●15 〝金剛の闘戦士〟の乱 5





 流石に、新国王に会わせてくれ、などといきなり言っても断られるだろうし、七割ぐらいの確率で一悶着ひともんちゃくあるものと思っていたが――


 意外や意外。


 門の近くにいた衛兵は、俺が〝銀穹の勇者〟アルサルだと名乗った途端、すんなりと通してくれた。


「国王陛下のご友人とあれば、通さない理由はございません!」――と。


 その結果、俺達四人はグリトニル宮殿きゅうでん謁見えっけんへと通され、そして――




「チョリーッス! お久しぶりじゃーん、アルサル氏にエムリス氏ー! 元気してたー?」




 あまりにも変わり果てた、かつての仲間と再会した。


「……………………誰だ、お前?」


「――うっっっっっっわぁ……………………」


 俺は思わず表情筋を引きつらせて素性を問うたし、エムリスに至っては両手で顔を覆い、ただ一言の『うわぁ』に複雑にして強烈な感情を籠める始末である。


 ――キツい。


 その一言に尽きた。


「HAHAHAHAHA! 冗談キッツイねーアルサル氏ぃ! オレよ、オレオレ! 昔一緒に魔王と戦ったシュラト! シュラトさんですよぉー! おーっほほほほほほ!」


 色彩豊かで華やかな謁見の間に響き渡る、陽気な男の笑い声。


 まるで歌うような喋り方で、踊るようなジェスチャー。


 もはやノリだけで生きているかのような、かつての姿とはまったく正反対の言動。


「いや、というか……本当に誰だよお前?」


 俺は改めて問い直してしまう。


 それほどムスペラルバードの新国王シュラトは、かつての面影を失っていた。


 豪華な玉座に座る、まったく見慣れない顔をした男は、ニカッ、と音が聞こえそうな勢いで笑うと、


「またまた~冗談ばっかり~! どこからどう見てもオレっちっしょ? よく知っているシュラトっしょ? ああ、でもそうね、オレっち昔と比べたら顔つきとか体つきが変わったもんね? なら、わっかんないのも無理ないかなー? HAHAHAHAHA!」


 まるで、ボタンを押したらいろんな音が鳴る玩具おもちゃみたいだ。


 一つただしただけで、これでもかと言葉が返ってくる。返事の情報量が無駄に多い。


 あの口数の少なかったシュラトと同一人物とは、とても思えなかった。


「……確かに、顔つきも体つきも変わったようだね、シュラト。むしろ骨格さえ変わっているように見えるのだけど……ボクからも聞くよ。君は、本当に【ボク達の知るシュラト】なのかい?」


 口振り的には何かを察している様子のエムリスが、シュラトとおぼしき男に意味ありげな視線を送る。一見すると朗らかに微笑んでいるようだが、ほのかに青白く光る瞳はまったく笑っていない。


 陽気な男は人差し指をピンと立て、チ、チ、チ、と舌を鳴らす。なんかよくわからんが腹の立つ所作だ。


「なぁに言ってんのかなぁ、エムリス氏~。ほらほら、オレっちが得意なのは『肉体操作』だったっしょ? そいつ使ってコレもんのソレってわけよーへっへっへっ……いや実はねぇ、これぐらいの体格の方が女の子にモテるからさぁ~えっへへへ……」


 ヘラヘラと笑ってクネクネ動いていた男は、出し抜けに身を縮め込ませたかと思うと、照れくさそうに片手で後頭部をく。


 確かに、そう。シュラトの特技は『肉体操作』だった。


 なにせ〝金剛の闘戦士〟である。


 名前からして屈強な戦士を連想するだろうが、昔のシュラトは実際に【いかにも】な体躯をしていた。


 ちょうど今のガルウィンと似たような感じだっただろうか。服の上からでもわかる、鍛え込まれた筋骨隆々の肉体。背丈は俺とさほど変わらなかったが、厚みは段違いだった。年の頃は同じぐらいだというのに、別種族かと思うほど体つきが違っていたのをよく覚えている。


