●15 〝金剛の闘戦士〟の乱 6





「お前、この国の王位を力尽くで奪ったそうじゃないか。実際、今の王様はお前なんだろ?」


 質問の意図が伝わっていないようなので、俺は状況を確認するように質問を重ねた。


 すると、うんうん、とシュラトは頷き、嬉しそうに歯を見せて笑うと、


「おお、そうそう、そうなのよー! 新聞とかにも載ってたっしょ? よくわかんないけど外務大臣? とかにも言って、他の国の偉い人達にも伝わるようにさぁ――」


 と得意げに話し出したので、俺はとうとう真剣に頭痛を覚え始めた。


 ダメだこいつ。自分が何したのかまったく理解していない。


 俺は片手を上げてシュラトの話を遮り、


「オッケー、オーケイ、わかった、つまり今のお前はまぎれもなく、このムスペラルバードの新しい王様ってことだ。そうだな?」


「うんそう。ま、そのムスペラルバードって名前もいずれ別のに変えようと思っているんだけどねー! あ、アルサル氏なんかいい名前の案とかある? シャレオツなのあったら一つヨロシクね!」


「…………」


 ペースが乱される。非常にやりづらい。会話というのはキャッチボールみたいなもののはずだが、ボールを一つ投げると三つぐらい返ってくるのだ。


 話が逸れないように、本題と関係ないことは無視しよう。


 シュラトの真紅の瞳を真っ直ぐ見つめ、俺は再び問う。


「なんでだ? なんで、王様になんかなったんだ? 俺はその理由が知りたい。答えてくれ、シュラト」


「――――」


 なんでそんなこと知りたがるんだろう? みたいな表情だった。シュラトは無邪気な子供みたいに俺の顔を見つめ返し、


 やがて。




「え? なんでってそりゃ、美人のおねーさん達とエッチなこといっぱいしたかったから……だけど?」




「…………」


 それは、許されるなら、ずっこけて笑い話にしたい返答だった。


 あまりにも予想通り過ぎて、いっそ笑いがこみ上げてくるほどなのだから。


 だが、笑えない。


 笑えないのだ、これは。


「……本気で、言ってるのか?」


 俺は確認のため、出せる中でも一番低い声で聞き返した。


「うん!」


 元気いっぱいの肯定があった。しかも、


「HAHAHAHAHAHAHAHAHA! いまさら何言っちゃってるのさアルサル氏~! オレっち男よ? 男の子よ? 元気いっぱいの健康優良児よ!? そんなあったり前じゃ~ん!? 聞くまでもないことじゃ~ん!? ちょっともう笑わせないでっても~! HAHAHAHAHAHAHAHAHA!」


 両手の人差し指でオレを示し、大爆笑する。


 いで腹を抱えて、ひぃひぃ、と身をよじりながら、


「あ、そうだアルサル氏! ほらほら見て見て! さっきもビックリしてたみたいだけど、オレっちこういう技が出来るようになったのよ!」


 玉座から身を乗り出したシュラトの、その肌に黄金こがねいろに輝く幾何学模様が浮かび上がった。


 輝紋の励起だ。シュラトの光はその称号〝金剛の闘戦士〟から連想する通り、きらめく金色こんじき。俺が〝銀穹の勇者〟なので、ちょうど対になる感じだ。


 ちなみに、どうして〝勇者〟が『銀』で、〝闘戦士〟が『金』なのか。普通なら逆と思うかもしれないが、これには理由があるのだが――それについて語るのはまた今度にしよう。


 なにせ目の前で、常人なら目を見張るような出来事が起こったのだから。


「――ぇええええっ!?」


「――……ッ!?」


 真っ先に悲鳴を上げたのはガルウィンで、その次にイゾリテが鋭く息を呑んだ。


 いかにもチャラついた優男の風体だったシュラトが、見る見る内に『幼い少年』の姿へと縮んだのである。


「――へへへっ、どーだいアルサル氏、エムリス氏ぃ~! こうなるとオレっちも可愛いモンだろう? 自分で言うのも何だけどさ、【そっちの趣味】の御仁にはヨダレモノってやつだぜぃ!」


 どう見ても十歳前後の少年の姿へと変じたシュラトの声音は、見た目通り、声変わり前の高い音域へと変わっている。理術や魔術、あるいは聖術のたぐいによるまぼろしではさそうだ。


