●13 聖竜アルファードと宮廷聖術士、突然の凶報 3







「不完全燃焼だ……」


 空中から展望台に降り立った俺は、開口一番そうこぼした。


 もちろん、すぐ目の前にいるエムリスに聞こえる声量で、だ。


「おや、それは申し訳ないことをしたね。ボクはちょっとスッキリしたのだけど」


 うふふ、とプカプカ宙に浮かぶ本に腰掛けたエムリスは、しかし言葉ほどには悪びれた様子なく笑う。


「そりゃお前はな。そこそこの規模の魔術を二回も使ったんだから、多少はストレス解消になっただろうさ。俺なんかまだ〝アルデバラン〟しか使ってなかったんだぞ? 別に〝シリウス〟や〝カノープス〟なんて贅沢は言わないが、せめて〝ベガ〟とか〝ベテルギウス〟ぐらいの奴は使いたかったんだけどな……」


 溜息交じりに愚痴ると、はははは、とまたエムリスが声を上げて笑った。


「アルサル? 君は魔王にでもなって世界を滅ぼす気かい? そんなもの人界で使ったらどうなるかわからないじゃあないか」


 俺は思わずジト目を向けて、


「〈雷霆一閃ジャッジメント・ケラウノス〉だの〈裂空破断ティフォン・インディグネイション〉だの、平然と上級魔術使ってた奴には言われたくないんだがな……」


 冬眠の邪魔をされた熊みたいに唸ってしまう。


 と、そんなくだらないやり取りをしていると、


「――馬鹿な……そんな、馬鹿な……」


 呆然とした呟きが耳に届いた。


 言わずもがな、つい先刻まで調子に乗りまくっていた指揮官である。


 当たり前だが、一般的には遠い彼方かなたに吹っ飛んでいった機械竜アルファードは、あっちの森に墜落してから音沙汰なし。今の今まで指揮官がカチャカチャとリモコンを操作していたようだが、ウンともスンとも言わなかった。


