●13 聖竜アルファードと宮廷聖術士、突然の凶報 5







 くしてエムリス指導のもと、冒険者上がりのアルファドラグーン兵らには、イゾリテの手による『強制支配ゲアスの魔術』がかけられた。


 これによって多少時間はかかるが、今回の出来事がドレイク国王の耳に入る運びとなった。


 戦争ということで色々と大変だとは思うが、お膝元ひざもとに置いているぐん手綱たづなぐらいはしっかり握っておいて欲しいものだ。


 その後、必要な措置そちを終えた俺達はエムリスの魔術によって飛翔し、〝ドラゴンフォールズの滝〟から、ほど近い森まで吹っ飛んだ聖竜アルファードの回収へと向かった。


 一国の王城とほぼ同じサイズのドラゴン型ロボットは、見るも無惨な姿で大地に横たわっていた。巨体の下で、数え切れないほどの樹木が押し潰されている。


 ただ、それらがクッションの役割を果たしたのもあってか、機械の竜はそこそこ原形を保っていた。


 というか、四肢を含めた各部が壊れて動けなくなっているだけで、微かだが動力部はまだ生きている。耳を澄ませると、小さいが確かな駆動音が聞こえてくるのだ。


「うんうん、いいね。どうやら一番肝心なところは無事なようだ。聖力が主体とはいえ、これだけの巨体を長時間、いや【長期間】稼働させ続けられる機関だからね。どんな仕組みになっているのか興味は尽きないよ」


 一通りアルファードの状態をチェックしたエムリスは、掌で口元を隠しながらそうのたまった。唇が見えないようにしたのは、こみ上げる笑みが我慢できなかったのか、それともよだれでも垂れそうになっていたのか。


 俺のような奴にはよくわからないが、この巨大機械が、その手の人種にとっては垂涎すいぜんモノだということは何となくわかる。


「いいから早く回収するぞ。お前のアイテムボックスに全部入るんだよな?」


「ああ、ボクの用意した亜空間は理論上無限の広さを持つ。色々と越えないといけないハードルと必要な犠牲が多いけど、その気になれば【この世界を丸ごと亜空間に移すことだって可能だよ】。問題ないさ」


 しれっと空恐ろしいことをうそぶいてから、エムリスはストレージの魔術を発動させた。


 これだけの大質量だ。普通なら時間がかかりそうなものだが――しかし、エムリスの魔力の強さと総量は規格外である。正直、かつて肩を並べて一緒に戦ったことのある俺でさえも、今のこいつの底は知れないのだ。


 次の瞬間、城一つぶんの巨体が、瞬く間に亜空間へと転送された。聖竜アルファードの機体が、蜃気楼しんきろうか何かだったかのように消え失せる。


 後に残るのは、むごたらしく押し潰された木々の群れ。広大な森の中、その一部がアルファード型にへこんでいる。


「すごい……一瞬で……」


 エムリスの近くに浮いているイゾリテが、眼下で起こった事象に目を見張る。最近、毎日のようにエムリスから魔術講義を受けているのもあって、この手のことにはかなり理解が深まってきたらしい。


 はっきり言って、魔術師――本人は頑なに〝魔道士〟だと自称するがそれはさておき――としてのエムリスは『異常』の一言に尽きる。


 魔術は原則、詠唱をもって術式を組み立てるものだ。だというのにエムリスは、その気になればどんな魔術でも無詠唱で発動させてしまう。これだけでも、エムリスの異常性がどれほどのものか理解してもらえるだろう。


 優秀であり、天才なのは間違いない。


 しかしだからこそ、『余人のお手本』には向いていない。というか、普通に考えてお手本には絶対にならないし、してはいけないのだ。


 ま、俺も他人ひとのことは言えんのだが。


「ところでアルサル、まさかここからまた徒歩で移動する……なんてことは言いださないだろうね? まさかとは思うんだけど」


 念を押すように『まさか』という言葉を繰り返すエムリス。そうは言いながら、眼差まなざしは疑いのそれだ。


 俺は平静を装い、


「……おいおい、俺を何だと思ってるんだ。いくらなんでもこの状況でのんびり歩いて移動しようだなんて、そんな馬鹿なこと言うわけないだろ。いったん安全な土地まで転移して、移動はそっからだろ?」


