●12 ドラゴンフォールズの滝と聖具隊 4






 これによって軍人らの神経にヤスリがかけられたらしく、全員の体が小さく跳ねた。


「――聖具せいぐたい、前へ!」


 俺の前にいる男もその一人で、頭のスイッチが切り替わったかのごとく俊敏に動いた。片手を挙げて指示を飛ばし、素早く後方へ飛び退く。


 すると、藍色の軍服を着た連中が後ろに下がって、反対に白い鎧を身につけた奴らが前へと出てきた。さらには腰に下げていた剣を抜き、身構える。


 無論、ガルウィンの近くにいる奴らも同様の動きを取っていた。


「アルサル様、お下がりください。この場は私が――!」


 すかさずイゾリテが俺の前に割り込んできた。早くも全身から魔力の波が立ちのぼり、臨戦態勢に入っている。俺の部隊で鍛えたわけでもないのに、軍人顔負けの判断力と行動力だ。


「 炎の矢 」


 イゾリテの唇から素早く言霊ことだまが紡がれた。先日の十二魔天将とやらの戦いでエムリスが見せたのと同じ、魔術未満の魔力操作である。


 刹那、前へ突き出したイゾリテの掌に火炎が宿った。相手は魔物ではなく人間だ。手加減のため詠唱を必要としない攻撃を選んだのだろう。


「はっ!」


 気合いの声が引き金となった。イゾリテの掌から子供の頭ぐらいの火炎弾が連続で発射され、白い鎧を着込んだ集団に襲いかかる。


『――!?』


 瞬間、白い鎧の連中が明らかに怯んだ。


 手加減しているとは言え、エムリスの〝眷属化〟によってイゾリテの魔力の強さと総量は、人間でもトップクラス――下手すれば頂点に位置するレベルになっている。


 故に、その『炎の矢』は当たり所が悪ければ死ぬ可能性すらある強烈な攻撃となる――はずだったが。


「な……!?」


 魔力の籠もった火炎弾は質量を持つ。故に『炎の矢』の直撃を受けた白い鎧の奴らはてっきり吹き飛ぶものと思っていたが――


 白い鎧に『炎の矢』が当たった瞬間、むしろ火炎弾の方が千々ちぢに砕けて飛び散ったのである。


「魔力がはねけられた……!?」


 無意識にだろう。イゾリテがそう口走った。


 そう、十連続で発射された『炎の矢』はすべて、純白の装甲に触れた途端、水か何かのようにあっさりと弾け飛んでしまったのである。


 同じ頃、ガルウィンのいる方向からも甲高い金属音が響いた。


「な……刃が欠けた……!?」


 愕然とする声。白い鎧の軍人らが剣を抜いたため、ガルウィンもまた宝剣セントミリドガルを鞘から出していたのだが、隙をついて放った斬撃があえなく純白の装甲に阻まれたのだ。


 しかも言葉通り、魔物をすんなり両断していた宝剣の刀身が明らかに刃毀はこぼれしている。


 咄嗟に後ろへ退しさり、距離を取るガルウィン。牽制けんせいのために兵士の腕甲を狙ったようだが、それが功を奏して充分以上に間合いを開くことが出来たようだ。


「はーっはっはっはっはっ!! 馬鹿め! それは聖具せいぐ! 我が国の宮廷聖術士が用意した特別製の鎧だ! 貴様らのような一般人の攻撃が通用するものか!!」


 高らかに響くのは指揮官の笑い声。鬼の首を取ったように勝ち誇る。


「聖具……? アルサル、聖具って確か……」


「ああ、ヴァナルライガーってか、聖神教会ゆかりのやつだよな?」


 エムリスの問いに、俺は記憶の棚から引っ張り出した知識で答える。


 聖具というのは、言葉そのままの意味だ。聖神による加護が与えられた、聖なる道具どうぐ、あるいは武具ぶぐ


 俺達の仲間だった〝白聖の姫巫女〟ニニーヴがよく使用していたものだ。


 なので、俺達にとっては充分以上に馴染みのある名称である。


 しかし。


「なんでそんなものを、アルファドラグーンの軍が持っているんだい?」


「さぁな。宮廷聖術士がどうこうって言っていたようだが……」


 エムリスの疑問に、俺も揃って首を傾げる。


 当たり前だが、聖具というのは聖神からたまわるものなので、普通の人間なら見ることすらできない、超がつくほどの貴重品なのだ。


 聖神教会と懇意こんいにしているヴァナルライガーの軍なら、一部隊を作れるほどに供給を受けることは出来るかもしれないが、『魔の領域』である魔界と隣り合わせのアルファドラグーン軍に聖具が与えられるというのは、ちょっと考えられない事態である。


