●12 ドラゴンフォールズの滝と聖具隊 2






 いかつい百人ぐらいの部隊が、進行方向にいる観光客をどやしつけながら進んでくる。大声で怒鳴りつけられた観光客らは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、潮が引くようにして展望台広場から去って行く。


 やがて広場の中央付近に陣取った奴ら――おそらくはアルファドラグーン軍――は、足を止めたかと思うと、こんなことを喚き立てた。


 指揮官とおぼしき人間の口元に音声増幅の魔方陣が浮かび上がり、


『今この瞬間より、この場は我らアルファドラグーン軍特殊部隊〝セイクリッドギア〟の管轄となる! 無関係の者は即刻そっこく退去たいきょせよ! 繰り返す! 今よりこの場は観光地ではなくなった! 無関係の者は今すぐ出て行くがいい!』


 傲然と言い放ちやがった。


 あまりのことに、流石の俺も少しばかり唖然としてしまった。


 こんな素晴らしい景観の場所までわざわざやってきて、なんと野蛮なことをしでかしてくれるのか。


 せっかくの気分が台無しである。


「なんだ、あいつら」


 つまり、この時点で俺の不快さは結構マックスに近いところまで上昇していたわけである。


 数秒ほど経過すると、指揮官が周囲の兵士らに目配せをした。途端、藍色の軍服と純白の鎧を着た奴らが散開し、いまだ立ち去ろうとしない観光客に対して怒鳴りつけていく。


「何をしている!」「早く出て行けと言っているんだ!」「とっとと消えろ!」「力尽くで追い出されたいか!」「我らには貴様らを殺す権限が与えられているのだぞ!」「死にたくなければさっさと出て行け!」「今は戦時中だぞ! のんきに観光などしている場合か!」


 とまぁ耳障みみざわりなことこの上ない。特に後半など聞くにえない。一体何様のつもりなのか。


 まだ直接言われたわけでもないのに不快指数が天井近くまで上昇しているのだが、案の定、奴らは俺達のいる展望台にまで上がって来やがった。


 危険を察した観光客らがそそくさと逃げていく中、俺達四人だけは微動だにしない。俺もそうだが、他の三人も同じ気持ちなのだろう。


 藍色の軍服が五人、純白の鎧が五人の集団がズカズカと軍靴ぐんかを鳴らしながら近付いてくる。


 すると、何も言っていないのにガルウィンとイゾリテが率先して前へ出た。


「貴様ら! 聞こえていなかったのか! さっさと出て行けと言って――」


「お言葉ですが、一切の説明なく出て行けというのは理不尽です。どういった理由でここをあなた方の管轄にするのか、お聞かせください」


 居丈高な声を遮って、イゾリテの冷徹な声が響き渡った。


 普通の人間にはわからないだろうが、わずかながら声に魔力が籠められている。


 聞く者の心に直接届くイゾリテの言葉は、正論だったこともあってか、充分以上に軍人をひるませる効果があった。相手は露骨ろこつに顔をしかめ、


「な、何っ!? 貴様、なにを口答え――」


 しているのか、と勢い任せに怒声で押し切ろうとしたのだろう。しかし、


「妹が何か粗相そそうをいたしましたか! 兄の私がお話を聞きますよ!」


 それを超える大声でガルウィンがさらに前へと出た。


 言っちゃあなんだが、ガルウィンはいい感じに肉体を鍛えている。服の上からでもわかる筋肉量は、そこらの軍人と比べても引けを取らない。かてて加えて俺の〝眷属化〟によって潜在能力を開花させられている今となっては、名状しがたい〝オーラ〟が全身から放たれているのだ。


