●12 ドラゴンフォールズの滝と聖具隊 7







 ちょっとかわいそう――などとはまったく全然思わない。こいつは泣いている子供を殴った上、踏みつけにしようとしたのだ。同情の余地は一切ない。


「さて、と。エムリス、お前ドレイク王と連絡は取れるか? 取れるならこの件を――」


「……くっ、くくくっ……!」


 これにて一発いっぱつらしめてやったので、後処理としてアルファドラグーン国王に報告を――と思ったところで、指揮官が不気味な笑い声をひねり出しやがった。


 おいおい、この期に及んでまだ抵抗するつもりか。


 やめとけよ、俺の中の〝傲慢〟が今度こそ止まらないだろうし、エムリスの〝残虐〟だって活性化するかもしれないぞ?


「くくくく……はははははは……ふはぁーはっはっはっはっはっ!!」


 ついには身を起こし、両腕を広げて天を仰ぎながら哄笑こうしょうする指揮官。どうしたどうした、死の恐怖で頭がおかしくなかったか? もしかしなくとも、さっきのはやりすぎだったか?


 突然の豹変に軽く驚いていると、気が狂ったように高笑いしていた指揮官は藍色の軍服の懐をまさぐり、何かを取り出した。


 その手に持つのは――小型のリモコンのような物体。


「――?」


 いや、待て。この世界にあんな物あるか? いや、西のヴァナルライガーのさらに西にある聖神の領域ならあるかもしれないが、人界にはまず存在しないはずだ。そこまで技術テクノロジーが発達していないのだから。


