●13 聖竜アルファードと宮廷聖術士、突然の凶報 2







「――!?」


 エムリスが瞬時に組み上げた魔術は瞬く間に世界を改竄し、超常現象を引き起こす。


 頭上に稲妻が走った。


 天空でまたたく閃光。


 紫電しでんが大気を灼く音。


 刹那、何もない空中に光が生まれ、そこから極太の雷電らいでんが落ちた。


 聖竜アルファードめがけて、ジグザグだが一直線に。


『■■■■■■■■■■■――!?』


 唐突に過ぎる落雷に打たれ、アルファードの駆動機関が悲鳴にも似た音響を吐いた。


 閃光と轟音がしばし炸裂を続け、しかし忽然こつぜんと消失する。


 後に残るのは、雷撃に灼き焦がされたアルファードの巨体のみ。


「――っておい、エムリス! お前なに勝手に手出ししてんだ!」


 はたと我に返った俺は、余計な邪魔をしてくれた魔道士に抗議する。


「なにって、君が手こずっているようだから助けてあげただけだよ? それとも、まさか【玩具を横取りされた】とか、そんな子供じみた理由で怒ったりするのかい? 大人になった君が?」


「ぐぬ……」


 展望台で防御魔術を維持したまま攻撃魔術を発動させたエムリスは、こちらに意地の悪い笑みを返す。


 言葉に詰まる俺を見届けてから、聖竜アルファードへと視線を移し、


「って、全然効いてないようだね? 聖竜っていうぐらいだから電撃が効果的だと思ったのだけど……ちゃんと対策されているみたいだ。すごい聖遺物だよ、これ。ニニーヴが見たら喜びそうだね」


 エムリスの言う通り、アルファードの駆動音は微塵も衰えていない。


 先程の〈雷霆一閃ジャッジメント・ケラウノス〉は、それこそアルファードのブレス以上の破壊力を持った雷撃だったはずだ。


 威力のほとんどが巨大な機体に吸われたようだから目に見える被害こそ少ないが、凄まじい電撃は水を伝って何十キロと河川かせんを駆け抜けたことだろう。今頃はあちこちで丸焦げになった魚がプカプカと浮いているに違いない。


『■■■■■■■■■■■■■■――!!』


 だが強烈な電撃も、奴の装甲の表面を灼いただけだったようだ。機体の内部には到達しておらず、よって致命的なダメージにはなり得ない。


「よーし、じゃあ次は――」


「おいおい、まだやるつもりか? もうデカいのぶち込んだだろうが」


「まだ全然足りないよ。というか、この前の戦闘で少し気になることがあったからね、検証しておきたいのさ」


 結構な魔力を籠めた大魔術を行使しておきながら、まだアルファードを攻撃する気満々のエムリスに文句をつけると、奇妙な言葉が返ってきた。


 ――検証? 何の?


「というわけでもう一発――おや?」


 エムリスが片手を挙げて再び魔術を発動させようとしたところ、


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!』


 アルファードの駆動音がひときわ強く鳴り響いた。直後、大きく広げた金属の翼から、キィィィン……! と甲高い音が生まれる。


 飛翔する気か――と思った瞬間には、ごう、と風がいた。


 一国の王城と同等サイズの巨体が、下から蹴っ飛ばされたように宙を飛ぶ。


はん重力じゅうりょくか。ニニーヴが使ってた奴と同じだな」


 あの技術テクノロジーには見覚えがあった。そのため特に驚くことなく、俺は対処する。


「――来い、〝アルデバラン〟」


 ちょっと本気を出そう。〝銀穹ぎんきゅう勇者ゆうしゃ〟としての力を解放し、天空の彼方にある〝星〟の権能けんのうを召喚する。


 呼び寄せるは恒星〝アルデバラン〟。


 俺が召喚する星には種々様々しゅじゅさまざまな側面があり、一つにつき無数の力を有することが多いのだが、この〝アルデバラン〟からは主に『風の虚神きょしん』の権能けんのうを引き出すことが多い。


 空よりも遠い場所に存在する輝星がきらめき、やがて光が落ちてきた。真っ逆さまに落下してくる流星の輝きを全身で受け止めれば、俺の肉体に権能が宿る。


 その上で、


「〈烈風れっぷう波斬はざん〉」


 風の刃を放つ剣理術を発動。星風の権能に、風刃の剣理術を融合させ、銀剣に伝播させる。


「――らぁッ!」


 翼を広げて蒼穹に舞い上がった機械巨竜に向け、そこそこ本気で斬撃を放った。


 転瞬、豪風が巻き起こり、一気に集束して斬撃波と化す。圧縮された大気の刃は光を屈折させ、その形状を可視化した。


 巨大な三日月型の斬撃がまさに疾風のごとく飛翔する。


『■■■■■■■■■■■■■■――!!』


 アルファードとて単に上昇しただけではない。頭上から撃ち下ろしのブレスを放つために宙を飛んだのだ。


 俺の〈烈風れっぷう波斬はざん〉にあわせるように、大口を開いてエネルギーの激流を発射した。


 ちょうど中間距離で、俺の風の斬撃と聖竜のブレスが激突する。


 無論、勝利したのは俺の〈烈風れっぷう波斬はざん〉だった。


 圧縮されて密度の高まった風刃は、下手な金属よりも硬い。当たり前のように疑似竜砲を切り裂き、勢いそのまま宙を駆け抜けた。


 斬。


 とアルファードの右胸から体内に入り、そのまま背中側へと突き抜ける。


 硬い装甲も概念防御をも切り裂き、ついでに背中の片翼も斬り飛ばした。


『■■■■■■■■■■■――!?』


 翼を一つ失ったことでアルファードの飛翔のバランスが崩れた。いびつになった駆動音をまき散らしながら、きりみ回転する巨体が急転直下する。


 そこへ、




「 〈裂空破断ティフォン・インディグネイション〉 」




 急激な魔力の膨張、および魔術の発動。


 耳がおかしくなったのかと思うほど急激な大気の変動。


 次の瞬間、何もない空間に風が渦を巻き始めたかと思うと、瞬く間に巨大な竜巻へと成長した。


 突如として現れた竜巻は一瞬にしてアルファードを越える太さへと膨張し、真っ逆さまに落ちてくる機械竜を丸呑みにした。


 風の龍――そう呼んでも差し支えない規模の竜巻に呑み込まれた聖竜アルファードは、豪風の中で揉みくちゃにされる。


『■■■■■■■■■■■――!?』


 ただでさえ俺の〈烈風れっぷう波斬はざん〉でダメージを喰らっていた上に、ちょう弩級どきゅうの竜巻に振り回されているのだ。アルファードの機体のフレームが歪み、風の刃に切り開かれた傷口から無数の部品が飛び散っていく。


 エムリスの〈裂空破断ティフォン・インディグネイション〉はそのまま落下していくはずだったアルファードの巨体を押しとどめ、さらには持ち上げ、ぐるぐると三次元的な回転をさせながら何処いずこかへと連れ去っていく。


 結論から言えば、超巨大竜巻は機械竜アルファードを〝ドラゴンフォールズの滝〟から少し離れた、深い森の中へと不時着させた。


 せっかくの観光名所である名滝をこれ以上破壊させないように、というエムリスの配慮だったのかもしれないが、結果としてアルファードへのとどめになってしまった。


 駆動音のんだ王城サイズの機械竜が森の中へと墜落ついらくし、地面と激突しても言えぬ音色ねいろ轟音ごうおんひびわたらせたのは、もはや言うまでもない。


 ご臨終りんじゅうの音であった。






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