 そんな男が自信満々の態度で前に出てきたのだから、アルファドラグーン軍特殊部隊とやらの面々はたじろぐ他なかった。


「うっ……!?」


 十人揃って足並みが乱れる。


「私の妹が何かおかしなことを言ったでしょうか! いきなりのことですので説明して欲しいと言っているだけだと思うのですが! それの何が悪いのでしょうか!!」


 ガルウィンの声量の上昇はとどまるところを知らない。音声増幅の魔術を発動させているわけでもないのに、大滝の音すらあっして響き渡るのだ。


 とはいえ、軍人達にも意地があるのだろう。押し負けてすごすごと退散する選択肢などないのだから、とれる対応など決まり切っていた。


「き、貴様らに説明する義理などない! いいからさっさと出て行け!」


 思った通りの言い草に、


「では、私達もあなた方の言葉に従う義理などありませんね。それでは、さっさとお引き取りください」


 イゾリテがナイフの切っ先がごとき舌鋒ぜっぽうを返す。


「ぐっ……!?」


 再び軍人の顔が悔しそうに歪むが、


「妹の言うことが間違っているでしょうか!! 文句がおありでしたら私が聞きますよ!!!!」


 すかさずガルウィンが耳をつんざく大声で畳みかけた。


「――~ッ……!?」


 イゾリテの怜悧れいりな正論と、ガルウィンの筋肉の重圧によって、軍人の口が不可視の手で塞がれたように動かなくなる。


 それを好機と見たか、


「さらに言わせていただきますと、あなた方は言葉遣いがなっていません。ここにおわす方々を誰だとお思いですか?」


 この時、イゾリテが何を言わんとしているかを察し、俺は大いに焦った。


「あ、おい、ちょっと――」


 嫌な予感がするので制止しようとしたところ、それより早く、


「そう!! ここにおわすは〝銀穹の勇者〟アルサル様と!!!! 〝蒼闇の魔道士〟エムリス様ですよ!!!!」


 絶妙なコンビネーションを駆使して、ガルウィンがここ一番の大声で言ってしまいやがった。


「――――。」


 やりやがった――


 自分の顔から、さーっ、と血の気が引いていくのが自覚できた。


 俺の思考が高速化する。これから返ってくるであろう反応に前もって心が冷えていく。


 だから――だから前に話しただろうが。俺とかエムリスのことは世間的にはすっかり忘れ去られているって。そんな風に声高に名乗ったところで何の意味もないんだって。むしろ心が寒くなるような反応が返ってきて、結構な勢いで死にたくなってくるんだって。


「……勇者? 魔道士?」


 ほら見ろ。軍人が顔色をすっかり素に戻して、きょとんとした様子で聞き返してきやがったぞ。絶対に俺達のことを知らない反応だろ、これ。


 ああ、胸が痛い。まったくもって痛々しい。針のむしろに座っているような気分だ。


 さっきからイゾリテとガルウィンと言い合いをしていた軍人が仲間達を振り返り、


「……誰だ?」「いや……」「聞いたことがあるような……」「ないような……」「魔道士? 魔術師でなくて?」「そんな二つ名の冒険者いたか……?」


 ヒソヒソと会話が交わされる。


 やめてくれ。というか、そういう話をするのならちゃんと聞こえないような声量でやってくれ。いや、どうしたって俺の耳には聞こえてくるのだろうが。ほんとつらい。


「「…………」」


 いやガルウィンとイゾリテ、二人揃ってこっちを振り返るな。何を『しまった』みたいな顔してるんだ。申し訳なさそうな目をすんな。だから言っただろうがって話だよ。


「――何をグズグズとしているか貴様らぁ!!」


 軍人らの背後から、ガルウィンにも負けない怒号が上がった。


 電気を流されたような勢いで軍人らが振り返ると、そこには先程、音声増幅の魔術で偉そうな通告をした指揮官がいる。


 どうやら他の観光客はあらかた追い払ったらしい。残るは俺達四人と――


「さっさと消えろと言っただろうがぁ! 死にたいのか貴様らはッ!!」


「す、すみません! すみません、すみません……!」


 なんと、俺達以外にも何組かの観光客がこの展望台に残っていた。どうも逃げ遅れてしまったらしい。


 観察してみると、さもありなんだ。


 残っているのは小さな子供や、足の悪い老人を連れている家族連れだったのである。


「他の者達は既に退去したぞ! お前らもとっとと出て行け!」


「も、申し訳ありません、今すぐ……!」


 親が謝罪し、子供の手を取って立ち去ろうとする。


 しかし。


「ふぇ……ええええ……!」


 まだ幼い女児である。親が傍にいるとは言え、ごつい図体の成人男性に迫られ、刺々とげとげしい声でどやしつけられては怖いに決まっている。


 案の定、火がついたように泣き出してしまった。


 とどろき続ける瀑布ばくふの音に混じって、小さな子供特有の神経を逆撫でにするような甲高い叫喚きょうかんが響き渡る。


 何を焦っているのか、それとも普段から狭量きょうりょうなのか、指揮官は子供の泣き声が大層たいそう気にさわったらしい。


「うるさいッ! 黙れェッ!!」


 その手が伸び、大声で泣き喚いている子供の顔を容赦なく平手打ちにした。


 パン、と乾いた音が鳴る。小さな子供だ、大人に殴られたらひとたまりもない。子供は一瞬だけ宙に浮き、結構な勢いで地面に転がった。


「――――」


 この瞬間、俺の中で【とある意思】が固まる。





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