●14 東国の興り、成長する英雄、新たな最終兵器 2




 重大な欠陥に気付いた技術者のように、憂慮ゆうりょえない様子だ。


「あー……すまん。具体的に、どういう感じで問題なんだ?」


 エムリスの言いたいことが見えない俺は、素直にそう聞き返した。


 すると、すん、となったエムリスからジト目を向けられた。


「……やれやれ、これだからアルサルは。はぁ……」


 いやいや、理不尽だろ。お前の話し方が本質の輪郭をなぞるようだから、はっきりと明言してくれと言っただけだぞ。勿体ぶった言い回しをしているお前も悪いだろうが。


「いいかい? ボク達は変化する。だから成長する。つまり――【退化】もするし【劣化】もするということなんだ。このボク達が。八悪の因子を宿して【魔王と同じ不変の存在となったボク達が】、だ」


 人差し指の先端を俺に向けて、ズビシ、ズビシ、ズビシと空気を衝くエムリス。


「要するに?」


 俺はわざとらしく首を大きく傾げた。


 とうとうエムリスが半ギレになる。


「ああもうわからない奴だな君はもうっ! ボク達の中にある〝傲慢〟や〝怠惰〟といった因子の影響も限定的じゃあないって話だよっ! 下手したら今以上に因子の影響が出てしまって、ボク達の人格が【八悪に呑み込まれるかもしれない】んだよっ! わかるっ!?」


「…………」


 がーっ、と声を荒げたエムリスの言葉をゆっくり咀嚼そしゃくし、一節一節をしっかり理解していく。


 それから、


「――え? それってヤバくね?」


「だからヤバいって言ってるんだよさっきからぁっ! ボクの話をちゃんと聞いてるのかな!? このおばかっ!!」


 あまり慌てないまま、ようやく要点を理解した俺に、エムリスは勢いよく罵詈雑言をぶつけてきた。いや、このおばか、ってお前。こいつ、昔から頭に血がのぼると語彙ごい貧弱ひんじゃくになるところあるよな。


 とはいえ、さっきも言ったが俺はもう大人だ。ムキになって反論などしないし、つられて慌てることもない。


「落ち着けって。そう大きな声出すなよ。いくらここならガルウィンやイゾリテに聞かれないからって」


 そう、説明が遅れたが、俺とエムリスが今いる場所について話そう。


 亜空間である。


 いや、アイテムボックスの中ではない。


 エムリスが用意した亜空間なのは確かだが、ちょっとおもむきことなる。


 ここはかつて、魔王討伐の旅の際に使っていたテント内に作られた、生活用の亜空間なのだ。


 前に話したと思うが、十年前の旅はやはり過酷だったので、しっかり体と心を休める空間が必要だった。俺はテントと寝袋だけの野営も結構好きだが、それはそれ。


 仲間達も含めて心置きなく心身を休ませるためには、ちゃんとした安全な空間が必要だったのだ。


 それで作られたのが、ここ。テントの内部を出入り口として設定された亜空間は、ちょっとした家――というか屋敷? ぐらいの広さがある。


 なにせキッチンやら洗面所やら風呂やらトイレやら、むしろこの世界の水準を遙かに超える贅沢な設備が整っていて、四人それぞれの個室に加え、リビングルームまで用意されているのだ。


