●12 ドラゴンフォールズの滝と聖具隊 6






 俺はニコニコしたまま指揮官ににじり寄り、おもむろに片足を上げる。


 そのまま前蹴りを一発、奴が握っている手すりにぶち込んだ。


「うおっ!? おおおおおおおおおっ!?」


 いわゆるヤクザキックを受けた金属製の手すりは、あっさりと千切れた。力尽くで破断させられた結果、手すりを頼りに立っていた指揮官の体が大きく揺らぐ。滝壺の方へとかたむいていく。


「今のうちに手を離した方がいいぞ? そっち側にもう一回ぶち込めば、お前の体重がかかったままだと下に落ちちまうからな」


 指揮官の立ち位置はとっくに崖っぷちだ。色々な意味で。


 滝壺から巻き上がる水飛沫が肌に心地いい。そんな中、指揮官はなおも傾いた手すりを握ったまま、不安定な体勢で俺を睨みつける。


「貴様ぁ……!! 一体何者だ! 何のつもりでこのような馬鹿な真似を――」


「馬鹿はお前だろうが」


 俺は無造作に手を伸ばし、指揮官の胸ぐらを掴んだ。滝壺に落ちかけていた体を引き寄せ、顔を近付ける。


「お前こそ何のつもりだよ? こちとら仲間と一緒に楽しい観光旅行してたところだったんだぜ? そいつをいきなりやってきて台無しにしてくれたのは、一体どこのどいつだ? ええ?」


「ぐっ……!」


 凄みを利かせた途端、指揮官の気勢きぜいが目に見えて減じた。まだ〝威圧〟もしていないんだけどな。やはり自慢の聖具がまるで通用していないというのが効いているのだろうか。


「いくら戦争中でもやっていいことと悪いことがあるだろうが。これ、誰の命令だ? ドレイク王か? それとも将軍か?」


「…………」


 指揮官は目を逸らして、黙秘する。まぁこの場合、こいつの上流が発案者であることは間違いないのだが。


 とはいえ、ドレイク王がこんな稚拙な手法を指示するとは考えにくい。実際に顔を合わせたからわかるが、あれはかなり聡明な人物だ。道理を理解しているし、相当そうとうあたまがキレる。


 であれば、これは軍のトップである将軍の命令か、こいつの独断かのどちらかだ。


「こんなやり方、誰に許可を取ったんだ? 普通ならちゃんとした手続きがあるだろ。お前の独断か?」


「――……」


 独断か、と尋ねたところ微妙な反応があった。


「そうか、お前の独断だな。よくわかった」


 俺が頷くと、指揮官が胸ぐらを掴まれた状態で振り向き、また喚いた。


「だ、だったらどうだと言うのだ! 兵は詭道なり! 兵は拙速せっそくとうとぶ! そして巧遅こうちは拙速にしかず! 私は私の裁量さいりょうで、最善の道を選択したまでだ!!」


 開き直りやがった。いいさ、それならそれで。俺も元軍人、言いたいことはわかるつもりだ。


「あっそ。じゃあ俺もそうしようか」


「うおっ!?」


 ぐいっ、と胸ぐらを掴み上げて、指揮官の足を地面から離れさせる。宙に浮く形になった体を、滝壺の方へと移動させた。


 そのまま足を進め、俺は展望台の端に立つ。


 ここで手を離せば、指揮官は滝壺へと真っ逆さまという位置だ。


「俺も俺の裁量で最善だと思う選択をする。文句ないよな?」


「な、何を――!?」


「何をするつもりかって? いや見りゃわかんだろ。お前をここから落とすんだよ」


 この状況で他にすることがあるというなら、逆に教えてもらいたいものだ。


「き、貴様、そんなことをしてただで済むと――!?」


「お前こそ俺達の観光の邪魔をしてただで済むと思ってんのか? おめでたい頭してんな」


 指揮官の言葉を遮って、俺は言う。


「もうわかっただろ? 俺達は【お前らより強い】。暴力で勝負するってんなら俺達の勝ちだ。お前らが他の客にやったように『力尽くで追い出す』ってのが正義だってんなら、俺達がお前らを実力で排除するのも正義ってことだ。違うか」


