●13 聖竜アルファードと宮廷聖術士、突然の凶報 1








 ガバッ、と機械仕掛けの竜がでかい口を開いた。


「おっ? やっばいな。エムリス、そっち任せたぞ」


「防御だね、わかるとも」


 流石はエムリス、少ない言葉でも俺の意図いとれなく汲み取ってくれる。


 俺がその場で跳躍ちょうやくするのと同時、エムリスが魔力を解放して防御系の魔術を発動させた。


 詳細しょうさいこそわからないが、竜の形をしたデカブツが口を開いたのだ。直感的に竜砲ドラゴンブレスじみた攻撃が来るだろうことは、小さな子供にだってわかる。


 展望台にはまだ、エムリスやガルウィン達に叩きのめされた軍人達が転がっている。これから始まる戦いの余波を受けて死人でも出たら大変だ。


 ついでにアルファードとやらを操っている指揮官。あいつも一応は庇護ひご対象たいしょうではある。色々と万死に値する行動ばっかりしている気もするが、あれでも人間だ。死なせるのはそれなりに惜しい。


 靴の裏に理術を発動させた跳躍ひとつで、俺の立ち位置は聖竜アルファードの頭を越える。もとより俺のいた展望台は、奴の胸から腹にかけての高さにあった。この程度の距離なら文字通り、ひとっ飛びなのだ。


 真上に跳んだのは、アルファードの照準をそらへ向けるため。


 どうも俺を狙っているようだから、俺が頭上に位置取ればそちらを向くと踏んだのだ。


 空中、高い位置。俺は理術によって宙に立ち、真下にある聖竜アルファードの威容いようを見下ろす。


『■■■■■■■■■■■■■■――!!』


 予想通り膨大な駆動音をとどろかせながら、ドラゴンロボットが鎌首をもたげた。大口を開けたまま空を仰ぎ、喉奥をこちらに向ける。


 さっきからうるさい音は、もしかしなくとも体内のエネルギーを圧縮しているからだろう。まもなく機械竜の口に眩い光が満ちて、攻撃の前兆としての熱波が吹き出るはずだ。


 やっぱり矛先を空へ逸らしておいてよかった。こんなものを地上で発射されたら、せっかくの観光地が台無しになるところだった。


 いやまぁ、肝心の大滝が内側から崩壊してしまっているので、あんまり意味のない気遣いかもしれないが。


『■■■■■!!』


 刹那、アルファードの大口から溢れていた光が爆縮ばくしゅく


 烈光れっこうが炸裂し、破壊力の奔流ほんりゅうが発射された。


 その光景は、さながら地上から天空へと飛翔ひしょうする流星。


 無論のこと、俺には一切通用しないのだが。


「よっ、と」


 右手の銀剣を下から上へと一振り。


 大気――ではなく、空間そのものを切断。


 これにより、俺の目の前に次元断層が生じた。


 光学的な視覚では見えず、認識できないだろうが、確かに空間が断裂し、位相がずれている。


 よってアルファードの疑似イミテーション竜砲ドラゴンブレスは俺の目の前で次元断層へと流れ込み、あらゆる方角に分散、拡散させられた。


 まるで花火のようにエネルギーが四方八方へと爆散する。


 見た感じ、威力は図体に応じて強力だな。同じ大きさの貴族アリストクラットドラゴンと同等か、それ以上のパワーを有しているようだ。


 なら、装甲の方はどうだ?


「じゃ、まずはこんな感じで――」


 エネルギーの波涛はとうがいったん途絶えたところで、右手の銀剣を上段に振りかぶる。


 もちろん、通常のサイズではあの巨体を斬ることなどできない。小人こびとはりを武器にしてぞうと戦うようなものだ。


 故に、俺は銀剣に〝〟を注ぎ込んで刀身を伸長させる。銀光ぎんこうやいばが爆発的に伸び上がり、天をく。


「――どうだ?」


 鞭を振る要領で長大な銀剣を振り下ろし、アルファードの巨体を試し切り。


 銀閃が大きなを描いた。


 いくら強固な装甲を持とうとも、ろくな概念防御も出来ないのならこれで真っ二つだが――


『■■■■■■■■■■■■■■――!!』


 ガリガリと引っ掛かるような手応え。強い抵抗を感じる。


 そのまま銀の斬撃がアルファードの右肩から左脇腹へと駆け抜けた。


 傷は――ほとんどついていない。装甲は綺麗なままだ。


「おっ? ちゃんと概念装甲もついてたか。やるじゃないか」


 これで前の黒瘴竜ミアズマガルムみたいにあっさり終わってしまったら、退屈に過ぎたところである。


 デカいし、硬い。実にいいことだ。


 黒瘴竜ミアズマガルムは指二本分の銀剣ですんなり斬れてしまったが、こいつはデカい図体に合わせて物理的にも概念的にも相当な防御能力を有しているらしい。


 これなら俺も多少は遊べるかもしれない。


「ふははははははっ!! どうだ見たか!! 貴様の攻撃など一切通用しないッ!! どこの馬の骨だか知らんが圧倒的な力の前に叩き潰されるがいいッ!!」


 展望台の指揮官がなにやら勝ち誇っている。言うことがいちいち傲慢ごうまんというか、驕慢きょうまんというか。冗談抜きで、俺と同じように八悪の因子を体内に持ってたりするんじゃないか? まさかとは思うが。


