●12 ドラゴンフォールズの滝と聖具隊 5







 肩にかかった長い髪――陽の下にいるので青みが存分にえているそれを片手で払いつつ、ほのかに青白く輝く瞳で聖具隊をまじまじと見つめ、


「魔力や理力を吸収して分散する金属……ね。それぞれ魔力や理力を吸収して分散させる特性を持つ鉱石なら知ってるけど、両方っていうのは初めて聞いたよ。どんな石を使っているのかな? 合金ごうきん? それとも新種? 実に興味深い。ちょっとボクにも触らせてくれないか?」


 そう言って、無防備に手を伸ばす。エムリスの尻を乗せた大判の本がまっすぐ前へ進み、聖具隊との距離を縮める。華奢きゃしゃな少女だと思ってあなどっているのだろう。白い鎧を着た奴らは身構えたまま、微動だにしない。


 ぴとり、とほっそりとした五指が、先頭にいた聖具隊の鎧に触れた。


 次の瞬間、ざぁ、と音を立てて、純白の鎧が【砂と化して崩れ落ちた】。


「――!? な……!?」


 自慢の鎧が突然、手品のように粉々こなごなくだけて剥がれ落ちてしまった男は、瞠目してうめき声を上げる。


 砂漠のそれのようにサラサラになった聖具の鎧は、男のインナーの上を滑って足下にこんもりと山を作った。男も、その聖具隊の仲間達も揃って、変わり果てた姿になった鎧に視線を注ぐ。


「おや? なんだ、つまらないね。この程度の魔力を注入しただけで飽和して崩壊してしまうだなんて。拍子抜けもいいところだよ」


 はぁぁぁ、と残念そうに深い溜息を吐くエムリス。心底がっかりしている様子だ。


 どうやら『触らしてくれ』のついでに自分の魔力を鎧に籠めてみたらしい。それがあっさり鎧、というか装甲を構成している金属の許容量キャパシティを超過した結果、崩壊現象が起こってしまったのだろう。


「な――なにを……ナニをした貴様らぁっ!?」


 滝の方角から指揮官の叫びが聞こえる。そりゃさっきまで散々自慢していた聖具が、エムリスみたいな少女にふれれられただけでちりと化してしまったのだ。びっくりするのも当然である。


「ば、バカな……!?」「な、なんだ……!?」「一体なにが……!?」「おいおいどういうことだ!?」「飽和? 崩壊だと……!?」


 当たり前だが、エムリスの前に並んでいる他の聖具隊の奴らも動揺どうようしまくりである。つい先刻イゾリテの『炎の矢』を弾き返して、どこかドヤっている雰囲気があったのだが、それもすっかり雲散うんさん霧消むしょうしていた。


 では、今度は俺の番かな?


「うんうん、魔力の吸収量はたいしたことがなくて? でも、装甲の硬さの方はどうなんだ?」


 宙に浮いているエムリスの脇を抜けて、聖具隊に近寄る。鎧を失った奴は無視して、その隣のメンバーに照準を合わせた。


「よっ。ちょっと悪いが、試させてくれな?」


 笑顔で片手を挙げ、朗らかに挨拶しながら接近する。


「え? あ、えっ? えっ?」


 エムリスの所業にうろたえているところだったので、赤熱したヒートブレイドを構えているそいつは、しかし無抵抗のまま俺の肉薄を許した。


 挨拶のために挙げた片手をそのまま白い鎧の肩部分にのせ、


「ほっ、と」


 空いた片手でこぶしを握り、軽く手加減してボディーブローをぶち込む。


 ごおんっ! とかねをついたような音が響き渡った。


 手応えあり。


 バキンッ、と音を立てて聖具の鎧が砕けた。


「――が、はっ……!?」


「おっと? 悪いな、衝撃が中にまでいっちまったか」


 加減したつもりだったが、ちょっと漏れてしまったようだ。破壊力の大半は鎧が吸収したようだが、ほんの一部が中の奴に伝播してしまい、頭がガクンと崩れ落ちる。申し訳ないが、気絶させてしまったらしい。


「おっと、危ない危ない」


 力を失った聖具隊が倒れる際、構えていたヒートブレイドの柄を咄嗟に受け止める。赤熱した状態のこれを適当に放置したら、エムリスやイゾリテに当たりかねない。俺はそいつの手から素早くヒートブレイドを奪ってから、地面に倒れさせた。


 転がった拍子に、ガシャガシャと砕けた鎧がそこらに散らばる。エムリスの魔力を受けて砂になったやつとは違って、俺の拳を受けた鎧は割れたガラスか鏡のような砕け方だった。カララン、と硬く空っぽな音が鳴る。


