●12 ドラゴンフォールズの滝と聖具隊 1







 ドラゴンフォールズの滝といえば、世界せかい三大さんだい瀑布ばくふの一つに数えられる名滝である。


 ドラゴンの名をかんするのは、瀑布を作る崖の一部が『竜の頭』のように見える、というのが理由の一つ。


 もう一つは、瀑布を受け止める滝壺の形が、全体的に『翼を広げた竜』に似ているからだ。


 滝の高低差はなんと、アルファドラグーン王城とほぼ同じ。


 つまりあの高い王城の頂点から地面までの距離を、大量の水が勢いよく落ちていくのである。


 当然、滝壺に落ちればまず助からない。あっという間に水底みなぞこまで連れて行かれて、そこから脱出するのはかなり困難だろう。運がよければ、死体になってからどこかへと流され、再び陽の光を浴びることもあるかもしれないが。


「流石に大勢の人がいますね」


 先頭に立って滝壺周辺の広場に足を踏み入れたイゾリテは、周囲を見回す。抑えているつもりだろうが、所作のあちこちから喜びの波動が出ている。餌を前にして『待て』を命じられた子犬のような様相だ。


「世界三大瀑布だからね。そりゃあ人も集まるだろうさ。たとえここが【セントミリドガルとの国境に近い場所】だとしても、ね」


 エムリスが、敢えて不穏な空気を漂わせるような口調で言って、ふふふ、と笑う。こいつは名滝よりも絶妙なスリルを楽しんでいるように見える。


「国境近くとは言え、最前線はセントミリドガル側でしょうから、そう危なくないのでは? いやそれにしても、確かに人が多いですね」


 常識的な感覚を持っているガルウィンが、無難な一般論を述べる。他の観光客も同様に思っているからこそ、こんな時期だというのにここへ足を運んでいるのだろう。


 まだ滝の姿は見えないが、既に大量の水が打ち付ける重低音と揺れがここまで届いている。奥の方に見えるのは、瀑布から舞う水飛沫によって生まれた虹だろうか。光のスペクトルがキラキラと輝き、幻想的な風景を生み出している。


「結構な人数がいるようだが、滝がでかいのもあってか、あまり窮屈きゅうくつには感じられないな」


 俺も直感的な感想を垂れ流す。


 言うまでもないが、ドラゴンフォールズの滝はめちゃくちゃでかい。


 アルファドラグーン国内を流れる複数の大型河川が寄り集まり、この滝の直前でいったん合流しているのだ。そんな滝および滝壺周辺を工事して作られた展望台兼広場は、当然ながら相当な面積を有している。


 全ての角度からドラゴンフォールズの滝を眺めようと思えば、おそらく一日では全然足りないだろう。それぐらい、観光名所としては広大なのだ。


「こちらです、皆様。ガイドブックには、あそこからの景色が最高だと」


 イゾリテがいくつかある展望台の一つを指差す。滝壺の周囲には複数の展望台広場があり、それぞれ固有こゆうの階段をのぼっていく形になっている。


 ガイドブックに載っているほどの絶景ポイントなら、きっとその展望台に集まっている観光客も多いはずだが――いや、敢えて言うまい。


 イゾリテがこんなに楽しそうに案内してくれるのだ。水を差すのは野暮やぼってものである。


「あ、これはすごいね。まさに絶景だ。へぇ、あれが噂の『竜の頭岩ドラゴンヘッド・ストーン』かぁ」


 広い円形の展望台にのぼった途端、エムリスが感嘆の声を上げた。ちなみにわかっているとは思うが、こいつだけは空飛ぶ本に腰掛けているので、階段ののぼりなど一切していない。あまりにも運動不足っぽいので太るぞと思ったが、そこはそれ、魔力でどうにかしているらしい。


「すごいですね。本当にドラゴンの頭のように見えます。大きさも段違いです」


 煌めく緑のまなこで瀑布の合間にそびえる巨岩を見上げ、しかし淡々とした口調でイゾリテが同意する。しつこいようだが、声は平坦でも言っている内容が内容だ。イゾリテなりにとても【はしゃいでいる】のがわかるだろう。


 イゾリテの言う通り、複数の大型河川が合流し巨大な瀑布となった〝ドラゴンフォールズ〟の崖っぷち、そこに忽然こつぜんと突き出た巨大な岩の形状は、まさに『竜の頭部』である。大きさは先日の黒瘴竜ミアズマガルムと比べてもかなり大きい。


「自然……というわけではなさそうですね? 流石に牙まで生えているように見えるということは、人の手が入っている可能性も……」


「ガルウィン君、野暮なことは言いっこなしだよ。いいじゃあないか、ちょっとぐらい手を入れていたって。そこは黙って流すのがエレガントというものだよ」


 俺も思っていたことをガルウィンが口にすると、エムリスにたしなめられた。『竜の頭岩ドラゴンヘッド・ストーン』には目と思われるくぼみがあったり、口元とおぼしき場所には鍾乳石じみた牙が生えていたりと、明らかに天然自然にできたとは思えない部分がある。ガルウィンの感想はもっともなものではあるが――