 これが戦闘になると、先述の『肉体操作』によってさらに膨張するのだ。いわゆる『パンプアップ』に似た現象だが、厳密には違う。シュラトの『肉体操作』によって増大した筋肉はすべて本物で、実際にパワーがいちじるしく増強するのだ。


 そう、シュラトはまるでいわおのような奴だった。


 しかし――それが今はどうだ。


 目の前でシュラトのふりをしている男は、思い出のあいつとは遠くかけ離れている。離れすぎている。


 背丈こそ今なお俺と同じ程度だが、体つきはどちらかと言えば細身。顔も肉付きが薄く、相貌はどこか淡泊たんぱく


 一言で言えば、優男やさおとこというやつだ。


 こいつがもし本当にシュラトだというなら、もはやファンタジーのドワーフがエルフになったような激変ぶりとしか言えない。


「……お前の『肉体操作』って、そんな別人みたいになるような能力だったっけか?」


 俺は疑いの眼差しを隠さず、更に切り込んだ。


 面影が完全にない、とは言わない。さっき言った通り、別人かと思うほどかつての面影を残していないが、それでも、ほんの少しの名残ぐらいはある――と言えなくもない。


 極端な話、昔のシュラトから筋肉を抜き、陽気さを足せば、こんな風になるかもしれない――とは思うのだ。それはそれで、我ながらものすごい例えだとは思うが。


 そこだけは昔の姿とかぶる、獅子ししのように豪奢ごうしゃな金髪と紅玉ルビーのごとき真紅しんくひとみを持つ男は、やはりニヤニヤと笑いながら、


「あーね、そこはほら、オレっちが受け持った〝色欲〟と〝暴食〟の力でね、ほら? ね? ちょちょいっと……ね? わかるっしょ?」


 パチパチと何度もウィンクをして、同意を求めてくる。


「…………」


 最悪だ。今の会話だけで、何気に確定してしまった。


 こいつはシュラトだ。


 正真正銘、本物のシュラトだ。


 何故なら、こいつは〝八悪の因子〟を知っているのだ。


 この世界において、かつて魔王を倒した四人しか知らないことを知っている――それが揺るぎない証拠だった。


「――マジか。お前、マジでシュラトか。本当の本当に、お前なんだな?」


「だっから~! さっきからずっとそう言ってんじゃーん? ったくアルサル氏は相変わらずだわー! ……えっへへへへ、なんか嬉しくなってきちゃうぜ」


 デヘデヘヘ、と下品に笑いながら喜ぶシュラト。


 しつこくて申し訳ないと思うが、やはり信じられない。


 これが、この軟派ナンパ優男やさおとこが、あの『質実しつじつ剛健ごうけん』が擬人化したようなシュラトだというのか。


 男の俺から見ても立派でかっこいい奴だったのに。


 一体何がどうなれば、このような変貌を遂げてしまうというのか。


「――というわけだよ、アルサル。残念だけど、最悪の予想が的中してしまったようだ。【ボクから見ても】、彼はボク達の知るシュラトで間違いないよ。実に不本意ながら、このボクが保証しよう」