 当時のエムリスはまだ〝怠惰〟の因子を宿す前だったが、それでも自身が作った亜空間のリビングルームでソファに寝そべり、


『あーもー……ボクずっとここにいたいなぁ……』


 と遊園地のパンダみたいにダラダラとしていたほどの快適空間なのである。


「まったく、本当にアルサルときたら。ことの重大さがまったくわかっていないようだねっ!」


 だが、そんな奴が今じゃ同じ場所で頬をリスみたいに膨らませてプリプリと怒っているのだから、時間の流れというのは不思議なものだ。


「おいおい、ちゃんとわかってるって。実際、俺もお前もここ数日で何度も【引っ張られてた】もんな。ヤバいってことはしっかり理解してるって」


 すっかりおかんむりなエムリスをなだめながら、俺は改めて思考を回転させる。


 八悪の因子はその名の通り、善と悪の二つに分けられる概念の片側を象徴するものだ。


 七つの大罪という言葉に聞き覚えはあるだろうか? ならば、それに一つだけ足したものを想像して欲しい。


 俺の持つ〝傲慢〟、〝強欲〟。


 エムリスの〝怠惰〟、〝残虐〟。


 ニニーヴの〝嫉妬〟、〝憤怒〟。


 シュラトの〝暴食〟、〝色欲〟。


 これらを総称として『八悪』と、俺達は呼んでいる。


 七つの大罪と比べると、エムリスの〝残虐〟が追加要素と言えるだろうか。


 細かい説明は割愛するが、これらの因子を宿すことによって俺達は『特別な存在』となり、同じく次元の違う存在だった魔王と対等に戦えるようになった。


 考えてもみて欲しい。


 魔王というのは、呼吸一つで周囲の生命体を死に至らせる正真正銘の化物ばけものだ。


 その体温は数万度というでたらめなもので、魔王城にある特殊なフィールドの中に置いておかないと、魔界そのものが焦熱地獄と化すという天元てんげん突破とっぱっぷり。


 声を放てば致死量の言霊が吹き荒れ、言葉の意味に関係なく物が壊れ、生物は死に絶える。


 もはや生命ではなく、『死の概念』をそのまま形にしたような存在だったのだ。


 まさに【死神】である。


 正直、今でも俺はアイツを魔王と呼ぶのには違和感があって、どっちかというと死神と呼んだ方が正しかったのではないのかと思っている。


 そんな相手に戦いを挑む? いや無理無理。近付くことすら出来ないさ。だって魔王の体温は数万度。きっとその気になれば数十万度から数百万度にまで達するはず。何かする前に蒸発するのがオチだ。あまりにも次元が違いすぎる――


 そう思ったのは、何も俺達だけではない。


 ここではっきりと明言しよう。


 俺達以前の過去の勇者が『魔王討伐に成功した』というのは真っ赤な嘘だ。


 断言する。もし過去に『魔王を殺した』とうそぶく奴がいたなら、そいつは死んだ後、百万回以上は舌を引っこ抜かれる刑に処されるほどの大嘘つきだ。


 人間に魔王は殺せない。


 いな、この次元の世界に生きとし生きるもの全てに、魔王は殺せない。


 文字通り【生きている次元が違う】のだから。


 だから歴代の勇者は魔王を殺すのではなく、【封印する】という手段を取ってきた。


 魔王は俺達が殺すまで、一度も殺されたことはない。ただ何度も封印され、時間が経つ度に復活するのを繰り返していただけなのだ。


 そもそも伝説の勇者が誕生する以前に、西の聖神らが聖竜アルファードという破格の戦力を送り込んでもなお不可能だったのが、魔王討伐なのである。


 次元の壁を越えなければ、魔王を倒すことは叶わない――それが、十年前に俺達が得た結論だった。


 本来なら、俺達も前例にならって魔王を封印する道を選ぶべきだったのだが――


 幸か不幸か、俺達は例外だった。


 魔王を殺せる手段があり、たとえ俺達にとってどれほどつらい道であろうとも、実行が可能であるならば、それを選ばないという選択肢はなかったのだ。


 ――と、いかん。話が大きく逸れてしまった。


 要は俺達と魔王とのあいだにあった、圧倒的にして絶対的な差を埋めてくれたのが『八悪』だ。


 だが、その副作用は知っての通り。


 俺なら性格が〝傲慢〟や〝強欲〟になる時があったり。


 エムリスなら〝怠惰〟の影響でやる気が減衰したり、〝残虐〟によって酷薄さが際立きわだったり。


 それぞれの有している因子によって千差万別だが、要するに【悪影響】が出てしまうのだ。


「――つまりお前はこう言いたいわけだよな? シュラトの乱心は『八悪』の影響じゃないのか、って」


「そう、つまりはね」


 思考の果てに要点を見いだすと、エムリスは脱力気味の吐息を一つ。


 呆れたというより、やっと話が通じた、という感じか。


「因子の影響が限定的、つまり今のボク達ぐらいの状態がデフォルト、もしくは最大だというなら問題はないさ。いや、問題はあるけれど別段大騒ぎするようなことじゃあない。実際、ある程度はコントロールできているわけだからね」