師匠マスターの言う通りです、お兄様。そういったことを口に出して指摘するのは無粋ぶすいというものです。そういった部分も含めて楽しむのが、エンターテインメントをたしなむ流儀というものですよ」


「も、申し訳ありません……」


 妹にまで軽く説教されてしまったガルウィンは、肩身を狭くして謝罪した。


 危ない危ない。口を滑らせなくて本当によかった。口は災いの元だというが、まさしくである。


「アルサル様、いかがですか? 私の選定はよかったでしょうか?」


 先程から無言だったせいか、イゾリテが問うてきた。相変わらず表情の変化はほとんどないが、心配そう、不安そうにしているのがわかる。俺はうっかりしていたことを自覚して、微笑ほほえみ返した。


「ああ、いい景色だ。壮大だよな。それに細かい水飛沫のおかげで涼しいから、気持ちがいい」


 俺は大滝ならではの風情ふぜい満喫まんきつしているとアピールするため、両腕を上げて大きく伸びをした。嘘ではない。こういった空間は自然に宿る理力が空気中に放出されていて、人体にもいい効能があるのだ。気持ちがいいのは本当である。


「そうですか。それならよかったです」


 ふ、とイゾリテの眼が微笑する。あまりに表情が変化しなさすぎるので、こういう時はつい両手でイゾリテの頬をつまんで、ぶにぶにとマッサージしてやりたくなる。実行には移さないが。


「そういえば【あっち】にも、これと同じぐらいでかい滝があったな」


 ポツリと昔のことを回想しつつ呟くと、エムリスが反応した。


「ああ、〝嘆きの滝〟のことかい? うん、確かにあれはすごかったね」


 俺と同じ光景を思い出したのだろう。首を縦に振って同意する。


「アルサル様、〝嘆きの滝〟というのは?」


 ガルウィンが小首を傾げるので、俺は記憶の引き出しをひっくり返した。


「あー……魔界の央都に行く途中にあった、えらくでっかい滝でな。ま、あっちの水は魔力を吸ってるからちょっとアレな色になってて、こことは違って全然爽やかじゃなかったんだが……」


 あのなんとも言えない色合いの大滝を脳裏に描くと、うへっ、と思わず変な声が出そうになる。


「しかも八大竜公の一体、ながれの竜公の本拠地だったからね。それはもう大量の水竜が出てきたものさ。正直、風景を楽しむどころじゃあなかったね」


 ははは、とエムリスは当時の思い出を笑い飛ばす。


「まぁ、ニニーヴのおかげで楽に撃破げきはできたからよかったけどな。得意の電撃でババーッとやってくれてな」


「アルサル、ボクも雷撃の魔術で頑張っていたのだけど、それについてはお忘れかな?」


「はいはい、お前も頑張ってました。覚えてます覚えてます」


「返事が適当だねキミぃ!」


 ジト目を向けてくるエムリスを適当にあしらうと、逆鱗に触れたようでギャースカとわめかれてしまった。二十歳も越えているのに昔の功績を過剰にめてもらおうとしないで欲しい。大人になれよ、大人に。


 そんなこんなで風光ふうこう明媚めいびな観光を続けていた、そんな時だった。


 突然、後方からきぬを裂いたような悲鳴が聞こえてきた。


「ん?」


 結構離れた場所からだったと思うが、俺の耳にはしっかり届いた。振り返り、目をこらす。


 すると視界に入ってきたのは、なにやら藍色あいいろと純白の入り交じった集団。


 一見しただけで、ただごとでない雰囲気が察せられた。


「――おい、何か来たみたいだぞ」


 滝の音のせいもあってか、エムリス、ガルウィン、イゾリテの三人はまだ気付いていない様子だったので、俺から声をかける。


「おや、どうしたんだい? あっち?」


 振り向いたエムリスが俺の視線をなぞり、ドラゴンフォールズの滝とは逆方向に体を向け直す。ガルウィンとイゾリテも怪訝そうな顔をしながら、それにならった。


「あれは……まさか」


「軍隊、でしょうか?」


 兄と妹が連携して一つの言葉を紡ぐ。いいコンビネーションだ。思えばガルウィンが剣士でイゾリテが理術士にして魔術師なのだから、例えば冒険者などになってもバランスはいいのである。


 イゾリテの推察通り、藍色と純白の入り交じった集団は軍隊にしか見えなかった。藍色の軍服を着た奴らと、純白の鎧を装備した奴らとが連れ立っているのだ。


「こんなところに何の用だ……?」






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