂斬がれつざん〉。


 理力が次元にひずみをしょうじさせ、全ての斬撃がほぼ同時に襲いかかる――もはや反則じみた剣理術。言ってはなんだが、人の身では到底とうてい会得えとくできないチート剣技だ。


 弾丸のごとく間合いを詰めてくるシュラトへと、俺は十二の斬閃を同時に重ねがけた。


 空を裂く紅銀の弧が、一斉に描かれる。


 なにせ十メルトルを越える大剣による斬撃だ。一つの弧の大きさは優に三十メルトルを下らず、魔界の大気に漂う魔力を吸収し凝縮した刃の鋭さは、金剛石ですら断ち切る。


 だが。


「――アアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」


 シュレッダーよろしく切断の網を張った俺に、構わずシュラトは突っ込んできた。


 竜の鱗ですら容易に断ち切る、紅銀の大剣による重連斬撃が容赦なく襲いかかり――


 その全てが、奴の黄金に輝く肉体に阻まれ、弾き返された。


「「――!?」」


 つまりは衝突。俺もシュラトも反動を喰らい、空中で激突した石礫いしつぶてのごとく大きく吹き飛んだ。


「チィッ……!」


 と舌打ち。


 さっきからずっとこれだ。


 シュラトは近接戦闘の鬼。桁外れの攻撃力と防御力を持つ、無敵の戦士。それが〝金剛の闘戦士〟の特性。


 ぶっちゃけ、懐に入られた終わりだ。少なくとも、その一瞬においては俺の負けが確定する。


 だから間合いを詰められないよう、長尺の大剣でもってリーチを稼ぎ、離れた距離から一方的に攻撃しているのだが――


 てんできやがりやしねぇ。




「 〈天星乱舞セレスティアル・スター〉 」




 俺とシュラトの間合いが開いた途端、すかさずエムリスが攻撃魔術を発動。ダークブルーの輝紋を励起させ、指先に触れただけで中毒死しそうなほど膨大な魔力を凝縮ぎょうしゅく


 転瞬、青白い光球こうきゅうが無数に生まれたかと思うと、流星群のように光の尾を引いて乱舞らんぶした。


 一つ一つが家屋かおくに匹敵するような大きさの光球が、群れを成してシュラトへと殺到する。


 炸裂さくれつ


「――――――――!?」


 幾十、幾百にも連鎖する光爆こうばくがシュラトを呑み込んだ。


 光球一つの炸裂につき、洒落にならないレベルの衝撃波が生まれる。こんなもの、山のようにでかい八大はちだい竜公りゅうこうが受けても即座に消滅するほどの破壊力だ。


 そんなものを、エムリスは現在進行形で生み出し続けている。光球を出しては着弾座標へ送り込み、マシンガンのように集中爆撃させる――それが〈天星乱舞セレスティアル・スター〉という、名前に似合わず極悪に過ぎる攻撃魔術の正体だった。


 この間に俺は体勢を整え、〝ベテルギウス〟による紅銀の大剣を担ぎ直し、


「やったか!? とか言ったらダメなんだっけか? こういうの」


「言わなくても問題ないよ。どうせ【やれてない】からね!」


 軽く一息ひといききながらうそぶくと、エムリスから半笑いの返答があった。


 我ながら緊迫感の薄い会話である。


 当たり前だが俺もエムリスも、この程度でシュラトが落ちるなどとは、これっぽっちも思っちゃいない。


「――ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


 ケダモノじみた咆吼がとどろく。


 刹那――光爆の群れが、さらに内側からの爆発によって一瞬にして吹き飛ばされた。


 その原因は、膨大な黄金の〝オーラ〟の爆裂。


 要は【気合いだけで】エムリスの〈天星乱舞セレスティアル・スター〉が雲散うんさん霧消むしょうさせられたのだ。


「ちょっ――!? そういうのってアリなのかな!?」


 流石のエムリスも仰天してか、何のひねりもない言葉を吐いてしまう。


 光爆が消し飛んだ後に現れたのは、先程までとは似ても似つかない筋肉ダルマな男。体格が二倍ぐらいに拡張されているが、あれこそ俺達の知るシュラトの姿だ。


 肉体操作――優男になったり、幼い少年になったりする力で、今度は戦闘形態である筋肉のかたまりへと変貌したのだろう。


 というか〈天星乱舞セレスティアル・スター〉をぶっ飛ばしたのは、もしかしなくても〝力の解放〟だけで成し遂げたのか?