 さもありなん。機械ってのは意外に繊細せんさいだ。機構が複雑であればあるほど、ちょっとした不具合一つで全体の動きが乱れる。


 だというのに、あれだけ明確なダメージを刻まれたのだ。


 よしんば、まだ稼働が可能であろうとも、やはり俺達二人を相手にするには力不足なのは間違いなかった。


 つまり、詰みである。


「古代兵器だぞ……? 聖神の遺した、対魔王兵器なんだぞ……? それが、どうして……!?」


 アルファードの吹っ飛んでいった先を見つめて、呆然と立ち尽くす指揮官に、俺は歩み寄って声をかける。


「もしかしなくても、今ので終わりだよな? で、どうする? さっきまでお前が吐いていた言葉が、全部そっちに返ってくる番だぞ」


「――っ……!?」


 ビクゥッ! と面白いぐらい劇的な反応を見せる指揮官。痙攣けいれんしたみたいに身を震わせて、愕然とした目で俺を見る。


 その瞳に浮かぶのは――純然たる恐怖の感情。


「く、来るなっ……!」


「おっと、そうだったそうだった。【問答無用】なんだったよな? 悪い悪い、もう言葉を交わす必要なんてないんだった」


「……!?」


 俺は遠慮なしに足を進め、無造作に間合いを詰めていく。


不遜ふそんやからは踏み潰されろ、だったか? 今の状況だと不遜なのは……お前だよな? ああ、気にするな。【これは質問しているわけじゃない】、ただの確認だから」


「くっ、来るなっ! 来るな来るな来るな来るな来るなぁッ!!」


 ズンズンと近付いていく俺に、指揮官は涙目で叫ぶ。無論、俺が止まるわけがない。


「安心しろ、ちゃんと【手加減】はしてやる」


 無慈悲に宣告して、俺はわざとらしく右手を振り上げた。


「――~っ!?」


 親に叱られる小さな子供みたいに、指揮官が両腕で体をかばいながら目を閉じた。軍人にあるまじき行動である。だが、まぁいい。


 俺は大きく振りかぶった右腕を、しかしゆっくりと指揮官の顔へ近付けて――中指で【デコピン】を放った。


「ガッ――!?」


 ヅゴンッ! と我ながらデコピンらしからぬ打撲音が響き、指揮官の体が大きくった。まるで額に銃弾でも撃ち込まれたかのような動きである。


 ただのデコピン一発で指揮官の意識は吹き飛び、仰け反った勢いのまま後方へ倒れる。


 が、展望台の床で、ゴン、と頭を打った衝撃でまた意識を取り戻したらしく、


「――かはっ……!? はっ!? んおっ!?」


 いつの間にか仰向けに倒れ伏している自分を発見したのだろう。目に映る空の蒼に目を白黒させ、混乱に陥っているのが丸わかりな表情を見せた。


 俺は、さっきこいつに殴られた子供の意趣いしゅがえしとばかりに、倒れた指揮官の胸に片足をせてやった。


「ぐふっ……!? き、貴様ぁ……!!」


 そこそこ体重をかけて踏みつけてやったのもあってか、指揮官がうめき声を上げて俺をにらむ。だが下から見上げる形で、目つきに険もなく、まったく迫力がない。


 威勢がよさそうなのは見せかけだけで、実はもうとっくに心が折れているのだろう。


「さっきの聖竜アルファード、だったか。聖神の遺した古代兵器で、しかも対魔王兵器だったんだって?」


 俺はこいつの呟きを聞き逃してはいなかった。


 対魔王兵器。実に気になる名称である。


 響きから推察すいさつするに、まだこの世界に勇者が召喚される前の時代、西の聖神らが魔王討伐のために開発した兵器なのだろう。


 なるほど、そう考えればあの攻撃力や防御力にも納得だ。あの一機だけでは戦力として全然足りないが、数を用意して群れさせれば、少なくとも魔王城の近くまでは進軍できるかもしれない。


 当然、魔王そのものに対しては手も足も出なかっただろうが。


「残念だったな。俺はその魔王を倒した〝勇者〟だ。いくら対魔王兵器でも、魔王より強い勇者には敵わなかったみたいだな?」


「ぐっ、ぐぅぅぅぅぅっ……!」


 俺が強く胸を踏んでいるためか、指揮官は反駁はんばくもできずに唸るだけ。顔が苦渋に歪んでいる。


 その時、俺の中の〝傲慢〟がどくりと脈打った。


 我知らず、ニヤリ、と笑みを浮かべ、


「そりゃ聖神の古代兵器も立派だろうさ。確かに強かった。いい手応えだったよ。でもな? 残念ながら俺は【人類の最終兵器】だ。相手が悪すぎたな」


「ぐぅぅぅぅ……ぇぇぇぇぇ……!?」


「おっと、危ねぇ危ねぇ」


 思わず体重をかけすぎて、指揮官がまるで踏み潰されるカエルみたいな声を出したので、慌てて身を引く。すると、


「き、貴様が〝勇者〟だと!? ふざけるなッ!! 人類を救った英雄が貴様のようなクズなわけ――」


「お前にだけはクズとか言われたくないわ」


「グエッ!?」


 ちょっとかんにさわることを言うので、つい強めに胸を踏み直してやる。ヒキガエルの死に際みたいな悲鳴が上がった。


「ゲホッ、ゲホッ……! ひゃ、百歩譲って貴様が〝勇者〟だとして、何故我々の邪魔をするっ!? どうして我々に楯突いた!?」


「それはもう言っただろ? お前らが俺達の観光の邪魔をしたからだ」


「馬鹿な……!? そんな理由で我々を壊滅させて、せっかく目覚めさせた〝聖竜アルファード〟を破壊したというのか……!?」


「いや、まぁ、うん。そう言われるとそうなんだが……お前、自分の言動については一切考慮なしか? 自分が地雷踏みまくってたことに自覚ないのか? もしかして」


 あまりにも被害者面して驚くものだから、思わずはっきりと言ってしまった。


 俺からしてみれば、常にこいつから挑発を受けていたような実感すらあるのだが。


「信じられん……世界を救った英雄が、このような身勝手な人間だったとは……!?」


「いや、お前が身勝手とか言う? 心の底から聞くけど、お前がそれ言う? ……本気か?」


 真剣に愕然とする指揮官に、流石の俺も腰が引けてきた。こいつ、厚顔無恥こうがんむちってレベルじゃない。羞恥心しゅうちしんとか客観性きゃっかんせいとかが致命的ちめいてきけている。


 いかん、この身勝手ぶりを見ていると、なんかジオコーザのことまで思い出して胸の中がムカムカしてきたぞ。


 指揮官は俺の足に押さえつけられて、標本の虫よろしくの状態だというのに、なおも居丈高いたけだかに声を張った。


「貴様が本当に世界を救った〝勇者〟だと言うなら、恥を知るがいい! いまや世界は混迷を極めている! 世界中の国が戦争状態になり、もはや人界全土が戦場だ! だというのに貴様、何を暢気のんきに観光なんぞにうつつを抜かしている!? それが英雄のすることか!?」