「あ、そう。うん、わかっているのならいいのだけどね? いやなに、ボクの知っているストイックなアルサルなら、そんな馬鹿なことを言い出しそうな気がしたからさ。誤解だったのならごめんよ?」


 なおも、じぃぃぃっ、と刺すような視線を向けてくるエムリス。俺は、はっ、と鼻で笑い飛ばし、


「いやいや、俺も大人になったからな。若かった時みたいに、何でもかんでも信念に基づいてやり抜こうだなんて思わないぜ。安心しろよ」


「――ならよかった。じゃあイゾリテ君、今度は転移の魔術の実践訓練といこうか」


 途端、ニッコリと満面の笑みを浮かべたかと思うと、エムリスは矛先を別へと逸らした。


 表情や態度には出さず、しかし内心では、どっ、と冷汗をかく。


 危なかった。ここからは普通に徒歩で移動しようかと思っていたのだ。口に出した通り、十年前と違って俺はもう大人になったのだ。子供じみた言動をしていてはガルウィンやイゾリテに幻滅されてしまう。


 せっかく長い時間をかけて熟成された羨望せんぼうである。俺の馬鹿な言動で幻想を壊してしまうのは、あまりにも忍びない。


 だがエムリスが牽制してくれたおかげで、うっかり空気の読めてない発言をせずに済んだ。


 面と向かっては言えないが、恩に着るぞ、エムリス。


「――そう、イメージした場所とパス――じゃない、通路を繋ぐんだ。この世界はいくつものレイヤー、というか階層に分かれていてね。ボク達が見ている現実世界というのは一枚めくれば、その裏側では理力や魔力、聖力といった様々な〝流れ〟が複雑に絡み合い、循環している。要はその流れに乗って、行きたい場所まで跳躍ちょうやくするんだ。わかるかい?」


 はたで聞いているとさっぱり意味のわからない解説をエムリスがして、うんうん、とイゾリテが熱心に頷きながら耳を傾けている。


 言わんとしていることの表層は理解できるが、その中身はさっぱりだ。しかも時々、エムリスが【前の世界】で使っていた専門用語も混じっている。むしろ理解している節のあるイゾリテの頭脳が明晰すぎるのだ。


 ともあれ、数分後にはイゾリテへの転移魔術の手解てほどきは終了した。




「 彼方かなたから此方こなたへ 此方こなたから彼方かなたへ 時の調しらべにいざなわれ 我ここに至れり 」




 イゾリテの唇から、魔力の籠もった声で詠唱がつむがれていく。


 これまでは基本、エムリスの無詠唱の転移魔術で移動していたので、何だか新鮮な気分だ。




「 刹那せつなにして永遠とわ 永遠とわにして刹那せつな 点と点を結び線となし 線と線を交じらせかいとなし 界と界を合わせてくうせ 」




 魔力の余波で生じたかぜに琥珀色の髪が揺れ、浅黒あさぐろの肌に玉の汗が浮かぶ。


 よほど集中しているのだろう。普段は表情をあまり変えないイゾリテが、見るからに苦しげな顔をしている。


 なんせ初めての転移魔術だ。魔術をほとんど使わない俺にはわからないが、転移魔術の発動が相当困難なものであることは如実に伝わってくる。


 だが、エムリスが評したようにイゾリテも天才の一人だ。


 俺は少しも心配していなかった。




「 空間転移ジョウント 」




 やがて術式の構築が完了するのと同時、転移魔術が発動した。


 突如として目の前が暗転する。


 そして、次の瞬間には視界が明るくなり、見覚えのある風景が飛び込んできた。


「……なんだ、ここに戻ってきたのか」


 特徴的な景観けいかんたりにして、俺はそうつぶやく。


 巨大な機械竜に押し潰された森から一変して、俺の眼前に広がった光景は――


 一言で言えば、温泉街おんせんがい


 そう、数日前に訪れたアルファドラグーン温泉名所の一つ。


 グリーンラグーン温泉であった。




 ■




 翌日。


 せっかく温泉地に戻ってきたのだから、と――特にガルウィンが強硬に主張した――宿を取って一泊した俺達は、食堂で朝食をとりながら、信じられないニュースと対面することとなった。