 とはいえ。


「観念しろ貴様ら!! 我々に楯突いた報いを与えてやる!! 総員、ヒートブレイド解放かいほう抜刀ばっとうッ!!」


『解放抜刀ッ!!』


 指揮官が謎の指令を出した途端、白い鎧の奴らが剣を構え、妙な響きのかけ声を復唱した。


 いやいや、既に剣は抜いてるだろ。この上、何を抜刀するというのだ?


 などと思いつつ見ていたら、なるほど。奴らの構える剣の刀身が、あっという間に真っ赤に染まったではないか。


「へぇ? 名前はストレートすぎてどうかと思うけど、一瞬で赤熱させるなんてすごい技術だね。見たところ魔力も理力も使ってない。どういう原理なんだろう?」


 軽く目を見張ったエムリスが、素直に賞賛する。その言葉通り、奴らの剣は瞬く間に膨大な熱量を帯びて、真紅に輝き始めたのだ。


 しかも魔力まりょく理力りりょくも使用していないときた。なるほど、それなら確かに『聖具』かもしれない。


 この世界において、二つの力以外であのような奇跡を起こせるのは聖力ぐらいだ。


 もちろん、例外がないとは言えないが。


「確かにニニーヴが使っていた武装とよく似ているな。ってことは、鎧もそうか。道理でイゾリテの魔力が弾かれるわけだ」


「あの、アルサル様? 師匠マスターもそうですが、よろしければ私にもご教示を……」


 うんうん、と得心して頷いていると、イゾリテが控えめに説明を求めてくる。そうか、セントミリドガル出身のイゾリテには聖力および聖具への馴染みは薄いか。


「そうだな、まず聖具ってのは……」


 と簡単な解説をしようとしたところ、ありがた迷惑なことに、あっちの指揮官がわざわざ声高に叫んでくれた。


「恐れおののくがいい! その聖具の鎧は魔力および理力を吸収し、分散させる! つまりどんな魔術も理術も通用しない! そして、その装甲はどんな金属よりも堅固けんごなのだ! 何人なんぴとにも絶対に破壊できん! そして解放抜刀したヒートブレイドは、どんなものでも断ち切る灼熱しゃくねつやいば!! その斬撃を防ぐことのできる防具など存在しない!! 貴様らの命運はここで尽きた!! いさぎよくあの世へ逝くといいッ!!」


 ふーん、という感じである。まぁ、説明の手間が省けたのはありがたい。


「うん、まぁ、ああいう感じだ。わかったか?」


「ひとまず、要点だけは。後ほど詳しくお願いします」


 指揮官の啖呵たんかを説明代わりにした俺に、イゾリテは空気を読んでうなずいてくれた。


 しかし、魔力や理力をはね除けたり吸収したり、か。特殊な金属を使っているようだな。それならガルウィンの宝剣セントミリドガルが刃毀はこぼれしたのも納得だ。


 俺が見るに、宝剣セントミリドガルの刀身には理術による特殊な加工が施されている。それによって切れ味を上げ、自己修復機能まで付与されているのだ。


 だが、あの白い鎧の特殊効果はそれらをまったく無意味にする。いくらよく鍛えた剣であろうと理力の恩恵に預かれないのなら、ただの金属の刃に過ぎない。硬度において負けているのなら、刀身が欠けたのは当然の結果だ。


「やれっ!! 抵抗するようなら殺しても構わんッ!! 軍に楯突く愚か者どもを取り押さえろッ!!」


 どこか絶叫じみた指揮官の命令が下された。白い鎧の奴ら――聖具隊、とか言ったか? そいつらは全身から【やる気】をみなぎらせ、ジリジリと距離を詰めてくる。


 しっかし、あの指揮官の言動もアレだな。よくもまぁ俺の中の〝傲慢〟や〝強欲〟をいい感じに刺激してくれやがる。わざとやってんのか? と思うほどだ。


「ふぅん……?」


 と、何やら興味深そうに動き出したのは、意外にもエムリスだった。すぃーっ、と宙を滑るように移動したかと思うと、自ら純白の聖具隊の前に身をさらす。





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