 馬鹿げている。馬鹿げているが――俺もエムリスも十年前と比べて格段に成長しているのだ。シュラトだけが例外になる理由は存在しない。


 規格外の存在が、時を経てさらに上位の規格外へと進化した――それだけの話だ。


「そういうのってボクの魔術とは真逆の理屈というか現象というか存在だと思うのだけど――!?」


 俺の耳からエムリスの声が遠ざかっていく。


 当然だが、今は戦闘中。誰も彼もが立ち止まってなどおらず、常に空中を高速で移動している。


 シュラトだって光爆の魔術を受けているあいだは大きく吹き飛びながらであり、俺とエムリスはそれを追いかけつつ様子見したり攻撃を続行をしていたりしていたのだ。


 というか戦闘が始まってからこっち、止まっていられるいとまなど一瞬もない。


 俺達三人は常に魔界の空を馬鹿げたスピードで飛び交いながら、余人にはついてこられない戦いを展開しているのだ。


 俺は理術で、シュラトは黄金の〝氣〟――アイツの場合は〝闘気とうき〟といった方が正しいか――で大気を蹴って跳躍し、エムリスはいつも通り大判の本に乗って飛行している。


 速度はちょうど、俺が前にいた世界にあった戦闘機ほどだろうか。


 つくづく、ガルウィンとイゾリテをあっちに置いてきて正解だった。どう考えても絶対についてこれないからな。


「〈天轟てんごう雷神らいじん――」


 闘気を爆発的に膨張させたシュラトが、慣性で宙を流れ飛びながら呟く。力ある声は高空の風の音を通してすら耳によくとおる。


 十年ぶりに聞いた懐かしい響きに、俺の背筋が一瞬だけ凍った。


 風船のように膨らんでいた黄金の闘気が、瞬時に収斂しゅうれんする。


 金色の煌めきの一切いっさいが、消え失せる。


「――電烈でんれつ掌破しょうは〉」


 これだ。


 シュラトのこれが怖い。


 エムリスの戦い方を、ド派手な範囲攻撃を得意とする『爆弾型』だとするのなら。


 シュラトのそれは、地味で射程も短い『ナイフ型』だと言える。


 ただし――そのナイフは【どんなものでも貫く究極の刃】なのだが。


「――~ッ……!?」


 俺のきもに霜が降りる。


 普通ならこういう時、ドンッ! だの、ガッ! だのといった轟音が鳴り響くものだが、シュラトの場合は違う。


 トン、と聞こえるか聞こえないかのかすかな音だけで、信じられないほどの超加速をする。


 今のように。


「ッ!?」


 シュラトが宙を蹴った。すると、目の前にいた。


 まるで瞬間移動。


 とっくにふところもぐり込まれ、紅銀の大剣の死角に入られていた。


 ――まず、やられ


「――がはっ……!?」


 気付いた時には目の前が真っ暗になっていた。


 一瞬だけ意識が飛んでいたらしい。


 瓦礫の山の中にいる――肌感覚でそう判別はんべつする。


 刹那、胸にシュラトの掌打を受け、眼下に広がっていた魔族の街へと叩き落とされたのだ――と遅れて理解した。


 俺じゃなかったら即死だった。というか、俺でなければ空中で四散しさん五裂ごれつ――否、【爆散】していたに違いない。


『アルサル、アルサル! 生きているとは思うけど元気かい!? 君すごい勢いで地面に落ちたよ! まるで流星のようだった! クレーターの真ん中に埋まっているようだけど動けるかな? 大丈夫? 後はボクに任せとく?』


 脳内にエムリスの念話が届く。何か妙にテンション高いな、こいつ。いや、久しぶりに肌がひりつくような戦闘だから興奮しているのか。研究について喋る時の早口と同じような速度で思考を垂れ流してやがる。


『食事にする? お風呂にする? それとも私? みたいな勢いでたたけるんじゃねぇよ……』


 どこまで深く埋もれているのかわからないので、腕で軽く瓦礫をかき分けてみる。うん、これは相当深いな。魔族の街をかなりの勢いで破壊してしまったらしい。まぁ、ここは魔界なのでまったく心は痛まないのだが。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る