●16 激闘、魔界の空の下 1





 俺達はとっくの昔から人知を超えた化物となっている。


 そんな俺達が激突すれば、人の世界のものなど一瞬にして塵芥ちりあくたと化して当然。


 ほんの少しでもエムリスの結界展開が遅れていれば、宮殿どころかムスペラルバードという国そのものが消滅していたかもしれない。


 俺の収束させた銀剣と、シュラトの黄金拳が衝突して生まれた破壊力は、円柱状に張り巡らされた結界内を暴れ回りながら上昇し、天へと突き抜けた。


 遠く離れた場所から見れば、さながら銀と金の龍が絡み合いながら天空へと昇っていく様に似ていたかもしれない。


 そんな暴力の嵐の中、俺とエムリス、シュラトは無傷。むしろ、ちょっと突風が吹いた程度にしか感じていない。心配だったのはガルウィンとイゾリテだったが、こちらはイゾリテがエムリス直伝の防御ぼうぎょ結界けっかい魔術まじゅつと、同じく防楯ぼうじゅん理術りじゅつを同時発動させており、無事になんを逃れていた。


 では、シュラトの眷属たる二人の美姫びきはというと――


 なんと赤毛黒肌と銀髪白皙の美女はお互いに両手を繋ぎ、周囲にうっすら金色に輝く膜をまとっていた。もちろん、傷を負った様子は見られない。あれも一種の結界らしい。


 昨日きのう今日きょうの内にシュラトの〝眷属化〟を受けたばかりのはずだが、どうやら早くも強化された能力に順応しているようだ。


「――おいシュラト、俺はどうでもいいがこんな場所でぱじめてよかったのか? せっかく手に入れた国が跡形もなく消えちまうぞ?」


 既に半径一キロ前後の何もかもが消失している。謁見の間だった空間は【がらんどう】となり、頭上には蒼穹が広がり、足元には巨大な砂のクレーターが出来上がっていた。


 今の俺とシュラトは、互いに足の下に力場を展開し、そこで踏ん張りながら剣と拳でつばいをしている状況だ。


 エムリスが張った結界のおかげで、被害がこの程度に抑えられていることをわかっているのか、いないのか。


「消えるのはお前らだ。つぶれろ」


 シュラトの返答は端的たんてきだった。もはや敵を倒すことしか考えてない顔と声。幸か不幸か、そういったところだけは本当に昔のままだ。


 俺の銀剣とシュラトの拳が火花を散らして拮抗きっこうする。シュラトはこのまま拳を押し込み、宣言通り俺を力尽くで押し潰すつもりだ。


 これをはじくのは簡単だが、そうすればまた周囲に洒落しゃれにならない規模きぼ被害ひがいが出る。俺達はそこそこ本気を出すだけで、その一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそく核爆弾かくばくだんにも匹敵ひってきする破壊力を発揮してしまうのだ。


「――エムリス!」


 故に、俺は短く仲間の名を呼ぶ。


「わかっているとも!」


 俺が言わずとも、既に術式の構築を始めていたであろう〝蒼闇の魔道士〟は、皮膚上に群青色ぐんじょういろの輝紋を励起させ、小柄な体から膨大な魔力を放出する。


「イゾリテ君、君はガルウィン君を補佐しながらシュラトの眷属けんぞくの相手を! 首尾良く勝利した後は民衆がこの宮殿に近寄らないようにしてくれたまえ! ボクとアルサルはしばらく戻れない! よろしく頼んだよ!」


 珍しく大声を張り上げ、エムリスが眷属けんぞくけん弟子でしのイゾリテに指示を下す。


「了解しました、師匠マスター!」


 魔術と理術の双方で自らと兄の身を守っているイゾリテは、こちらも珍しく大きな声で応答した。


「よろしい! では行くよ、アルサル!」


 言うが早いか、エムリスはいつもより広範囲に指定した転移魔術を発動。


 ここまでは事前に打ち合わせていた通りの流れ。


 そう、エムリスが発動させるのは攻撃魔術ではなく、転移の魔術。


「――悪いがシュラト、ちょっと遠いところまで付き合ってもらう……ぜ!」


 俺は余計な抵抗など出来ぬよう、力を振り絞って銀剣を押し上げた。




 パチン、と指の鳴る音。




 瞬間、周囲の景色が暗転する。


 再び視界に光が戻ってきた時、まず目についたのは――赤。


 燃えるように真っ赤な空の色だ。


「――ッ!?」


 内心の驚愕を示すように、シュラトの眉がほんの一ミリほど動いた。相変わらずの能面のうめんっぷりだ。かつてエムリスやニニーヴから『戦闘機械』と称された冷淡れいたんさは今なお健在らしい。