「おい、ガルウィン。こっち使ってみろ!」


 ふと思い立ち、俺は手にしたヒートブレイドをガルウィンめがけて放り投げた。無造作に過ぎる行為だが、まぁガルウィンなら問題あるまい。


「――! はいっ!」


 予想通り、ガルウィンは華麗に跳躍して俺の投げたヒートブレイドの柄を見事に掴み取った。空中で一回転ターンを決めてから着地する。


 その姿を見届けてから、俺は指揮官に顔を向け、


「なぁ、ひとつ聞きたいんだが、そのヒートブレイドとやらは『どんなものでも断ち切る灼熱しゃくねつやいば。その斬撃を防ぐことのできる防具など存在しない』んだろ? じゃあ、そいつでお前ら自慢の鎧に斬りかかったら一体どうなるんだ?」


「な……っ!?」


 まさに『矛盾』である。最強の矛と盾、まぁ今回は鎧だが、双方をぶつければどっちが勝つのか?


「――いいですね!! さっそく試してみましょうか!!」


 宝剣セントミリドガルを鞘に戻したガルウィンが、俺から受け取ったヒートブレイドを両手で構える。持ち主が変わっても刀身は赤熱したままで、どうやら『解放抜刀』とやらは続いているようだ。


 これで、少なくとも武器は同格となった。後はガルウィンの剣技があれば何とかなるだろう。


「悪い、エムリス。こっちは任せた」


「ええー? ボクちょっと怠いんだけど」


「おいおい、こっちに関してはお前が先に手を出したんだろ?」


「むむむ……言われてみれば確かにそうだけれど……」


「いいじゃないか、砕かずに聖具を持ち帰れば、お前の研究の足しになるかもしれないだろ?」


「――仕方ない。そういうことにしておこうか」


 少々ごねられたが、目の前の連中をエムリスになすりつけることが出来た。これでエムリスが聖具隊の半分、もう半分は――


「イゾリテ、ガルウィンの補佐に入ってやれ。支援理術、ちゃんと使えるよな?」


「かしこまりました」


 これでよし。攻撃用の魔術や理術が通じなくとも、イゾリテの支援理術でガルウィンの能力を増幅させれば充分以上のはずだ。


 これで、俺は心置きなく指揮官と【お話】が出来る。


 ドクン、と俺の中の〝傲慢〟が強く脈打った。


 ああ、そうとも。さっきも言ったが、軍人でありながら自国の民、それも子供を殴りつけた上、さらに追撃で踏み潰そうとしていた相手である。


 万死に値する――とは言ったが、流石に殺すつもりはない。


 殺すつもりはないが――【相応の報い】は受けてもらわないとな、やっぱ。


 俺は悠然と手すり近くにいる指揮官へと歩み寄っていく。


「さて、じゃあ君達にはすぐに眠ってもらおうかな?」


「いくぞっ!! どこからでもかかってこいっ!!」


 背後から、エムリスとガルウィンの戦闘開始の声が聞こえてきた。そこに白い鎧の聖具隊と、藍色の軍人らの周章しゅうしょう狼狽ろうばいした叫びが混じる。ま、相手が百人ぐらいとはいえ、魔物に比べたら基本的にザコだ。制圧するのに一分とかかるまい。


「な――なんだ、なんなんだ貴様は!?」


 俺の接近に気付いた指揮官は、しかし未だガルウィンの飛び蹴りを受けたダメージが回復しきらないのか、手すりを頼りにプルプルと震えて立っている。逃げたくとも逃げられないのだろう。


「く、来るな……! 来るんじゃあないッ!!」


 必死の形相で、唾を飛ばしてわめく。エムリスに続き、俺が素手で白い鎧を砕くところを見ていたからだろう。あからさまに恐怖している。


「まーまー、話をしようじゃないか。俺はアルサルってんだけど、お前さんは? 名前聞いてもいいよな?」


「き、貴様などに名乗る筋合いなどないっ!!」


 おいおい、せっかくフレンドリーに接してやってるってのに、なんだその態度は。まぁ俺も礼儀正しい態度を取っているとは言いがたいから、別にいいんだが。


「改めて確認するが、お前達はここを占拠したいんだよな? セントミリドガルや他国との戦争のために。そうだよな?」


「答える義理はないっ!!」


 なかなかにかたくなだが、まぁ、それもよかろう。軍人たる者、容易に機密を漏らしてはいけないからな。褒めてやろうとは思わないが、その根性だけは認めてやろう。


「そうかそうか、じゃあ『話し合い』は無理ってことでいいか?」






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