「……は?」


「……へ?」


 俺とエムリスは朝刊の一面を見た瞬間、ほぼ同時に間抜けな声をこぼした。


 俺はともかく、あのエムリスが『え?』ではなく『へ?』と言ったのだ。驚きのほどがおわかりいただけるだろうか。


「……なん、だ……これ……」


「……いや……意味がわからないよ……」


 俺もエムリスも揃って唖然とする他ない。


 いや、何が書いてあるのかはちゃんとわかっている、意味も理解しているといえば理解している。


 ただ全然、まったく、これっぽっちも、徹頭徹尾てっとうてつび、信じられないだけで。


 新聞の見出しにはデカデカと、こんな文字列がおどっていたのだ。




 ――かつて魔王を倒した〝金剛の闘戦士〟シュラト、大国ムスペラルバードの王位を簒奪さんだつ




 意味がわからなさすぎて、逆にすごい。


 犬からエイリアンが生まれたって話の方がまだ信じられる。


 人の頭というのは、あまりにも予想外すぎる情報を入力されるとフリーズを起こすものらしい。


 俺もエムリスも、デデーン! と大きく書かれた見出しを無言のまま見つめ、しかし次なる情報を求めて目が文章を読んでいく。


 結論から言うと、十年前に俺達と一緒に魔王と戦った〝金剛の闘戦士〟シュラトが、ムスペラルバード王宮を強襲し、王族のことごとくを制圧して力尽くで王位を簒奪したらしい――という内容であった。


 王位簒奪にかかった時間は、たったの四半日しはんにち――つまり六時間足らず。


 いや、実際の武力制圧には一時間もかからなかっただろう。ムスペラルバード王国軍が総出になってもあいつにかなうはずないのだから。


 ほとんどの時間は手続きというか、話し合いという名目の〝脅迫〟に使われたと見るべきだ。


 うん、まぁ、俺とエムリスも似たようなことはやった。


 俺は威圧と銀剣でセントミリドガル王城を割とめちゃくちゃにしたし、エムリスもアルファドラグーン城ではそれなりに無双した。ついでに言えば『果ての山脈』にどでかい風穴を空けた。


 だから、そのあたりについては何も言うまい。というか、言える立場にない。


 しかし。しかし、だ。


「王位を簒奪って……つまり、王様になったってことか? あいつが? あのシュラトが?」


「確か、彼が受け持った因子は〝暴食〟と〝色欲〟だったはずだ。〝強欲〟を受け持ったアルサルが世界征服に乗り出すならともかく、シュラトがこんなことをするなんて……何かの間違いじゃあないのかい?」


 王位簒奪という行為は、俺達の知るシュラトの性格からはあまりにも遠すぎる所業である。


 何かの間違い――つまり誤報ではないのか? と俺とエムリスがいかめしい顔をしていると、




「号外ー! 号外だー!」




 宿の外から騒がしい声が聞こえてきた。


 バッサバッサという紙の擦れる音は、もしかしなくとも号外の新聞を振りいている音だろう。


 緊急性の高い声が、急報の中身を声高に叫ぶ。




「新しくムスペラルバードの王になった〝金剛の闘戦士〟シュラトが、全世界に対して宣戦布告! 世界征服に乗り出したー! 大事件だぞー!」




 なるほど、それは確かに号外を配布するにふさわしい大ニュースである。


 ただの宣戦布告ではない。


 かつて魔王を倒した四英雄の一人が王となり、世界に対して戦争を仕掛けるというのだから。


「「…………」」


 俺もエムリスも無言。


 すぐ近くから、ガルウィンとイゾリテが不安そうな視線を向けてきているのがわかる。が、今はかまってなどいられない。


 改めて、俺はエムリスと目を合わせる。


 ――あのシュラトが、世界征服に乗り出した……?


 この時ばかりは、ガルウィンの大声用に遮音の魔術が展開されていて本当によかったと、心の底から感謝した。


 俺とエムリスはタイミングを合わせて口を開く。




「「――はぁあああああああああああああああああ!?」」




 何がどうなっているのか、さっぱり理解できない叫びであった。









 第2章『魔界騒乱と聖竜覚醒』 完







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