第3章『熱砂の闘戦士と新たな国王』

●14 東国の興り、成長する英雄、新たな最終兵器 1




 色々とんでもない事態になってきてはいるが、心を落ち着かせるため、ここでひとつ歴史を紐解ひもといてみようと思う。


 五大国筆頭セントミリドガル王国――その東に隣接する大国アルファドラグーンについて。


 かつて魔王が支配し、今なお魔族の領域である『魔界』と隣り合わせの魔術国家――


 この国が何故〝アルファドラグーン〟なる名称で呼ばれているのか。


 賢明な読者諸氏なら既にお気付きかもしれないが、そういったかたもどうか辛抱強く耳を傾けて欲しい。


 もとはといえば、魔界と隣接する危険な地域に人が住むわけもなく、ここいらは広大な未開拓領域であった。


 さもありなん。


 いくら『果ての山脈』と、大昔に張られた大結界『龍脈結界』があるとはいえ、山を一つ越えればそこは人肉じんにくむ魔物の巣窟そうくつなのである。


 そのような土地にこのんで住む変人などおらず、人界の東の地は長らく手つかずの空白地帯だった。


 しかし、とある転機てんきおとずれる。


 西の聖域にまう聖神らが、時の魔王討伐のために『聖竜アルファード』を創造し、『魔の領域』へと進軍させたのだ。


 途端、人界じんかい東端とうたんの未開拓領域は、史上類を見ない激戦区へと変貌へんぼうした。


 もちろんのことながら、聖神の生み出した『聖竜アルファード』はたった一機のみにあらず、なんと千を超える軍勢だったという。


 人界と魔界の境界である『果ての山脈』を越えてきた、魔族まぞく魔物まものの混成軍。


 そして大群をなした『聖竜アルファード』は、人界の東にて凄絶せいぜつ激突げきとつを果たした。


 機械の竜ことアルファードの性能は知っての通り。


 その巨体が故に、そこらの上級魔族など比べものにならないほどの破壊力、機動力を有する――まさに神の作りしたもう『怪物』だ。


 その名『アルファード』とは、『夜空に輝くもっとも美しい星』を意味する言葉だという。


 こののちに生まれる伝説の勇者が〝銀穹ぎんきゅうの勇者〟と呼ばれることになったのは、この聖竜にあやかってのことだったのだろうか。


 真実は知りようもない。


 まさに一騎当千の戦力である聖竜アルファードは、たった千機少々の数で、数百万もの魔王軍と互角以上に渡り合った。


 しかしながら早々に結果から言ってしまうと、この時の会戦は引き分けに終わった。


 魔王軍は手勢の大半を失い、魔界へと撤退。


 アルファードもまた、その三分の一が行動不能となった。


 だが無論、ただ一度の会戦で戦争が終わるはずもなく。


 魔王軍が魔界に引き返してからも、数百体の聖竜アルファードは人界東端の地に残り続けた。


 いずれ到来するであろう、魔王軍の再侵攻に備えるため。


 しかしこの後、一体何があったのか――時の魔王は活動を止め、数百年単位で人界に侵攻することはなかった。


 そのため、待機状態にあったアルファードはそのまま自然に埋もれ、ぼっし、ゆっくりと姿を消していったという。


 やがて、平和になった東の地に人類が足を踏み入れ、開拓を始める。


 その頃にはもう、稼働可能な状態にあったアルファードは全て大地と一体化し、長い眠りについていた。


 聖神がアルファードという聖なる竜を送り込んだ土地――一体どこから情報が漏れたのか、東端の地はそのように呼ばれるようになった。


 アルファードというドラゴンの眠る地――その通称が縮められ、簡略化し、最適化した結果。


 この地はいつしか『アルファドラグーン』と呼ばれるようになったという。


 古い話である。


 まだ〝勇者〟や〝魔道士〟、〝姫巫女〟や〝闘戦士〟と言った『伝説の英雄』が生まれる前の時代。


 まだ、この世界が出来たてで、その方向性すら定まっていなかった時代の話。




 この昔話から得られることで、忘れてはいけないことが一つ。


 それは――


 聖竜アルファードは、〝ドラゴンフォールズの滝〟に眠っていたものだけではなく、まだ他にもたくさん存在するということだ。


 この広いアルファドラグーンの大地のあちこちに。


 今なお点在てんざいして、眠り続けているのである。


 いずれきたる、目覚めの時を待ちながら。




 ■




「やっぱりだ。成長しているんだよ、ボク達」


「は?」


 いきなりエムリスが妙なことを言い出したので、俺は思わず奴の胸元に視線を向けてしまった。


 反射的に。


 しまった、と思った時にはもう手遅れであった。


「――笑顔で聞くけど、アルサル? 今どうしてボクの胸を見たのかな? 成長って言葉を聞いて真っ先に見るのが【ここ】っていうのは、一体全体どういう了見なんだい? ん?」