 というか、シュラトは生粋きっすいの戦士なので、そういった小細工じみた技は一切使えないはず。


 当然、着ていた服はブカブカになってしまっていた。


「いやぁ、こういう背格好になると年下好きのお姉さんが優しくしてくれたり、やしなってくれちゃったりしてさぁ~。むしろ下にも置かない扱い? ってやつでチヤホヤしてくれちゃうからさー、そこでオレっち思っちゃったのよ」


 声色こそ可愛らしい少年――なんなら頭に『美』をつけても構わない――のものだが、しゃべっている内容は普通にひどい。


 金髪きんぱつ赤眼せきがん美貌びぼうの少年は、しかし顔を歪めて【あくどい】表情を見せた。


「――ハーレム作ったら人生最高じゃね? ってさ!」


 挙げ句に、茶目っ気たっぷりのウィンクまでつけて。


 はぁぁぁぁ……と隣から盛大な溜息が聞こえてきた。振り向くまでもなく、エムリスのものだ。


 多分、俺と同じ気分なのだろう。良くも悪くも予想通り過ぎて、本当に頭が痛い。


「……それで? じゃあいちからハーレム作るのも面倒だから、既にあるものをもらってやれ――と、そう思ったのかな? シュラト」


 呆れ果てた様子でエムリスが聞くと、やはりシュラトは両手の人差し指をビシッと向けて、


「ザーッツライッ! その通りだよん、エムリス氏ぃ~! お見通しだねぇ~、HAHAHAHAHAHAHAHAHA!」


 歯を見せて爽やかに笑う。


 そんな馬鹿げた理由でつかえる王がわったというのに、玉座の傍に控えている赤毛の美女はニコニコと笑ったままで、銀髪の美姫は目を伏せて無言のまま。肯定とも否定とも取れぬ態度が、なんとも言えず不気味に見える。


「「…………」」


 俺とエムリスはお互いに顔を見合わせて、頷き合った。


 ともあれ、これにて確定だ。


 今のシュラトは、ほぼ完全に〝色欲〟にまれている。


 本来のこいつなら絶対にしそうにないこと、言いそうにないことをやらかしているのが動かぬ証拠だ。


「ん? ん? どしたの二人とも? なーんか神妙な顔しちゃって~、意味深だなぁ?」


 今のシュラトにとって、この状況は『しらせを聞いた旧友きゅうゆう親交しんこうあたために来た』という程度のものなのだろうが、俺達にとってはそうではない。


 かつての仲間の愚考をいさめ、めに来たのだ。


「――残念だがシュラト、お前の遊びもここまでだ。その椅子、とっとと前の王様に返して俺と一緒について来い」


「……はぁ?」


 反応が露骨に変わった。


 シュラトは途端に顔を引き締め、目を据わらせ、低く押し殺した声で聞き返してきた。


 何言ってんだテメェ、と。


 だから俺も、身も心も臨戦りんせん態勢たいせいに入る。


「聞こえなかったか? くだらねぇことはもうやめろ、つったんだ。アホな顔してないで立てよ。ここはお前の居場所じゃねぇ。さっさと行くぞ」


 顎で、くい、と後方を示し、この場をすことをうながす。


 すると、シュラトの顔に再び黄金の輝紋が浮かび上がり、今度は肉体が成長して元の優男の姿へと戻った。


「――いやいやいやいやいやいや、何言ってるの、何言っちゃてるのかなぁアルサル氏ぃ? いきなりそれはナイっしょ? オレっちビックリしたわ。なにそれ? 新手の冗談?」


 無理におどけようとしているが、ノリきれていないのが丸わかりの口調。声もさほど高くないあたり、今度は俺の意図はしっかり伝わっているようだ。


「冗談に聞こえたか? ならすまんな。俺の言い方が悪かった」


 んん、と咳払いをして喉の調子を調整すると、俺はドスを利かせた声で言った。


「いい加減なめた真似してんじゃねぇぞボケ。これ以上わがまま抜かすようなら力尽くで引きずり下ろすぞコラ。なぁ? わかるか? お前がやったことは冗談じゃ済まねぇって言ってんだよ。わかったなら今すぐ立ち上がって俺の後ろについてこい」


 本当なら威嚇いかくの意味も込めて〝威圧〟を放ちたいところだが、シュラトのすぐ近くには美女が二人いる。それに加減をあやまると宮殿内の人間全てに影響を与えかねないので、やめておいた。