「馬鹿め! 馬鹿め馬鹿め馬鹿め馬鹿めェッ!! 貴様は勘違いをしている!! 盛大になァッ!!」


 どういうわけか、いきなりテンションがクライマックスに入った指揮官が俺に向かって勢いよくえた。


 そう言われてもまったく意味がわからないので、反応のしようがない。


 指揮官は手に持ったリモコンらしき物体を突き出し、


「我らはここに基地を作りに来たわけではない!! ここに眠る【古代兵器】を目覚めさせに来たのだ!!」


「古代兵器?」


 唐突に出てきた奇妙な名称に、俺ではなくエムリスが小首を傾げた。


「そうだ! ここには太古より〝聖なる竜〟の眠りし墓所ぼしょ! 私がこれを操作すれば〝聖なる竜〟は目覚め、周辺一帯は崩壊する! 故に民間人を避難させたのだ!」


「お、そうだったのか」


 なるほど、ちゃんとそれなりの理由があったのか。そいつは悪いことをしたかもしれない――なんて、誰が思うかこの馬鹿。


「だったらそう説明したらよかっただろ。それでお前らの振るった暴力が肯定されるとでも思ってんのか」


「――――」


 俺がたいして驚愕きょうがくもせずで返したことに虚を衝かれたのか、一瞬だけ指揮官が唖然とした表情を見せる。


 が、あくまで一瞬だけのこと。指揮官はすぐ顔を憤怒に歪め、敵意を剥き出しにする。


「ふざけるなッ! 我らアルファドラグーン軍特殊部隊〝セイクリッドギア〟の作戦行動を邪魔しておいて、何を偉そうな口をッ!!」


 だからな、そういった口上はそのままブーメランになって自分に突き刺さるんだぞ、と。本当にわからない奴だな、こいつは。


「もはや問答無用ッ!! 目覚めし太古の〝聖なる竜〟の力で滅びるがいいッッ!!」


 裏返った声で絶叫すると、指揮官はリモコンのボタンの一つを荒々しい手つきで押した。


「ふむ……」


 不意に予感を覚えて、俺はドラゴンフォールズの滝へと視線を向ける。


 古代兵器――〝聖なる竜〟と、奴は言った。


 この大瀑布の中で竜の要素を持つ部分と言えば、やはり『竜の頭岩ドラゴンヘッド・ストーン』だろう。


 ここまで来ると、この後の展開は大体予想がつくだろうが、まぁ気長に付き合って欲しい。


 案の定、辺り一帯が不気味な震動しんどうつつまれた。


 重苦しい鳴動めいどう。大地が揺れ、瀑布の流れが乱れ、空中にいくつものにじの花が咲く。


 次いで、岩の砕ける音が連鎖的に生じた。


 何かが動き出そうとしている――そう、言うまでもなく指揮官の言うところの〝聖なる竜〟が目覚めようとしているのだ。


 大滝を形作っている断崖絶壁のあちこちに、深く長い亀裂がいくつも走る。稲妻のように疾走するひびれは、やがて『竜の頭岩ドラゴンヘッド・ストーン』へと達した。


 臨界を越える。


 次の瞬間、岩壁がんぺきの封印を内側から打ち砕き、〝聖なる竜〟とやらが脱皮だっぴするように出現した。


『■■■■■■■■■■■■■■――!!』


 言葉に出来ない不可思議な雄叫び。天然自然のものでないことだけが、耳障りからわかる。


 それも当然のこと。実際には雄叫びでも何でもない。


 空気エア吸気音きゅうきおんなのだ。


「――――」


 しかしながら、俺はさほど戸惑うことなく、平静な気持ちでなりゆきを見守る。


 ガラガラと剥がれ落ちていく岩の塊。


 その中から現れたのは――鋼鉄の色。


 刹那、空中にいくつもの光が走り、赤や青、黄色や緑といった光のワイヤーフレームが浮かび上がった。


 メッセージウィンドウ、だろうか。文字列の流れが速すぎて目で追うのが面倒くさいが、どうやらシステマチックな処理メッセージが流れているらしい。


 もうこの時点で大体の察しはつくだろう。


 そう――ドラゴンフォールズの滝の絶壁の中に眠っていたのは、〝機械の竜〟だったのだ。


『■■■■■■■■■■■■■■――!!』


 竜型の頭部、大きく開いたあぎとの奥から溢れ出るのは、内蔵された駆動機関ジェネレーターの咆吼か。


 機械の竜――起動させた奴が言うところには〝聖なる竜〟なるドラゴン型ロボットは、岩を砕き、瀑布を装甲で弾いて飛び散らせ、陽光ようこう虹色にじいろおびきらめかせながら、おもむろに動き出す。


 さっきまで『竜の頭岩ドラゴンヘッド・ストーン』だった頭部、その両目から、グボォン、と鮮血せんけつのごとく真っ赤な光が放たれた。


「ふぅはぁーはっはっはっはっはっ!! 見たか!! どうだァ!! 恐れおののけ!! これぞ古代兵器!! これぞ太古の聖竜せいりゅう!! かつて魔王と戦った聖神の遺産!! 我がアルファドラグーンの国名の由来となった存在!!」


 喉も裂けんばかりに指揮官は笑い、そして叫ぶ。


 さっきの聖具隊をけしかけた時と同じテンションだ。自らの優位を、勝利を心の底から確信し、疑わないでいる。


「その名も〝アルファード〟!! 〝聖竜アルファード〟だぁ――――――――ッッッ!!!!」


 拳を突き上げながら高らかにうたった名前は、いつかどこかで聞いたような響きをしていた。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!』


 唸り声じみた吸気音に、どこかジェットエンジンの排気音エキゾーストにも似た響きが混じる。聖竜アルファードとやらの起動シークエンスが終盤へと差し掛かっているのだろう。


 俺が無感動のままその光景を見つめていると、不意にアルファードの装甲の色が変わった。


 鈍色にびいろとしかいいようのない鋼鉄の色から、目の覚めるような鮮烈せんれつな『あお』に。


「おお、かっこいいな」


 普通に賞賛の声が出た。何がどうなっているのかよくわからないが、とにかく特殊な装甲らしいということだけはわかった。


「それで、どうするんだい? アルサル」


「んー……どうするたってなぁ……」


 いつの間にやら俺の近くまで来ていたエムリスが、悠然と空飛ぶ本に腰掛けたまま問うてくる。


 こうなったら、どうもこうもない。


 あっちはやる気満々だ。


 受けて立つ他に、出来ることなど何もないだろうに。


「うーん。こうして見ると、なかなかの大きさだね。流石に竜公ほどじゃあないと思うけれど」


「ああ、アルファドラグーン城と同じぐらいか? またとんでもないものを作ったもんだな、昔の神様は」


 先述の通り、ドラゴンフォールズの滝の高さは、アルファドラグーン王城と同程度。


 そんな大滝を形成する断崖絶壁の中で眠っていた〝聖竜アルファード〟は、もはや動く王城と言っても過言ではない。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!』


 ついに全身にまとわりついていた岩盤をふるい落とした聖竜アルファードは、巨体を大きく前方にたわめ、背中に備え付けられた巨大な翼を一気に開いた。


 周囲の岩壁がんぺきがさらに崩壊し、烈風が吹きすさび、瓦礫や土砂が勢いよく飛散する。


「やれぇッ!! アルファードォッ!! 不遜ふそんやからを踏み潰せぇぇぇぇッ!!」


 手にしたリモコンを振り回しながら、指揮官が命令なのか野次なのかよくわからない声を飛ばす。あいつアレでよく軍隊の中で出世できたな。〝傲慢〟の因子を持つ俺よりもひどいぞ、どう見たって。


 しかしながら、指揮官がそのように操作したのか、それともリモコンにマイクでもついていて音声による指令コマンドが入力されたのか。


 実際にアルファードの煌々こうこうと輝く真紅のアイレンズが、不意にこちらを見た。


「――――」


 わかる。聖竜の中身は機械で、非生命体で、巨体を動かしているのはAIだろうが――それでもわかる。


 あの目はこっちを照準している目だ。


 獲物を定めた捕食者の視線だ。


「やれやれ……」


 永い眠りについていたっていうのに、目覚めてすぐにちゃんと動くとは。なんとも優秀なロボットじゃないか。


 まったく面倒くさい。


「一体何がどうなってるのやら、だな」


 観光に来たら巨大な竜型ロボットと対峙することになった――一言にしてしまうと、なんという超展開であろうか。


 思わず笑いが込み上げてくる。


「仕方ない、乗りかかった舟ってやつだ。しっかり最後まで筋を通させてもらおうか」


 俺は全身の輝紋きもん励起れいきさせ、右手に銀色のきらめきを収斂しゅうれんさせる。


 この手に握るは銀光の刃――即ち〝銀剣〟。


「古代兵器だか何だが知らんが――」


 絶対切断の概念たるそれをたずさえ、俺は巨大な機械の竜――〝聖竜アルファード〟に向かってこううそぶいた。


「――勇者を舐めるなよ?」






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