●14 東国の興り、成長する英雄、新たな最終兵器 8





「……話を戻すが、ヴァルトル将軍。貴様は先程、私に言ったな? 必ずや私に勝利を献上けんじょうすると。根拠はあるのだろうな? あるのならそれを聞かせてみろ」


 会議の間を駆け出ていった武官の足音が聞こえなくなってから、ジオコーザは折れた話の腰を戻した。鋭い眼光を直立不動のヴァルトルに向け、ねっとりと視線を絡ませる。


 だがヴァルトルはわずかも気圧けおされることなく、胸を張った。


「はっ! もちろんであります!」


 部屋の壁をビリビリと震わせる程の胴間声どうまごえを響かせると、途端に声調を落とし、


「――宮廷聖術士ボルガン殿、おられるか?」


 虚空に向かって静かに語りかけた。


 すると、


「ええ、ええ、おりますとも。このボルガン、王国の危機に際して居ても立ってもおられず、気を揉んでいたところでございます。お呼びいただき、まことに感謝」


 妖しい声と共に、会議の間の壁から、ぬう、と黒い影が滲み出てきた。


 頭からすっぽり漆黒しっこく外套がいとうを被った、中肉中背の人影。顔どころか手足も見えず、本当に【中身】があるのかどうかすら朧気おぼろげな、正体不明の男――ボルガン。


 ヴァルトルは頷きを一つ。


けいに問う。昨日より各国や『ぞく』が使用している新兵器……あれらは卿のような聖術にけた者が用いる、いわゆる『聖具せいぐ』ではないか?」


 やにわにの武官と文官らがざわついた。


 東のアルファドラグーンを『魔術国家』とするなら、セントミリドガルは『理術国家』と言える。それらを踏まえて、西のヴァナルライガーを『聖術国家』と呼ぶ向きもある。


 魔術、理術、聖術の技術体系はそれぞれ独立しており、それぞれ交わるところがない。


 引き起こす現象だけで見れば似通っているため、よく知らぬ素人はどれも似たようなものだと思い込みがちだが、蓋を開けば中身は完全に別物である。


 同じ熱でも、光の熱と、炎の熱とでは根本がまるで違う。


 同様に、魔力、理力、聖力はまったく性質の違う存在なのだ。


 ゆえに、理術の隆盛りゅうせいを極めているセントミリドガルにおいては、魔術および聖術に関する知識はほとんど手に入らない。


 そのため、武官も文官も他国の新兵器を『聖具』だと見抜けなかったが――


「これはこれは、流石の目利きでございますね、将軍しょうぐん閣下かっか。ご慧眼けいがん、おみそれしました。よくご存じで」


 クツクツと笑いながら、ボルガンは過剰なまでにヴァルトルを褒めそやす。


 だがヴァルトルは機嫌取りの持ち上げなど歯牙しがにもかけず、


「これはどういうことか。何故、卿の故国は他国や『賊』に兵器を譲渡しているのだ。そして何故、我らセントミリドガルには何の支援もないのか。聖神教会のお偉方は一体何を考えているのか。お聞かせ願いたい」


 眼光がんこう炯々けいけいとして、ヴァルトルは漆黒の人影を見据える。その手はすでに腰にたずさえたつるぎの握りにかかっており、いつでも抜き放てる体勢だ。


 答えの如何いかんによってはたたる――そう言外に宣告していた。


「ええ、ええ、もちろんのこと。このボルガン、まことに遺憾いかんに思っておりますとも。まずは誤解をとくためにも、どうかお耳を拝借はいしゃくさせていただきますれば」


 丁重にへりくだるボルガンだったが、その声音の底には隠しきれない特権意識がうずくまっているように聞こえた。


 どうせお前には私を斬ることなどできまい、とあなどっているかのごとき響きである。


「ならば聞こう。その言い訳とやらを」


 ヴァルトルも敢えてボルガンの言い分を『言い訳』と断じた上で、耳を傾ける姿勢を見せた。


「ありがたき幸せ。それでは、お話いたしましょう。実を言いますと、我ら聖神教会という組織は一枚岩ではございません」


 途端、内部機密であろう話を、ボルガンはあっさりと吐いた。


「現在、教会内には三つの派閥はばつがございます。教皇きょうこう聖下せいかの派閥、総大そうだい司教しきょう台下だいかの派閥、そして枢機卿すうききょう猊下げいかの派閥。そしてこのわたくしめ、聖術士ボルガンは総大そうだい司教しきょう台下だいかの派閥に属しております」