 しかし、所詮は負け犬の遠吠えである。


「――〈牙裂斬がれつざん〉」


 久しぶりに剣理術を発動。銀剣の輝きが強まり、明滅を始める。


 初級の剣理術である〈牙裂斬がれつざん〉は、剣士にとって言わば基本技の一つ。


 基礎中の基礎。よほど頭のおかしな奴に師事しない限り、まず最初に教えられる剣理術がこれだ。


 だからこそ、色々な意味で【バロメーター】となる。


「ふっ……!」


 呼気を一つ。剣理術〈牙裂斬がれつざん〉は刀身に理力を纏わせ、斬撃の威力を上昇させる。ただそれだけの術だ。


 単純にして明快。それだけに効果的な防御や阻害の手段はまずない。シンプル・イズ・ベスト。


 これを発動させるだけで斬撃は、大体にして通常の二倍ぐらいの威力になる。


『■■■■■■■■■■■――!?』


 さっきの袈裟斬けさぎりから、再び腕を上げてのぎゃく袈裟けさ斬り。予想通り、先程とは比べものにならないほどの擦過音が響き渡る。もはや斬撃の音とは思えないほどだ。


「これでもちょっとだけ、か」


 理力で威力を上乗せした分、先程の一撃よりも装甲に傷が入ったようだが、まだ全然浅い。表面をひっかいているだけで、内部にまでダメージが浸透していないのだ。


 故に、


「――〈牙裂連斬がれつれんざん〉」


 応用技を発動させた。


 名前の通り、〈牙裂斬がれつざん〉を連発する剣理術である。


 俺の銀剣が唸りを上げ、餓狼がろうの群れがごとく聖竜アルファードに襲いかかった。耳をろうする激音がとどろく。自分で言うのも何だが、目にも止まらぬ連続攻撃とはこのことだ。


『■■■■■■■■■■■――!?』


 削岩機にも似た大音響と共に、聖竜アルファードの巨体が小刻みに揺れる。俺の剣理術の斬撃に耐えるばかりか、その衝撃さえ物ともしない。


 嵐のごとき連撃を受けながら、アルファードが動く。


『■■■■■!!』


 大きく開いた口を俺に向け、砲撃。巨躯に内蔵された駆動機関ジェネレーターで圧縮されたエネルギーが、大気を灼いて襲い来る。


 多分、当たったところで傷など負わないと思うのだが、だからといって直撃を受けるのも面倒だ。エネルギーの奔流に身を晒すと、服やら髪やらがちょっと鬱陶うっとうしいことになるのだ。


 よって、俺は何もない空間を蹴りつけ回避行動を取る。


 普通の人間だって、傷を負わないとはいえ理由もなく池の中に飛び込みたくはないだろう? 体感的にはそれに似ている。あまり影響がないとはいえ、不快なものは不快なのだ。


 ちなみに黒瘴竜ミアズマガルムとの戦闘時に敢えてドラゴンブレスの直撃を受けたのは、もちろん力の差を見せつける意味もあったが、一番の理由はあれが『決闘』だったからである。


 弱肉強食の世界において黒瘴竜ミアズマガルムのやったことは決して悪ではない。それを『人類の守護者として見過ごせないから』という理由だけで殺すのだから、相手の攻撃を逃げずに受け止めるのは最低限のマナーだ――と、俺はそのように考える。


 だから、奴のブレスを真っ向から受け止めたのだ。


『■■■■■!! ■■■■■!! ■■■■■!! ■■■■■!!』


 アルファードがブレスを連射する。思った以上に機敏な動作だが、やはりサイズがサイズだ。俺から見れば、あくびが出るほど鈍間のろまである。


 一発につき小さな街が一つ吹き飛ぶほどのエネルギーの奔流――理力でも魔力でもない。俺には感知できない力、つまり【聖力】――を疾風しっぷうのごとく回避し、すべて無駄撃ちさせる。


「エネルギー切れはなさそうだな……」


 アルファードの攻撃に一切の加減はない。駆動エネルギーの残量を気にしているようには見えず、よく考えてみれば古代から――何百年? 何千年か?――も絶壁の中で眠っていたというのに、こうして十全に動いているのだ。


 稼働するためのエネルギー源はほぼ無尽蔵だと考えていいだろう。


 と、その時。




「 〈雷霆一閃ジャッジメント・ケラウノス〉 」




 詠唱もなしに大魔術が発動するの感知した。


 何者か、と誰何すいかする必要などない。


 この場で、これだけの魔力を扱える奴など一人しかいない。





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