●15 〝金剛の闘戦士〟の乱 3




「ふむ。何というか……」


「普通、だね?」


「ええ、いい意味で……普通ですね?」


「むしろ盛況なのでは?」


 王都アトラムハーシスへと近付き、外敵と砂塵混じりの風を防ぐための外壁を越え、中に入った途端の会話である。


 意外なことに内部に入る際のトラブルは一切なかった。


 突然の王位簒奪によって統治者が変わり、国民は混乱しているものと予想していたのだが――


 意外や意外、まったくと言っていいほど十年前に来た時と変わっていない。


 むしろイゾリテが言っているように、盛況さが増したまである。


「どうなってんだ?」


 都門ともんと関所を兼ねた場所を抜けると、すぐに大通りがあり、そこは雑多な市場いちばとなっている。


 幅の広い大きな道が、王都の中央に向かって真っ直ぐ延びており、そこに沿って屋台やら商店やらが建ち並び、多くの人が行き交って賑わっているのだ。


 あちこちから聞こえる呼び込みの声。侃々かんかん諤々がくがくと交わされる値段交渉。逃げる食い逃げ犯と追いかける飲食店の店員。


 もはやお祭り騒ぎである。


 とてもではないが、つい先日、長年続いてきた王家の治世が断ち切られた国の様子だとは思えない。


「ちょっと情報を集めてみようか」


 プカプカと宙に浮かんだエムリスが、興味深そうに雑貨や変な形をした壺などが並べられた屋台を眺めつつ、提案する。おい、情報収集とか言いながら自分の研究に役立ちそうな物を探すつもりじゃないだろうな、お前。


 ともあれ、現状の確認は必須である。


 俺達四人は王都アトラムハーシス北部の大通りに開かれた市場を適当にぶらつきながら、観光客をよそおって話を聞いてみた。


 その結果。


「――なるほど、良くも悪くも【何もしてない】ってことか」


「君臨すれども統治せず、ってやつかな? 考えた上での方針か、それとも面倒くさがっているだけなのかはわからないけれど」


 街の人々に話を聞いたところ、先日の王宮おうきゅう襲撃しゅうげきおよび王位おうい簒奪さんだつによって変わったことは、皆無かいむだという。


 というのも、突如としてムスペラルバード王宮を襲い王位を簒奪した自称〝金剛の闘戦士〟シュラトなる人物は、なんとそのまま前国王が囲っていた後宮ハレムへと引き籠もり、国民の前にまったく顔を見せていないのだ。


 では国家運営はどうなっているのかと言うと、これもそのまま前国王および王家、そして家臣が前体制を維持したまま続けていて、ぶっちゃけた話をすると、国民レベルでは一切の変化がないらしい。


 つまり、国民からすると『国王』という【看板】が変わっただけで中身は一切変わっていない――『店舗を改装したが味はまったく変わっていない定食屋』みたいな状態なのだ。


「何と言いますか、色々な意味でムスペラルバード人にはピッタリのやり方ですね。自分の母上達も、それはもう自由な人でしたし……」


 ガルウィンが幼い頃のことを思い出したのか、苦笑いする。


 国土のほとんどが灼熱しゃくねつの砂漠という過酷かこくな国ムスペラルバードでは、独立どくりつ独歩どっぽ気風きふうが強い。


 国などに頼らずとも自分達だけで生きていってやる――そんな気概もあってか、何ともたくましい国民性がムスペラルバード人の特徴だ。


 そのため国から放置されている方がむしろ都合がよく、彼ら彼女ら黒い肌を持つ人々は、より一層いっそう活発かっぱつに盛り上がっているのかもしれなかった。


「何にせよ、悪い方向に転がっていないというのは僥倖ぎょうこうかと。母上達の故郷が荒廃するようなことにならなくて、私は一安心です」


 恬淡てんたんと、しかし胸に片手を当ててイゾリテは安堵あんどの息を吐いた。


 理由や経緯はどうあれ、本来『王位おうい簒奪さんだつ』というのは乱暴なものだ。人間の肉体で言えば、頭部を引っこ抜いて別のものに取り替えるようなもので、およそ甚大なダメージをまぬがない。


 だが今回の場合、頭をすげ替えるのではなく、簒奪者さんだつしゃ王冠おうかんとなって被さっただけなので、大した問題になっていないのだ。


「しかしな……それならそれで、なんで王宮襲撃なんて真似をしたんだ? その自称シュラトは。しかも後宮ハレムって……いや、もしやとは思うんだが――」


「――ああ、その〝もしや〟かもしれないね。残念なことに……」


 嫌な予感がしたので思わずエムリスに目線を向けると、あっちはやや伏し目がちに、あまり嬉しくない同意をしてくれた。


「…………」


 俺は言葉を失う。


 シュラトが受け持った八悪の因子は〝色欲〟と〝暴食〟。


 此度こたびの件で後宮ハレムと〝色欲〟を繋げないのは、流石に無理のある見方だろう。


 もしかしなくとも〝色欲〟が暴走して王宮を襲わせた――なんて酷い可能性が、色濃くなってきたのである。


「……ひとまず状況はわかった。じゃ、最短距離で行くとするか」


 どうにも嫌な予感しかしないが、こうなったら毒を食らわば皿までだ。


 これといった被害こそ出ていないとはいえ、やっていることが世界を救った英雄にはふさわしくないにも程がある。


 俺はエムリス、ガルウィン、イゾリテに向き直り、告げた。


「直接あいつのところに乗り込むぞ」





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