 朗々ろうろうと語られるのは、内部事情の暴露ばくろであった。


 聖神教会においては教皇が最高位。その次に総大司教の地位がある。さらにその下が枢機卿すうききょう――というわけではなく、枢機卿は教皇の補佐役という独立した立場にある。


 実質的には総大司教と枢機卿の地位はほぼ対等であり、故にこそ対立していた。


「そういったわけですので、おそらく他国に兵器――『聖具』の譲渡しているのは教皇派か、もしくは枢機卿派……あるいはその双方でありましょう。――ああ、ご安心を。総大司教派で他国に派遣されているのはわたくし一人でありますれば。間違っても総大司教派がセントミリドガル王国の皆様の敵に回ることはあり得ません。そこのところは、重々ご承知いただければさいわいにございます」


 慇懃いんぎんに、自らがセントミリドガルの味方であることを強調するボルガン。当然、安堵の息をつく者などいない。


 この面貌めんぼうすらようとしてれない男の言葉は、軽佻けいちょう浮薄ふはくの極みだった。


 まるで喋らないはずの道化ピエロが言葉を発しているようで、重さというものをほども感じさせない。


「つまり、自らと聖神教会の総大司教派には一切の非はない、とお前は言いたいのか?」


 ジオコーザが問いを放った。


 鋭い舌鋒ぜっぽうに、ボルガンはゆるやかに首を横に振る。


「いいえ、いいえ、滅相もございません。教皇派と枢機卿派の暗躍あんやくに気付けなかったのは我が不明ふめいでありますれば。ここに謝罪を申し上げます。大変、申し訳ありませんでした」


 上座かみざのジオコーザに向かってうやうやしく頭を下げるボルガン。


「つきましては、ご提案がございます。お詫びと言っては何ですが、このボルガンの属する総大司教派からセントミリドガル王国へ、秘蔵の『聖具』を献上させていただきたく存じます」


 再び、ジオコーザとヴァルトル以外の者がざわついた。


 我が国にも未曾有の新兵器が――という驚愕と歓喜からだ。


 一方、肝心のジオコーザとヴァルトルはと言えば、両者ともにボルガンからの提案がさも当然かのごとき顔をしている。


 むしろ、そうでなければボルガンがこの場に存在する意味がない――そう言うかのように。


「ほう。それはどういうものだ? 言うまでもないだろうが、当然、周辺諸国の虫共が使っているものより強力なのだろうな?」


 言うまでもないと前置きしつつも、そうでなければ許さない、というジオコーザの圧。これに押されたように、ボルガンはさらに深く頭を下げた。


「もちろんでございます。東のアルファドラグーンが使役する聖竜アルファード、北のニルヴァンアイゼンの駆る聖駒せいくヴァニルヨーツン、西のヴァナルライガーが操る聖狼せいろうフェンリルガンズ、南のムスペラルバードがもちいる聖炎せいえんムスペルテイン……ええ、このわたくしめが殿下に献上いたしますのは、いまげたどれよりも強力にして無比! すなわち最強の『聖具』でありますれば!」


 衣擦れの音も高く立て、漆黒の外套の男は両腕を広げる。


「ええ、そうですとも! これさえあれば〝勇者〟など不要! 反逆の大罪人アルサルなどに頼らずとも、世界を支配するに足る力となりましょうぞ!」


 声を張った謎の男は、しかしおもむろに腕を下ろすと、静かな声で告げた。


「その名も――〝聖霊せいれいミドガルズオルム〟」


 んっふふふ、と笑い、こう続ける。


「我ら聖神教会のほこる、強靱きょうじんにして最強――すなわち無敵の『聖具へいき』にございますれば」


 そして、会議の間に集う全員の顔を見渡し、こうくくった。


「どうかご笑覧しょうらんたまわりますよう」









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