「――。」


 殺そうか――一瞬だけ、そう思った。


 とても簡単だ。今こいつの胸に載せている足に少しだけ〝氣〟を籠める。それだけで胸板を砂糖菓子か何かのように踏み抜き、息の根を止めることができるはずだ。


 いくら何でも度が過ぎる。


 言っていいことと悪いことがあるだろ。


 こいつは龍の逆鱗げきりんに触れながら、虎のんだのだ。


「アルサル、大丈夫かい?」


 いくらか背中から不穏な気配が漏れ出たのだろう。絶妙なタイミングで、エムリスが声をかけてくれた。


「――ああ、大丈夫だ」


 おかげで少し頭が冷えた。そこそこ血が上ってしまったが、芯の部分がクールダウンしたおかげで正常な判断力が戻ってきた。


「なぁ、おい。一つ言わせてもらっていいか?」


 俺は腰を折って身をかがめ、親のかたきでも見るような目で見上げてくる指揮官に顔を近付けた。その腹の立つ顔つきを人差し指で示し、


「いいか、俺は仲間と一緒に世界を救った。人類を魔王の脅威から守り抜いた。つまり、俺達のおかげで人界は存続しているし、その結果として、お前もここでこうして呼吸ができているってわけだ。わかるか?」


 一言一言を噛んで含めるように告げる。馬鹿でもわかるように、と。


「そうだ。俺達のおかげで世界が存在している。俺達がいたからお前達は生きていて、そのおかげもあって、今は世界中で戦争だなんて馬鹿げたことも出来ているってわけだ。そうなんだよ全部、全部、全部、俺達のおかげなんだ。俺達がいなけりゃお前らなんて全滅してたんだよ。魔王が一歩でもこっちの世界に足を踏み入れていたら、その時点で人類全員が命を吸われて絶滅していたんだ。なぁ、そうだろ?」


 同意を求めたところで返事があるなどとは思っていない。だが、そう聞かずにはいられなかった。


「人類が絶滅していたら戦争なんてなかった。観光も出来なかった。俺が国から追放されることもなかったし、エムリスに無実の罪が着せられることもなかった。あの時みんな死んでいたら、お前みたいな頭空っぽの奴があんな危ない物を目覚めさせて暴れさせるようなこともなかったんだよ」


 もはやあふ激情げきじょうが前に出すぎて、我ながら何を言っているのかよくわからなくなってきた。頭の芯は冷えたままだが、その周囲はなおもマグマのごとく熱く煮えたぎっていたのだ。


 その上で〝傲慢〟や〝強欲〟の影響もあったのだろう。


 だからこそ、ある意味で俺の【本音】が口からまろた。


「俺が救った世界だ。俺の好きにして何が悪い?」


 止まらない。


「お前ら阿呆あほうのすることなんざ知ったことか。助けてもらっといてなに調子のってんだ。どこまで強突ごうつりなんだよテメェら。あんまりぶん不相応ふそうおうに舐めた口きいてると、しまいにゃぶっ殺すぞコラ」


 自分で言うのも何だが、どう見てもヤンキーです。本当にありがとうございました。


 ついでに言うと、うっかり〝威圧〟してしまったらしい。ズン、と辺り一帯に重圧がかかり、指揮官の背中を受け止めている展望台の床に罅が入った。


 当然、さっきまで図々しいにも程がある言動をしていた男は、白目を剥いて気絶していた。


 あ、ヤッベ――となる俺に、これまた絶妙なタイミングでエムリスが言う。


「――スッキリしたかい、アルサル?」


 さっきの『不完全燃焼だ……』を揶揄やゆしてか、実にいやらしい聞き方である。


 俺は溜息を一つ。


「……そう見えるんならさいわいだよ」


 空を見上げると、そこには雲一つない蒼穹が広がっている。


 ま、雲があったとしてもアルファードのブレスで軒並み霧消させられてしまったのだろうが。


 吸い込まれそうな青空を見上げていると、不意に何だか色々なことが馬鹿らしくなってきた。


「……はぁ……何やってんだ、俺……」


 無駄に熱くなってしまった。言わなくてもいいことを言ってしまった。


 これではガルウィンやイゾリテの模範もはんにはなり得ない。


 もう一度、今度は深い溜息を吐く。


 それが少し変わった滝の音にかき消されて、エムリス達の耳に届かないようにと祈った。







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