 俺の恫喝どうかつに対し、シュラトはパチパチとまばたきをして、


「……はー……なるほど、なるほど……そゆことね」


 もっともらしく頷きを返すと、ゆっくりと俯いた。上半身を前に倒して背中を丸め、両肘りょうひじ太腿ふとももにのせる。


 そこから何をするのか――というのは愚問の極みだろう。


 既にシュラトの全身から、凄まじい敵意がほとばしり始めている。


 俺の〝威圧〟と同じ、その身がそこに存在するだけで放たれる重圧プレッシャー謁見えっけん席巻せっけんする。


「ば……!?」


 この馬鹿なんてことしやがる――という言葉が喉元までせり上がったが、直前で呑み込んだ。


 てっきり影響を受けると思っていた美姫二人が、相変わらず平然としているのだ。


 常人ならとっくに昏倒こんとうするほどの〝威圧〟が満ちた、この空間において。


 ということは――


「――へぇ? その様子からすると、どうやらそこの二人を【眷属にした】んだね、シュラト。なるほど、〝お気に入り〟とはそういう意味だったのか」


 エムリスが得心とくしんして、うんうん、と首を縦に振る。


 何のことはない。俺やエムリスにも可能な〝眷属化〟を、シュラトも使用していただけの話だ。そう考えれば近衛兵ではなく、赤毛と銀髪の美姫が奴の左右さゆうはべっていたのも頷ける話だ。


 とはいえまさか、あのシュラトがこんな美人を二人も眷属にするとは。十年前からはまったく想像もつかない事態だ。


「――なぁ……あのさ……アルサル氏、エムリス氏? 悪いんだけどさ、そういうことなら帰ってくれねぇかな?」


 深く俯いたまま、乾いた声でシュラトは言う。


「せっかく来てくれたのに申し訳ないんだけどさ。【そういうの】、今求めてないんだよね。オレっち、今が人生で最高に楽しい瞬間でさ。邪魔しないで欲しいっていうか、余計なお世話っていうか……ぶっちゃけ、お呼びじゃないんだよね」


 淡々たんたんと、これまでとは打って変わった調子で言葉ことばつむぐシュラト。所々にトゲが立っているのは、明らかに気分を害している証左しょうさに他ならない。


「だからさ、帰ってくれねぇかな? オレっちもさ、昔のよしみと喧嘩なんかしたくないわけよ。ほら、オレっちも昔は〝金剛の闘戦士〟とか言って調子くれてたっしょ? 何て言うのかなー……アルサル氏もエムリス氏もさ、オレっちに【潰されたくはない】っしょ?」


 まぁ、シュラトはシュラトなりに穏便に事を済ませようと思っている、というのはわかる。


 わかるが――しかし、その挑発は少々見逃せないし、そもそもからして俺は何もせず立ち去るつもりがないのだ。


「聞き捨てならないな、シュラト。その言い方だと、まるで俺がお前に負けることが決まってるみたいじゃねぇか。随分と強く出たもんだ、お前らしくもない」


 左右の美姫がシュラトの眷属けんぞく――すなわち常人でないのなら、もはや遠慮えんりょは不要だ。俺も抑えていた力を解放して、容赦なく〝威圧〟を放つ。


 途端、俺とシュラトの〝威圧〟がぶつかり合い、グリトニル宮殿が大きく揺れ動き始めた。


「――アルサル様、ご指示を」


「私達はあの二人を担当すればよろしいですか?」


 基本、俺とエムリスの背後で控えていたガルウィンとイゾリテが、ここぞとばかりに口を開く。


「そうだな、あっちの眷属も二人、こっちも二人だ。ちょうどかずは釣り合ってるか」


 答えながら、俺は素早く理術を発動。周辺をキロ単位で走査スキャンし、生体反応を確認する。宮殿全体が地震のようにグラグラと揺れているせいか、他の使用人などは慌てて逃げ出しているようだ。これなら避難ひなんうながすまでもなく、無関係な人間は離れていくことだろう。


 つまり、余計な気遣いは無用だということだ。


「じゃあ始まったら、イゾリテ君とガルウィン君にはあの美女二人の相手をお願いしようか。残念ながら、ボクとアルサルはシュラトだけで手一杯だろうし……十中八九、【ここにはいられないから】ね」


 激発の予感に、エムリスも声音を硬くして指示を出す。


「ま、シュラトの眷属が実際に戦闘に参加するかどうかは微妙だけどな。お嫁さんだとか言ってたし、それが本当なら守護まもるが常道だろ?」


 小声でささやいてから、俺は改めてシュラトに視線を向ける。


 先程は、激発の予感、などと言ったが、もはや戦いは始まっていると言っても過言ではない。


 なにせ俺もシュラトも、引くつもりなど一片いっぺんもないのだから。


 激突は必至であった。





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