「いや、待て。違うぞ、誤解だ。決して他意はない。お前の気のせいだ。というか俺は【そこ】だけじゃなくて、お前の全身を見ただろ?」


 慌てて平静を取り繕いながら誤魔化すが、既にエムリスの笑顔は氷点下のそれ。口から吐いた言葉は決して取り消せない。後の祭りである。


 ソファに腰掛けたエムリスの、その細っこい指先が俺の顔を指し示し、


「 炎 」


「ぐわっ!?」


 いきなりの魔力操作で俺の頭に火がいた。


 髪が燃えたとかそんなレベルではなく、文字通り首から上の頭部が炎に包まれたのだ。


「あちゃあちゃあちゃあちゃちゃちゃちゃ――!?」


 ま、言うほど熱くはないのだが目の前が炎に包まれていて、それなりに熱を感じるので、ついついそのように振る舞ってしまう。かつて人間だった時の癖みたいなものだ。


 それなりに慌てて両手で頭や顔を叩き、魔力の炎を振り払う。


 当たり前だが、ちょっと驚いただけで火傷はしていないし、髪の毛だって燃えていない。


 が、しかし。


「――いきなり何しやがるっ!? 俺じゃなかったら洒落になってねぇぞ!?」


「もちろん、君だとわかってやったんだから問題ないよ。レディに失礼な視線を向けたむくいだと知りたまえ」


 俺の抗議を、エムリスは冷然れいぜんとはね除けた。お前が悪い、の一点張りである。


 ふん、と荒い鼻息を吐いてから、


「成長というのは肉体の話ではないよ。それに、ボク達、と言っただろう? ボク個人の話ではなくて、君も含めた四人の話さ」


 折れた話の腰を戻す。


 俺もまた、これ以上しょうもない口論を続けるさとり、改めてエムリスの話に耳を傾けた。


「十年前の俺達四人と、現在いまを比べた際の〝変化〟っつー話だろ?」


 そうスラスラと聞き返せたのは、俺にも多少なりとも【心当たり】があったからだ。


 しかり、とエムリスは頷き、


「その口振りからすると、君も気付いているんだろう?」


「気付いているというか、痛感しているというか……」


 まぁ正直に言えば、ここ最近まではまったく自覚がなかったのだが。


 しかしそれは多分、エムリスとて同様だろう。


「――俺達、【強くなり過ぎじゃね?】」


 そうなのだ。


 先日、『果ての山脈』の向こう側で魔物や魔族と戦った時から、うっすらと感付かんづいてはいたのだ。


 俺もエムリスも、十年前と比べて【格段に強くなっている】――と。


 エムリスは、うんうん、と頷いて同意を示す。


「でも、よく考えてみれば当たり前の話なんだ。十年前のボク達は、誰がどう見ても『未成熟な子供』だった。まだ全然【発展途上】だったんだよ」


 当時の俺達と言えば、十三か十四の少年少女である。


 そんな子供らに世界の命運を任せるなど正気の沙汰ではない――と今になっても思うが、それはさておき。


 俺もエムリスもこの十年間、特に訓練をしたり修行を積むこともなく、ましてや魔物および魔族と戦うことすらなく、ただ平穏に暮らしていた。


 だというのに、だ。


 俺で言えば、魔界でのザコ侯爵――いや、伯爵だったか? 男爵だったか? よく覚えていないが、とにかく略したら『ザコ』だった奴――との戦い、そして聖竜アルファードとの戦闘で、妙な違和感を覚えた。