 強く吹く風の音。そう、俺達は今、空の高い位置にいる。


 そして鮮血のような赤が広がる空は――【魔界のそれ】。


 エムリスが転移先に指定したのは、なんと魔界の央都おうと――その直上であった。


「懐かしいだろ、シュラト? 俺も来るのは久しぶりだ」


 足元の力場を解除しながら、俺はシュラトに笑いかけた。足場を失ったことで体が重力に引かれ、俺は自然落下を始める。


 その瞬間、強く押し込んできていたシュラトの黄金に輝く拳の力が加わり、次の瞬間、俺の体を勢いよく加速させる。


「でもここなら――誰に遠慮することなく全力で戦える……ぞ!」


 ゴォッ、と風の唸る音を聞きながら、俺は弾丸のごとく、稲妻のごとく、流星のごとく、魔界の大気内を落下していく。


 視線を背中側――つまり地表側へと向けると、そこには黒々と広がる魔界の街並みがある。


 そう。こここそは、人界に住む人々はその名も知らぬ魔族の王国『エイドヴェルサル』。


 その首都にして央都『エイターン』。


 かつて魔王エイザソースの支配下にあった城塞都市である。


 魔界の空は『果ての山脈』を越えたあたりではまだ蒼色だが、奥へ進むにつれ、そして魔王の座していた城に近付くにつれ、赤みを増す。


 特に魔王城の真上まうえともなれば、不思議なことに『そこに赤い穴が空いている』と言っても過言ではないほど、濃密のうみつな〝赤色〟がわだかまっているのだ。その赤空あかぞら、あるいは紅穹こうきゅうとも呼ぶべきものは、魔王まおうき今でも残っている。ちょっと空に視線を巡らせれば、魔王城がどの方角にあるのかなど、すぐにわかるほどだ。


「――夢から覚めろ、〝ベテルギウス〟」


 地表に向かって超高速で落ちながら、俺は星の権能を召喚する。


 空の彼方――宇宙にてかがやく星が呼応こおうし、共鳴きょうめいした。


 この時、空から真っ直ぐ光が落ちてくるが、それは実際には【おまけ】の現象に過ぎない。星の権能は既に俺の内に直接召喚されており、呼んだ瞬間からその力を発揮するのだ。


 なので、空から落ちる光が俺の体に到達する頃には、求めた力はとっくに手に入っている。


 光は音よりも速く届くし、力はその光よりもさらに速く届く。つまりはそういうことだ。


 未だ星の光が届かない中、俺は改めて両手に銀光を束ねて剣を形成けいせいする。


 これまで俺が作っていた銀剣はさして太くもない、基本形が木剣にも似たものだったが、今回は違う。


 目を見張るような大剣だ。


 刀身の長さは十メルトルを下らず、幅も一メルトルを超えている。そして、そんな大剣を形作るのは、ただの銀光ではない。


 まるで魔界の空の色を吸ったような、赤を帯びた銀――すなわち〝紅銀こうぎん〟だ。


 俺は紅銀の大剣を何もない空間に突き立て、力を込める。


 途端、大気が固体化したような硬い手応えが生まれた。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!! と【大気を切り裂きながら】、俺は急激に落下スピードを減速。膨大な抵抗はついに俺の墜落を止め、再び宙へと縫い止めた。


 先刻、空の彼方から召喚した〝ベテルギウス〟はほし――すなわち、魔力をつかさど星辰せいしんだ。


 ここは魔界。いつだったかエムリスが言っていたように、人界とは段違いに濃密な魔力が満ち満ちた場所。


 ましてや今いるのは魔界の央都の空で、かつて魔王が居た城にもほど近い。


 この空間ほど〝ベテルギウス〟の本領を発揮できる戦場は他にないだろう。


 今更にように空から落っこちてきた星の光が、俺の体に直撃する。


「へっ、これにて準備完了ってな」


 足元に理術の力場を展開し、空中に立つ。剣柄だけでも一メルトル以上ある巨大な紅銀剣を軽く振り回し、肩に担いだ。


 はたから見れば、二メルトルにも満たない身長の人間が十二メルトルなんなんとする大剣を担いでいる姿など、噴飯物ふんぱんものであろう。


 しかし気にする必要などない。ここに俺が気にすべき人目など存在しないのだから。


 ゆえに。


 おとがいを上げ、頭上――高みにいるシュラトへと視線を送る。


 空いた片手を掲げ、掌を自分に向けて、クイクイ、と五指を折った。


「かかってこいよ、シュラト。遠慮はいらねぇ。ここはどんだけ壊そうと問題のない魔界だ。俺もお前も、エムリスだって存分に力が振るえるってもんだろ」


 自分で言うのも何だが、やや腰を落として上目遣いに相手を睨むなど、完全にヤンキーである。まぁ、こっちの世界にヤンキーなんて言葉はないのだが。


 しかして俺は笑う。柄にもなく、昂揚こうようしている自分がいるのを感じている。


 仲間だったシュラトと、正面切ってぶつかれることへの興奮なのか。


 それとも、十年ぶりに全力全開の力を解放できそうなことへの期待感なのか。


 あるいは、その両方か。


「――この俺の手で、たとえ力尽ちからずくでもお前の目を覚まさせてやるよ。ついでに、アスモデウスだかなんだかよくわからねぇ奴に負けた、その情けない性根も叩き直してやる。――お前が俺を潰す? はっ、おもしれぇ、やってみろよ。やれるもんならな」


 黙ってこっちを見下ろしてくるシュラトに対し、俺は挑発ちょうはつじりの嘲笑ちょうしょうを見せた。


 そして、いつものようにうそぶく。




「勇者を舐めるなよ?」




 自らを鼓舞こぶするように。







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