●15 〝金剛の闘戦士〟の乱 2
細かいことを抜きにすれば、話はすぐにまとまった。
エムリスが言っていたように、どこの国境も
歩いて他国に抜けることは普通に考えれば不可能で、仮に空を飛んだとしても見つかれば大騒ぎになる。
無論のこと、力押しすれば通れないこともない。
人間がどれだけ束になってかかってこようが、俺とエムリスにかかれば指先一つ動かす必要もないのだから。
しかし、そんなものは無益な争いだと言う他ない。
この
というわけで、シュラトのいるムスペラルバードへはエムリスの転移魔術で入国することにした。
不法入国? そうかもしれない。だが、それを言うなら今だってアルファドラグーンにこっそり
余談だが、今回はイゾリテではなくエムリスによる転移だ。
というのも単純な話で、転移魔術は術者本人が行ったことのある場所にしか飛べないからである。
イゾリテは基本、セントミリドガル王国から出たことがこれまでなかった。一方エムリスは、十年前の旅でムスペラルバードに限らず世界各地を
今回に限っては、エムリスが魔術を行使するのが適任だったというわけだ。
温泉宿を出て、人目のない場所へと移動すると、
「では行こうか」
パチン、とエムリスが指を鳴らす。
目の前が暗転したかと思うと、次の瞬間には目に映る風景がガラリと変化する。
ついでに空気の肌触りや匂いまでもが激変した。
「
久々に
目の前に広がるは、もはや別世界。
空は混じりっけなしの蒼。
その高い位置で煌めくのは、底抜けに明るい太陽。
「――うん、あっついね!」
「いやぁ、わかってはいたけれど、実際にこうして来てみると本当にあっついねぇ……当時のことを思い出したよ」
うへえ、みたいな顔をしながらエムリスは魔術を発動。皮膚の露出している部分にダークブルーの幾何学模様が浮かび上がると、不意に涼やかな風が吹いた。
途端、灼熱の陽光が和らぎ、足下の砂から立ち上ってくる熱気が弱まった。
気温調節の魔術だろう。これで俺達の周囲は快適な温度に保たれて、常夏の国でも快適に過ごせるってわけだ。
ちなみに同じようなことは、理術でも可能だ。なので俺には必要なかったが――
「俺達の分まで悪いな。助かる」
「どういたしまして。ま、どうせ有り余っている魔力だからね。少しは使っておかないとさ」
礼を言うと、エムリスはまんざらでもない様子で微笑する。
「ところでエムリス様、ここはムスペラルバード王国のどの辺りになるのでしょうか?」
辺りの景色を見回しながら、イゾリテが質問する。もはや詠唱もなしに魔術を発動させたエムリスに驚く様子もない。すっかり慣れてしまったらしい。
見渡す限り、砂、砂、砂である。これといって目印になるような物もなく、正直言うと俺もここがどこなのかまだわかっていない。
「ふむ。ここは
フワフワと宙に浮く本に腰掛けているエムリスはそのまま、ぐるうり、と全方位を見回すように回転して、
「……どうも入り口が砂に埋もれて見えなくなってしまったみたいだね。まぁ、ここなら人目はないだろうと思って選んだだけだから、
「あー、あの
「そうそう。人工アンデッドの衛兵がワラワラと出てきた、あそこだよ。懐かしいね」
「懐かしいというか、思い出したくなかったというか……あいつらって斬った
言葉通り
ふぅ、とエムリスが溜息を吐く。せっかく懐かしい気分に浸っていたのに、とでも言うように。
「――さて。
と言っても話がこじれたら結局は大騒ぎになるとは思うのだけどね、と苦笑しつつ、
「大丈夫、ここから少し南に行くと、ムスペラルバード王国の王都〝アトラムハーシス〟が見えてくるよ。砂漠のど真ん中で
エムリスの言葉に、はた、と気付く。
よく考えたら水も食料も補給せずに来てしまった。いや、ある程度の貯蓄はあるのだが、俺としたことが灼熱砂漠の国に来るというのに準備を
「そういえば自分とイゾリテは、こちらの国の血を引いているんですよ。母方のご先祖様は、昔はムスペラルバードの住人だったそうで」
「あ、やっぱりそうだったのか。髪とか目とか肌の色から、何となくそうじゃないかとは思っていたんだが」
ふと思い出した、という風にガルウィンが言ったので、俺も前々から思っていたことを口にする。
琥珀色の髪、緑の瞳、黒い肌はムスペラルバード人によくある特徴だ。
ガルウィンとイゾリテはセントミリドガル人の血が交じっているので肌が浅黒だが、髪と目の色はムスペラルバード側の特徴が濃い。あまり大きな声では言えないが、このあたりの要素もまた、ガルウィンに王位継承権が与えられなかった理由に含まれているのだろうと思う。
ジオコーザを見てわかる通り、セントミリドガル王家の人間は金髪碧眼が基本だ。
オグカーバの爺さんはすっかり
だというのに次の国王が突然、琥珀色の髪と緑の瞳、色白とは口が裂けても言えない肌の色をしていたら、色々と大変なことになる。
何故なら、どう見たって正室ではなく
国民だって大半は納得しないだろう。もしガルウィンにセントミリドガルの国王となる未来があるのだとしたら、それは途方もない
「ここが、お母様達の故郷なのですね……」
珍しく、しみじみとした声でイゾリテが呟いた。その瞳は、砂原と空の境界となる地平線を見つめている。
詳しくは知らないが、二人の母親が元ムスペラルバード人だとすれば、オグカーバ国王と出会うまでの道のりは決して平坦なものではなかっただろう。ここで聞くのも
「余裕があればちょっと
答えは当然、前者だ。
「歩きだな。あまり目立ちたくないのもあるが、実際問題シュラトが王位に就いたことでこの国がどう変化しているのかがさっぱりわからん。とりあえずは慎重に様子見だ」
まぁ、エムリスの言った通り最終的に戦闘になるのなら、こんな気遣いは全くの無意味ではあるのだが――だからといって最初から開き直って無茶をするわけにもいかない。昔の俺ならそうしていたかもしれないが、もう短絡的な子供ではないのだ。
「了解です! エムリス様のおかげで暑さも感じませんからね、楽勝ですよ!」
「これも訓練の一環ですね。お二人の〝眷属化〟のおかげで身体能力は強化されていますが、その恩恵がなくなれば私達はただの人間です。普段の積み重ねこそが、ここぞという時に役に立つというものです」
ガルウィンとイゾリテは好意的かつ肯定的に受け止めてくれたようだ。
「……なに嫌そうな顔してんだよ、お前は」
一人、エムリスだけが渋面を作っていたので、思わず俺もしょっぱい対応をしてしまう。
「……いや別に? ボクも慎重を期してここを転移先に選んだわけだしね。特に異論はないさ。まぁちょっと慎重すぎるんじゃないかな? とは思うのだけど、それは敢えて言わないことにしておくよ」
「言ってるやん。思考がダダ漏れやん。嫌味か」
露骨すぎる皮肉に思わず変な口調でツッコミを入れてしまった。ちなみにこの口調は俺が元いた世界の方言であり、かつての仲間ニニーヴの言葉遣いでもある。
「そういうことなら、俺も聞かなかったことにしてやるよ。ほれ、行くぞ」
溜息交じりに言い置き、俺は南に向かって歩き出した。
サラサラと細かく乾いた砂を踏む感触。
そういえば、昔ここに来たときの砂漠キャンプもなかなか楽しかったな、と思い出した。
などと、どうでもいいことを考えながら、俺達は一路ムスペラルバード王都に向かって歩を進めたのだった。
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