 ――【弱すぎる】、と。


 俺の魔力感知センサーが馬鹿になっていなければ、あのザコは、かつて激闘を繰り広げた四天してん元帥げんすいに勝るとも劣らない力量を有していたはずだ。


 四天元帥といえば、十年前の俺達が四人がかりでどうにか【一人ずつ】倒したほどの強敵である。


 それがどうだ。先日の俺はそんな相手を、それこそ赤子の手でもひねるように圧倒あっとうしてしまった。


 もちろん、魔王と戦う直前に〝傲慢〟と〝強欲〟という八悪の因子を体内に宿し、【人間をやめてしまった】のも理由の一つではあろう。


 しかし、それだけではないはずだ。


 何故なら、八悪の因子はあくまでも【魔王と同じステージに立つための力】に過ぎず、俺達の能力を劇的に変化させるようなものではなかったのだから。


 であれば――


「あれから十年。ボクは肉体の成長がほぼ止まっているけれど、アルサルは見た目も中身も大人になった。きっとニニーヴやシュラトだってそうだろう。未成熟だったボクらは時を経て成長し、全ての面において進化したんだ。それは当然、体のサイズや筋力だけでなく――理力や魔力、その他の力だってもちろんのことで。そして、【技術】だってそうさ」


 理力や魔力の制御。俺で言えば〝星の権能〟もそうか。


 自身の扱える力の制御が、昔よりも楽というか、綺麗で正確というか。


 とにかく【やりやすい】。


 その上で攻撃を放てば【思った以上に威力が出る】。


 これを『成長』と呼ばずして何と呼ぼうか。


 十三の少年が青年になり、頭脳や体格、体力や精神力が成長したように。


 俺達の『強さ』もまた、大きく成長していたのだ。


「マジか……自分で言うのもなんだが、たった四人で魔王軍を突破して、魔王をぶっ倒したってだけでも充分な強さだったと思うんだが……」


「充分以上さ。そこに八悪の因子まで入ったしね。十年前の力量だけで、ボク達は必要以上の強さを持っていたと思うよ。でも……」


 エムリスはいったん言葉を切り、はぁ、と溜息を吐いた。


「……ボク達は、強くなるのが【早すぎた】んだ」


 採点されたテストの結果を見て、どうしてこんなケアレスミスをしてしまったんだろう、とでも言いたげな声音だった。


「そりゃそうさ。ああ、考えてみれば当たり前の話なのさ。あんな子供が魔王に勝つぐらい強くなったんだ。大人になったらもっと強くなるのは自明の理じゃあないか。しかも、まったく意味のない成長だからねコレ。こんなに強くても、もう戦う相手がいないんだ。ただただ窮屈きゅうくつさが増すだけさ。昨日の君じゃあないけど、不完全燃焼はボク達の【さだめ】になってしまったんだよ」


 はっ、と吐き捨てるようにエムリスは自嘲の笑みを浮かべた。


 我が身の不運を呪うような、世界の構造を恨むような、そんな笑い方である。


 俺も釣られて溜息を吐きたくなるのを我慢して、


「……まぁ、これまでも八悪の因子に耐えながらやってきたんだ。また一つ忍耐しなくちゃならねぇことが増えたってだけの話だろ? それに成長ってんなら、年齢的にもう頭打ちのはずだ。これ以上は成長することもないんだから、よかったじゃないか。これで青天井で強くなっていくってんなら、色々とヤバいことになっていたと思うが」


 話題が話題だけに、我ながら大人になったものである。昔なら感情に流されて俺も一緒に溜息を吐いて愚痴を漏らしていたことだろう。


 だが今は理性りせいまさっている。目の前の問題、課題に対して悟性ごせいをもって対応できるのは、まさに大人のあかしだと言っていいだろう。


 しかし。


「甘い。甘すぎるよ、アルサル」


 エムリスが人差し指をピンと立て、俺の見立てを否定した。


「問題はそう単純じゃない。その程度で流せるほど簡単な話じゃあないんだ」


 眉間みけんしわを寄せて難しい顔をしたエムリスは、硬い声で告げる。


「というと?」


 要領を得ない俺が聞き返すと、


「言っただろう? ボク達は成長している。つまり――【変化している】んだ。一大決心をして、八悪はちあく因子いんしをこの身に宿したというのに――だ」


「…………」


 人間が変化する――そんなことは当たり前の話ではあるが、残念ながら俺達は十年前に【人間をやめている】。


「わかるかい? 魔王を倒すため、不変の存在になるためにボク達は外部がいぶ世界せかいから八悪はちあく因子いんしれ、この世界のことわりから外れた存在になった。だというのに、だよ。存在そのものが不変になっても、肉体的・精神的な変化は止まっていないんだ。まぁ思考して活動できているのだから当たり前の話なのだけどね。本当に不変の存在なら思考も活動もできなくなるんだから。でも、【これじゃあダメなんだよ】。非常にまずいことになっているんだ」


 虫歯のうろを舌でなぞるような顔をするエムリス。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る