 俺もエムリスも、たまに因子の影響に呑まれて軽い暴走はしかけるが、制止の声が入ったり、これ以上はヤバいってところまで来ると我に返ることが出来ている。


 だから、致命的なミスは起こっていない。


 とりあえず。


 今のところは。


「けれど、ボク達は成長する。変化する。つまり――【因子の影響だって悪化しないとは限らない】んだ。これがどういった事態を引き起こすのか、想像できるかい?」


 もし俺達の有する八悪の因子、それぞれの〝浸食〟が深刻化すればどうなるのか――


 そんなもの、想像にかたくない。


 俺はこれまで以上に〝傲慢〟になり、さらに〝強欲〟によって底なしになった願望を叶えるため行動し始めるだろう。自らの絶対を盲信し、欲望を満たすことだけを考える――もはや怪物モンスターと呼んで然るべき存在になるはずだ。


 あるいは実際の魔王よりも魔王と呼ぶにふさわしい、最低最悪のクズ野郎である。


 エムリスの場合は〝怠惰〟が優勢なら何もしないだけマシだが、もし〝残虐〟が強くなった場合は想像もしたくない。絶対に酷いことになるのは間違いないのだから。


「――最悪、因子に呑み込まれて、人格そのものが変わるって可能性もあるわけ……」


 俺が低い声で呟くと、その通り、とばかりにエムリスが首肯した。


 八悪の因子の影響は、精神にダイレクトにおよぶ。肉体への作用ならどうとでもなるが、頭に直接というのは普通にまずい。


「だから、まだ真偽は定かではないけれど、もし本当にシュラトがムスペラルバードの王位簒奪なんて真似をしたというのなら、彼の持っている〝暴食〟ないし〝色欲〟が本格的に暴走したと見るべきだと思う。少なくともボクには、その可能性しか考えられない」


 真剣な口調でエムリスはそう結論づけた。


 いつかガルウィンやイゾリテが言っていたように、魔王を倒した俺達の力は超絶的で、まさに『最終兵器』と呼ぶにふさわしい。


 そんな俺達が悪の因子に呑み込まれ、我を失って力を振るう――そんな事態になったら、人界は滅茶苦茶になってしまう。


 それこそ今起こっている戦乱など目ではない。人類同士のあらそいなど可愛いものだ。


 暴走した俺達は、その上をロードローラーのごとく容赦なくつぶしていけるのだから。


「これは紛れもなく、人界の危機だ。そうだろう、アルサル」


 エムリスがほのかに青白く輝く瞳で、真っ直ぐ俺を見つめる。


 俺の行動原理を知悉ちしつされているようで少々気に食わないが、言いたいことはわかっているつもりだ。


「……仕方ない。行くか、ムスペラルバード」


 俺は照れ隠しでわざとらしい溜息を吐きながら、そう言った。


 とにもかくにも、シュラトに直接会ってみないことには始まらない。


 この世界の新聞など所詮しょせん人伝ひとづての情報に過ぎないのだ。真偽しんぎのほどは、自らの目で見極めなければならないのである。


「よろしい。それでこそアルサルだよ」


 何故か満足げに笑うエムリス。一体それはなに視点してん台詞せりふなのだ。よくわからんが、上から見下ろされていることだけはわかるぞ。


「しかし、ガルウィンとイゾリテにはなんて説明するか、だな……」


 ことこまかに話そうと思うと、先程の解説のように長ったらしくなってしまう。それに『八悪』については外部世界の概念だ。この世界の住人である二人にどこまで理解できるものか――


「え? 何がだい? 普通にありのまま説明すればいいじゃあないか」


 キョトン、と小首を傾げてエムリスが言うので、今度は俺の方が眉をひそめてしまう。


「お前な……説明できるわけないだろ。一体どこから話せばいいんだよ? そもそもの話、あいつらは【俺達がそれぞれ別の世界から召喚された異世界人だ】ってことすら知らないんだぞ?」


 対外的に、俺達四人の出身はセントミリドガル王国ということになっている。


 が、それは虚偽きょぎである。


 もちろん一般的には秘匿ひとくされているし、ガルウィンやイゾリテですら俺の出身地については気にした様子もなさそうだが。


 実際には俺達は、ある日突然、別々の世界から召喚された異邦人いほうじんなのである。


「……ふむ。確かにそこは説明が面倒くさいね。というか、上手く説明できるわけがない。なにせ、ボク達はもう【過去の記憶を失っているのだから】」


 もっともらしく頷くエムリス。


 さっきの八悪の話に戻るが、魔王のような別次元の存在と対等になる無茶な手法に、何の代償もないわけがない。





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