●16 激闘、魔界の空の下 3




 その日、七剣大公セブンスターが一人――破軍はぐん大公たいこうアルカイドは、午睡ごすいの時間を突然の大音響だいおんきょうによって破られてしまった。


「――!? 何事だ!?」


 落雷と呼ぶにはあまりにも大きすぎる轟音ごうおん。天からなまりが降ってきたかのごとき重圧。


 ただごとではない、と一瞬で理解した。


 次の瞬間、通信の魔術によって配下の者から報告が入る。


閣下かっか! 大変です閣下!』


「何事だ! 手短てみじかに報告せよ!」


 まず結論を述べろ、と要求したアルカイドに、通信をよこした配下は命令に従ってこうべた。


『と、都市をまも防衛ぼうえい結界けっかいが大破いたしました!』


「な――」


 青天せいてん霹靂へきれき――魔界においては赤天と言った方がより正しいが――とはまさにこのこと。アルカイドは目をいて愕然がくぜんとした。


 魔族国家『エイドヴェルサル』、その首都である央都『エイターン』には魔王の居城があることもあって、厳重な防衛結界が張り巡らされている。


 外敵の攻撃を完璧に阻止するこの大結界は、その名を『七星極大結界』といい、誰あろうアルカイドら七剣大公セブンスターが展開させたものなのだ。


「馬鹿な!? そんなわけがあるものか! 何かの間違いではないのか!?」


 狼狽ろうばいあらわに、アルカイドは声を荒げた。


 央都の中心に屹立きつりつする魔王城をかくとし、その周囲に建設された七剣大公セブンスターの要塞を基点きてんとした完全包囲の防衛結界――それが『七星極大結界』である。


 魔王に次ぐ実力者である大公七人の力と技術を結集した大結界は、どんな攻撃を受けても崩れることなどない――それこそ、かの魔王を討った〝勇者〟達の攻撃でもない限りは。


 それほどの自負を持っていたが故に、自慢の大結界が突如として大破したという事実を、アルカイドはれることができなかった。


 しかし。


『ま、間違いなどではありません! お、央都の上空に何者かが現れ、結界に攻撃を加えたのです! その結果――たった一撃で防衛結界の【六割】が消滅しました!』


 アルカイドの怒声に萎縮いしゅくすることもなく、報告者は声を高めて断言した。


「なん……だと……!?」


 魔族の最高峰に位置する自分達が、柄にもなく力を合わせて張った大結界――たとえ八大はちだい竜公りゅうこうが束になってブレスを吐きつけようともビクともしないはずの結界が、何者かの攻撃で、それもたったの一撃で、その大半が消滅したという。


 この瞬間、アルカイドの心の聖地にそびえ立っていた矜持きょうじとうが、音を立ててガラス細工ざいくのごとく砕け散った。


「あ、あり得ない……! 一体何が……!?」


 あったというのだ、といううめきに、報告者はさらなる情報をもたらした。


『……!? か、閣下! 破軍大公閣下! ぞ、続報です! と、都市の上空に三つの影を確認! ま、まだ推定に過ぎませんが――その二つの正体は〝勇者〟と〝魔道士〟である可能性が高いと!』


「な――!?」


 不可視ふかしのハンマーが脳髄のうずいったかのような衝撃を、アルカイドは覚えた。すうしゅん、全ての思考が吹き飛び脳裏が真っ白に染まる。


「〝勇者〟と〝魔道士〟、だと……!? ならば残る一つは何だ!?」


『ふ、不明です! 現在げんざい解析かいせきちゅうですが、しかし〝勇者〟と〝魔道士〟と【同等の力を持つ者】のようで、おそらくは〝闘戦士〟ないしは〝姫巫女〟である可能性が高く――!』


「――――」


 もはや声も出ない。


 吉報きっぽうは一人で来て、凶報きょうほうは友人と手をつないでやってくるという。


 まさにだ。


 この場合、〝勇者〟一人が乗り込んできただけでも大変な事態だというのに、かてて加えて〝魔道士〟や〝闘戦士〟あるいは〝姫巫女〟が連れ立ってくるなど、最低最悪のドミノ倒しであった。


 意味がわからない。


「な、何故だ……何故、こんなにも早く……!?」


 はっきり言って、あちらがここまでドラスティックな手を取るとは予想していなかった。アルカイドの見解は先日の緊急会議で述べた通りだったのだ。


 むしろ、このような展開になるとは思っていなかったからこそ、人界に間者を放ち情報収集するなどという穏当案を提出したというのに。


 まさか、こんな形で予想が裏切られようとは。


「――ッ!? や、奴らは現在どうしている!? 都市への攻撃を続行中か!? それとも侵入されたか!?」


 だが今は苦悩している場合ではない――と我に返ったアルカイドが情報を求めると、配下からさらに意外な返答があった。


『そ、それが――な、【仲間割れ】です! 〝勇者〟と〝魔道士〟および正体不明アンノウン、都市上空で互いに攻撃し合っています! ――意味がわかりません!』


 じかに状況を確認している報告者でさえ、理解に苦しむ事態なのだろう。最後の叫びには膨大な感情がもっていた。


「……っ……!」


 かつて魔王を倒した〝勇者〟とその仲間が、再びこの『エイターン』の上空に現れ、一撃で『七星極大結界』を破壊したかと思えば、そのまま仲間割れをしている――


 意味のわからないことに、さらに意味のわからないことが加わり、もはやアルカイドから理解しようとする気力すらもうばっていく。


 マイナスにマイナスを掛ければプラスになるが、マイナスにマイナスを足した場合はマイナスのままなのだ。


 そうしてアルカイドが絶句した直後、


『ゆ、〝勇者〟と〝魔道士〟および正体不明アンノウン、なおも戦闘を続行中です! ――か、閣下!? 閣下!? よ、余波が……! 戦いの余波だけで都市が崩壊していきますっ!? ひ、被害ひがい甚大じんだいっ! な、なおも拡大中ですっ! こ、このままでは、このままではぁ――!?』


 矢継ぎ早に悲鳴のごとき報告がたたけられた。


 そして、アルカイドが口を開くよりも早く、


『こ、こちらまで、こちらまで来ますっ! 閣下、閣下!! 今すぐお逃げ――!?』


 そこで通信が途絶とぜつした。


 回線を繋いでいた魔力が途切れ、通信魔術が崩壊したのだ。


 次いで、頭上からいくつもの轟音と衝撃が降ってくる。要塞の屋根に遮られて見えないが、おそらく〝勇者〟一味がこちらへと近付いてきているのだろう。


 しかも音が鳴る毎に、相対距離はあからさまにちぢまっている。


 もう次の瞬間には、アルカイドの居る破軍要塞の直上ちょくじょうまで来てもおかしくない――


「馬鹿な……そんな、馬鹿な……!?」


 寝室で一人、身を震わせる。


 予想外の状況、早すぎる展開。アルカイドの生存本能が必死に『今すぐ逃げろ!』と警鐘けいしょうを鳴らしているが、何故か体が微動びどうだにしなかった。


「こんな馬鹿なことが――」


 あってたまるものか、と言おうとしたのだろう。


 だが、その前に彼のいる要塞は〝勇者〟と〝魔道士〟、そして〝闘戦士〟の激突の余波を喰らい、跡形もなく吹き飛んだのだった。






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