「や、やめろ、離せっ――!」


「離していいのか?」


 パッ、と手を離す。すると当然、指揮官の体は重力に引かれて下へ落ちる。


「――ぁあああああああああっ!?」


「おっと」


 落ちる速度に合わせて俺もしゃがみ込み、ギリギリのタイミングで再び胸ぐらを掴む。地面に跳ねるボールみたいに、立ち上がりながら持ち上げ、


「えらい悲鳴が上がったな? 離さない方がよかったか?」


「あ、あ、あ……!」


 一瞬とは言え死の淵を味わったせいか、宙に浮く指揮官の体が小刻みに震える。呼吸も不規則になって、声ならぬ声がスタッカートを刻む。


「で、何だっけか? お前らの言っていたこと。〝とっとと消えろ〟、〝力尽くで追い出されたいのか〟、〝自分たちにはお前らを殺す権限が与えられている〟……だっけか? そっくりそのまま返してやろうか?」


「ぐっ、うぅぅぅ……!!」


 また落とされるかもしれない、と思ったのか。指揮官は胸ぐらを掴む俺の腕に両手でつかまり、うめき声を漏らす。


「他にも〝お前らの命運は尽きた〟、〝潔くあの世へ逝け〟、〝抵抗するなら殺しても構わない〟、だったか? すごいブーメランだな。お前、ここで俺に殺されても文句が言えない台詞せりふのオンパレードだぞ。もしかして、自分だけは何があっても絶対に殺されないみたいな根拠のない自信があったのか? いるんだよなぁ、権力とかそういうのに酔って現実が見えなくなる奴って」


 パッ、と手を離して落とす。


「うぉおおおおあああああああっっ!?」


 で、またギリギリでつかまえて持ち上げる。ほんの一瞬とは言え【命が宙に浮く】というのはも言えない感覚だろう。ましてや不意打ちとあっては。


「はぁ……はぁ……はぁ……っ……!!」


 指揮官の息が乱れる。全身から脂汗のにじむ気配。


「言っておくけど、普通に死ぬぞお前? 俺からすればうらやましいことにな。だから今度なめた口ききやがったら本気で落とす。さぁ、どうだ? どう思う? 今、どんな気分だ?」


 まぁ言っても詮無きことではあるのだが、今の俺の気分としてはそう尋ねてあおりたくなってしまう。ああ、いかんな。俺の中の〝傲慢〟の因子が調子に乗ってやがる。ここらで切り上げておくか。


 俺は、ふぅぅぅ、と深い溜息を吐いて自己制御セルフコントロール。気を取り直して、


「――とまぁ、これが【お前らのやったこと】だよ。自分らがどんだけひどいことしてたか自覚できたか? 他人を暴力で脅しつけて、言うことを聞かないと殺すぞ、と死の恐怖をチラつかせて命令を聞かせる……やってる方が楽しいかもしれんが、やられる方はたまったものじゃないだろう?」


 無論のこと、はいそうですね申し訳ありません、なんて返答を期待していたわけではない。だから俺は指揮官の返事も待たず、その体を適当に放り投げた。


 展望台の中央に向かって。


「ぐはっ!?」


 体が恐怖で強張こわばっていたせいか、指揮官は受け身も取れずに地面に打ちつけられた。そのまま陸に上がったアザラシみたいに悶絶する。


「ほれ、見てみろよ。お前の自慢の聖具隊とやらも、あの通りだ」


 多少ダメージが回復する頃を見計らって、俺はあごでエムリスやガルウィン、イゾリテ達のいる方角を示す。


 指揮官が言われるがまま顔を上げると、そこにはコテンパンにされた白い鎧や藍色の軍服が転がっていた。


 エムリスは当然のことながら、ガルウィンとイゾリテも危なげなく聖具を身につけた連中相手に勝利できたようだ。うんうん、流石は俺の教え子にして我らが眷属である。顔には出さないが、ちょっと以上に誇らしい。


「ば、馬鹿な……」


 もはや指揮官の声音に力はなかった。絶望感に満ちた口調で呟くと、ゆっくりと身を起こし、しかし四つん這いのまま動かなくなる。





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