 その口振りからすると、エムリスは一目見た瞬間から確信していたらしい。このヘラヘラした男が、かつて俺達と肩を並べて戦った〝金剛の闘戦士〟であることを。


「そうか……そうなのか……」


 こうなっては認めるほかあるまい。エムリスが言うのであればそうなのだろう。なにせ、俺達四人にそれぞれの因子を注入したのは、他でもないエムリスなのだから。


 多分、エムリスには『八悪』を所有する人間を見分けることが出来るのだろう。だからこその、先程の保証なのだ。


 そういえば、と気になって視線を横に向けると、そこには唖然とした様子の兄妹二人がいる。


 旅の途中、二人にはシュラトやニニーヴについていくらか語っていた。どんな風貌で、どんな性格なのか。それらにまつわるちょっとしたエピソードなども。


 それだけに、ガルウィンとイゾリテの二人はあまりの落差ギャップに衝撃を受け、硬直しているようだった。


「――あれあれぇ? アルサル氏、エムリス氏、そっちの二人はどこのどなた様? ってか、普通の人間じゃないじゃん? なーんか『交じってる』っしょ?」


 俺が視線を向けたせいか、シュラトがガルウィン達に気付いた。しかも、一瞬にして二人が俺達の眷属であることを見抜いている。


 こいつ、雰囲気はすっかりチャラチャラした感じになったが、腐っても〝金剛の闘戦士〟ってことか。侮れない眼力である。


「――ま、俺とエムリスの付き人みたいなもんだ。お前の横にいる二人みたいにな」


 とりあえず今は細かく説明している場合ではないので、適当にはぐらかす。


 すると、シュラトは大口を開けて笑い出した。


「HAHAHAHAHAHAHAHAHA! 違う違うってアルサル氏~! こっちの二人は付き人なんかじゃナイナイ! オレっちのお嫁さんだよ、お嫁さん! どっちもね!」


「は?」


 猿みたいに手を叩いて呵々かか大笑たいしょうするシュラトに、俺は鳩が豆鉄砲を食ったような反応を返してしまう。


 ――お嫁さん? 二人とも?


 一瞬だけ頭が真っ白になる。理解しがたい単語を頭にねじ込まれて、思考回路が処理不良を起こしたらしい。


「まさか、結婚……いや、重婚じゅうこんしたのかい、シュラト?」


「イエッス、オフコース!」


 驚きながら聞き返したエムリスに、シュラトは両手の親指をグッと立てて、勢いよく前に突き出した。


 すっかり変わり果ててしまった仲間の座る豪勢な玉座。その左右に、それぞれのおもむきことなる美女が二人ふたり粛然しゅくぜんと立っている。


 右は小麦色の肌をした、おそらくムスペラルバード人の女性。燃えるように赤いソバージュの髪に、透き通るような水色の瞳。さっきからずっと、ニコニコと笑ってシュラトと俺達の様子を眺めているのが印象的だ。


 左は白皙はくせきの女性。肌の色合いからして、ムスペラルバードの出身では絶対にないだろう。おそらくだが、北のニルヴァンアイゼン人ではなかろうか。細い銀色の髪を長く伸ばし、ローズクォーツのような薄い桃色の瞳を伏し目がちに、ひっそりたたずんでいる。


 黒と白、シュラトを挟んで立つ、対照的な二人の女性。


 まるで太陽と月のような二人だな、と頭の片隅で思う。


「ね? ね? 二人ともメチャクチャ美人さんっしょっ! いやさー、この二人だけはまだ前の王様が手を出してなかったからさー、オレっちのお気に入りにしちゃったわけよ、デッヘヘヘヘっ。――あ、でもオレっちもまだ手は出してないんだけどね? ほら、今は色々と面倒な手続きとかあるから……ね? そこんとこ全部が終わってから……ね? ムフフ……」


 鼻の下を伸ばして気味の悪い笑い方をするシュラト。


「…………」


 おいおい。


 誰か嘘だと言ってくれ。


 俺の知っている、あの硬派なシュラトはどこへ行ってしまったんだ。いやマジで。


 これが〝色欲〟の因子の影響だとするなら、ガチで人格が根本から変わってしまっているので、かなりまずい。


 完全に別人になってしまっている。肉体的にも、精神的にも。


 とはいえ、この二人の美姫びきにまだ手を出していないということは、多少の理性は働いているということか? それに、もう一つの因子〝暴食〟のことも気にかかる――


「……なぁ、シュラト。一つ聞きたいんだが。俺の質問に、素直に答えてくれ」


「ん? なになに、どうしたのアルサル氏? なんか急に改まったりなんかしちゃったりして? ――え、なにマジ? 真剣と書いてマジと読むモードなの?」


 俺が声を低くすると、シュラトは赤い目を何度もしばたたかせた。


「ああ、本気と書いてマジとも読むやつだ。いいか、正直に話してくれよ?」


 俺は、すぅ、と息を吸ってから、問うた。


「――なんでこんなことをした?」


「……へ?」


 俺の質問の意味がわからなかったのか、シュラトは間抜けな顔を見せた。


 キョトン、と小首を傾げ、一体どうしたのアルサル氏? みたいな視線を向けてくる。


 いや、どうかしたのはお前の方だっつー話なんだがな。






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